第四章 第十七話 猫神様の恨みと、研究所が築く防壁
元高級住宅、現神殿を後にして、俺たちは先に進んでいく。
道路沿いの建物から、研究者たちのやり取りが聞こえてきた。
「この塗料、これがもう少し前に開発されていれば……」
「悔しいだろうが、前を向け! 俺たちは今、未来を作っているんだ!」
もはや、隣にいる猫が関わっているのは確定であろう。
直接聞くほうが、早そうだ。
「今度はどんな塗料を開発したんだ? 正直に答えろ」
「ごく普通の、精神防御用の塗料にゃ。漣のハチマキの、親戚みたいなものにゃ」
漣が、ハチマキを取り出す。
確かこれは、クマサカが使っている毒電波に対し、強い抵抗力があると聞いていたが……。
「ヘルメットと、二重で防御するにゃ。理論上は、24時間くらいならばクマサカの毒電波を浴び続けていても、問題なくなるにゃ」
「それ、聞いていないわよ?!」
「今言ったにゃ」
ちょっと、待て。
冗談抜きで、カントウ圏における戦闘そのものが、変わってくる。
「猫の恨みは、深いにゃ。ピチ子のかたきは、確実に討つにゃ!」
「ピチ子?」
急に、可愛らしい単語が出てきた。
結希と共に、俺は首をかしげる。
「みかんの親友だった、四ツ谷桃香ってやつだ。みかんと同じく技術に長けていて、果物コンビって呼ばれていた」
いた。
その一言で、運命を察してしまった。
「最後に見たのは、晒し台にかけられて、うなだれている姿でした。恐らく、もう……」
漣が、悲しげな表情を見せる。
恐らくみかんと、仲が良かったのだろう。
「ピチ子って呼ぶな! って、何度も言われていたよな」
「ピチ子は、ピチ子にゃ。他の呼び方に変える気はないにゃ」
明と漣の発言は、全て過去形だった。
それはカントウ圏の現状を、物語っていた。
「クロークの射出機構、調子はどうだ?」
「どうしても、衝撃で腕にダメージを受けてしまいます。このままでは……」
さらに、別の建物からも声が聞こえてくる。
「ちょっと、行ってくるにゃ」
みかんが、その建物の入り口にカードをかざす。
あっさり、扉は開いた。
「特別製のカードよ。みかん専用で、フリーパス。ただし、居住区の私室は対象外にしているから、安心して」
藤花コーポレーション、どうやら本気でみかんに全リソースを注いでいるようだ。
「発想と搭載する場所は、悪くないにゃ。単純にセンサーを追加して、対象が一定距離まで接近したら、自動で発動する形にすればいいにゃ」
「「それだ!」」
どうやらこの『クローク』とやらも、みかんが指示して作っているようである。
もはや、驚きを通り越して呆れるしかない。
「みかん~!! 他の人に研究を委託する前に、報告するよう指示したでしょう~!!」
舞先生は、相当怒っているようだ。
会社の責任者として、当然のことだろう。
「委託していないにゃ。落書きから、勝手に作り始めたにゃ!」
「「落書きなんて、とんでもない!!」」
どうやらこの二人も、猫神様の信者らしい。
「その落書きとやら、見せてもらえるかしら?」
図面を受け取る、舞。
そこには新型防御装置の構想が、ぎっしりと書き連ねられていた。
「使い捨てにすることによる、コスト削減。車のエアバッグを応用した、展開機構……」
「落書きにゃ。フィールド型バリア装置や、ピンポイントディフェンサーに比べたら、おもちゃのようなものにゃ」
理系に疎い俺でも、断言できる。
断じて、おもちゃではない。
「それ以前に、フィールド型バリア装置? ピンポイントディフェンサー? 確かに、報告書にはあったけれども……みかん、無理しすぎていない?」
「授業中、ずっと眠っているにゃ。それにお守りのおかげで、睡眠の質は最高にゃ」
確かに、理論上は納得できる。
だが、舞が心配するのは当然のことだ。
この異常な開発ペースは、みかん一人が生み出している。
そして、代替できる存在はいない。
「この特区の中心部に、居住区を置く必要性が分かったでしょう?」
普通、居住区は研究施設から離れた場所に設けられる。
だが、みかんを守るためには「防壁」が必要だ。
各研究所に、センサーなどの装置を張り巡らせ、全体で住人を守る。
そのために作られたのが、この『特区』であった。
「さて。ようやく居住区についたわね。どの建物がいいか、検討してちょうだい」
そこには、凄まじい光景が広がっていた。




