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第四章 第十五話 特区の中心で、言葉を放つ猫

 舞先生の運転する車で、特区の先行整備区域周辺にたどり着く。

 そこは、ある意味「戦場」であった。


 建築用の重機が、巨大なビルの骨格を組み上げている。

 隣では、古い倉庫の補強工事が行われている。

 さらに3Dプリンターを使用したと思われる、即席の家屋も点在していた。


「これから、もっと発展していくわよ。もう少し先に行けば、多少は落ち着くから」

「そもそも『特区』を一人のために作るという事態そのものが、落ち着かないにゃ」


 みかんの発言は、当然のことであった。

 だが、誰も賛同しない。

 それが、みかんが「やらかしたこと」の重要性を示していた。


 研究所らしき建物に、到着する。

 そこには、研究者たちがずらりと並んでいた。


「全員、敬礼!」


 ビシッと、全員が同じ動きを行う。

 研究者ではなく「軍人」と言われても、信じてしまいそうな統率であった。


「ふにゃあ! 全員、持ち場に戻るにゃ! 研究が先にゃ!」

「はっ! 猫神様のご指示のままに!」


 猫神様……?

 疑問を抱いている間に、研究者たちはそれぞれ建物の中に戻っていった。

 どうやら、俺たちがここに来るまでの短時間で、みかんは研究所内の評価体系を完全に破壊していたらしい。


「みかん、正直に言いなさい。どれだけのことをやったら、こうなるの?」

「単に、脳波検出システムを全員に持たせただけにゃ。3人ほど危うい人がいたから、医療部門に相談しただけにゃ」


 少し、待て。

 脳波検出システムを、全員に持たせた?


「もしかして……研究所の中にいる人、全員ネコシッポなのでしょうか?」


 漣の表情が、全てを物語っている。

 それは、想像するだけで悪夢を見そうだ。


「今並んでいたのを、確認しているはずにゃ! ネコシッポは、みかんの特権にゃ!」


 怪しいところである。

 恐らく一部の熱狂的な研究者は、独自に「ネコシッポデバイス」を作っているだろう。

 それほどまでに、今見た光景は強烈なものであった。


「それだけで、ここまでなるのかしら? 確かに3人の命を救ったというのは、大きいけれども……」


 舞先生が、疑問を示す。

 それに対する答えは、またもやとんでもないものであった。


「あと、提携医療機関の精神科病棟にいた患者たちに対して、お守りを配ったにゃ。3日で、5人が退院できるまでに回復したにゃ」


 ……。

 それはもはや、医療革命と呼んでも過言ではない成果であろう。

 この二つが合わさったのであれば、この熱狂も納得できる。


「やらかしのレベルが凄まじすぎて、誠司が大混乱していたわよ。他には?」

「他は、それぞれの適性に応じて仕事を割り振っただけにゃ。それ以上はやっていないにゃ!」


 それぞれの適性。

 どうやって判別したのか……恐らく、脳波の解析データなどを使用したのだろうが、もはや予測することすら難しい。


「猫神様! 精神感応金属のコーティング素案、完成しました! 確認をお願いします!」


 研究所から、職員の一人が資料を手にみかんに駆け寄る。

 みかんはそれを一読して、すぐに答えた。


「だから、属性に合わせないと無駄になるにゃ! 戦闘中に攻撃された時、最後まで回避する可能性を探るタイプは関節部にゃ。硬直する、あるいは力を入れて耐えるタイプは、表面にコーティングする形にするにゃ。そうすれば、使う量を半分に減らせるにゃ!」

「貴重なお言葉、ありがとうございます! すぐに改良いたします!」


 もはや、舞先生すら言葉を失っている。

 代わりに俺が、聞くことにした。


「みかん、研究者たちに何をした? 正直に答えろ」

「さっき言った患者さんたちに配ったのと同じお守りと、脳波検出デバイスを持たせただけにゃ!」


 持たせただけで、このような事態になるようならば、誰も苦労はしない。

 いったい何を、持たせたというのだろうか。


「そのお守りって、どういう効果があるのですか?」


 奏が質問する。


「単に、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンのバランスを整えるだけにゃ」


 待て。

 それはうつ病を、治療することと同義である。

 いや、それどころではない。人間の感情と意欲の基盤そのものに、外部から手を入れている。

 もはや医療ではなく、人間の精神そのものへの介入であった。


「クマサカの毒電波とは、作用原理が違うにゃ。思考をいじるのではなく、脳内物質のバランスを整えているだけにゃ」


 安心できる要素が、どこにもない。


「ぶっちゃけ、法務部門は大騒ぎよ。特許出願の手が足りない状態。久郎、手伝える?」

「残念ながら、特許出願の代理は弁理士と弁護士の独占業務だ。俺にはできない」


 弁理士は、特許出願の専門家だ。

 そして弁護士法第3条第2項に、弁護士は当然弁理士及び税理士の事務を行うことができると明記されている。

 恐らくどちらも、凄まじい激務にさらされているだろう。


「お守り、法務部門の人にも配ってもらえるかしら?」

「分かったにゃ。既に量産体制に入っているから、優先的に融通するにゃ」


 どうやらこの猫は、技術よりも先に医学を破壊したようである。

 そして恐ろしいことに、本人にはその自覚が欠片もない。

 特区で保護する必要があるのは、研究成果ではなく、この猫そのものであろう。

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