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第四章 第十一話 本物の『ヒーロー』

動物好きの方にとって、キツイ表現があります。

あらかじめ警告しておきますので、ダメそうならばこの話を飛ばして読んでください。

 学校が終わり、俺たちは家に向かうことにした。

 だが、なぜか奏も俺たちとともに、歩いている。

 学校の寮とは、方向が異なるはずなのだが。


「奏は、寮暮らしではないのか?」

「はい。舞先生の配慮で、藤花コーポレーションの施設を借りることになりました」


 奏の場合、歌に特化した能力を有している。

 そのため、通常の寮や社員寮では都合が悪いのだろう。

 借家の中でも、防音設備が完備されたものが選ばれたようだ。


「それだけ、奏の歌に期待しているということだな。頑張れ!」

「はい。全力を尽くします」


 まだ、俺に対する態度は固い。

 だが、徐々に慣れていくだろう。


 その時。

 道路に、黒い物体を発見した。

 嫌な予感が、脳裏をよぎる。


「あれは……猫、ですね……」


 ぐったりとしていて、動かない。

 恐らく既に、事切れているのだろう。


「この場所はまずいよ! 動かさなきゃ!」

「待て、結希!」


 俺の制止を振り切って、結希が猫に駆け寄る。

 そして、そのまま腕に抱えた。


「よかった。まだ原形を保っている」


 制服の腕に、猫から染み出た血が付着する。

 衛生面でも、感染症という観点でも、見逃せない事態だ。


「少し待っていろ。今、センターに連絡する」


 道で小動物が亡くなっていた場合、フジ市では「環境クリーンセンター」で処理される。

 通報すれば、回収に来るはずだ。


「待って! センターだと、他のペットと一緒に焼かれて、処分されるだけだよ!」


 それは、事実だ。

 遺骨の返還なども行われず、ある意味「ゴミ」として処理されることとなる。


「こんなに痩せて、かわいそう。そして、最期はゴミ扱い。……でも、簡単に死ぬことができて、幸せだったのかも」


 奏が、ポツリとつぶやく。

 たった一言であるが、内容は壮絶なものであった。

 この状態の猫を見て、幸せだと感じる人間が、果たして何人いるだろうか?


「僕の家と、奏さんの借家。どちらが近い?」

「私の借家の方が、近いと思います。あと数分で着きますから」


 少し、嫌な予感がしてきた。


「久郎、悪いけれどもホームセンターで、スコップと消石灰を買ってきて」

「それは……埋葬する、ということか?」


 俺の問いに、結希が頷く。

 予感は的中してしまったようだ。


「ホームセンターは、少し遠いな……近くに小型のショッピングセンターがある。道具は揃うと思うぞ。それでいいか?」

「うん。お金は後で払うから!」


 どうやら、大変な作業が待っているようだ。

 結希は猫の亡骸を抱えて、歩きはじめる。

 その様子に、迷いは一切見られない。


「本物のヒーロー、か……結希のような者が、そうなのだろうな」


 俺は、合理的な判断をしたつもりであった。

 だが結希は、全く異なる判断を下した。

 どちらがより「人道的」であるかは、言うまでもない。


「とはいえ、後で医師に診てもらう必要はありそうだな。そちらの予約を、ついでに行うことにするか」


 俺ができるのは、この程度のことだ。

 亡骸を、抱え上げるなんていうことはできない。

 結希との差を、実感させられる。


「さて、頼まれたことくらいはこなさないとな」


 幸い、その中に園芸店があることを思い出した。

 100円均一で探すよりも、こちらの方が確実だろう。

 そこでスコップ、消石灰、プラスチックのプレートを購入し、ふと思い出す。


「奏の家は、借家だぞ。貸主の許可がいる。これはまずい!」


 慌てて、俺は結希に連絡を入れる。

 道具がないため、借家の近くにある路地裏で、目立たないよう待機していたようだ。


「分かった。それなら、僕の家に連れていくから」


 結希の、埋葬するという意思は固いようであった。

 とりあえず、どのくらいの深さまで掘り、消石灰を使えばよいのかを検索しておく。

 そして、結希の家に向かうことにした。


 俺が結希の家にたどり着いた時。

 既に、埋葬のための穴作りは始まっていた。

 家にあるスコップを、使っているようである。


「スコップ、無駄になったか?」

「ううん。かなり奥まで掘らないと、ダメだよね?」


 検索結果によると、最低でも1メートル以上は掘らないといけないようである。

 できれば、さらに深く掘っておきたいところだ。


「ところで、親の許可はとったのか?」

「うん。まあ……猫よりも、こちらの方に興味を持たれていたけれども」


 結希は、奏を指さす。

 照れているようで、少し赤い顔をしていた。


「父はいなかったから、後で説明する。家のことは母さんが決めているから。しっかり許可は取ったよ」


 母の許可は取れたというのに、あまりいい表情ではないのが気になる。

 聞いてみると、すぐに理由は判明した。


「母さんが、ようやく春が来たって大騒ぎしていて。噂にならなければいいのだけれども……」

「性格を考えると、難しいだろうな。とりあえず病院の予約は済ませた。血で汚れた以上、しっかり調べてもらわないといけないからな」


 俺たちは汗だくになりながら、しっかり穴を掘っていく。

 猫の亡骸を横たえ、消石灰を使って消毒し、土をかけていく。

 プラスチック製のプレートを刺して、簡素な墓が完成した。


「名前は無いと思うから、ここは空白にしておこう」


 そして、奏が鎮魂歌を手向ける。

 恐らく、この一帯全てが「浄化」されたのではないかと感じるほど、凄まじい力であった。


「さて、病院で検査だ。着替えの服を持って、行くぞ」

「うん。ごめんね、奏さん。大変なことに巻き込んでしまって」


 結希の謝罪に対し、奏は首を振って答えた。


「多分この子も、喜んでいると思う。最後に見送ってくれる人がいたのだから」


 それは悪意ではない。

 むしろ、救いを求める者の言葉であった。


 だからこそ、俺は恐ろしかった。


 いったい奏の中には、どれほどの暗い闇があるのだろうか。

 想像しているよりもはるかに、それは強烈なものなのだろう。

 カラオケボックスで見たものは、その一端に過ぎなかったのかもしれない。


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