第四章 第九話 軽い世界、重い記憶
それから俺たちは、次々と観光地を渡り歩いた。
飛行船(移動自体はポータルがあるため、もっぱら観光用)に乗り、風景を楽しむ。
海岸で、砂の城を作る。
スチームパンクな都市にある、機械仕掛けの塔の最上階から街を見下ろす。
モンスターが出ない「墓地」で、肝試しを行う。
どれも、現実では味わえない種類の刺激に満ちていた。
「すっげえ! こりゃあ、現実世界に戻りたくないという気持ち、分かるかも!」
「高度文明の機械から、墓地の不気味なオーラまで……現実と遜色ないですね」
「これは、凄まじいわね……藤花コーポレーションの総力を挙げても、再現できそうにないわ」
明、漣、舞先生がそれぞれ感想を述べる。
だが、一人だけ楽しんでいない者がいた。
「メア、どうしたのですか? 何か、気に障るようなことがあったのでしょうか……?」
奏の言葉に、メアは首を横に振って答えた。
「いいえ、奏は悪くないわ。ただ、私にとって初めての経験ではなかったというだけだから」
ニカが、目を見開く。
この言葉に込められた意味。
それは、普通の人であれば理解できないものだろう。
「まるで、同じような経験をしたようなセリフ。もしかして、βテスター?」
「そうね。そう考えていいわ」
どうやら、別の解釈をしたようである。
ループがばれたというわけではなさそうで、ホッとした。
「メッセージが入っております。至急、スイートキングダムに戻ること。みかんが新しい教会を狙っている。以上。」
伝言鳥が、俺たちにメッセージを告げた。
その内容は、無視できるものではない。
「急いで戻ろう! 下手をすると巻き添えで、僕たちまで出禁にされかねないよ!」
「だな。みんな、急ぐぞ!」
結希と俺の言葉に従い、観光に出ていた全員でスイートキングダムに戻ってきた。
教会は、すっかり食べつくされていた。
土台の部分を含めて、跡形も残っていない。
そして、みかんはまだ「食べ足りない」ようであった。
「いい加減にしろ! この、馬鹿ネコ!」
「にゃっ?!」
明の拳、そして漣が投げた捕獲用の首輪が連続で決まる。
吹き飛ばされそうになったところを、強引に拘束された形だ。
しかも、拘束された場所が場所である。
これは、シャレにならないだろう。
みかんの体から、力が抜ける。
「ふぅ……いくらVRMMOだからといって、限度というものがあるぞ」
「とりあえず、最悪の事態は避けられましたね。伝言を残したスイーツフェアリーには、お礼のハチミツを送ることにしましょう」
ハチミツは、スイーツフェアリーの大好物である。
ますます、ミツバチっぽい。
「あ、危なかったにゃ……危うく三途の川を、渡るところだったにゃ」
みかんが、目を覚ます。
VRMMOなので、単にデスペナルティを受けるだけなのだが。
「あ、それで思い出した。これをやっておかないと」
舞先生が、魔法を唱える。
その声は、軽かった。
だが、その軽さそのものが、俺たちに余計な覚悟をさせないためのものだったのかもしれない。
魔法が、発動する。
真空の刃が、舞先生の首を断ち切った。
「え?!」
全員、動くこともできない。
いったい何が、起きたというのだろうか。
舞先生の体が消え、転送される。
登録している拠点がないのならば、モノリスの丘に現れるはずだ。
「行こう。多分、舞……先生? にとって、必要なことだったのだと思う」
ニカが、つぶやく。
彼女だけはクラスメイトでないため、呼び方に戸惑いが現れていた。
俺たちは、モノリスの丘にたどり着く。
そこには、手を振る舞先生の姿があった。
「なるほど、こうなるわけね。高いけれども、買っておいてよかった」
手首につけていたアクセサリーのかけらが、零れ落ちる。
記憶が確かならば、死亡時の能力低下や所持品ロストといったデスペナルティだけを、一度だけ無効化するものだったはずだ。
かなり高価な代物である。
「う~ん。やっぱり本物の死とは、異なるわね……」
メアといい、舞先生といい。
少し、無防備すぎるのではなかろうか?
「あなたは、本当に死んだことがあるの?」
ニカの疑問は、当然のものであった。
「臨死体験なら、したことがあるわよ。……でも、少し違うわね」
これで、ごまかせるだろうか?
「ああ……確かに、こちらの世界の方が軽い。私も、似たような感覚を知っている。比較したかったんだ」
ニカのセリフは、想像していたものと異なっていた。
その言葉が正しいのであれば、彼女も「死にそうな目に遭った」ことがあることになる。
「そういうこと。これで検証授業は、終了するわ」
どうやら、授業という建前は忘れていなかったようである。
それにしても、心臓に悪い。
せめてやる前に、一言伝えるべきであろう。




