第四章 第五話 本名で呼び合える場所
明が二人の天使に連れ去られた後。
俺たちは、チュートリアルでは説明されないような部分を漣やメアに説明していた。
「Wikiが、最新かつ正しい情報とは限らないのね。奏、頼りにしているわよ」
メアが、奏に言葉を投げかける。
奏は照れながらも、それを受け止めていた。
「ところで、みんな本名で呼び合っているみたいだけれども……いいの?」
ニカの疑問に、ハッとする。
ここは、初心者が最初に降り立つ場所。
てっきり『キャットニップ』にいるときのような感覚で、話をしていた。
「まあ、私はキャラクター名が一緒だから、問題ないわね」
舞先生の場合は、特殊例だろう。
まあ、ニカも同じパターンであるが。
「僕も、無理にキャラクター名にしなくてもいいかな? って思っている」
「俺もそうだな。むしろキャラクター名だと、とっさに行動できない危険性の方が高い」
「にゃ。みかんも、同じ考えにゃ」
「私も、奏でかまいません。キャラクターを演じるのは、あまり得意ではないので……」
キャラクター名と本名を分けていた四人は、全員同意した。
そもそも、顔立ちが実物とほぼ同様なのだ。
身バレの危険性よりも、呼びやすさを重視したほうが良いだろう。
「にゃ?! ステータス欄が変わっているにゃ!」
慌てて、俺たちも自分のステータスを確認する。
キャラクター名から、本名に変更されていた。
「運営、仕事が早すぎるよ……まあ、いいけれども」
結希がつぶやく。
ともあれ、これで「本名」で呼び合うことが確定した。
「あ、忘れていた。来週の月曜日に、制服を取りに来て」
ニカ曰く、新たな制服は相当防御力が高いとのことである。
具体的には、アント程度のバグであれば「機体なし」でも、制服を突破してダメージを与えるのには、相当時間がかかるとのことだ。
それを着た状態で、さらに機体に乗る。
その防御効果は、計り知れない。
「早いわね。何か特別ボーナスは必要かしら?」
舞先生の言葉に、ニカが答える。
「特別ボーナスになるかどうかはともかく……結希、久郎。協力してもらいたいことがあるの」
現在プレイ中の『ブレイブ&ウィッシュ』。
VRMMOとしての完成度は非常に高いが、長く遊ばせるため定期イベントも必要になる。
「今回『吸血殲姫』との、コラボイベントが開催される予定になっているの」
吸血殲姫。
ダンピール(人間と吸血鬼の混血)の少女『オリヴィア』が、強大なヴァンパイア、ノーライフキングの『カズィクル』と対決する、有名なファンタジー小説だ。
コミカライズに加え、アニメ化もされている「ベストセラー」である。
「すごい! あの戦いが、再現されるなんて!」
結希の興奮は、俺も共感できる。
ラストバトルの迫力は、劇場で公開されたとしても、違和感がないレベルだ。
それを「自ら追体験できる」のであれば、さらに価値は跳ね上がる。
「それなのだけれども……少し、難航しているの」
どうやら、CGや生成AIなどを駆使しても、どうしても納得できる「動き」にならないようである。
そうなると、残された手段はモーションキャプチャーしかない。
だが、それだけの「動き」ができる人物は、非常に限られている。
「確か、オリヴィアは大剣を使い、カズィクルは呪いのダーツを使っているはずにゃ」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた。
まさかと思うが……。
「そこで、お願いがあるの。結希はオリヴィアを、久郎はカズィクルを担当して、動きを見せてもらいたい。それが、こちら側からお願いしたいこと」
確かに、適任である。
結希の『剣』は、剣の形をしている武器「すべて」に適用される。
大剣はあまり使っていないが、おそらく並みの剣士よりも上手に使いこなせるだろう。
そして、俺はダーツが得意だ。
また、演劇用の動きなどについても、ある程度の知識がある。
問題は、結希がこの役を受け入れられるかどうかだ。
オリヴィアは少女であり、結希が抵抗を感じるのは、ごく自然なことであろう。
「う~ん……分かった。やるよ!」
意外にも、あっさり結希は受け入れた。
「確かに、恥ずかしいのは事実だけれども……僕自身、最高のイベントにしたいと思っている。それに、顔出しは無しだよね?」
「それは、約束する」
「だったら、頑張ってみる。期待に応えられればいいのだけれども……」
最高の形で、イベントを追体験したい。
その思いが、羞恥心を上回ったようであった。




