第二章 閑話その三 邂逅と決別
Side 奏
「それでは、また!」
結希が手を振って、私と別れた。
彼の、真っすぐな瞳。
私の中にある、エメラルドグリーンの綺麗な結晶。
歌を通して伝わってきた、真摯な思い。
でも、私はそれに応えることができない。
私には、帰る場所があるのだから。
重い足取りで、私たちの住んでいる場所に向かう。
集合住宅。
その表札には『神無月』の文字。
それ以外の名字は、存在していない。
ここが、私の居場所。
部屋に入り、ひと息つく。
そして、自己嫌悪に襲われる。
私は、ゾディアックの一員。
結希たちとは、敵対する存在。
でも、彼のところに行きたい。
それでも、仲間を裏切ることはできない。
「ふむ。悩んでいるようじゃのう」
不意に、声をかけられた。
驚き、そちらを向く。
そこには、透けた和人形のような少女が浮かんでいた。
まさか、幽霊?!
「違う違う。幽霊ではない。そちらの『赤のアリス』のお仲間じゃよ」
更に警戒感が増す。
赤のアリス。
メイのことを知っている者は、ごく限られているのだから。
「うまく、いかぬのう……少なくとも、敵対する気はない。それだけは確かじゃ」
鍵がかかった部屋に入っておいて、敵対する気はない――
その言葉が、信じられる者がいるだろうか?
「むしろ、この方が早いか。士郎のところに行こう」
草薙士郎。
私たち『ゾディアック』のトップである人物。
直接、話をするというのか。
「うむ。その方が良いじゃろう。案内してくれぬか?」
疑問を抱きながらも、私は士郎のいる部屋に向かうことにした。
このままでは、どうにもならないから。
士郎は、いつも部屋にいるわけではない。
呼び鈴を鳴らす。
すると、すぐに声が返ってきた。
「おっ、珍しいな。奏が俺のところに来るとは……それにお客さんも、か」
私は、士郎のところに行くことは少ない。
男性は、苦手だからだ。
そしてこの少女の存在は、士郎も把握しているようである。
「とりあえず、入れ」
鍵が開く。
私は、部屋の中に進んでいった。
転がっている酒瓶。
少し汚れた、いかにも一人暮らしの男性らしい部屋。
そこに、士郎はいた。
奥には、大きなベッドがある。
そこで、ゾディアックのメンバーと「楽しむ」こともあるらしい。
思わず、目を背けてしまう。
「わりい。ドアが開いていた」
寝室につながるドアを、士郎が閉じる。
ベッドが見えなくなり、少しだけ安心する。
「で、用事はなんだ? そこの子に関することか?」
「うむ。我の名は、ゆめと申す。端的に言おう。奏を少しの間、出張させてみないか?」
出張?
いったい、何を言い出すのだろうか。
「出張先は、フジ中央高校。一年生の結希が、好意を抱いておる。それを利用して、情報を得るというのはどうじゃ?」
待ってほしい。
私は、魂を導くという大事な役目がある。
それに、ここで逃げるのは「響」に対する裏切りではないのか?
「なるほど……そうだな。だが、お前に魂の導きができるのか?」
「むろんじゃ。この小童よりも、うまいという自負があるぞ」
小童。
10歳くらいにしか見えないのだが、事実経験を経た者特有の雰囲気を感じる。
見た目と実際の年齢が、異なっている?
「よし。その方向性で行くか。とはいえ……今の高校から、どう転入するかだな」
「待ってください。私はまだ、行くとは言っていません!」
慌てて、声を上げる。
それに、半透明の少女が答えた。
「分かっておる。戻れるよう、うお座の席は開けておくから、安心せよ」
「だから、行くことを前提にしないでください!」
答えたのは、士郎であった。
「お前に問うぞ。もし、結希と殺し合いになったとして……とどめを刺すことができるのか?」
「えっ」
言葉に詰まる。
殺し合い……そして、命を絶つ。
即答することができない。
「それが答えだ。行ってこい」
士郎が、手を振る。
そして、私は部屋を出ることになった。
「いったい、どうなるのだろう……」
この建物から出て、どこかに一人で住む。
想像するだけで、不安がこみあげてくる。
私は、立ちすくんでしまった。
Side 士郎
「ふうっ。これでいいのだろう? ゆめ?」
「まあ、そなたはループを知っているからのう」
俺は、ゆめに語りかけた。
「奏、戻ってくるんじゃねえぞ」
ここで、お別れ。
今までのループよりも、ずっと早い。
さぞ不安だろうが、未来を変えるためのことだ。
「ったく、人っ子一人救えなくて、何が神様だよ、アマテラスよぉ」
俺の声に、応えるものはいなかった。




