第一章 第一話 ヒーロー科という選択
ここから、本編となります
「ここが、学校か……巨大な戦場の入口にしか、思えないな」
校門の前に立った瞬間に、俺の口からそんな言葉が思わず漏れだした。
今朝、嫌な夢を見たことも影響しているのかもしれない。
自分が力尽き、倒れる夢。
そして、守らなければならない存在を、守れなかった夢。
それは夢とは思えないほど、生々しいものであった。
血の匂いが、まだ消えていない。
魂の底で、現実に起きたことではないかと感じている。
そんなこと、あるはずないのに。
とはいえ、前々から感じていたことであるのもまた、事実だ。
高いフェンスに加え、監視カメラと結界投射装置が並ぶその場所は、学び舎よりも要塞に近いのではないかと感じる。
内部を確認するすべはなく、学校としては明らかに異様な作りだ。
「久郎、縁起でもないことを言わないで! 恥ずかしいよ!」
俺の言葉に、結希が答える。
注目を集めないよう、少しだけ声は潜められているものの、いつも通りの様子であった。
俺の名前は、神崎久郎。
今日からこの、フジ中央高校の新入生、ヒーロー科の一員となる。
この学校には、『ヒーロー科』という学科が存在している。
その名の通り、ヒーローを育成するために設けられたものだ。
いきなりこのような言葉が出てきたため、混乱しているのではないかと感じる。
そのため、ヒーローについて簡単に、説明しておくことにする。
この世界には、バグと呼ばれる敵性生命体が存在している。
20年以上前に現れた、人類の宿敵だ。
既に多くの国家が、バグによって崩壊している。
バグのもっとも厄介な性質は、通常兵器がほとんど効かないことだ。
研究の結果、完全な形で通じるのは『ヒーロー』と呼ばれる、素質を持つ者の攻撃だけであるということが判明した。
その『ヒーロー』を、実戦に耐えられるレベルまで鍛え上げるために設けられたのが、ヒーロー科という制度だ。
ヒーロー科は、高校に併設される形をとっている。
ある程度成熟し、自分の意志がしっかりしている者でなければ、厳しい訓練に耐えられないからだ。
このフジ中央高校は、その中でもトップクラスの施設である。
防衛設備、訓練区画、医療棟。
そしてラウンジのように、心身を安定させるための設備。
どれを取っても、一般校の水準をはるかに超えているため、希望するヒーローは非常に多「かった」。
ヒーローという単語から、夢見る者もいるかもしれない。
だが、現実は非情に厳しいものであり、ヒーローの多くが戦いによって命を落としている。
そして、この科に所属した時点で「大人」として扱われ、責任能力が与えられる。
別の世界では「成年擬制」と呼ばれている制度が、形を変えて存在しているのだ。
親による庇護から外れ、自己の責任のもとに戦闘を行うことになる。
親権の行使による、出撃命令の拒否は許されない。
それが、ヒーロー科に所属するということの「重み」だ。
既に入学手続きを終えた、俺たちはもう「子供」ではない。
この門をくぐることは、その事実を否応なく突きつけるものだ。
「でも、良かった。実技試験でいい成績が取れて」
「ああ。学科の方はギリギリだったようだが、実技の上乗せが効いたようだな」
「だね。一緒に通えて、良かった!」
結希が微笑む。
男だと分かっていても、なおドキッとさせられる。
「花が綻ぶ」ような笑顔というのは、こういうものを指すのだろう。
彼女……もとい、彼の名前は、御門結希。
サラサラの金髪碧眼が特徴の、美少年だ。
俺の幼なじみであり、剣を召喚する能力を持つ。
長年共に戦ってきた、相棒と呼んでいい相手だ。
その剣は、彼の意思に呼応して現れる。
鋼よりも硬く、光よりも鋭い――そして、誰よりも真っすぐな剣。
それを手にした結希の優美な戦いは、男女問わず注目させられるものだ。
そして、戦闘後に明らかになった顔を見て、ガチ惚れする者も多い。
「……今、何か変なことを考えたでしょ?」
その一言で、背筋が冷える。
どうやら、顔に出ていたらしい。
結希の「感」は、異常なほどに鋭い。
前線で戦うこと、そして俺の相棒であることで、この直感が磨かれたのであろう。
「いや、お前が心配するようなことは、考えていないぞ」
「う~ん、何か怪しいな……」
疑うような視線を向けられ、思わず視線を逸らす。
結希の顔は、下手なアイドルでは太刀打ちできない。
ただし、本人にとっては女性にしか見えないことが、悩みの種のようだ。
それにしても、体型にまで女性らしさがあるにもかかわらず、剣に力不足を感じさせないのだから、不思議としか言いようがない。
まあ、バグにとっては性別も、外見も関係ない。
どちらが生きるか、死ぬかだけのことだ。
「まあいいや。これからも、勉強を教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
俺の返事に、結希は満足そうに頷いた。
彼は真っすぐな目で、校門を見つめている。
その澄んだ瞳に、俺は少し気後れした。
結希の性格は、光と呼ぶのがもっともふさわしい。
真っすぐで、正義を疑わない純粋な心の持ち主なのだ。
眩いオーラが、体を包んでいるようにすら感じる。
一方の俺は……心の中に、闇を抱えていることを自覚している。
頭は、確かに良いと思っている。
だが、搦め手が主体であり、攻撃力不足であることは、戦いにおいて何度も痛感している。
俺はあくまでも、結希のサポートとして、条件付きで合格を許されたような感覚があるのだ。
前線で輝くのは、いつだって結希。
俺はその背中を守り、勝ち筋を探し、最善手を選ぶ。
それでいい――そう、自分に言い聞かせてきた。
恐らくそれは、これからも変わらないだろう。
「ほら、早く行かないと入学式に間に合わなくなるよ!」
「分かった。……ってこら、手を引っ張るな!」
有無を言わせぬ力で腕を引かれ、俺はバランスを崩しそうになる。
だが、その温度は不思議と嫌ではなかった。
結希に手を引かれて、校門をくぐる俺。
なびく青い髪が、門という境界を超えた。
これでもう、戻ることは許されない。
――ここから先は、戦場だ。
ヒーロー科という、戦いの最前線。
光と闇が交差する場所で、俺たちは本物の『ヒーロー』になる。
それが、祝福なのか。
それとも、呪いなのか。
答えは、まだ分からない。
御門結希、神崎久郎のイメージイラストを挿入しました。




