第一章 第二話 空白の席
固有名詞の中に、カタカナの部分があるのは「仕様」です
俺たちは、玄関口に掲示されている案内図を確認した。
俺たちが向かう教室は、一般の学科とは、少し離れた場所に位置しているようである。
正面玄関は、堅牢な作りになっており、地震やバグの攻撃に耐えられるよう設計されているようだ。
そして、壁には校章に並んで、歴代の学年別エンブレム――ヒーロー科の功績が、掲示されていた。
学校であるはずなのに、むしろ軍の施設に近い構造。
道中で感じた「戦場の入口」という思いは、さらに強まることになった。
ヒーロー科が離れた場所に存在しているのは、理由がある。
ヒーローという「力を持つ者」への恐れだ。
例え、その力が自分に向けられることがないとしても、銃を持つ者が近くにいるのは怖い。
その感情が、現れているのであろう。
「早く行こうよ、久郎!」
「分かった。そう焦るな」
結希が、先に歩き出す。
そしてそれを、俺は後から付いていく。
これは、歩幅の差ではない。
歩幅の差では、俺の方が圧倒的に上だ。
差があるのは、意識の方だろう。
結希は、迷うことがない。
俺は、確認してから進む。
この違いは、俺たちが上手くやっていくための「構図」なのだと思っている。
廊下は広く、床は丁寧に磨かれている。
その光沢は、清潔さというよりも「整備された施設」のような潔癖さを感じさせた。
そして曲がり角のたびに、消火設備と非常用のシャッター、見慣れない装置などが目に入る。
たぶん結界、あるいは緊急時の隔離機構だろう。
隔離する相手は、外側なのか、それとも内側なのか。
俺には、後者のように感じられた。
少し騒ぎながら、俺たちはクラスに到着する。
扉の前では、何人かが話し合っていた。
会話はぎこちなく、どこまで親しくするのかを測っているようであった。
俺たちは、扉を開いた。
教室の空気が、いったん静まる。
そして次の瞬間、大きなざわめきが起こった。
そこには、色とりどりの髪や目をした生徒たちが集まっていた。
制服は同じでも、印象は同じにならない。
髪の色、目の色は、千差万別だ。
それでも、肌の色や表情から、ほとんどがニホン人であると思われる。
バグが発生した時、人類も変化を見せた。
目や髪の色が、カラフルなものに変わったのである。
俺自身も、その一人だ。
青い髪が、それを如実に表している。
加えて瞳の色も青なので、アニメでは描きわけが楽だろうな、と考えてしまう。
最初は大混乱を招き、迫害や差別なども存在していたようだ。
しかしバグという、より身近な脅威がそれを吹き飛ばした今、それを気にする者はほとんど存在しない。
色の変化については、さまざまな説がある。
しかし、現代科学をもってしても、法則性すらほとんど分かっていないようだ。
ややヒーローに、変わった色を有する傾向がみられる。
しかし一般人でも、特殊な色の事例があるため、決定的とは言い難い。
メンデルの法則に対し、大幅な思考の修正を強いられることになった。
そのため、生物学者はいまだに法則との整合性を、模索しているらしい。
閑話休題。現実を直視することにしよう。
注目されているのは、結希だ。
その美貌は男女ともに、視線を集めまくっている。
好奇心、思慕、嫉妬……理由はともあれ、とびきりの「美少女」が現れたのだ。
この反応は、当然であろう。
結希は視線を感じ、わずかに肩をすくめた。
俺もそれに合わせて、軽く頷く。
こういう時は、下手に刺激しないほうが良い。
そして、俺たちは指定された席へ向かった。
教室の前方には、黒板がある。
この時代であっても、黒板(と言っても、色は緑だが)が使われ続けているのは、書きやすく消しやすいという利便性からである。
担任のところには、「藤花 舞」と書かれていた。
子供でも知っている、有名人。
彼女の教えを受けるために、あえてシズオカに来た生徒も多いはずだ。
目を閉じて、ざわめきを意識から遮断する。
結希も同じように、目を閉じているようだ。
けん制し合っているようで、結希に声をかける生徒がいなかったのは、幸いといえる。
時間が来て、静かになった。
教室の入り口が、ノックされる。
そして……入ってきたのは、男性の教師であった。
再びざわつきを取り戻す、教室内。
「すまない。担任の教師は、現在別の仕事に携わっている。代理で私が、入学式の説明を行うことになった」
そういう事情ならば、仕方ないだろう。
ヒーローであれば、突発的な事態に対応することが求められる。
混乱はすぐに、治まった。
簡素な説明を受け、整列の指示が行われる。
そうして俺たちは、入学式の会場へ向かうことになった。
入学式の会場は、多くの生徒でにぎわっていた。
体育館――そう呼ぶには、少し大きすぎる空間。
後ろから、少しのぞき込んでみた。
天井には照明だけでなく、見慣れない機器がいくつも吊られている。
訓練用の設備か、はたまた緊急時の防護か。
いずれにせよ、ここは「式典専用」ではないことを示していた。
色とりどりの髪、目の少年少女たちが集まっている。
恐らく、在校生たちだろう。
そして、後ろの方には保護者用の席が設けられている。
ただし、ヒーロー科の保護者用の席は、存在していない。
既に一人の大人として、扱われるということの一環であろう。
音楽が流れ、入場が始まる。
式典用の曲に合わせて、新入生たちは流れるように体育館に進んでいく。
ヒーロー科の生徒である俺たちは、最後に入場する形であった。
場所は、入り口に一番近いところである。
万が一の事態の際に、即座に出撃できるようになっているようだ。
数は少ないものの、生徒たちの拍手のボリュームは一番大きい。
自分たちを「守る」存在に対する、敬意の証であろう。
怖がられていることと、敬意を有していることは両立しうるのだから。
ヒーロー科の区画には、既に二年生が座っていた。
リラックスした座り方であるが、目が既に他の生徒たちとは大きく異なっている。
戦闘を何度も繰り返した、プロの表情だ。
そして、戦闘に備えて力を抜くことの必要性も、熟知しているのだろう。
俺たちより一年長く戦っているということが、所作に現れている。
そして、大きく目立つのが、三年生の部分にある空白。
そこだけ、誰も座っていない。
空白が、空白としてそのまま配置されている。
忘れていない、という意思表示のようだった。
彼らは、バグとの大規模戦闘によって「MIA」とされた。
MIAとは、作戦行動中行方不明のことである。
戦闘から一年後にあたる、七月に慰霊祭が行われる予定になっている。
行方不明という言い方は、優しい。
死んだと決めないための、言葉だ。
そして、これが人気「だった」理由である。
一学年全員の、行方不明。
それは、入学をためらわせるのに十分なものであったようだ。
もっとも俺たちにとっては、この学校に通うメリットが上回っているため、さほど問題にならない。
結希が小さく、息を吐く。
それと共に俺は、視線を空白から外した。
恐らく、思いは同じ。
「こうは、なりたくない」であろう。
「開式の辞。これより、コウアン八年度、フジ市立フジ中央高校の、入学式を執り行います」
そして、入学式が始まった。
俺たちはもう、引き返せない。
これから三年間、戦いの日々が待ち受けている。
……そう、思っていた。




