第一章 第一話 ヒーロー科という選択
ここから、本編となります
「ここが、学校か……まるで、巨大な戦場の入口だな」
校門の前に立った瞬間、俺の口から思わずそんな言葉が漏れた。
高いフェンスに囲まれ、監視カメラと結界投射装置が等間隔に並ぶその様子は、「学び舎」というより要塞に近い。
新入生を迎える朝のはずなのに、空気はどこか張り詰めている。
「久郎、縁起でもないことを言わないでよ! 恥ずかしいよ!」
俺の言葉に、結希が答える。
周囲の視線を気にしてか、わずかに声を落としながらも、その調子はいつも通りだった。
俺の名前は、神崎久郎。
今日からこの、フジ中央高校の新入生になる者だ。
この学校には、『ヒーロー科』という学科が存在している。
その名の通り、ヒーローを育成するために設けられたものだ。
ヒーローについて、説明する。
この世界には、バグと呼ばれる敵性生命体が存在している。
それに対しては、通常兵器はほとんど効果がない。
通じるのは、ヒーローと呼ばれるごく一部の者たちの攻撃だけなのだ。
ヒーロー科は、高校に併設される形をとっている。
このフジ中央高校は、その中でもトップクラスの施設だ。
防衛設備、訓練区画、医療棟、そして出撃ゲート。
どれを取っても、一般校の水準をはるかに超えている。
一見、夢を育てる場所に見えるかもしれない。
しかし、この科に所属した時点で「大人」として扱われ、責任能力が与えられる。
それはすなわち、親による庇護から外れるということだ。
親権の行使による、出撃命令の拒否は許されない。
それが、ヒーロー科に所属するということの意味だ。
校門の内側に足を踏み入れた瞬間から、俺たちはもう「子供」ではない。
その事実が、じわりと背中に重くのしかかっていた。
「でも、良かった。実技試験でいい成績が取れて」
「ああ。学科の方はギリギリだったようだが、実技の上乗せが効いたようだな」
「だね。一緒に通えて、良かった!」
結希が、微笑む。
男だと分かっていてもなお、ドキッとさせられる笑顔であった。
彼女……もとい、彼の名前は、御門結希。
サラサラの金髪碧眼が特徴の、美少……年だ。
俺の幼なじみであり、剣を召喚する能力を持つ、相棒と呼んでいい相手だ。
その剣は、彼の意思に呼応して現れる。
鋼よりも硬く、光よりも鋭い――そして、誰よりも真っすぐな剣。
「……今、何か変なことを考えたでしょ?」
その一言で、背筋が冷える。
どうやら、顔に出ていたらしい。
そして、結希の「感」は異常なほどに鋭い。
前線で戦うことで、この直感が磨かれたのであろう。
「いや、お前が心配するようなことは、考えていないぞ」
「う~ん、何か怪しいな……」
疑うような視線を向けられ、思わず視線を逸らす。
結希の顔は、それこそ下手なアイドルでは、太刀打ちできないほどに整っている。
ただし、誰がどう見ても女性にしか見えない点が、悩みの種のようだ。
それでも、剣を振るのに全く力不足を感じさせないのだから、不思議である。
もっとも戦場では、性別も外見も関係ない。
結果だけが、すべてだ。
「まあいいや。これからも、勉強を教えてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
俺の返事に、結希は満足そうに頷いた。
結希は真っすぐな目で、校門を見つめていた。
その澄んだ瞳に、少し気後れする。
結希の性格は、光に例えるのがもっとも適切であろう。
真っすぐで、正義を疑わない純粋な心の持ち主。
眩いオーラが、体を包んでいるようにすら感じる。
一方の俺は……心の中に、闇を抱えていることを自覚している。
頭は、確かに良い。
だが搦め手が主体であり、攻撃力不足の俺はあくまでも、結希のサポートとして、条件付きで合格を許されたような感覚がある。
前線で輝くのは、いつだって彼だ。
俺はその背中を守り、勝ち筋を探し、最善手を選ぶ。
それでいい――そう言い聞かせてきた。
「ほら、早く行かないと入学式に間に合わなくなるよ!」
「分かった。……ってこら、手を引っ張るな!」
有無を言わせぬ力で腕を引かれ、俺はバランスを崩しそうになる。
だが、その温度は不思議と嫌ではなかった。
結希に手を引かれて、校門をくぐる俺。
なびく青い髪が、門という境界を超えた。
その瞬間、もう戻れなくなったような、そんな感覚を抱いた。
――ここから先は、戦場だ。
学びの名を借りた、現実の最前線。
光と闇が交差する場所で、俺たちはヒーローになる。
それが、祝福なのか。
それとも、呪いなのか。
答えは、まだ分からない。




