決別(2)
フィレスとともに屋敷に戻ったハル。
「おかえり〜、ハル君。」
「ただいま、母さん」
「あら、フィレスちゃんも一緒なのね。よかったわね、フィレスちゃん。ハル君に会えて。」
「あっ、ママ、余計なことは、いいの。それより、お腹すいちゃった。」
「はいはい、でも、お夕飯まではもう少し時間があるから、その前に湯浴みでもしてらっしゃいな。汗もかいてるでしょ?」
「うん、そうする。」
「僕も、汗流してくるね。」
夕食の後のひととき。リビングでお茶を飲みながらくつろいでいる。
「やっぱり、アキ姉の入れてくれるこのお茶は美味しいねぇ。」
「ありがとうございます。」
「フィレスちゃんはどうかな?」
と言って、ハースがフィレスを見ると、鼻をつまんで飲んでみたり、一口飲むごとになんとも言えない表情をしていた。
「やっぱり、ダメ、みたいね。」
「アキ、ごめんね。どうしても、このお茶の“よさ“が私にはわからないわ。」
「ありがとうございます。」
「え?どうして?」
「だって、フィレス様は“不味い“ではなく、“良さがわからない“とおっしゃってくださったので。その“優しいお気持ち“に、でございます。」
「あははは・・・。」
そんなくつろぎのひととき。ハルは、ある質問を投げてみた。
「ねぇ、父さん。少し前に、何か王都で事件が起きなかった?“横領“みたいな。」
「少し前に“横領“?」
アルは、天井に視線を巡らせて考え込んだ。
「あぁ、そういえば、あったな。確か、ロゼリアール伯爵、だったかな、首謀者は。爵位取り下げになって、国外追放になったんだったな。それがどうした?」
「やっぱりそうだったんだ。実は、そのロゼリアール伯爵の令嬢というのが、学園時代の僕の同級で。卒業前に突然学園を辞めていて。それって、本当に伯爵がやってたのかな?」
「まぁ、本人は無実を訴えてたらしいが、無実を証明できるものはなく、逆に首謀者であることを証明する証拠があったらしい。何人かの身近な貴族たちも最初は無実を信じてたらしいが、結局は我が身可愛さで、な。」
「そう。それで結果的に、責任を負わされて、爵位剥奪、国外追放。相当、悔しかったろうな、伯爵。で、今は、どうなっているの?ロゼリアール伯爵領は。」
「今は、確か“交通卿“の仮領だったかな?」
「交通卿の“仮領“?」
「あぁ、いずれ、交通卿の子供が治めるんだろうよ。」
「交通卿って、確かハイマシー公爵とよく一緒にいる人、だよね?」
“ハル君、よく知っているわね“と感心するハース。アルが、話を続ける。
「あぁ、ロゼリアール伯爵の件で、ちょっとマーエン公爵の立場も危うくなってな。そのことも、ロゼリアール伯爵が責を受け入れた理由だって話もある。」
「そうね、ロゼリアール伯爵は、マーエン公爵の後ろ盾をもらっていたものね。」
ハースが、複雑な貴族社会のことを教えてくれた。
パンズール王国は、王家を頂点として、その下にマーエン公爵家、ハイマシー公爵家の2大公爵家があり王家を支えている。公爵家は、ライバル関係にはあるが、ギスギスしたものではなく、むしろ昔から仲は良かった。しかし、その公爵家の下に仕える各伯爵家は、逆に敵対心剥き出しのところが多分にあった。中には、公爵家間の仲の良さを“良しとしない“伯爵も双方にはいるらしい。そんな状況の中で発生したロゼリアール伯爵の件。“何かが動いていたのでは?“という話も“噂話“としてあったが、憶測でしかなかったので、風化した、とのこと。
「そうなのね。ちなみに、うちはどっちなの?」
と神妙な表情で話を聞いていたフィレスが当然の質問を投げかける。
「そうねぇ、我が家は中立、と言いたいところだけど、ラベンドアール辺境伯がマーエン公爵の後ろ盾をもらっているから、万が一何か事が起きた場合は、マーエン公爵につくことになるわね。」
「そういう時って、師団はどうなるの?」
ハルがフィレスに質問する。
「多分2つに分断、ね。」
「そう、やだね、そんなの。」
「そうね、そういうハルの術連はどうなるのよ?」
「さぁ、どうなるんだろ。ねぇ、ゼノ爺、どうなるの?」
「そうですね、基本的に、各貴族とは距離を置いていますから、そういった“しがらみ“はないので分断ということはないと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「最悪の場合、“見捨てる“ということもありえます。」
「「「見捨てる?」」」
アル、ハース、フィレスが声を揃えて驚く。
「そして、術連が王国を主体となって支える。」
「それって、公爵家を討つってこと?」
ハルが質問する。
「討つことはないでしょうが、術連の下に公爵家を置いて、そのことに意義を唱える侯爵家以下の貴族の粛清を行う、と言ったところでしょうか。」
「もし、ゼノ爺が術連長だったとして、そうなれば、そうする、と?」
「まさか。ただ、可能性の話です。まぁ、そうなった時の状況にもよりますが。」
「もしかしたら、師団でも、その可能性があるわよね?」
フィレスがそう言って“ブルっ“と身を震わせて、
「こわ〜い、こわいよ〜、ハル〜。」
「そうだね、そうなったら、僕、どうしよう。」
「も、申し訳ありません、余計なこと申しました。お許しください。みなさま。」
と言って、ゼノンは深く腰を折った。
「いいのよ、ゼノン。頭をあげなさい。あなたの考察は、正しいです。私たちは、その点が完全に抜け落ちてました。少し腑抜けてましたね。」
と言ったのち、“はぁ〜“と息を吐いたハースが徐に居を正し、真剣な眼差しで、フィレスとハルを交互に見る。
「いいですか、フィレス、ハル。あなたたちは、すでに立派な成人です。そして、このラズベール家を背負っていく者。今後、いろいろな“しがらみ“のある中で、難しい決断を迫られるかもしれません。今のような“生臭い“話や事実を突きつけられることも。でもね、前にも話しましたが、私やアル、そしてゼノンたちは、あなたたちの決断を支持します。だから、自信と勇気を持って決断なさい。そして、最後にみんなでまたこうして笑いながらお茶、しましょ?」
「そうだぞ、何かあればいつでも助けに“行ってやる“から。安心しろ。」
と言って、アルは“ガハハハ“と笑い声をあげ、手に持っていたビーアグラスをグビっと煽ったが中身が空だったので、“アレ?空だ。アキ〜、おかわり!“と言って、グラスを突き出したところ、バランスを崩して、ソファーごと後ろに倒れてしまった。
「「「旦那様〜」」」
慌ててアキ、ヒロ、イズが駆け寄る。
「やだ、もうパパったら〜。飲みすぎよ〜。」
少し重くなっていた空気が柔らかくなって、いつもの優しい笑いに包まれた。




