過酷な“前巡礼“(5)
班長のグフタスが声を上げながら2班の術師たちへ駆け寄った。
「至急、救護の準備を!」
1班のメンバーは、救護体制に入った。
「なんでお前ら2人だけなんだ?他の連中は?」
大樹“ブラパ“に到着した2班のメンバーは2名。しかも、衣服はボロボロで、怪我、といより何らかの毒を負っている様子。
「獣魔に襲われました。他の連中も、なんとか生きていますが、怪我人が動けない状態です。ミゼル班長がグフタス班長に連絡を取ろうとしたらしいんですが、通じないと。それで、まともに動ける内の俺たち2人が、伝令で来たんです。」
「とりあえず急ぎなもんで、草木はそのまま突っ切ってきました。みんなを、ミゼル班長を助けてください。この先の第四野営地にいます。」
「わかった。とりあえず、この2人を保護。すぐに、残りの者の救助に向かう。」
伝令の2人は、草木の毒に対して解毒魔法を施しながらきたと見えて、ほぼ魔力は尽きていたため、グフタスは、1人を救護員として残し、9名で救助に向かうことを伝えた。
帰路側の巡礼路は当然整備などされておらず、鬱蒼とした草木の中を進むことになる。本来であれば、そういった草木を丁寧に刈り取りながら進むのだが、今はそう悠長なことはいってられない状況のため、火魔法で草木を燃やし、水魔法で延焼を防ぎつつ、とにかく先を急いだ。日も完全に沈んでいため、光属性を持つ者が、先を照らしながら。9名ができる限りの全速力で、ようやく野営地に着いたのが、救助に出発してから約6時間後の事。あの鬱蒼とした巡礼路を燃やしながらの全力で、休む事なく進んで約6時間。あの2人の状態を考えると、この野営地を出発したのは、かなり前のことだとわかる。
野営地では、対獣魔用の香木を使った松明がたかれ、動ける術師が負傷した術師の手当てに追われていた。動いている術師は2人。負傷している術師は4人。2人足りない。
「遅くなった。大丈夫か?いったい、何があった?」
「グフタスさん、ここで獣魔の奇襲にあった。」
「それは聞いている。それより、怪我人の状態は?」
「なんとか、命に別状はないですが、かなりの深傷です。」
「そうか。で、ミゼルはどうした?」
「ミゼル班長が一番やばい。奥のテントにいます。」
「1班のものは、至急救護にあたれ。」
グフタスは、奥のテントに向かい、中に入った。
「ミゼル、大丈夫か、って、おいっ!ミゼル!」
「グフタス班長、ミゼル班長が・・・」
「なんだ、これは?何にやられた?」
「それが、わからないんです。なんなんの、あの化け物は?見たことも聞いたこともない、蜘蛛の形をしたでかいヤツでした。」
ミゼルを看病していた2班の女性術師がことの経緯を説明した。
「蜘蛛の形?でかい、やつ?」
と、しばらくグフタスが思案していると、ハルが入ってきた。
「ミゼルさん!」
「なんだ、お前は?」
女性術師が声を荒げる。
「ハルテイラと言います。すみません、僕に見せてください!」
「はっ?お前に何がわかるっていうの?」
「いいから、見せて。」
といって、ハルはミゼルに近寄って、ミゼルの毒に侵されていると思しき顔や腕を見分した。
「おそらくこれは『ハイスパイダル』の毒だと思います。」
「ハイスパイダル?知っているのか?」
グフタスがハルに問いただす。
「文献での知識ですが、大型の蜘蛛型モンスターです。」
ハルは、文献から知り得た獣魔の特徴を女性術師に伝え、確証を得た。
「とりあえず、熱めのお湯を用意してください。できるだけたっぷりと。」
「対処、できるのか?」
「わかりませんが、その文献に対処法が載っていました。実践経験はないですが、やってみる価値はあるかと。」
「わ、わかったわ。すぐに用意する。」
女性術師がお湯の準備に入る。自分が見た獣魔の特徴と、ハルの言ったモンスターの特徴が一致したことから、女性術師は、ハルを信じ従うことにした。
ハルの話を聞きながら、グフタスはなおも思案していた。何もわからず、ただ手をこまねいているより、たとえ文献での知識でも、この者に頼るしかない、と。少しでも助けられる可能性があるのであれば・・・。
「何か、私にできることは?」
「確かグフタス班長は、光属性ありましたよね?」
「あぁ。」
「それなら、できる限り高位の浄化魔法を、ミゼルさんの“心“の部分に当ててください。」
「浄化魔法?わかった。“心“の部分、だな。」
そう言って、グフタスは浄化魔法の詠唱をして、“心“に向けて浄化魔法を当て始めた。
「では、ミゼルさん、ちょっと失礼しますね。」
といって、『ハイスパイダル』の毒を受けた部分の衣服を引きちぎっていく。
「お湯、準備できたって、お前なんてことを。」
「ありがとうございます。次に、新しい“サラシ布“の準備をお願いします。そして、それに浄化魔法を施して欲しいんですが、可能ですか?」
「あっ?あぁ、私は光だから、できる。“サラシ布“はどれくらいあれば?」
「まずは2反分、お願いします。」
「わっ、わかった、すぐ準備する。」
ハルは、準備してもらったお湯に、闇の解毒魔法を纏わす。お湯の色が透明から徐々にドス黒い紫:“深紫“に変わっていく。
「なんだ、その色は?」
「僕にもよくわかりませんが、このお湯を光の浄化魔法をあてている箇所にかける、とありました。」
「光の浄化と闇の解毒?そうか、なら頼む。」
「はい。」
ハルは、「失礼します」と言って、ミゼルの顔を横に向けてから、グフタスが浄化魔法を施しているミゼルの“心“にそのお湯を少しずつかけていく。お湯をかけると“ジュッ“という音と一緒に湯気とも浄気とも言えぬ煙が立ち上がり、ミゼルが呻き声を上げながら、嘔吐する。
「うぅっ、グゥッ。」
「ミゼルさん、頑張って!」
「“サラシ布“の準備はできたって、ミゼル班長大丈夫ですか?」
「すみません、もう少しお湯できますか?今度は、熱湯状態で。」
「えっ?えぇ、わかった。すぐに準備する。」
「少しずつ、顔色が戻ってきたか?」
「はい、もう少しだと思います。」
「そうか、なら、頑張れ、ミゼルよ。」
ハルの作った“深紫“のお湯がなくなる頃、顔色と毒がかかったと思しき部分の色は、ドス黒い色からほぼ元の肌の色に戻ったが、その痕はまだ残っていた。ただ、顔色としては、まだ“血の気“がない。そして、先の女性術師が新たな熱湯を準備して戻ってきた。
「すみません、その熱湯にお二人で光の浄化魔法をかけてください。」
「今度は光の浄化魔法か?」
「はい。」
「わかった。」
グフタスと女性術師が熱湯に浄化魔法をかける。
「では、“サラシ布“を痕の上に1反分広げて置いて、ミゼルさんが暴れないように、えっと・・・」
「グランダだ。」
「すみません、グランダさんはミゼルさんの肩を押さえてください。僕は、足の方を押さえますから。グフタス班長は、サラシ布の上から、その熱湯をかけてください。」
「こ、これをか?わ、わかった。」
「こう?」
グランダが、ミゼルの両肩を押さえつける。
「はい、そうです。かなり暴れると思うので、しっかりと押さえていてください。では、お願いします、グフタス班長。」
グフタスが、“サラシ布“の上から熱湯をかける。
「ぐわぁ〜。」
当然、ミゼルは暴れた。必死にそれを押さえるハルとグランダ。ミゼルの叫び声は、当然テントの外にも漏れていた。テントの外にいる者たちは、ミゼルの状態を知っているので、中には、顔を背けるものもいた。下を向き、涙をこぼす者さえいた。
(何やっているのかわからんが、ハルのことだ。助けようとしてるんだろ?信じるぜ。だから、“センパイ(ミゼル)“の事、頼んだぜ。)
「ふぅ〜。なんとかなりましたかね。」
「そ、そうなのか?」
「たぶん、大丈夫だと思います。」
グランダが、サラシをどかし、患部を見て、頷く。どうやら、痕は消えたようだ。
「あとは、患部を保護するように残りの“サラシ布“を巻いて、新しい服を着させてあげてください。しばらくすれば、目を覚ますと思いますので、まずは、熱湯から冷ましたお湯を少しずつ与えてください。」
「わかった。すまんな。ありがとう。」
「いいえ。では、僕は、他の方々を見てきます。」
ハルが、テントの外に出ると、一緒にミゼルを押さえていたグランダが出てきて、
「あ、ありがとう、班長を助けてくれて。それと、ごめんなさい、失礼なこと言って。」
「いいえ。こちらこそ、あやふやなことでも僕を信じて助力いただけて助かりました。ありがとうございました。」
ハルは一礼して、他の怪我人たちのところに向かった。
(でもなぜ、こんなところに『ハイスパイダル』なんかが出たんだろう?僕たちのところのホブゴブリンの大群もそうだけど。なんかおかしくないだろうか?ゼノ爺ならわかるかなぁ?)
いろいろと思念することがあったが、まずは、目の前のことを優先すべき、と邪念を捨てて、ハルも救護にあたった。




