第4話
二
「シバラク眠れそうにないな」
その頃、少女を抱えながら街を逆走していたセキレイはくたびれた顔をしてくたびれた声でそんなことを呟いた。
怪異の追跡はしつこく、蟲は何処からでも湧いて出てくる上に人に寄生し襲ってくる。
何れは覚悟しておけとベイクからは予てから言われており、しかも件の建造物では実際に彼が人を斬るところを目の当たりにしていながら、しかしやはりそれが既に息絶えていて蟲が操っているものだとは理解していても、己が自ら手を下す感触は精神的に彼女を追い込んでいた。
けれど生かしておくことも出来ない。
そもそも死んでいるのだ。
「……チリはチリに。こういうことか、シショー……」
道を阻む蟲を、それが伸ばす触手を巧みに掻い潜りすれ違いざまに両断し、それに寄生された人が来ればそれも切り伏せる。
その時にセキレイの脳裏に過るのはベイクが口にした言葉であった。死した者には安らかな眠りがもたらされなければならない。
救うことが勇者の使命なら、これもきっとそうなのだろう。
「……“アイツら”とは違う、“あそこ”とは違うんだ。ワタシは、シショーみたいな勇者になるんだ」
人一人を背負いながら片手だけで剣を振り回し、絶え間ない人と異形の波を切り伏せて行く。
疲労が溜まり、軽かったはずの少女を重く感じる。消耗が進み、身体能力を底上げさせている魔法の出力が下がっているのであった。無論、本来のセキレイの筋力では人を抱えるのがやっとで、そこで更に剣など到底片手では振り回せない。
剣の速度はこれまでの紫電とはほど遠く、軟体性の蟲はまだ良くとも、それが人の皮を被り出すと両断するにも苦労し始める。
そもそもとして、剣を持つ腕すら震えるばかりで上がらなくなり始めていた。セキレイは悔しげに歯を食い縛り、残る力を振り絞り腕を振る。
舞い散る鮮血の中に青い閃光が瞬いた。
「勇者ベイクは、こんなことじゃ弱音吐かない! ワタシだって――」
弱音吐くものか――彼女の黄金の双眸が輝く。まるで魔力の消耗など無かったかのように彼女の周囲を雷が跳ね回り敵を焼いて行く。その中をセキレイは踊るように身を翻しながら蘇った紫電の剣を振るう。
それは彼女が苦手としていたはずの魔法と剣を併用した、それはまるでベイクと同じ戦いであった。
「う、っあぁぁあ!!」
セキレイの剣に雷が宿る。チチチと鳥のさえずりのようなけたたましい音を奏でるその剣を彼女が振るうと、そこに宿した雷が剣の形を成し飛翔、彼女の周囲を囲んだ蟲も、それに寄生された人も、ロイツォーストーへと変容したものもことごとくを切り倒し電熱が燃え上がらせる。
そうして道が切り開かれたことにより再びセキレイは足を走らせる。今の彼女の意識は少女をレアたちの元へと届けることだけしかない。
他のことは、疲労すらも忘れられて彼女にそれらは何も影響を与えることが出来ないでいる。魔法と剣の併用も然り、理性ではなく直感的にこなしていた。
そんな時である、低く鳴り響き、地面を振動させるほどの轟音が彼女が背にする建造物から轟いた。咄嗟にセキレイは振り返る。建造物の外観からはなんの変化も見て取れない。
「……シショー」
きっと大丈夫――そんな風にセキレイは胸中に募り来る不安に言い聞かせ諫めて行く。今は何よりもこの少女を助けなくてはならないのだからと。
再び正面を向き、そして彼女が走り出そうとした時、彼女の口から「げっ」と調子の悪そうな声が溢れ出た。見ると既に彼女の前方は蟲の大群に埋め尽くされようとしていたのである。
今一度突破するしか無い。セキレイはその覚悟を固めるべく、改めて己の状態を確認しようとする。
――そう言えば、これまでどうやってヤツらを倒してきたんだっけ? ライディーンに雷が宿っているけど、これはどうやったんだったかな?
「うわおっ!?」
そんなことを考えた直後であった、眺めていた剣に宿る雷が突如として暴れ出し、剣から離れて周囲を暴れ回り始めた。
突然のことに彼女は素っ頓狂な声を挙げ、己の足元をのたうち回る雷から逃れるべく両脚をバタバタと踊らせる。
ここまで少女のためにとの一心でいたところを、一度落ち着いたが故にこれまで通り頭で考えてしまったがため、制御が利かなくなったのである。
セキレイの制御を逃れた雷はそれこそ子犬や子猫のように彼女の周囲をひたすらにぐるぐると回り続けた挙げ句、最後には分裂し、そして再び一つになろうとしてぶつかり合い炸裂。
強烈な閃光と破裂音を響かせ、それに驚いたセキレイは思わずその場に尻餅をついてしまい、すると少女を支えるために取っていたバランスが崩壊して彼女は少女を投げ出し結局、仰向けに倒れてしまった。
「あったたぁ~……って、ヤバッ!?」
「いい、ったぁ~……何よ、なんなのよ……」
二人分の体重が臀部に掛かったが故に痛みもひとしおか、仰向けのまま腰を浮かせ自らの臀部だとか腰を擦るセキレイであったがすぐに担いでいた少女を思い出し体を捻る。
そしてセキレイの少し後方で少女は発見され、しかも投げ出された衝撃であろうか彼女が目を覚ましたことに気付いたセキレイは安堵する。が、すぐにそんなことをしている場合でないこともまた思い出した。
「ヤバ、ヤバヤバヤバッ」
腰の痛みは残っていたが、それを押してセキレイは両脚を持ち上げるとそれを振り下ろす反動で飛び起きる。
そして対峙した怪異の群れ。彼女がそれを睨み付け、手にした剣を構えた――直後に、群れは突如生じた爆発に吹き飛ばされ、突然の事態に再び尻餅をついたセキレイが後ろの寝起きの少女と共に目を白黒させる。
爆発の次は直線に伸びた白い光線が横薙ぎに振るわれ、するとやはり怪異たちはそれにより燃え上がって行く。
そうして、一頻りの怪異が焼失し、煙の中、それを払い除けながら姿を現したのは――
「フレイ!! ……それに、レア……」
その二人であった。
アルフレイは手にした短い杖の先端に光を灯しつつ周囲を警戒し、そしてレアはその両手にそれぞれ、先端に環のついた球体が装着された長大な杖を持っていた。
そしてばつの悪そうにするセキレイの側までレアは駆け寄ると、石突きを石畳の地面に叩き付け片方の杖をその場に直立させると彼女に手を差し伸べながら笑いかけ言った。
「良かった。無事、かな?」




