第3話
腕輪が変形をし左腕から胴体、そこから右腕両脚とベイクの全身を鈍色の鎧、曲線が多用され有機的な見た目をしたデビルズスケイルが包み込んだ。
最後に彼の頭部を湾曲した一対の角を携える兜が包み、笑みを浮かべる彼の顔面もまた悪魔のような厳つい形状の髑髏を模した面が覆う。
そうするとベイクが足元に出現した円が消失し、それを見計らったように彼の周囲を渦巻いていた影の数々が姦しく笑いながら鎧へと飛び込み、入り込んでいった。
数百とあった影たちは瞬く間にベイクの鎧へと全てが収まり、するとこれまで鈍色だけであった鎧の各所へと赤い火が灯る。その輝きはベイクの放つ炎とはまた違う、より赤く血のような色をしていた。鎧へと魂が宿り、血が通った。
再び天井を見上げたベイクの顔、今はもう面に覆われているその顔であるが、鋭い鉤爪のような眼孔部にも赤い火は灯り、身動ぎの度にその残滓が尾を引く。
鋭い牙を携えた、凶悪な獣のような両顎を模した頬当ては開口され、唯一ベイクとしての生身の口元が覗き、それは僅かに歪み笑みを形作りつつも唇の合間から覗いた食い縛った歯には怒りの感情が見て取れる。
「――十二門全開放。ドラゴントゥース・スピアランス」
鎧の背面。背中に六門、左右のふくらはぎにそれぞれ三門ずつ配置された噴口から計十二柱もの炎が噴き出し、その炎の出力が高まるにつれキンと甲高い音が響き始める。
それと共に唱えたベイクの言葉に伴って、彼が両手で柄を握り締め眼前に直立させた大剣がその形状を刺突に特化した、円錐状をして、より牙らしい姿の大槍に変化させる。
それを確認した後、ベイクは一度膝を屈し両脚へと力を込める。炎は更にその火力と勢いを強め、ふくらはぎから噴き出る六つの火柱を浴びる床は白熱し泡立ち始めようとすらしていた。
「うぉぉぉお!!」
咆哮した刹那、ベイクは両脚に蓄えた力を解放し屈していた膝を勢い良く伸ばし己の巨体を跳ね上げる。
すると同時に一気に出力を増した炎は爆発を生じ、そして彼は携えた大槍を以て流星となり堅牢な外壁と同様の材質に変化した天井へと激突。生まれた衝撃に部屋を埋め尽くした炎や残った肉蔓だとかその燃え滓は片端から吹き飛ばされる。
槍の切っ先と天井が轟音を以て衝突し、その結果としてそこへと僅かにめり込む。
「――螺旋れ! フォウグ!!」
ベイクが叫ぶ。
呼び掛けるは彼の邪竜の名であり、そしてそれに応えるように鼓動したのは彼の得物である今は槍へと変化している大剣、ドラゴントゥースであった。
それは直後に円錐状の本体へ螺旋を描いた刃と噴射口をそれぞれ出現させ、あまつさえベイクの炎を借りてそれを噴射することで猛烈な勢いを以て回転を始めた。
大槍の回転は緩まるどころか更にその回転する速度と勢いを増して行き、ガリガリと堅牢を削る音を火花と共に絶え間なく奏でる。ベイクはその威力に己が持って行かれないよう、柄を鎧による爪の備わった左右の五指でしっかりと握り締めながら、両腕は込められたあまりの力故に装甲を押し上げるほどに膨張していた。
歯噛みをし、面の炎が灯る眼孔の奥でベイクは睨み付ける。
それは一見天井を睨んでいるようでいてその実、彼が見据えているのは、その狙いを定めているのはずっと先に居るはずのこの事態の元凶であった。
――出し惜しむ必要など無い。これまでだってそうやってきた。これからもそうで、そして伝えるため。
――もっと力を込めろ! 全身の力を総動員して、クソッタレた天井なんざぶち抜け!! やって見せやがれ、ベイク!! この野郎!! 手前が目指した勇者は、こんなモンじゃねえはずだ!!
「ヘタレてんじゃ……ねえぞぉお!!」
怒号が轟き、ベイクの背面に生じた十二の火柱がより大きくなる。大槍から噴出する炎もまた同様。そして彼の全身は槍諸共、その炎に包まれた。
すると直後、また炎に埋め尽くされた部屋に何か鋭く、ものが砕けるような音が響く。刹那、立ち上った炎が回転し、そして再びの爆発が生じた。
逃げ場の無い衝撃に圧され、より力強く登り詰めようとする炎そのものと化したベイクに耐えかね、遂に天井は崩壊。瓦解するとその破片すら巻き込んで高速で回転する火柱は次の階の天井も、そのまた次も、その階に存在する怪異たちのことごとくを焼き尽くしながら次々と突き進んで行った。
――炎の中でベイクは想起していた。
これまでの戦いを、自分がどんな思いでいたのかを。かつての仲間たちを、レアを、セキレイを。
――そして今の自分が本当に、真実で、正しいのかどうかを。
やがて数え切れないほどの障壁たる天井を突き破り、昇り行く流星が辿り着いた先。纏った炎を振り払い、残る十二柱の火柱にて飛翔したベイクが見たもの。その光景に彼は驚愕した。
「星だと……?」
外部までは至っていないはず、ならばそこはまだ室内のはずであり、例え外であっても今は怪異の影響で星は無かったはずである。
しかしベイクが見上げた先には星があった。しかし一面の星では無い。それはまるで蛇のように長く伸びた、幾つかの星の集まりであった。
――そうで無くとも。
その空間を見渡したベイクはこれまでの部屋に比べ、此処が異様に広いことを知り、そして己が突き破ってきた床の大穴意外、全てが闇で包まれていることにも気付く。一つ間違えれば天地の感覚を無くしかねない。
幸いにして星と風穴のおかげで平衡感覚を失わずにいたベイクであったがもう一つ、彼が正気で居られる理由があった。
「テメエが――」
それは広大な闇に、星座と共に存在する巨大。
それこそは――




