第5話
三
――遥か星宿より来たりて、影。
其は長き影、遥か遠き呼び声に呼ばれて来たり。
――其は長き影、遥か星宿の主なり。
遥か遠き呼び声を聞きし影、其は遥か星宿より来たり。
――其れこそは、ロイツォーン。
「テメエが――」
鎧の背面に設けられた十二もの噴射口から噴き出す炎により宙に浮揚するベイクが、面に空いた二つの眼孔の奥の双眸で見遣るものは竜とも蛇ともつかない、またはそのどちらにも見える巨大な“蟲”。
その体表はこれまでの蟲に似てぬらぬらとした粘液に覆われた軟体に見えるが、そこには鱗のようなものが見られ、また無数の蟲が張り付きその尾部が揺れる様はあたかも風になびく体毛のようであった。
何より違うのは大きさで、他の蟲が精々一メートル近くなのに対し、ロイツォーンは優に十メートル以上はあるかという巨躯。
ベイクとの体格の差は歴然であり、浮揚しながらもまだ、ベイクは鎌首をもたげるロイツォーンを見上げていた。
そして彼を見下ろすロイツォーンの頭部には瞳のようなものも、それに相当するような器官も見受けられず、眷属たる蟲に見られた人面もありはしなかった。ただ尖った先端部からは四本の触手が伸び、宙をのたうち回るばかり。
「――ぶっ潰す」
ベイクがその敵意をそれへと向けた時、風切り音を奏でながら四本の触手が彼を襲った。
しかしそれをベイクは鎧の噴口の角度を変えることで噴射されている炎の向きを変え、姿勢はそのままに左右へと、纏う炎が生み出す残像を残して高速に移動。回避する。
その際、彼の耳には何か甲高く鳴る夜蟲の羽音に似た音色が届き、その後四本全てが四方より迫り回避が困難と判断したベイクは右手の大槍を振るいそれを受け止めた。
すると触手と槍が接触した直後、凄まじい衝撃が得物を通じ彼の腕を襲う。確かな痛みに僅かに歯噛みしたベイクであったが、彼は構わず槍を振りきる。触手と共に大槍は大きく弾き飛ばされる。
「振動、か。直撃はマズいか」
クソの分際で味なマネを――吐き捨てたベイクはドラゴントゥースを大槍の形状から大剣へと戻し、再び襲い来る触手から逃れるように六対の噴口からの火炎噴射で飛翔する。
噴口の角度を巧みに変えることで滑らかな軌道で宙を駆けるベイクを触手の鞭のような一撃が見舞う。それを彼は錐揉みし紙一重で回避すると、その先で待ち構えていた三本による挟撃をも四肢を投げ出し、小刻みに繰り返される火炎の噴射で姿勢と軌道を調整しながら合間を縫うようにして掻い潜って見せた。
そうして安心する暇も無く、小さな破裂音を繰り返しながら噴射を利用し再度姿勢を調整しようとするベイクがふと顔を上げると、眼前には何か巨大な影が迫っていた。彼の口から「クソ……」と短い悪態が溢れる。
触手による攻撃でベイクを誘導したロイツォーン本体がなんと移動をし、持ち上げた巨体で彼を押し潰しに掛かったのである。
ベイクは咄嗟に剣を振るい迎撃に出るが、そこにロイツォーンの体表から剥がれ落ちた蟲たちが彼に群がり動きを邪魔する。
ロイツォーンに比べればずっと小振りではある蟲だが、それでも一メートルはあるのだ。軟体性の体は自在に曲がり、瞬く間にベイクの体に巻き付き触手と共に彼を雁字搦めにしてしまう。
力尽くで引き千切ることもベイクには出来たがしかし、そうしている間にもロイツォーンは迫り、遂にはベイクの姿はその巨体に埋もれてしまうのであった。
ズンという鈍い音と振動が、星座がただ一つ浮かぶばかりの闇空の空間に轟いた。




