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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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魔術都市シャルド 4

「それで具体的に今の状況はどんな感じなんだ?」


 未だに湯気を上げる紅茶に手を伸ばしながら、目の前に座す美顔のエルフに問いかけた。彼は、どこから話すべきか、と前置きをしながら話始めた。


「まずは龍の出現した地点ポイントだが、ここから南に行った場所に森や湿地帯が広がっている。どうやらそこにいるらしい。現状では都市の方に龍による直接の被害は無い」

「……ってことは間接的な被害は出ているのか?」


 ラファリアは瞼を閉じ、険しい表情を浮かべる。そこから察するにおそらくかなりの被害が出ていることが容易に想像できる。


「森や湿地のほうから魔物が溢れ出てな、それが原因で都市周辺でかなり人的被害が出ている。しかも高ランクの魔物が多くてな、討伐の方も追いつかない」


 鼻根部を抑えるラファリア。おそらく途切れるとこの無い毎夜の書類仕事に目が疲れているのだろう。よくよく見てみるとその表情もどこか疲れが見え隠れしている。


「かなり根を詰めているようだな?」

「長としての務めだ。嫌とは言えんさ」


 ラファリアは気丈にもそう振舞って見せるが、やはり周囲も心配しているのだろう。ギルド嬢が憂いの視線を向けている。


「さて話を戻そうか。今は周囲の魔物の討伐を主に行っているが、準備ができ次第根源を叩こうと思っている」


 そこでギルド嬢が何か紙を取り出して、それを俺たちの前に置いた。俺はその紙を手に取って見る。書いてあるのは今回の緊急依頼に際して、協力を申し出た冒険者たちのパーティー名と数、そして人数などが詳細に記載されている。


「へぇー、かなり高ランクの冒険者も参加するんだな。それで、こんなもの俺たちに見せてもいいのか?」

「まあランクを秘匿したがる者も中にいるが、今は有事だ。それにそれを見せたとこで顔が分からなければどうにもならんだろ。何よりその程度でかなりの戦力を得られんだ、安いものだろ?」

「おいおい、下手したら責任問題に発展しかねないだろ?」

「それでも私の首一つ程度さ。それに責任を追及するにも龍を討伐しない限り、追及も何もない」


 違うか?と言外に訪ねてくるラファリア。その瞳からは強い意志が伝わってくる。何よりその自分の首すらも賭けて都市を守ろうとする姿、正直感服せざる負えない。

 俺は感情を隠すかのようにわざとらしくため気を漏らす。


「そこまでの覚悟を見せられると相応の働きをしないとな。とりあえず討伐戦までの間に何か助けが必要なら言ってくれ。魔物の掃討くらいなら手伝うさ」

「それは心強いな。具体的な日程はまだ決まっていないが、他の都市から騎士団が派遣される予定だ。それがやって来次第に討伐戦を決行する」


 俺はそれに分かったとだけ返事し、その日はそのまま解散となった。

 皆を引き連れて個室を後にすると、そこは未だに異様な雰囲気が漂っていた。俺たちはそんな彼らを避けるかのように、壁沿いを隠れるように進み、ギルドを後にした。



 異様な雰囲気と真面目な話をしていたせいで凝り固まった身体をうーんっと伸ばし、さらにコキコキと首を鳴らす。


「それでこれからどうしますか?」

「とりあえずは宿に向かって……それから様子見がてら少し外壁の外に出てみるか」


 肩を鳴らす俺の後ろからルナがこれからのこと心配そうに聞いてきた。そんなルナの質問は他の全員の総意を代表して聞いた、という感じだったので俺は全員に聞かせるようにこれからのことを口にした。

 それに見事に食いついてきたのはある意味では予想通りの人物だった。 


「へぇ……面白そうね?」

「なんだ、ついて来たいのか?まあ、お前なら来ても問題どころか、戦力になるが……」


 フィリアーナの瞳には、溢れんばかりの闘気がみなぎっていた。しかし同時にその顔には残念そうな成分が宿っている。

 どういうことだ、と訝しげな視線を送っているとフィリアーナはまるで遠くを眺めるように、視線を俺から外した。


「残念だけど、私は予定があるから行けないわ。ごめんなさいね」


 その予定とやらが少し気になったが、俺はそれを追及することはせずに「そうか」と簡潔に返し、止めてある馬車に馬を繋ぎ、移動できる準備を整える。


「よし、こっちは準備完了だな。レイ、そっちはどうだ?」

「こっちも終わりました。いつでも大丈夫ですよ」

「分かった……それじゃあ乗って良いぞ」


 声を掛けると待っていた女性陣が馬車に乗り込む。乗るのは俺たち三人に加え、フィリアーナとマルレーヌである。

 宿についてはフィリアーナ達と同じとこのが何かと都合が良いという事で、彼女たちを送っていくついで、ということで彼女たちを乗せている。まあ、そんな理由がなかったとしても送っていくつもりではあったのだが。


 そのまま灰色の石畳眺めながら馬車をバヘル方向に進める。やはり目端には怯えた表情を浮かべる人々が多く映る。


「平和って……短いもんだな」


 ぽつりとそんな言葉が自分の口から独りでに漏れる。幸か不幸か、隣で手綱を握るレイアードには聞こえなかったようだ。

 そのことに安心しつつ、俺は聳え立つバヘルをただ眺めた。




「あ、見えてきましたよ、兄貴!あそこですよね?」


 レイアードが指差す先に見えてきたのは洋館を思わせる宿だった。宿としては些か巨大な感じもするが、この都市最大かつ最高とのことなので仕方のないことなのだろう。


「ああ……それにしても随分と趣があるな」


 完全に都市景観の一部として溶け込んでいることに感心してしまう。


「とりあえず正面に止めればいいですかね?」

「ああ、そんな感じで頼む」


 そんな会話を展開しながら馬車はゆったりと洋館を思わせる宿に近づいて行く。

 馬車が宿の前に停止すると同時に、宿の正面扉が開かれ、中から執事を思わせる恰好をした壮年の男性が出てきた。宿のランクが高いと出迎えなどがあると聞いたことがあるが何の事前の連絡も無い状況で、しかもこんな枯れ草色の外套を身に纏う人間が最高級の宿に泊まるとは誰も思うまい。そんな邪推からか、俺はその男性に訝しげな視線を送っていると、男性を俺たちに対して恭しく一礼し、口を開いた。


「これはこれは。よくいらっしゃいました。ギルド長からお話を伺っていますよ」


 確かに俺は連絡用にと滞在予定の宿の名をラファリアに伝えていたが、まさかそこまで手回ししてくれていたのか、と思わず申し訳ない気持ちになってしまう。


「そうだったのか。悪いな、なんだか疑うような視線を向けてしまって……」

「気にしないでください。むしろ出迎える側の人間が不快な気分にさせてしまい、申し訳ございません」


 謝罪したつもりがまさかの謝罪を返されると言う展開に、どうしていいか分からなくなってしまったが、隣にいるレイアードは全く気にしていないようで颯爽と馬車から降りて、その壮年の男性に手綱を任せている。その壮年の男性も当たり前のように手綱を受け取っているあたり、停止しているのはどうやら俺だけらしい。

 どこか置いて行かれている気もしないでもないが、とりあえず茫然としていても仕方ないので俺は幌からルナたちが降りるのをエスコートする。


「ありがとうございます、マフユ様」


 最後に幌から降りてくるルナの手を取る。そのままルナが降りるのに合わせて、俺もゆっくりと手を引いてあげると彼女は笑顔を浮かべてくれた。


「これでお連れ様は全員ですかな?」

「ああ、その通りだ」

「分かりました。それでは皆様はこちらにお越しください」


 いつの間にか現れていた青年に馬たちを預け、執事服の男性は俺たちを先導するように洋館の扉を開けた。

 内装はどうやら今まで泊まっていた宿と似ていて、一階には食堂が併設されていた。時間的には昼を過ぎてお茶を楽しむような時間のためか、その食堂からは芳醇な紅茶の香りや甘い菓子の香りなどが食欲をそそるように漂ってくる。そんな貴族的風景のせいか、あるいは内装自体の雰囲気か、そこで食事するのは冒険者のような粗野な人間には似合わず、どちらかと言えば品性のあるルナやフィリアーナ辺りが似合いそうだと俺は感じた。現にそこでお茶を楽しんでいるマダムや紳士は一様に高級そうな服をあるいは正装を身に纏っている者など、俺のようなみすぼらしい人間には到底似合わない。まあ俺の場合は酒場もどうにも似合わないのだが。


(そう考えると俺って結構中途半端だよな……)


 貴族的範疇にも、冒険者的カテゴリーにも属さない俺。単なる貧乏人でしかないような気がしてきて、若干哀しくなる。


「マフユ様、どうかなされましたか?」

「え、あ、いや……なんでもない。気にしないでくれ」

 

 心配そうに見上げてくるルナ。そんな彼女にとてもではないがこんな下らないことを相談できるわけも無く、安心させるように努めて平静を装った。まあ装うほどの事でも無い気もするが。

 そんな俺の対応に頭に疑問符を浮かべ、心底不思議そうにしている。相変わらず可愛らしいとしか言えない。


「兄貴、部屋の方に行くみたいですよ!」

「おう、すぐ行く。ルナ、行くぞ」


 知らぬ間に説明などが終わっていたらしく、レイに声を掛けるまま俺はルナの手を引いてその背中を追った。

 俺たちの部屋は三階の一番奥だった。もちろん俺たちとは、言うまでも無く俺とルナの、である。レイアードは俺たちを案内すると、レイアード自身の部屋がある一つ下の階層に降りて行った。どうやらシングルとそれ以外で階層を分けているらしい。

 手持無沙汰気味に部屋で立ち尽くす俺。さすがに以前ほど動揺は無くなったが、それでもやはり気恥ずかしいものがあり、視線が不自然に部屋中を巡る。


「……ふぅ」


 とりあえず突っ立っているのも変なのでベッドの端に座り、おもむろに息を吐き出す。ルナはと言うと、俺が魔法の袋から出した服装類をせっせと整理している。その肩の上ではフィンがルンルンと上機嫌に花蜜を飲んでいる。

 

「ルナ、それが終わったらとりあえずレイの奴を連れて外に行ってみよう」

「はい!ですが、私もついて行ってよろしいのですか?」


 戦闘に不安があるルナはどうやらついて行くことに悩みがあるらしい。というか、どちらかと言えばついて行っていいのかというニュアンスが強い。おそらく俺たちの足手まといになるのではないか、と危惧しているのだろう。そんな彼女を安心させるように俺は口を開く。


「ああ、問題ないよ。それにルナがいてくれた方が俺も安心できるし、何があっても守ってやるよ」


 だから、な?とポンッとルナの頭に手を乗せる。相変わらず可愛く俯くルナ。しかしその表情はとてもうれしそうで、俺としても一安心である。

 それから少しするとルナの部屋の整理が終わった。


「さて、それじゃあとりあえず行くか」

「はいっ」


 腰に直剣を携え、念のために短剣も外套の下に忍ばせる。本来ならば弓も持っていきたかったのだが、生憎まだ矢を補給出来ていないので断念する。


(帰りにでも矢を補給しておくか)


 脳内で武器屋に寄るというメモを書き留めつつ、ルナとフィン、そしてツルキを共だって俺は部屋を出た。

 階段を下り、多少の居心地の悪さを感じてしまう一階のカウンター近くでレイアードのことを待っていると、見覚えがあるような集団がゾロゾロと階段を下りてきた。そんな彼らの中にとある青年――名前は確かマーカスとか言っていた気がする――を見かけ、その集団が一座の人々だと分かった。


「あれはフィリアさんの一座の人たちですね。これから何かあるのでしょうか?」

「さあ、な。ただ、あれだけの人数を伴うってことだから、何かするんじゃないか?公演に向けての練習とか」


 俺より先に一座の人間だと分かっていたルナが、耳元でぼそりと聞いてきた。だが、生憎と俺も彼らの予定を聞いてはいないので、その答えを知らずに推測しか述べる事が出来ない。

 もちろんこんな有事にそんなことをするのか、と思うかもしれないが、人々の不安を和らげるという意味では娯楽はあった方が良いに決まっている。もちろんソレが緊迫した雰囲気を台無しにするモノの場合には問題があるが、それはあの座長がいる限り大丈夫だろうと俺は思う。

 

(フィリアーナの言う予定ってコレのことだったのか?だが……)


 一瞬、彼女の言っていた予定と言うのがコレの事だったのか、と思ったのだがその割に集団内に彼女の姿が見当たらない。あれほど目立つ風貌と言うか恰好を見逃すはずもないんだが、と思索に更け入りそうになったところで、レイアードがやってきた。


「すいません、待たせちゃいましたか?」

「いや、大丈夫だ。それじゃあ行きますか」

 

 壁にもたせ掛けていた身体を気だるげに持ち上げて、そのままゆったりとした足取りで俺たちは外に出た。

 外に出ると空はすっかり茜色に染まり、一部ではもう夜の闇が迫り始めている。この調子だとあと1時間程度で日が沈む気がする。


「暗くならないうちに戻るようにしよう。夜に出るのは流石に危険だろうし」

「そうっすね」


 若干早足気味に外門へと歩みを進めた。

 その道中でももちろん街の景観を眺め、目ぼしい店はないか視線を巡らせるが、やはり基本的には魔法関連の店が多く流石魔術都市だなと思わせられてしまう。遠目に見える店内の様子はとても奇怪であり、独りでに宙を浮いている絨毯や不気味な人形、カラフルすぎるお菓子のようなモノなど他の都市ではまずお目にかかれない。

 そんなためか、ルナが興味津々といった感じに目を輝かせているのがとても印象的である。俺も魔力が多い分、魔法道具と相性がいいのかもしれないが、どうにも興味が湧かない。

 そんな感じで観光気分で街内を歩きつつ、ややあって門に到着した。


「意外と出ていく人が多いんだね?」

「ラファリアも言っていたが、おそらく依頼で魔物を減らしに行く冒険者だろう。かなり重装備だし、かといって逃げるには荷物が少なすぎだしな」


 俺の胸元からちょこんと顔を出したフィンがへぇーと感心したようにその光景を眺めている。


「さて、それじゃあ俺たちも行きますか」


 門を出ていく冒険者の列に俺たちも並ぶ。とは言っても、そんなにいるわけではなくて、せいぜい10人もいないような列なのだが。

 門から出る際、衛兵には冒険者なんだが、と声を掛けると煩雑な手続き無くすんなりと通してくれた。彼らからしても今の時間やタイミングで逃げ出すような輩はいないと判断しているらしい。随分とずぼらな気もしないでもないが、非常事態なのだしそんなのいちいち気にしてる暇もないのだろう。

 そんなことを思いつつ、俺たち三人は堅牢な門を潜り抜け魔物が蔓延る世界に足を踏み入れた。

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