饗宴 1
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頬を撫でる温かい空気にはもう涼しさが無く、本格的な季節が移り替わりを示唆している。そんな生ぬるい風に少々嫌な顔を浮かべつつ、眼前に広がる草原を軽く見渡す。
獰猛な唸り声も、耳劈くな金切り声も、冒険者たちの怒声も、何も聞こえてこない。普通に考えれば平和そのものである。
「なんか聞いてたよりも随分と穏やかだね、マフユ」
「そうだな。意外と冒険者たちががんばってるのかもな」
俺の頭の上で機嫌よく鼻歌を口ずさみながら、興味深そうにキョロキョロと視線を巡らせるフィン。ラファリアの話ではかなり被害が出ているという話だったのだが、案外そこまででもないのかと考えてしまうが、彼の疲れ切った顔を思い出し、内心でかぶりを振る。
(おそらく相当無理してるんだろうな……)
今ある戦力で、最大の結果を出すために日夜頭を悩ませながら、盛大に唸り声をあげているに違いない。その成果がこの一見すれば静かな現状なのだろう。
内心で疲労感に包まれたエルフさまに労いの言葉を掛けつつ、進路を街道から逸らし草原地帯を行く。街道から逸れたと言っても、基本は都市の周囲なので比較的歩きやすく、草丈も低いので見晴らしも良好。
「この分だと俺たちは今日は戦闘は起こりそうにないかな」
「そうですね。もう少し奥まで行けば恐らくは魔物もいるようですが、俺たちは野営の準備はしてないっすからね」
もちろん魔法の袋は俺の肩に背負われているのでいつでも野営は出来るのだが、別に今日ぐらいは宿でのんびりと休みたいし、何よりやはり袋の中の道具も減ってはいるので買い足す必要もある。
そう言った理由から軽い会話をしつつ、俺たちはある程度進んだ場所で一旦脚を止めた。
「さて、そろそろ時間切れ、だな。もどるか」
空に浮かぶ三日月はその姿をくっきりと夜空に映し出し、強い光を放っている。それだけで時間がどれほど経過したのか、あるいは時間切れかを表している。
「まあ仕方ないっすね。情報はギルドのほうからもらいましょう」
戦えなくて少し残念そうな表情を浮かべながらも、あっさりと指示に従うレイアード。この辺はフィリアーナと違うとこだな、と不要な比較をしてしまう。
そんなことを思っていると、遠くの方でキンッ、キンッ、と微かな金属音と魔物と思しき断末魔が微風に乗って耳に届く。
(聴こえているのは俺だけ、って感じだな)
フィンやルナ、レイアードをの表情を確認してみるが、誰もその音が聞こえてくる方角に目を向けていない。唯一俺の外套の下で微かに動いて見せたツルキだが、眠いのか、あるいは興味ないと言わんばかりにその動きを止めて、睡眠の姿勢を取っている。
「どうしたのですか、マフユ様?」
不自然に動きを止めた俺に訝しげな視線を送ってくるルナ。一瞬、本当の事を話さそうと思ったが、向こうは危険が無さそうだし音も途絶えたので、問題ないと判断し、ルナにはかぶりを振って見せる。
「なんでもないさ。さて、それじゃあ戻ろうか」
小首をかしげているルナの背中をポンっと軽く押しながら都市に戻る。
帰り道も戦闘は一切なく、すぐに戻ってこれた。外門をのんびり眺めてみると予想通りほかの冒険者は一切見えない。冒険者どころか一般人もおらず、立っているのは衛兵のみ。仕方ないと言えば、その一言ですんでしまうのだが、どこか味気なさを感じてしまう。
(この風景……あの頃にそっくりだな)
数年前に幾度となく見た脳裏に焼き付く殺伐とした風景と酷似していた。あのころは今以上に都市や街の外は危険に溢れていた。
その時代とそっくりなことに味気なさを感じてしまう、という事に違和感が無くなった自分に多少の驚きを感じる。
「すっかり慣れたんだな……」
ボサボサの髪を困ったように掻きながら外壁を眺める。別に慣れたことが嫌、と言うわけでなく、むしろ好ましく思う。だが、その心情とどう向き合えばいいのか相変わらず分からない。
「ふふっ!」
そんな俺の心情を相変わらず聡く察したフィンが頭の上で面白そうに可愛く笑い声をあげる。そんなフィンを不思議そうに見上げるルナ。
「ほら、さっさと入るぞ。この後もやること残ってるし」
その不思議な空気を強引に打破しながら門に近づく。近づくと衛兵たちは俺たちの顔を見て、ああ、と言った表情を浮かべた。どうやら俺たちのことを覚えたらしく、今回は何のチェックもせずに厳戒態勢を敷く門を難なく通してくれた。
「うわぁ!綺麗ですねっ」
門を潜り抜けると同時にそんな感動しきった声が俺の横から聞こえてきた。
すっかり空は闇に覆われ、予定通りに都市に舞い戻った俺たち。そんな俺たちを出迎えてくれたのは幻想的な風景だった。
先ほどまでは都市は夕焼け色に染まり、それはそれで美しかったのだが、今はそれに比類しないほどの光景である。
都市の象徴とも言えるバヘルは蒼く発光し、それ以外の建物もバヘルを引き立たせるように種々に輝いてる。
その光景はルナのように声を出していないが、俺もすっかり魅了されてしまい、思わず見入ってしまう。頭の上ではフィンも、うわぁー、と声を漏らしながら瞳をルナ同様に輝かせている。
「龍なんて現れなければもっとすごい光景が見れたんでしょうけどね、時期が悪かったわね」
「ん?フィリアーナか」
立ち止まって都市を眺めていた俺たちの背後から聞きなれた声がしたので、振り返ると案の定そこにはフィリアーナが手を軽く振りながら立っていた。
相変わらず扇情的な踊り子装束で目のやり場に多少困るが、どこかこの今の雰囲気には合っているように思える。
「こんばんわ。あなたたちも今帰りかしら?」
「ああ、今日は軽く見てきただけだからな。それよりもそっちもどこか出かけていたようだが?」
フィリアーナは俺たちの後方からやってきた。という事は彼女も恐らくは都市の外に出ていたということだろう。だが、彼女の一座の面々は宿から出て行った際、俺たちとは別の方角に歩いて行ったのを見ている。つまり彼女の用事は別の事だったと言うのが、今はっきりと証明されたわけなのだが……。
「どこに行っていたかは秘密よ。それでも知りたいと言うなら……」
そこで不意に言葉を切り、スッと俺の耳元に顔を近づける。ふわりと香るルナとは違った甘い花のような匂いに、万人を惹きつける魅力的な肢体が視界に入り思わず上気してしまいそうになる。それでもルナとフィンの手前、そんな状況を見せるわけにはいかずグッと堪えて、平静を装う。そのおかげか、今のところ憂いの視線も、般若の姿も感じない。
しかし、その努力も虚しく、耳元で囁かれた言葉とその甘い撫で声に全てを無駄にされた。
「今夜、ベッドの中で教えてあげるわよ」
「うぐっ!?」
その紡がれた言葉の内容に思わず咳き込み、言葉を詰まらせる。ゴホゴホと咳き込みながらも、顔に血が昇り、赤くなっているのが自分でも分かってしまう。分かってしまうからこそ、俺は目を背けてた。
「何言ってんだよっ!!お前はっ」
「あら、別に何も変なことは言ってないわよ?」
フフッと楽しそうに微笑むフィリアーナ。完全に俺は彼女に手玉に取られている。
「女の秘密を知るってことは、相応の対価を示してもらわないとね。責任っていう対価を!」
「いみわかんねーよっ」
色々と突っ込みたいことが満載だが、今は声を荒げるだけで精一杯だった。こうでもしないと、変なことを口走ってしまいそうな予感がしたのである。
「あら、残念。交渉は決裂ね!」
さして残念そうではない表情をしながら追い回す俺をヒラヒラと舞うように躱すフィリアーナ。さすが踊り子と言うだけあり、その足捌きは相変わらず見惚れてしまう。
「さて、それじゃあお話は終わりってことで!折角だしこのまま夕食にでも行かない?」
ルナを盾にするように背後に隠れるフィリアーナ。こんな状況になってしまってはどうにもならないので、俺は諦めるようにハァとため息を一つ吐く。
「もう勝手にしてくれ」
「それじゃあ行きましょうか!美味しいお店知ってるのよ」
困惑顔のルナの背中を急かすように押しながら、慣れた足取りで石畳をある行くフィリアーナ。
(まあフィリアーナはこの辺の出身だし、色々と聞けるだろう)
そう割り切って、意を決したように頭の上で沈黙を貫く般若様に声を掛ける。
「え、えーっと、フィン?」
「なぁーに、マフユ?」
その優しい声とは裏腹に、ゾクッと背筋が凍りつくような感覚が俺を襲う。今の俺はまさに蛇に睨まれた蛙と言っても過言ではないほど、手足の自由が利かなくなっている。ここまでの感覚を往来のど真ん中で味わうとは思わなかった。
「情状酌量の余地は……」
ゴクっと生唾を飲み込みながら、一縷の望みに掛けて相棒に聞いてみるが、その結果は予想通りのものだった。
「死刑だよ。あとで覚えておいてね」
にっこりと無慈悲な微笑みを浮かべるフィン。その背後には怒髪天を衝いた般若が俺のことを睨んでいた。ガックリと項垂れる俺に訝しげな視線を送るレイアード。それでも何も聞かず、見なかったことにするかのようにフィリアーナの背中をおって行った。
俺もトボトボとそのあとを追った。長いのか短いのか分からない人生だった、と心の中で呟きながら。
「さあ、着いたわ。ここよ」
そんなアホのようなことを真面目に考えているうちにフィリアーナのおすすめの店に到着した。
そこは一風変わったスタイルの店だった。円形の店内で天井には格子状に木が張り巡らされているだけである。おそらくは雨天時にはそこを幕か何かで覆うのだろうが、今は好天のため綺麗な夜空を眺めることができる。
そんな店内には生簀が張り巡らされていて、仄かに磯の匂いを漂わせながら色鮮やかな魚たちが優雅に泳いでいる。そして中でも最も目を惹くのが中央にある巨大な舞台である。
(何か余興でもあるのか?)
そんなことを考えつつ、俺たちは席へと案内された。
「なかなか面白みのあるいいとこでしょ?」
そう自慢げに言うフィリアーナ。だが、確かにここはいいところだなと思わされる。冒険者たちの喧騒や様々な種族の美人たちの店員をナンパするお決まりの声が聞こえてくるが、酒場とは造りが違うせいか嫌な感じがしない。
「普段ならカップルや夫婦、家族連れの方たちなども多くて雰囲気も違うのですが、状況が状況だけに今は冒険者様たちが多いですね」
俺が店内を眺めていると、おしぼりを配りつつ案内の栗毛色をした女性が苦笑いを浮かべながら説明してくれた。
「まあ仕方ないわね。でも安心して!そこの彼、凄腕の冒険者だから」
ね?と言いながら俺を見てくるフィリアーナ。そう言うのはやめてくれ、と目線で訴えかけるが、彼女は楽しそうに微笑むだけで取り合おうともしない。
「あら、そうなんですか?それなら今日は頑張ってもらうためにもサービスしないといけませんね!」
そう言いながら一礼して去っていく店員の女性。流石冒険者相手の対応も手慣れているらしく、相手を持ち上げつつも適当にあしらう感じが見事なお手前だった。
「それじゃあ、とりあえず乾杯といきましょうか」
カチッ、と小気味よい音を鳴らしながら接触する2つのジョッキと2つのグラス。俺はそのまま注がれたエールをグッと煽り、程よく乾いた喉を潤す。隣ではレイアードも同じようにエールを煽っていて、ぷはっと言いながら口から離されたジョッキはすでに空になっていた。この飲みっぷり、まさしく典型的な冒険者だと思う。
対面ではルナがグラスを可愛く両手で持ち、チビチビと可愛く果実のお酒を飲んでいる。その姿はどこか小動物を彷彿させる。その隣ではルナとは対照的に妖艶に、あるいは誘うような感じでルナとは別種の果実酒を飲むフィリアーナ。両者ともに絶世の美女なだけに、周囲からの視線がものすごいことになっている。
それでも誰も近寄りもしないのは俺の横にいる男がいるおかげか。不審な動きをする輩が現れるたびにレイの有無を言わさない一睨みによって、不自然に動きを止めそのまま踵を返していく。
(本当にこいつは有能だな……)
半分ほどエールが残るジョッキを傾けながら、そんなことしか思えない。
「内陸なのに魚が多いですね!」
「それはここに生簀があるのも一つの理由よ。生簀のおかげで鮮度が保たれてるの」
目も前では女性陣が色々な魚料理に舌鼓を打っている。並べられた料理は確かに焼き魚や煮物、刺身など魚料理が多い。もちろん野菜や肉もあるのだが、内陸でここまで魚料理を楽しめるもの珍しい。
そんな中でもルナとフィリアーナの間ではフィンが花蜜を美味しそうに啜っている。まあ食事は娯楽なので好きな物を食べるのはいいことなのだが、なんだかな、と思ってしまう。




