魔術都市シャルド 3
続きは13時か18時になります。すいません
まさに異様な雰囲気漂うギルド内。誰もが真剣な面持ちで、アルコールの匂いも、喧嘩腰の強気な声も聞こえてこない。漂うのはピリピリとした張りつめた空気。ここにいる誰もが今か今かとギルドからの情報を待っている。
これはこれで居心地が悪いな、と俺は後頭部をガシガシと掻いてしまう。
「なんだか……すごいですね」
ルナもこの空気が異様だと感じ取ったようで、俺の耳元でぼそりと呟いた。そんなルナに俺も苦笑い気味に、仕方ないよ、とだけ返しておく。
普段ならこんな両手に花(もちろんフィリアーナの隣にマルレーヌもいるが)状態で、こんなところに入れば喧嘩を売れられるのが関の山なのだが、生憎状況が状況だけに誰も寄ってこないし、そもそも気が付いてすらいないのかもしれない。それだけ全員の心に余裕がないのだと思う。
(それだけ集中出来ているってことかな……)
そんなことを考えながら俺はフィリアーナに目配せをする。すると彼女もその視線に気が付いたようで、コクリと頷き返してくれた。
それを確認した俺は人垣を上手く躱しながら、閑散としたカウンターに向かった。
「悪いが、良いだろうか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
俺は忙しなく事務処理に追われるギルド嬢に申し訳ないと思いながら話かけた。向こうは忙しいにも関わらず嫌な顔一つせずに笑顔で対応してくれた。その間にも手だけは決して止まることはないという器用さに俺は面を食らいながらも話を切り出す。
「悪いが、護衛依頼の達成報告と報酬の授受のために一室借りたいのだが……」
「分かりました。それではまず依頼書の方をみせてもらえますか?」
俺が横にずれると、フィリアーナがそのまま前に出てきて依頼書を取り出す。それにギルド嬢はサッと目を通すと、すかさず判を取り出し、ポン、と小気味良い音を立てながら印を押して棚に仕舞い込んだ。そのまま棚から今度は鍵を取り出し、俺たちに渡してきた。
「確かに受理しました。報酬の授受には奥の一室をお使いください。これがその鍵です」
「忙しいのに悪いな。助かる」
にこやかに部屋の場所を教えてくれるギルド嬢に労いの言葉を掛けながら、これ以上邪魔をしないようにその指定された部屋に足早に向かった。
いくつもの個室が並ぶ中、俺たちが指定された個室は一番奥に位置していた。おそらく少しでも落ち着いて授受ができるようにというギルド嬢の気遣いなのだろう。心の中で謝辞を述べながら俺は鉤を使ってその部屋に入った。
その部屋は会議室を思わせるほど広く、整っていた。部屋の中央に位置する大テーブルに備え付けの椅子だけでも20脚以上は見え、それだけあるにも関わらず空間には余裕がある。
「随分と広い部屋ね?こんな部屋に通されたの初めてだわ」
「俺もこんな部屋に通されたのは初めてだな。というかそもそも使ったのが初めてだな」
「あら、意外……ってこともないかしら?」
疑問形にもかかわらず、俺の顔を見ながらどこか納得と言った表情を浮かべるフィリアーナ。どういう意味だ、と聞いてみたいがそれを聞くと凹む気がするのでグッと飲み込み、そそくさと部屋の奥に脚を進める。
「さっさと報酬の受け渡しを進めよう」
そう言いながら椅子を3脚引く。ルナとフィリアーナ、そして座長様の分である。俺は一応雇われた側ではあるのだが、別に報酬が欲しいわけではないのでルナの左横、一番端に座る。
対面側には残った冒険者たちのパーティーリーダーたちが座り、その後ろにそのメンバーたちが控えている。
「さて、これが今回の護衛の報酬です。ご確認ください」
フィリアーナがテーブルの上に貨幣の入った小袋をいくつか出した。その数は残ったパーティーと同じ数。それを受け取り中身を確認する冒険者たち、本来ならばここで一息つき、酒飲むぞー、とかうまい物買うぞー、とか娯楽に走ろうとするのだが、生憎そんな歓喜の声は一切上がらない。
全員が全員、神妙な顔つきでそれを受け取り、しまい込む。それを確認すると、フィリアーナがゆっくりと頭を下げる。
「みなさん、今回はありがとうございました。色々な予想外の事態に遭遇しながらも最後まで付いて来てくれた皆様には感謝の言葉しかありません」
それは彼ら冒険者たちの勇気を讃え、去らずに付いて来てくれたことに対する心からの謝辞だった。もちろん去った者たちを咎めるなど、そういう気持ちは無い。それは頭を上げたフィリアーナの横顔から十分に伝わってくる。
(こんな姿を見せらえると……な)
隣に座るルナとフィリアーナ、二人のその横顔というか所作に重なるところがある。
そんなことを思っているうちに、冒険者たちと一座の間での話し合いは終えたようで、冒険者たちが礼儀正しく一礼してからゾロゾロと立ち去って行く。そして最後の冒険者の背中を見送った後、変わるようにしてレイアードが入ってきた。
そこまでは良いのだが、その後ろに気になる人物を二人連れている。一人は先ほど会話したギルド嬢。そしてもう一人は――――。
「急に申し訳ない。少しだけ時間をもらってもいいだろうか?」
レイが何かを言おうと口を開こうとした瞬間、その後ろに控えていた人物がレイを制するように前に出てきた。
その人物は長い瑠璃色のローブに身を包み、手には長大な杖を持っている。それだけでも高名な魔法使いと言うのは良く理解できるのだが、いかんせんその風貌が箔を付けていた。
整いすぎて、まるで作り物ではないかと思わせるほどの貴公子。金色の長いサラサラ髪にローブと同じ瑠璃色の瞳、その美麗な目鼻立ちもそうだが、身長も高く、まさに欠点がないと言っても過言ではない。 それだけでもこの人物を語るには十分すぎるのだが、やはりその人物の最たる特徴は長く尖った耳。魅族――――それが目の前にいる人物の種族である。
「ええ、問題はありませんが……」
フィリアーナとマルレーヌに視線で確認してから丁寧に返す。俺の返事を聞くと、エルフの貴公子は優雅に一礼し、俺の真正面まで来るとそこの椅子に座った。ギルド嬢もそれに習うように入ってきたが、彼女はその後ろで秘書のように立っている。
「すいません、兄貴」
いつの間にか俺の背後にやって来たレイが申し訳なさそうに小さく口を開いた。俺はそれに対し、気にするな、と手をヒラヒラと振って見せる。
レイアードは俺の指示で動いた結果なのだから仕方ないし、それを責めるのもお門違いだろう。そしてレイアードが動いた結果、エルフの貴公子はやってきた。そう考えると目の前に座る人物はまだ自己紹介をしていないが、大体は予想が付く。
「それで我々に何の御用でしょうか、と聞くのは愚問ですね。そちらの良いたいことは、この都市周辺で起きていることに関係があるのでしょ?」
着席から少し時間を置いてから話を切り出した。もちろん俺としても無駄話に付き合う気は皆無なので、さっさと話してくれ、といつも通り不敬な態度を取る。
生憎今回はそれを咎める者はおらず、むしろエルフの貴公子は有り難い、と言った表情を浮かべた。
「話が早くて助かる。まずは自己紹介をさせていただこうか、私はこのシャルドのギルド長をしているラファリアだ」
「マフユです。今は旅人兼護衛、のようなことをしています。それでギルドマスターが俺たちに何か用ですか?と言うよりは、レイアードに用があると言う方が正しいですかね?」
おそらくBランクの冒険者であるレイアードを戦力として提供してほしい、というような用事だと思い俺はそのように尋ねたのだが……。
「確かにその冒険者にも用はあるのだが、それ以上に私は貴公に用がある」
「俺に、ですか?それはレイアードを戦力提供してくれ、という願い入れではなく?」
様相外の申し入れに思わず俺は聞き返してしまった。確かにランク的には俺のが上だが、そんなモノ見せびらかしていないし、そもそも俺の正体を知っている人間などこの部屋にいる者だけ。加えて、俺が目立つのを嫌うという性格を知っているレイアードが俺のことを話すとも思えない。つまり――――。
(俺のことを何も知らないにも関わらず、俺を戦力として考えている?)
そして俺がその結論に至るのを待っていたかのようなタイミングでラファリアが口を開いた。その内容もまさに、というモノだった。
「もちろんその願い入れでもあるが、それ以上にあなた方、特に貴公に今回の緊急事態に力を貸してもらいたいと考えている」
俺、ルナ、フィリアーナ、レイアードと順番に視線を巡らせ、再び俺に視線を戻したところで、ラファリアは金色の髪を前に垂らしながら頭を下げてきた。
高貴な魅族が頭を下げてきた。そのことですら驚きなのだが、それ以上に彼は俺のことを異様なまでに高く評価している。そこの理由がどうしても気になり、ほかのことに頭が回らない。
「俺たちとしても手伝う気はあったので、その申し出を受けようとは思いますが……一つだけ聞きたい。どうして貴方は俺をそこまで評価してる?正直、俺のような正体不明の奴よりレイのが余程使えると思うのだが?」
「確かにそうだろう。失礼だが、私もそう思っていた」
ラファリアは顔を上げると、神妙な面持ちで俺を見定めるような視線を向けてきた。
「つまり、誰かの推薦か何か、か?」
「そうだ。まあ理由を挙げていくとするなら一つはそちらにいるルナ様の護衛兼婚約者だからという事だ。そして二つ目だが、これも一つ目に関係している」
そこで一度話を切るラファリア。その見事なタイミングでいつの間にかお茶の準備をしていたギルド嬢が全員の前にお茶を用意していく。
かなり高級な紅茶なのだろう、部屋全体を包み込むかのように芳醇な茶葉の香りが湯気とともにカップからあふれ出す。
全員に行き渡ったところで、さあ、とラファリアが進めてくる。向こうも小休止を挟むまでしゃべる気も無いようなので、俺はその紅茶に手を伸ばした。程よい苦みが口いっぱいに広がり、知らぬ間に渇いていた喉をゆっくりと潤す。
ふぅ、と息を吐きながらカップをテーブルに戻し視線を上げると、ラファリアが紅茶を楽しんでいる最中だった。重要な話をしている最中なのだが、ラファリアのその飲む姿は完璧の一言に尽きる、そんなものだった。
「ん?私の顔に何か付いているか?」
「いや、なんでもない。それより話の続きをしてもらって構わないか?」
俺の視線に気が付いたラファリアが怪訝な表情を浮かべる。それに対して俺は何でもないと適当に嘯き、話を進めるように促す。
「ふむ……まあ良いか。それで、だ。概ね貴公の予測は正しい。とある人物に貴公のことを聞いてな、そでこうして私自ら出向いたのだ」
「その人物って誰なんだよ?」
「その様子だと勘付いているのではないか?」
白々しいにもほどがあるぞ、とその瞳が語りかけてくるが、肩を竦めて見せるだけで口は開かない。そんな俺の態度を見て、ラファリアはなぜか小さく笑みを漏らした。
「何が可笑しいんだ?」
「いや、聞いていた以上に捻くれた性格だと思ってね。まあいい。貴公を推薦したのはヘムート・ヘスティア、ヘスティア領の国王だ」
「ふーん……だが、良くもまあ一国の王と話せたな。どういう関係だ?」
俺の横でもルナが心底不思議そうな表情を浮かべている。おそらくルナもラファリアと国王の関係が気になるのだろう。
「過去に一度あっただけさ。それに今回の事は本当に偶然だ」
「まあ昔のことは置いておくとして偶然国王と話せるはずがないだろ」
「変な言い方をすれば必然でもある。私は理由を知らないが、隣国で王族会議が取り行われている。そしてここの王もまた参加してる。そこに龍が現れた」
あとは分かるだろ?と不敵な笑みを浮かべるラファリア。そんな顔ですら嫌らしさを感じさせないのはその整いすぎた顔立ちのせいだろう。
「なるほどな。確かに偶然と言えば偶然だし、必然と言えば必然だが……」
その含みのある態度はなんだ?と聞きたかったが、どうやらこれ以上は話すことはないと目を瞑っている。
「はぁ……まあいい。聞きたいことは聞けたしな。それで、だ。協力するのは吝かではないが、悪いがそちらの作戦には参加しない。あくまでも自由に動かさせてもらう」
良いように操られるのもシャクなので、こちらとしても一矢報いさせてもらう。
その言葉にここまで余裕の表情を浮かべていたエルフ様もさすがに、ピクッと表情が強張った。だが、それもほんの数瞬のことですぐさま取り繕い、先ほどまでと同じような表情を浮かべるが、やはりどこかぎこちなさが残る。
それを見れた俺は内心でニヤリと笑みを浮かべながら、さらに畳み掛けるように横暴な要求をしていく。
「それとそちらの得ている情報および作戦内容も教えてもらう。それを知らないと俺たちの行動の阻害になるからな」
もちろんこちらの情報は秘匿するが、と最後に付け加える。横ではルナがオロオロとして、フィリアーナは心なしか楽しそうに笑みを浮かべている。
その無茶とも言える要求にさすがにラファリアも表情を崩した。しかし、それは性格の悪い俺が求めているような悔しそうなものではなく、痛快そうに笑い声をあげた。もちろんそれは下品なモノではなかったが、さすがの俺もそれには驚いてしまった。
「いや、悪いな。そこまで言われると、もう笑うしかなくてな。それにそこまで言うからには、自身があるのだろう?」
「……さあね。それでどうする?」
「よかろう。どのみち、私たちには断るという選択は無いのだからな。よろしく頼む」
観念したように肩を竦めて見せる俺に対して、決して不快感を与えない笑みを抑えてラファリアは、再び俺たちにその頭を下げた。




