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墜落した飛行機の左翼の上で、俺は裸足で仰向けになって、さっきまでいた空を眺めている。
太陽に手をかざし、右足の膝から下を海に垂らし、時折海水をかき混ぜる。これも、誰にでも出来る経験じゃないだろうな。
オリンは靴を脱ぎ捨て、ずぶ濡れになったシャツを脱いで海水を絞り出している。それが終わると、シャツをバサバサと振り始めた。それに合わせるように、機体が大きく揺れだした。
「岸に着くまでには乾くと思うよ」
「だろうな」
美夕は右翼の上で、裸足になった足を伸ばし、上半身を支えるように、両手を翼の上に付けて座っている。
「すげぇ楽しかったな、空の旅」
オリンはシャツを上下に振りながら言った。
「草原に帰れなかったね」
「ここでこうしているのも悪くないよ。むしろ、いい経験だと思えるよ」
「オレもそう思うぜ。ドラマには必要なシーンだ」
美夕は太陽に向かって背伸びをした。
「確かに・・・気持ちいいよね」
そして、息を吐き出しながら、オレと同じように仰向けになった。
俺は仰向けのまま、さっきの言葉の続きを言うタイミングを捜していた。一度見失ったものを見つけるのは容易じゃない。けど、言わなきゃいけない。美夕もきっと俺の言葉を待っている。
カモメが空を飛んでいる。
弱い波が押し寄せた。
風が吹いた。
風が止んだ。
日が傾き始めた。
太陽に雲が掛かった。
再び、風が吹いた。
「あ~あ~あ~。見てらんねぇな。美夕、岸までどれ位かかる?」
「そうね・・・後2時間位かな?」
「そうか、じゃあオレは泳いで先に岸に戻ってるからな」
「お、おいオリン」
オリンは俺に耳を傾けず、海へと飛び込んだ。
水しぶきの音が止むと、胸の鼓動だけが俺の耳を支配した。
言わなきゃ。伝えなきゃ。
俺は起き上がり、美夕のいる右翼へと移動した。そして、仰向けの美夕の隣に腰を下ろした。
「・・・聞こえる?」
「何が?」
「俺の、胸の鼓動」
「聞こえな~い」
「あ・・・そっか」
美夕は上半身を起こした。
「・・・それだけ?」
何度心の中を弄っても、砂塵のような小さな欠片しか見つからなかった。かき集めれば、一つの言葉が出来上がる。その言葉が何なのか、俺は知っている。分かっている。
「俺さ、美夕のこと、何一つ知らなかった」
心にある、確かな強い気持ち。
「ここに来て、初めて知ったんだ。大空美夕という人を」
俺はそれを失くしていない。
「気が強くて、自分を持っていて、カッコ良くて、女らしさもあって、時折可愛らしさが見え隠れしてる。そんな人だ」
忘れてもいない。
「いや・・・こんな回りくどい言い方は止めるよ」
小さな欠片でも、この胸にしっかりと残っている。
大好きな人の名と、その人へ伝える言葉が。
「俺は、美夕が好き。美夕の全てが好き。だからもっと、隣にいたい。もっと近くにいきたい」
これ以上、言葉は必要なかった。互いの瞳が全てを物語っている。
「なぁ・・・キスしようか」
美夕は静かに頷き、瞳を閉じた。
翼に手を付き、身を乗り出した時だ。
「あ」
「れ?」
飛行機が傾き、俺と美夕は海へ落ちてしまった。
俺たちは海面へ上がり、翼に摑まった。
「・・・カッコ悪ぃ」
俺は髪をかき上げた後、ゆっくりと顔を撫で下ろした。
「でもさ、私たちらしいよね?」
俺と向かい合っている美夕は、翼に頬杖を付き、俺の仕草を眺めながら言った。
「こういう「らしさ」って必要か?」
「必要だってば。ホッとする瞬間だよ。変わらない良さもあるからね」
美夕に言われると、本当にそう思えてしまうから不思議だ。
「心にも、凪の瞬間が必要ってことか」
「そういうこと。そして、私にその凪をくれるのは、凪だけ」
俺にこのドキドキをくれるのは、美夕だけだ。きっと、これからもずっと。
「ねぇ、こっちに来てよ」
「あ、うん」
俺は海に潜り、翼を越え、美夕の隣へ移った。
「ほら、見て見て」
美夕は子供のようにはしゃぎながら、空を指差した。
美夕の指先を目で追うと、言葉を失うほど綺麗な夕日に目を奪われた。
いつの間にか風と波は止んでいて、茜色をした、静寂の、夕凪の世界が広がっていた。
「ねぇ・・・さっきの続き・・・しようよ」
目を閉じても、瞼には茜色が滲んでいる。
震える唇を重ね合うと、俺たちにも凪が訪れた。
岸に流れ着くまで、夕凪と、三人の靴だけが、二人の凪を見守り続けた。
海から砂浜へ、ウインドベルを引きずり出していると、遠くからオリンの声が聞こえた。
「よう、もうそっちに行っていいか?」
「ああ、手を貸してくれ」
俺が答えると、オリンは駆け寄ってきた。久しぶりに三人が揃った。
「何も言わなくていいぜ、見てれば分かる」
そう言うと、持て余していた力を惜しむことなく発揮した。
「牧場まで運ぶんだろ?」
「勿論。修理して改良を加えるからね」
「そしたらまた空に行けるな」
「今度はこの夕日を飛ぼうぜ」
「あ、それいいな」
俺たちはまだ濡れている靴を履き、夕日を見送りながら、ウインドベルを押し始めた。
誰も、何も喋らなかった。全て胸の中で語り続けた。みんなそんな顔をしている。
心地良い沈黙を保ちながら、ウインドベルを牧場の近くの草原まで運んだ。
「なぁ、さっき牧場に戻ってカメラ持ってきたんだ。記念に撮っとこうぜ」
もう夏休みが終わる。それをオリンの言葉で実感した。
「そうだな、いい考えだ」
「ウインドベルも一緒に撮るんでしょ?」
「当たり前だろうが。ほれ、写る準備しろ」
美夕はコックピットに乗り込み、俺は機体に寄りかかった。タイマーをセットしたオリンは、翼を挟んで俺の隣に移動した。
「写真見る度に思い出すんだろうね。ここでのこととか、空のこととかさ」
「写真は思い出の扉絵だからな」
「見る度に「昔は良かった」って言って、甘えるなよな」
シャッターの音がすると、高校最後の夏が幕を下ろした。
18年という長くも短い人生の中で、一番長く感じられた時間だった。




