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ラジオからは、相変わらず聴いたことのない音楽が流れている。世界は広いということだ。俺はその世界の、ほんの片隅しか知らない。但し「今の俺は」だ。
「俺は学校で、今の社会の現実を教えるべきだと思うな」
「例えばどんなの?」
人力飛行機の完成は目と鼻の先だ。俺たち3人は、口を動かしているが、手も動かしている。何とも楽しい時間だ。そう、心から思える。
「例えば・・・そうだなぁ」
「即答しろ即答」
「うるさい、気が散るだろ」
オリンはゴーグル付きのヘルメットを被り、尾翼の、ワイヤーの長さの調整をしている。
「例えば・・・刑務所に体験入所するってのは?一ヶ月位さ」
「何の為に?」
「罪を犯した代償を知るためさ。「こんな所にはもう入りたくない」そう思ってさ、一線を越えずに、踏み止まる奴も出てくるかもしれないだろ?」
「それって教育?」
「教育さ。教科書には載っていないけどな」
「面白いな。お前が言ったように、そういう現実を知っていれば、踏み止まろうとする奴もいるかもしれねぇな」
「だろ?」
これは意見と言うより、愚痴に近いのかもしれない。それでも、俺の思ったことだ。俺の考えだ。
「あとはさ、警察とか消防士とか、営業の人とか、現役で、現場で活躍している人に来てもらって、講義をしてもらうってのはどうかな?」
「あ、それは面白いかもね」
「生徒は興味のある講義を選んで、話を聞く。いいところも、悪いところも知る機会を与えるわけだ。現場を知らない教師が、ああだこうだ言うよりは為になると思うな」
我ながらいいアイデアだと思う。
「凪、プロペラを支えて。取り付けるから」
俺は美夕に言われたとおり、背伸びをして、両手でプロペラを支えた。すかさず美夕は取り付けに掛かった。
「理想が崩れて、失望する奴が沢山出てくるかもしれねぇぜ?」
「その世界に飛び込んでから失望するよりはいいんじゃないか?講義を受けて、別の道を探す奴もいるかもしれないし、逆にやりがいを感じる奴もいるかもしれない。そんな現実を変えてやろうと、使命感を持つ奴もいるかもしれない」
足がプルプルしてきた。限界が近い。
「っっし。凪、もういいよ」
「・・・ふう」
俺は手を放し、屈伸を始めた。何とも言えない感覚が両足を駆け巡った。
「ほら、次行くよ」
「・・・ああ」
「ほら、行くぞ」と自分の足に命令した。
「確かに、何も知らないまま社会に放り出されるよりはいいかもしれねぇな」
「でもさ、そんなことしなくても自分の生きたい道を見つけて、自分の主義や美学に従って進める人もいるよ?」
「それができない奴だって沢山いるぜ?」
美夕とオリンが言い合っていると、俺の脚がプルプルしてきた。
「美夕、手を止めないで早く取り付けてくれよ」
「あ、ごめん」
美夕は急いで取り付けに掛かった。慣れた手付きで工具を操り、瞬く間に取り付けを終えた。
「凪、次で最後ね」
「ああ、早いとこやってしまおう」
俺と美夕は最後のプロペラの取り付けに掛かった。
「美夕、尾翼の調整はどうだ?」
「動かしてみて」
オリンはコックピットの中で、後ろを向いて尾翼を動かした。
「どうよ?」
「うん、悪くないよ。けど、もう少しワイヤーを短くしてよ」
「あいよっと」
オリンは粋な返事をすると、コックピットの下に潜り込み、作業を再開した。
尾翼の調整が終わったら、全てが完了したことになる。この時間も後わずかで終わってしまう。そう考えると、どうしても寂しさを感じてしまう。
「なぁ、さっきの「できる奴もいるし、できない奴もいる」って話だけどさ」
「何だよ?」
コックピットの中からオリンの声が響いた。
「誰もが自分の将来を真剣に考えるようにすればいいんじゃないか?その為には、オリンが俺に言ったように、探究心を持って生きるようにすればいいと思うんだ。そんな生き方ができるようにしていくのが、本当の教育なんじゃないか?親とか教師とか関係なくさ」
まるで「俺はそうしてほしかった」と言わんばかりの意見だ。言い訳や苦情に聞こえてしまうかもしれないけれど、俺がここに来て感じたことの一つに変わりない。
「うん、そうかもしれないね。保護者は教師に平等や公平を望む。教師は保護者にしっかりとした管理を望む。けどさ、凪が言ったように、もっと根本的なことから見直す必要があるかもね。オリンはどう思う?」
オリンは片手をコックピットの中から出し、親指を立てた。
「・・・だとさ」
大人からすれば、子供じみた意見なのかもしれない。けど、18歳の世界がここにある。それが何より嬉しかった。
「凪さ、何か変わったよね。ここに来てから目まぐるしい勢いでさ」
「環境の違いのおかげなのか、目標のおかげなのか。・・・どっちもかもしれないな」
俺はオリンの言葉を借りて言った。
「目標?」
「人を羨んでばかりいないで、自分らしく生きること。・・・かな」
そう答えると、美夕は満面の笑みを浮かべた。
「・・・いい男になったね」
不意打ちのようなタイミングに、ドキッとした。
「美夕、これでどうよ?」
「あ、えっと、動かしてみて」
動揺したのは俺だけじゃないようだ。
「うん、完璧」
「おおおっしゃ」
オリンは雄叫びを上げながらコックピットから飛び出した。
「美夕、明日飛ばすんだろ?な?」
「勿論、そのつもり」
「よおし、それじゃ食料を積み込もうぜ」
オリンは野生化しかけているようだ。
「食料?そんなのいらないってば」
「何でだよ、遥か遠くまで飛んでしまったらどうすんだよ?」
「ちゃんと方向転換できるように作ってあるんだってば。それに、これ以上重くするわけにはいかないの」
「減量しろ減量」
「私の何処を減らせってのよ?」
美夕は見事な腰の括れに手を当てた。
ドキドキしてしまった。
「オリン、方向転換できるなら食料は必要ないって」
「分かってるって。でもラジオは持ってくからな」
「それ位なら構わないよ」
俺たちは作り上げた飛行機を、いつまでも見上げていた。
「これ、俺たちが作ったんだよな?」
今までに感じたことのない充実感が、実感を通り越している。
「そうだ。オレたちが作ったんだ」
「もう、私だけの夢じゃなくなったね。これはみんなの夢。私たち、3人の夢」
同じ夢・・・かぁ。
何一つやり遂げたことのない俺が、同じ夢を持ち、叶えることができるなんて、ここに来た頃は思ってもみなかった。けど今は違う。辛く苦しい中にも愉悦があるのなら、俺は今すぐにでも飛び込みたい。そう思えるのは、そう思わせてくれたのは、ここに一緒にいる仲間のおかげだ。
心から、感謝しているよ。
「さ、お祝いにご馳走作らないとね。二人とも手伝ってよ」
「オレの作ったチーズを食おうぜ」
「お前の作ったのはしょっぱいんだよな」
「お前のは甘すぎるんだよ」
「・・・混ぜれば?」
豪華な食事を終えた後、俺たちは早めに床に着いた。「早く寝れば、その分早く明日が来るよ」と美夕が子供じみたことを言ったからだ。
大人しく美夕に従ったものの、逸る気持ちと興奮で目が冴えて眠れない。オリンは何度も寝返りを打っている。長い夜になりそうだ。
どれだけ時間が過ぎても、眠気は訪れない。俺は窓を開けようと思い、静かに起き上がった。カーテンを開け、月の明かりに目を細める。こんなに明るいとは思わなかった。カラカラと音を立てて窓を開けると、騒がしい虫の声が部屋に響いた。
「余計眠れなくなりそうだな」
俺は虫よりも小さな声で呟いた。
「蚊が入るだろ、閉めろよ」
「そうだな」
オリンも眠れないようだ。俺は音を立てずに、静かに窓を閉めた。
「眠れないのか?」
「眠れるわけないだろ。明日は偉業を達成する日なんだぜ?」
「そうだよな」
空を見上げると、数え切れないほどの光が灯っている。「明日は、今見上げている空に行くんだ」そう考えると、緊張とワクワクが混じり合った不思議な気持ちに包まれた。
「月まで飛んじゃったりして」
期待も混じっているようだ。
「今日のお前の話だけどよ」
ボーっと空を見上げている俺に、オリンが話しかけてきた。
「教育の話か?」
「そう。なかなか面白い考えだったぜ」
オリンにそう言われるのが、何より嬉しい。
「けどな、お前がそう思ったところで、社会は変わらないぜ」
「・・・そうだろうな」
「だからオレたちが変わらなきゃいけねぇ」
「社会に順応するってことか?」
「そういうことだな」
「社会の言いなりになれ」オリンはそう言いたいのではない。何故かそう思えた。
「順応しながらも、何かを変えていく。そう言いたいんだろ?」
オリンは窓越しの、薄い月明かりの中で小さく笑った。
「そうだ。環境が悪い、仕組みが悪い、大人が悪い。そんな風に一方的に殴りつけるだけじゃ駄目だ。変えようとする行動が必要だ」
「行動かぁ・・・」
「例えば、お前が教師になって、今日言ったことを実現させる。とかな」
文句を言うだけじゃいけない。不満や考えがあるのなら、その道に入って行動を起こす。ということだな。
「文句を言うだけなら誰にでも出来るしな」
「そういうことだ、話が分かるじゃねぇか。もしお前が教師になったとしたら、教科書に載ってないことを教えられそうだな」
「教師か・・・考えたこともないな」
「時間はあるだろ?」
「そうだな」
時間がない。どうして俺は、今までそう思っていたのだろうな。
「オリン、やっぱりお前は俺の前にいるよ」
「またそれかよ、もう飽きたぜ。言っとくけどな、お前が考えるから、オレも考えるんだ。お前が考えなかったら、オレは何も考えなかったかもしれねぇ」
オリン・・・ずっと、一緒に悩んでくれていたんだな。
「・・・あ」
「何も言うなよ」
オリンは俺の言葉を遮った。
俺は両手を小さく掲げた。
「もう寝よう」
「眠れるもんならな」
長い夜は、まだ始まったばかりだった。




