表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕凪  作者: スピカ
PR
6/15

6

         6


ラジオからは、相変わらず聴いたことのない音楽が流れている。世界は広いということだ。俺はその世界の、ほんの片隅しか知らない。但し「今の俺は」だ。

「俺は学校で、今の社会の現実を教えるべきだと思うな」

「例えばどんなの?」

 人力飛行機の完成は目と鼻の先だ。俺たち3人は、口を動かしているが、手も動かしている。何とも楽しい時間だ。そう、心から思える。

「例えば・・・そうだなぁ」

「即答しろ即答」

「うるさい、気が散るだろ」

 オリンはゴーグル付きのヘルメットを被り、尾翼の、ワイヤーの長さの調整をしている。

「例えば・・・刑務所に体験入所するってのは?一ヶ月位さ」

「何の為に?」

「罪を犯した代償を知るためさ。「こんな所にはもう入りたくない」そう思ってさ、一線を越えずに、踏み止まる奴も出てくるかもしれないだろ?」

「それって教育?」

「教育さ。教科書には載っていないけどな」

「面白いな。お前が言ったように、そういう現実を知っていれば、踏み止まろうとする奴もいるかもしれねぇな」

「だろ?」

 これは意見と言うより、愚痴に近いのかもしれない。それでも、俺の思ったことだ。俺の考えだ。

「あとはさ、警察とか消防士とか、営業の人とか、現役で、現場で活躍している人に来てもらって、講義をしてもらうってのはどうかな?」

「あ、それは面白いかもね」

「生徒は興味のある講義を選んで、話を聞く。いいところも、悪いところも知る機会を与えるわけだ。現場を知らない教師が、ああだこうだ言うよりは為になると思うな」

 我ながらいいアイデアだと思う。

「凪、プロペラを支えて。取り付けるから」

 俺は美夕に言われたとおり、背伸びをして、両手でプロペラを支えた。すかさず美夕は取り付けに掛かった。

「理想が崩れて、失望する奴が沢山出てくるかもしれねぇぜ?」

「その世界に飛び込んでから失望するよりはいいんじゃないか?講義を受けて、別の道を探す奴もいるかもしれないし、逆にやりがいを感じる奴もいるかもしれない。そんな現実を変えてやろうと、使命感を持つ奴もいるかもしれない」

 足がプルプルしてきた。限界が近い。

「っっし。凪、もういいよ」

「・・・ふう」

 俺は手を放し、屈伸を始めた。何とも言えない感覚が両足を駆け巡った。

「ほら、次行くよ」

「・・・ああ」

 「ほら、行くぞ」と自分の足に命令した。

「確かに、何も知らないまま社会に放り出されるよりはいいかもしれねぇな」

「でもさ、そんなことしなくても自分の生きたい道を見つけて、自分の主義や美学に従って進める人もいるよ?」

「それができない奴だって沢山いるぜ?」

 美夕とオリンが言い合っていると、俺の脚がプルプルしてきた。

「美夕、手を止めないで早く取り付けてくれよ」

「あ、ごめん」

 美夕は急いで取り付けに掛かった。慣れた手付きで工具を操り、瞬く間に取り付けを終えた。

「凪、次で最後ね」

「ああ、早いとこやってしまおう」

 俺と美夕は最後のプロペラの取り付けに掛かった。


「美夕、尾翼の調整はどうだ?」

「動かしてみて」

 オリンはコックピットの中で、後ろを向いて尾翼を動かした。

「どうよ?」

「うん、悪くないよ。けど、もう少しワイヤーを短くしてよ」

「あいよっと」

 オリンは粋な返事をすると、コックピットの下に潜り込み、作業を再開した。

尾翼の調整が終わったら、全てが完了したことになる。この時間も後わずかで終わってしまう。そう考えると、どうしても寂しさを感じてしまう。

「なぁ、さっきの「できる奴もいるし、できない奴もいる」って話だけどさ」

「何だよ?」

 コックピットの中からオリンの声が響いた。

「誰もが自分の将来を真剣に考えるようにすればいいんじゃないか?その為には、オリンが俺に言ったように、探究心を持って生きるようにすればいいと思うんだ。そんな生き方ができるようにしていくのが、本当の教育なんじゃないか?親とか教師とか関係なくさ」

 まるで「俺はそうしてほしかった」と言わんばかりの意見だ。言い訳や苦情に聞こえてしまうかもしれないけれど、俺がここに来て感じたことの一つに変わりない。

「うん、そうかもしれないね。保護者は教師に平等や公平を望む。教師は保護者にしっかりとした管理を望む。けどさ、凪が言ったように、もっと根本的なことから見直す必要があるかもね。オリンはどう思う?」

 オリンは片手をコックピットの中から出し、親指を立てた。

「・・・だとさ」

 大人からすれば、子供じみた意見なのかもしれない。けど、18歳の世界がここにある。それが何より嬉しかった。

「凪さ、何か変わったよね。ここに来てから目まぐるしい勢いでさ」

「環境の違いのおかげなのか、目標のおかげなのか。・・・どっちもかもしれないな」

 俺はオリンの言葉を借りて言った。

「目標?」

「人を羨んでばかりいないで、自分らしく生きること。・・・かな」

 そう答えると、美夕は満面の笑みを浮かべた。

「・・・いい男になったね」

 不意打ちのようなタイミングに、ドキッとした。

「美夕、これでどうよ?」

「あ、えっと、動かしてみて」

 動揺したのは俺だけじゃないようだ。

「うん、完璧」

「おおおっしゃ」

 オリンは雄叫びを上げながらコックピットから飛び出した。

「美夕、明日飛ばすんだろ?な?」

「勿論、そのつもり」

「よおし、それじゃ食料を積み込もうぜ」

 オリンは野生化しかけているようだ。

「食料?そんなのいらないってば」

「何でだよ、遥か遠くまで飛んでしまったらどうすんだよ?」

「ちゃんと方向転換できるように作ってあるんだってば。それに、これ以上重くするわけにはいかないの」

「減量しろ減量」

「私の何処を減らせってのよ?」

 美夕は見事な腰の括れに手を当てた。

 ドキドキしてしまった。

「オリン、方向転換できるなら食料は必要ないって」

「分かってるって。でもラジオは持ってくからな」

「それ位なら構わないよ」


 俺たちは作り上げた飛行機を、いつまでも見上げていた。

「これ、俺たちが作ったんだよな?」

 今までに感じたことのない充実感が、実感を通り越している。

「そうだ。オレたちが作ったんだ」

「もう、私だけの夢じゃなくなったね。これはみんなの夢。私たち、3人の夢」

 同じ夢・・・かぁ。

何一つやり遂げたことのない俺が、同じ夢を持ち、叶えることができるなんて、ここに来た頃は思ってもみなかった。けど今は違う。辛く苦しい中にも愉悦があるのなら、俺は今すぐにでも飛び込みたい。そう思えるのは、そう思わせてくれたのは、ここに一緒にいる仲間のおかげだ。

心から、感謝しているよ。

「さ、お祝いにご馳走作らないとね。二人とも手伝ってよ」

「オレの作ったチーズを食おうぜ」

「お前の作ったのはしょっぱいんだよな」

「お前のは甘すぎるんだよ」

「・・・混ぜれば?」



 豪華な食事を終えた後、俺たちは早めに床に着いた。「早く寝れば、その分早く明日が来るよ」と美夕が子供じみたことを言ったからだ。

大人しく美夕に従ったものの、逸る気持ちと興奮で目が冴えて眠れない。オリンは何度も寝返りを打っている。長い夜になりそうだ。



 どれだけ時間が過ぎても、眠気は訪れない。俺は窓を開けようと思い、静かに起き上がった。カーテンを開け、月の明かりに目を細める。こんなに明るいとは思わなかった。カラカラと音を立てて窓を開けると、騒がしい虫の声が部屋に響いた。

「余計眠れなくなりそうだな」

 俺は虫よりも小さな声で呟いた。

「蚊が入るだろ、閉めろよ」

「そうだな」

 オリンも眠れないようだ。俺は音を立てずに、静かに窓を閉めた。

「眠れないのか?」

「眠れるわけないだろ。明日は偉業を達成する日なんだぜ?」

「そうだよな」

 空を見上げると、数え切れないほどの光が灯っている。「明日は、今見上げている空に行くんだ」そう考えると、緊張とワクワクが混じり合った不思議な気持ちに包まれた。

「月まで飛んじゃったりして」

 期待も混じっているようだ。


「今日のお前の話だけどよ」

 ボーっと空を見上げている俺に、オリンが話しかけてきた。

「教育の話か?」

「そう。なかなか面白い考えだったぜ」

 オリンにそう言われるのが、何より嬉しい。

「けどな、お前がそう思ったところで、社会は変わらないぜ」

「・・・そうだろうな」

「だからオレたちが変わらなきゃいけねぇ」

「社会に順応するってことか?」

「そういうことだな」

 「社会の言いなりになれ」オリンはそう言いたいのではない。何故かそう思えた。

「順応しながらも、何かを変えていく。そう言いたいんだろ?」

 オリンは窓越しの、薄い月明かりの中で小さく笑った。

「そうだ。環境が悪い、仕組みが悪い、大人が悪い。そんな風に一方的に殴りつけるだけじゃ駄目だ。変えようとする行動が必要だ」

「行動かぁ・・・」

「例えば、お前が教師になって、今日言ったことを実現させる。とかな」

 文句を言うだけじゃいけない。不満や考えがあるのなら、その道に入って行動を起こす。ということだな。

「文句を言うだけなら誰にでも出来るしな」

「そういうことだ、話が分かるじゃねぇか。もしお前が教師になったとしたら、教科書に載ってないことを教えられそうだな」

「教師か・・・考えたこともないな」

「時間はあるだろ?」

「そうだな」

 時間がない。どうして俺は、今までそう思っていたのだろうな。

「オリン、やっぱりお前は俺の前にいるよ」

「またそれかよ、もう飽きたぜ。言っとくけどな、お前が考えるから、オレも考えるんだ。お前が考えなかったら、オレは何も考えなかったかもしれねぇ」

 オリン・・・ずっと、一緒に悩んでくれていたんだな。

「・・・あ」

「何も言うなよ」

 オリンは俺の言葉を遮った。

 俺は両手を小さく掲げた。

「もう寝よう」

「眠れるもんならな」

 長い夜は、まだ始まったばかりだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ