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少しではあるけど、俺にも未来が見え始めた。それは「自分を熱くさせるものを探す」という単純なことだった。正直「もっと早くそうしていれば」とか「出遅れた」とか思ってしまう。けどそんなことを考えている暇があるなら、もっと前に進むべきだ。後ろを振り返っても若返るわけじゃないんだし。
って、もう何度も同じことを考えている。思考がここまで辿り着くと、この前の夜に立ち聞きしたことを思い出す。
「私ね、凪のこと、好きになっちゃったみたい。・・・どうしよう」
初めて聞いた美夕の声色。思い出すだけでドキドキしてくる。
俺が美夕に何をした?オリンは美夕が好きで、美夕は俺が好き。じゃあ俺は誰が好き?いや・・・そういうことじゃなくて。
俺は美夕のことをどう思っている?好きか嫌いかで言ったら、好きだよな。でもそれは、友達として?それとも異性として?・・・どっちだよ?
オリンは美夕のことが好きなんだぞ。俺が好きになるわけにはいかないだろ。でも、美夕は俺のことが・・・。
だめだ、仕切り直そう。少しではあるけど、俺にも未来が見え始め・・・。
「・・・い、凪」
それは、自分を熱くさせるものを・・・。
「おい、凪。聞こえてないのか?」
「・・・何だよ、うるさいな」
「何だよじゃねぇよ。お前の番だぞ」
ハッと現実に戻ると、呆れた顔したオリンと、心配そうな顔をしている美夕がいた。
そうだ、俺たちは今、飛行機を作っていたんだ。
「俺の番?何をするんだけ?」
「おいしっかりしてくれ、頼むぜよ」
「そうだ、しっかりしろ」そう自分に言い聞かせた。
「今、プロペラの回転数を合わせてるの。それぞれ脚力が違うでしょ?統一しないと真っ直ぐに飛ばないからね」
そうだ、そうだった。飛行機は一人一つのプロペラを動かす構造になっている。それぞれの脚力を測って、プロペラの回転数を決めるんだった。
「大丈夫かよ?さっきから何度も髪を掻き回したり、頭を振り回したりしてたぞ?」
「大丈夫、心配するなよ」
「しっかりしてよ、頼りにしてるんだから」
美夕から優しさを感じるのは、俺の気のせいだろうか?
「じゃ、ペダルを漕いで」
「うす」
俺はまだ骨組みのコックピットに乗り込み、ペダルを漕いだ。左翼に取り付けてあるプロペラが、少しずつ動き始めた。
「力まないでね。自然に、いつも通り自転車を漕ぐようにしてよ」
「ああ、分かってる」
俺はペダルを漕ぎ続けた。
さて、どうしようか?こういう場合、自分の気持ちに、素直に従うべきじゃないか?でも、美夕のことが好きかどうかハッキリ分からない。もし好きだったとしたら、オリンに顔向けできない。それは絶対に嫌だ。
もしかして、もう手遅れ?だってオリンは美夕の気持ちを知っているわけだし・・・。でもオリンは俺に普通に接してくる。いつもと変わらずにだ。隠しているのかな?
オリンは親友だ。一生その関係でいたい。その為には、俺が退けばいいのか?でもそうしたら、美夕の気持ちはどうなる?
どっちかしか選べないのか?
「はい、もういいよ」
美夕の声が聞こえた。今度はちゃんと聞こえた。
「もういいのか?」
「うん、もう大丈夫」
俺はコックピットから降りた。
「それじゃ私は計算し直すから、二人で作業しててよ」
オリンと二人で。俺は少し不安になった。こんな気持ちになるなんて、凄く嫌だ。
太陽は沈みかけていて、空は茜色と群青色が混じった色になっている。
「今度は何を考えているんだ?」
明かりをつけていない建物の中に、オリンの声が響いた。
「別に・・・何でもないよ」
俺はそれ以外の言葉が見つからなかった。
「自分でも分からない、ってか?」
オリンは資材を抱え、俺のところへ歩み寄りながら、全てを知っているような口振りで言った。
「ま、世の中には、答えがたいものが沢山あるからな」
オリンは抱えていた資材を床に下ろして言った。オリンは全てにおいて、俺を理解してくれているように思える。そんなオリンに、俺は今まで甘え続けてきた。
「なぁオリン。世の中には、どっちかしか選べない時、二者択一の時があるのか?」
「そりゃ・・・」
オリンは空を見ながら腰を下ろした。
「あるだろ。全部は選べない世の中だ」
「もし、お前がそういう場面に遭遇したら、どうする?」
「そうだな・・・」
オリンはじっと俺を見つめた。
「オレは全部を選ぶ」
そう答えると、オリンは小さく笑った。
「さっき「全部は選べない世の中だ」って言ったじゃないか」
「それでも選ぶ。オレは大事なものしか持ってないからな」
俺はオリンに釣られて笑った。
「参考になったかよ?」
「さぁ、どうだろうな」
全部を選ぶには、どうすればいいのかな?
俺はその言葉を飲み込んだ。
「もう少しで完成だな」
俺は飛行機を見上げながら言った。
「だな。尾翼の調整と、プロペラの取り付け、それから骨組みの部分に資材を取り付ける、それだけだ。そしたらいよいよ空だぜ」
「やっとだな」
・・・そうだ。知らないふりをすればいい。美夕に面と向かって言われたわけじゃない。もし言われたら、その時考えればいい。そうすれば、少なくとも今は何も失わなくて済む。
「二人とも、夕食ができたぞ」
外から美夕の大きな声が聞こえた。
夕食を食べ終えた後、俺は家を抜け出し、車の荷台の上に寝転がって、ぼんやりと星を眺めていた。
久しぶりだ、何も考えないのは。いや「考えるのを止めたのは」かな?
また考えてる。もういいんだ、これでいいんだ。迷うことなんてない。
「あと少しで、夏休みも終わりだな」
俺は空に向かってポツリと呟いた。
「そうだな」
想定外の声に驚き、俺は飛び起きた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ。それとも、何か疚しいことでもあるのかよ?」
オリンはそう言って、荷台に寄りかかった。
「そんなことない、ただ、驚いただけだ」
俺は胸の内を知られないように、ゆっくり喋った。
「そりゃ悪かったな」
「別に謝らなくてもいいだろ」
俺はオリンに背を向けた。
考えることを止めたら、俺はずっとオリンに対して後ろめたい気持ちでいなきゃいけないのか?俺はそれを望むのか?
「夕食の時のお前さ、変だったぜ?」
「・・・何が?」
俺は背を向けたまま聞いた。目を逸らすな、という激が飛んできそうな気がした。
「夕食の時のお前は、何も喋らないし、無感情な感じだった。萎んで縮まった風船みたいだったぜ。今もそうだ」
「・・・破裂しそうなほどに、膨らんでいるよりはいいんじゃないか?」
俺はまだ、オリンに背を向けている。
「・・・らしくねぇよ」
「・・・・・・」
嫌な予感がする。俺の心音がそう言っている。気持ち悪い空気が、べっとりと体に纏わり付いてくるようだ。
「お前・・・聞いてたろ?あの日、オレと美夕の会話をよ」
「知らない、聞いてない」そう叫ぼうとしたが、体は動かなかった。
「何か言えよ」
何でもいい、叫べよ。震えてないで、何か叫べよ。
「・・・そうなんだな?」
潰されそうだ。これ以上、耐えられない。
「ああ・・・聞いてたよ」
俺は、どちらかを失くしてしまうのだろうか?
「やっぱりな。黙っていれば、何も失わないでいられると思ってたんだろ?」
「・・・うん」
それとも、両方を失くしてしまうのだろうか?
「凪、荷台から降りろよ」
俺は何も考えられず、ただ言われたとおり、荷台から降りた。
「凪、こっち向けよ」
俺は言われたとおりに、ゆっくりと視線を上げた。
気が付くと、俺は地面に這い蹲っていた。口の奥から生臭い匂いが漂ってくる。痺れた舌で口の中を舐め回すと、気味の悪い味が広がった。
オリンに何をされたのか理解できると、頬に痛みの感覚が現れた。カッとなった俺は、勢い良く起き上がった。
「・・・ってぇな。いきなり何すんだよ」
俺は殴られた跡を手の甲で拭いながら、激しく言い放った。
「何で殴られたか分かるかよ?先に言っとくが、嫉妬心じゃないぜ」
俺は荒れる呼吸を整えようと必死で、何も考えられなかった。
「お前はオレの気持ちを知っている。お前は美夕の気持ちも知っている。それなのに、お前は答えを出そうとしなかった。簡単に出せる答えじゃない、それは分かる。けどよ、考えるのを止めるってのは、ずるいんじゃねぇか?」
オリンは、俺が考えることを放棄したことに怒っていた。
「・・・・・・」
いつの間にか、呼吸は静けさを取り戻していた。
「オリン、お前さ、美夕に何もしなかったのか?好きなら、その気持ちを伝えなかったのか?」
「・・・伝えなかった。何一つな」
オリンは俺に背を向け、両手を小さく掲げて言った。
それもずるいんじゃないか?俺は腹が立ってきた。
「おいオリン」
オリンはゆっくりと俺の方に振り返った。振り返ったのを確認してから、俺は大きく拳を振りかぶり、全力で振りおろした。
オリンは俺から目を逸らさなかった。
鈍い音が聞こえると、オリンは大きく仰け反った。
「・・・おい、何で避けないんだよ」
「るせぇ、一発は一発だ」
オリンは子供のように、口を尖らせて言った。・・・敵わないな。
俺は殴られた頬を押さえ、しゃがんで車に寄りかかった。オリンは俺の隣で、立ったまま車に寄りかかって、殴られた頬をさすっている。お互い、涼しい風が頬にしみているようだ。
「オレが美夕と二人でいる時、美夕はお前の話ばかりしていた。「凪は今何を悩んでいるの?」「凪はどうしてこんなに苦しんでいるの?」「凪って自分に手を抜かないんだね」「何かしてあげられないかな?」ってな」
全然知らなかった。そんなに気に掛けてくれていたなんて。
「美夕が本気でお前のことを気に掛けるからよ、つい嬉しくなっちまってよ」
・・・嬉しくなって?
「自分の気持ちを伝えるどころじゃなかったんだ」
俺は頬を押さえる手を放した。
「それに、美夕がお前を好きになる気持ちが、オレには痛いほど分かるんだよ。オレもお前のことが好きだからな」
風が再び頬を撫でた。痛みを感じたが、俺は頬を押さえなかった。
「オリン・・・」
「オレは今でも美夕が好きだ。けどな、美夕が笑っていられればそれで満足なんだ。隣にいるのがオレじゃなくてもな」
・・・ヤバイ、泣きそうだ。
俺は両手で顔を覆った。
「美夕のことだ、必ず気持ちを伝えようとするはずだ。それまでに、お前は自分の気持ちを見つけろよ。どんな答えを選んでも、それが本音の答えなら、お前は何も失わない。分かるよな?」
「ああ・・・分かるよ」
俺は手で顔を覆ったまま、潰れて掠れた声で答えた。
「お前さ、大人だよな」
前からずっとそう思っていたが、ここに来てから、更に強く思うようになった。
「そうかぁ?親父に比べれば全然だぜ」
「そりゃそうかもしれないけどさ、それでもお前は凄いよ」
「・・・・・・」
オリンは無言で、草原に手を付けて腕立て伏せを始めた。
「お前にさ、親父と、お袋のこと、話して、なかったよな」
オリンは腕立て伏せをしたまま話し出した。
「ああ、少しだけしか聞いてないな」
オリンは腕立て伏せのスピードを落とし、静かに話し始めた。
「オレのお袋は、オペラ歌手だったんだぜ。その世界では、名のある歌手だったらしいぜ。ある日、親父は迷子になっているお袋と出逢った。親父は中卒だから、英語が全く話せなかったそうだ。片言の言葉と、身振り手振りで、コンサート会場に行こうとしているのが分かった親父は、お袋を会場まで送ったそうだ」
「それが全ての始まり?」
「そうだ」
オリンは腕立ての姿勢から、ゆっくりと倒立した。
「親父は、お袋と話がしたいと願った。その為だけに、英語を覚え、何も持たず、その身一つでお袋に会いに、異国へ行った」
オリンは片手を地面から放し、片手で倒立をした。
「その時、親父は18だったそうだ。オレには、親父と同じことが出来る自信も覚悟もない。お前はオレが凄いと思っているようだけどよ、お前と何も変わらない、同じ18だ」
オリンは勢いをつけて手を放し、地に足をつけた。
「それでもお前は、俺の前にいるよ」
「いるって言っても、拳の届く範囲だ。手を伸ばせば届くぜ」
オリンはしゃがんでいる俺に、手を差し伸べた。俺はオリンの手を取った。すると、勢い良く引き寄せられ、俺の肩に手を回した。
「これで対等だ」
俺も、オリンの肩に手を回した。
「戻ろうぜ、美夕が心配する」
「・・・そうだな」
俺たちは肩を組んだまま、家へと戻った。
家の前に行くと、ポーチの手摺りに両肘を乗せている美夕が見えた。
「こ~ら~何処で何やってたぁ」
美夕は俺たちに気が付くと、必要以上に大きな声で言った。
「カンカンに怒ってるぜ」
「怒ってるな」
動揺した俺たちは、肩を組んだまま、酔っ払いのように右往左往しながらポーチに近づいた。
「あれ?怪我してるじゃない。ほら、あざができてるよ」
美夕は頬を摩りながら言った。
「何があったの?」
「オリンとケンカした。そんでもって仲直りした」
「はぁ・・・あっそ」
呆れるあまり、怒る気は失せたようだ。
「まったく、心配させないでよ。はら、早く入んなさい」




