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夕凪  作者: スピカ
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13/15

追憶の風

      追憶の風


 淀みない風。

カラッとした夏の熱気。

そして、ハーモニカの音。


(やっぱ、夏はいいな)

 宿舎の屋上に吹く夏の風。それに触れるように背を伸ばす。


時折、風の音がハーモニカから伝わってくる。

(巧いモンだな)

 仰向けになって空を見上げた。雲の無い蒼天に手を伸ばし、掴むように拳を握る。

(・・・オレだけじゃないだろうな)

 拳を解き、空を手放す。

(空を見上げているのは)


 遠くの空に、欠けた白い月が浮かんでいる。あの遠い場所ですら、かつて人が立った場所だ。

(人が初めて空を飛んだ78年後、人は別の星に立った・・・だったか)

 空を見るたびに無限の可能性を感じる。空に残した足跡は、それを証明している。


 風が止むと同時に、ハーモニカの音も止んだ。

「大したモンだな。聞き惚れたぞ」

 オレは跳ね起き、奏者に近づいた。

「誰でも出来るさ。この位な」

「オレにもか?」

「勿論」

 そう言って俺たちは屋上の手摺に肘を付き、遠くの空を眺めた。


「ハーモニカって・・・。初めて宇宙に行った楽器なんだとさ」

「へぇ、初耳だ」

「それを知って、楽器屋に走った奴がいましたとさ」

「それも初耳だ」

 嫌いじゃなかった。こういう風も。


「今日までだったな」

「ああ。明日からは酒蔵の後継ぎの人生だ」

 と答え、荷物を詰め込んだバックに軽く蹴りを入れた。

「夢を偽って生きるのは辛くないか?」

「仕方ないさ、長男の宿命って奴だからな。それに、案外楽しいかもしれない」

「自分の夢よりもか?」

 オレの目は自然とハーモニカに向いた。共に空へ行こうとしていた相棒に。

「・・・言うなよ」


「なぁ、空に手が届くって・・・どんな気分だ?」

「そりゃぁ・・・」

 オレは声を閉じた。

「自分で知れ!」

 語る言葉を知らないというのもあったが、それよりも、自分で体感してほしかった。

「、言ってくれるな」

「いつか一緒に行こうぜ。オレが造った飛行機で」

「なら迎えに来てくれよ、その飛行機で」

「いいぜ、約束だ。但し、人力だからな、体は鍛え続けておけよ」

「あぁ、いいとも」


「そうだ・・・お前に渡すものがある」

「あん?」

 バックを開け、中から小さなケースを取り出し、オレに投げ渡した。

「・・・何だ?」

 開けてみると、あいつと同じ銀色のハーモニカが入っていた。

「・・・いいねぇ」

「お前も精進しろよ、いつか空で吹こう」

 そういう馬鹿げた約束は、妙にオレの性に合う。

「楽しみにしとけ!」


「もう、行くよ」

「・・・あぁ」

「明日から山岳訓練だったな。相当キツイって噂だから、気を付けろよ」

「問題ねぇよ、それよか自分の心配しな」

「それもそうだな。・・・じゃあな、オリン」

「・・・じゃあな!」


 別れてからしばらくの間、オレはただ静かに空を眺めていた。いつか戻る場所である、空を。

「・・・?」

 震え出す携帯をポケットから取り出して、仰向けのまま空へ翳した。開くと「メールが届いています」の文字が。

「・・・!」

 オレは勢い良く跳ね起きた。そんな文章だった。

「来たか・・・その時が!」



 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


「あ~~こちらオリン。山岳訓練中、部隊が全滅。至急、救援を求む」

 えらい事になった。

「何があった?詳しく話せ!」

 始まりは・・・昨日の夜だ。


 先輩が山菜を取りに出たところ、多数のキノコを発見。毒々しい気配がしたけども、先輩は「虫も食ってるから大丈夫だ」と言って持ち帰った。

 最初は皆が警戒したものの、「虫が食ってたんだ、人が食っても大丈夫だろ」の一言に「確かに!」と皆が口を揃えた。

 他にも、「ナスと一緒に食べれば大丈夫って聞いたことがある」と言う声も上がった。「なら問題ない!」と皆が口を揃えた。

(※全て迷信です。信じないように)


 結果、皆がバタバタと倒れ始め、部隊はオレ以外全滅。

「・・・という訳ですよ」

「ですよってなぁ・・・。場所は何処だ?ヘリを向かわせる」

「場所は、」

 答えようとした時、無線からノイズが消えた。

「・・・もしもし?」

 無線機に目を向けると、「電池を交換して下さい」の文字が。

「っざけんな!」

 オレの脅しも虚しく、無線は物言わぬ箱となった。

(・・・どうするよ?)

 皆に目を向けると、様々な症状が出ていた。

寒そうに、小刻みに震えている者。「あ、そこ、キノコでるよ」と誰かに話しかけている者。笑っている奴もいる。

(キノコを全部ぶち込んで鍋したからなぁ)

「笑ってんじゃねぇよ」

(※笑っているのではなく、顔の神経がマヒしているのです)


(とりあえず・・・生きなきゃな)

「・・・さて」

 毒ごときに負けないオレは、薬草と食料を探しにキャンプ場を出ることにした。


 必要なのは解熱、滋養強壮、腹の痛み止め。そんなところだろう。

(・・・つってもなぁ)

 どれが薬草だか分からない。幼い頃に親父に教わったこともあったが、随分昔の話だ。

「おっ、これ食ったことある気がするな」

 どこか見覚えのある草が生えていた。

「これもだ。・・・これも、か?」

 全部そう見えてくるから不思議だ。

「・・・とりあえず、全部食わせてみるか」

(※それは止めましょう)


 次は食料。携帯食だけでは栄養が満足に取れない。何か力が付く物を・・・。

(・・・川の音)

 近くで水の流れる音がする。耳を傾け、音のする方に近づいてみた。


「やはりか」

 オレは綺麗な水が流れている川に辿り着いた。早速手で掬ってみた。

「・・・ん、飲めるな」

 山は自然の浄水場だと、あの夏に美夕が言っていたのを思い出した。

(あいつが一番サバイバルに向いているかもな)

 そんな事を考えると、別な思い出が浮かび上がった。

(そういやぁ・・・釣りしたな)

 透明な川には魚が泳いでいた。目で見えるほど鮮明に確認できる。

「・・・」

 ここには針も糸も、網も無い。

(となると・・・槍か!)

(※この場合は「モリ」です)

 オレは適した枝を探しに山へ戻った。


 あの夏、オレは一匹も魚を釣ることが出来なかった。

(それで蟹取ったり、タコと格闘したりしたんだったな)

 今回はそうは行かない。仲間の命が掛かっている。

(釣る、じゃなく、刺す、だからな。多少は有利なはず)

 と思いながら枝を拾い上げた時だ。草と葉の音を立てながら、オレの前に4つ足で歩く一匹の生物が現れた。

「・・・猫か」

 そうポツリと呟くと、その生物は俺の目の前で、2本足で立ち上がり、前足を振り上げた。

「・・・でっけぇ猫だな」

(※熊です。猫目ですけどね)



「いや・・・熊だ!」

 と叫ぶと、熊も驚きながら前足を振り下ろした。

(!)

 風が顔を横切る。風圧で体がよろめきそうだ。

(流石に・・・ヤバイか?)

 距離を取って身構えると、熊は前傾姿勢を取り、獲物を射抜く目でオレを睨んだ。

(勝てるか?・・・親父より強そう!)

 考え終わる前に、熊はオレ目掛けて走り出した。

(やるか!)

 その覚悟が集中を磨ぐ。構えて迎え撃つ。熊が己の間合いに入ると、さっきと同じように前足を振り上げた。

(砕いてやる!)

 左足を大きく踏み込み、熊のなぎ払いを避け、と同時に拳を振り上げる。

 ゴッ、っと鈍い音が耳に届いた。拳に伝わる、顎を捉えた感覚。

(・・・!)

 オレは再び距離を取った。

「・・・痛てぇ」

 熊の顎を打った拳が悲鳴を上げている。それに、避けた熊の爪は、オレが背にしていた木をえぐり取っていた。

(こりゃあ・・・)

「無理だ」

 オレの一撃が効いている様子も無い。むしろ、熊を怒らせただけのように思える。

 再び、前傾姿勢を取る熊。

(もう一発、いや・・・死ぬって)

 熊が踏み出した瞬間、オレは本能に従い、背を向けて走り出した。

「着いて来れるか!100Mを10秒5で走るオレの足に!」

 異常な集中力が、筋肉の繊維一つ一つまで活性させているのが分かる。

(自己ベストが出そうだぜ・・・?)

 隣で荒い息が聞こえる。チラッと目を向けると、熊はオレに並んで走っていた。

(※熊の足は時速40K。オリンは34、28K。熊の勝ち)

「・・・やるじゃねぇか」

 熊は走りながら腕を振り上げる。そしてその隙を、オレは見逃さない。

 交わすと同時にスライディング。熊の足を払う。

 熊が転倒した隙に、オレは木の上へ駆け登った。そして息を潜める。

(参ったな・・・逃げられねぇ)

 やるしかないか・・・?

(そう言えば、熊の胆嚢(たんのう)は病気にいいって聞いたことがあるな)

 みんなを助けられるかもしれない。太い枝の上で、仲間のことを思い浮かべる。

「やはり・・・狩るか」

 覚悟を口にした瞬間、

「っ!」

 熊は俺の目の前にいた。

「ここ、木の上だぜ?」

(※熊は木登りが得意です)

 熊は答える代わりに荒く息を吐いた。そして腕を振り上げる。

「!」

 慌てて木から飛び降りる。そして一目散に走り出した。

(二度も背を向けるとは・・・情けねぇ)

 と思ったのも束の間。背中に地響き伝わってきた。と同時に、大地を揺らす足音。


(狩られるのはオレの方か?)

 極限の心理が更に足を加速させる。

(こんな所で・・・)

 森林の出口が見えてきた。その先にはさっき見つけた川がある。

(オレは・・・)

 日の光で水面が輝いている。目を細めながらもオレは・・・。

(死ねないんだよ!)

 跳んだ。空を駈けるように。


 着地と同時に前回り受身。即座に身構えた。

(跳んだ・・・。こっちには来れないだろう)

 と思った瞬間、熊も川にダイブ。

(無理だろ?)

 予測どおり、熊は勢い良く飛沫を上げ、川の真ん中に落ちた。

(よし!)

 と、喜べたのは一瞬だった。

(!)

 川は結構浅く、熊は起き上がって歩いて川を渡った。

「~~」

 川の中の石に打ったのだろうか、熊はあばらを押えている。

「そこで鮭でも取ってろよ」

 俺の声が届いたのか、熊は再びオレに狙いを定めた。


(取りあえず・・・逃げるか)

 オレは再び森林の中へ駆け出した。

(ヤバイ・・・つうか卑怯だろ?オレには爪も牙も無い。対等じゃねぇよ)

 岩陰に身を潜め、息を殺す。

(相手の流儀に合わせて本気でやるのが夏野流。そっちがその気なら・・・)

 不穏な足音が近づいてくる。

(弱点を突くか。熊の弱点って何だ?)

 鼻を鳴らし、辺りを探っている。

(やっぱ・・・猟銃と巴投げか?)

(※それは、やられかた、でしょ?)


(何かないか?)

 上着を探ると、手に当たる冷たい触感が。取り出してみるとナイフだった。

(これは・・・ちょっとな)

 冷たく輝くナイフを見て、ふと思う。

(本当に・・・殺すのか?・・・と言うか、出来るのか?)

 冷える精神。頭から熱気が引いて行くのが分かる。

(命を殺めるって・・・単純じゃない)

 ナイフをしまい、他を探る。すると、小さなケースが出てきた。

(・・・あいつに貰った、)

 ハーモニカだった。

(・・・そうだ。熊は慣れない音に強い警戒心を抱くって、美夕が言っていたな)

 一縷の光が見えた。ケースからハーモニカを取り出した。のだが、

(・・・吹けねぇや)

 と、落胆した時だ。木々を揺らす風が吹いた。山を吹き抜ける風は、余すことなく全てを撫でて行く。


(夏の匂いがする)

 そう心の中で呟くと、風はハーモニカを通り、音を立てた。

(風の音)

 ハーモニカを目の前に翳すと、その音はより鮮明になった。人の唇では出せない不思議な音を奏で、山に聞かせている。

(この風の匂い・・・何処かで)

 オレは風と一緒に髪を撫でながら目を閉じた。風の音、山の音。あの時と同じ、風の匂い。


「いのししじゃない。何処から連れてきたのよ?」


「野生の動物を、人の住処に連れてきてはいけないの。人に慣れたら、動物は森を出て穀物を荒らすようになるの。それがどれ程農家にとって大変なのか分かって」


「人と動物の共存っていうのは、一緒に暮らすことだけじゃないの。互いの住処に踏み入らないことも一つの共存。私はそう思うよ」


(あの時の・・・風か)

 それに気が付くと、一つの足音が森の奥へと遠ざかって行った。

(ここ、お前の住処だもんな・・・。そりゃ怒るよな)

 大切なことを忘れていた。

(あのとき誓ったのにな、)



 何とかキャンプ場に戻って来れたものの、状況は変わらない。念の為、と思って無線をいじってみたが、ウンともスンとも言わない。

(ったく・・・換えの電池くらい備えろよ)

 と、無線を乱暴に押し倒した。するとその衝撃でカバーが外れた。

(・・・)

 ふと、蘇る記憶。

(・・・)

 オレは剥き出しになった電池を外し、場所を入れ替えてみた。

(更に!)

 はめ換えた電池を指先で転がす。

(凪、お前ん家のリモコンはこれで動いたよな?)

 祈りを込め、電源を入れると・・・。

「オリン、応答しろ」

 ノイズが酷いが通じた。

「おおおっし、人の英知をナメんなよ!」

 と高笑い。

「こちらオリン。部隊は今、第5キャンプ場に在しています。至急、救援を・・・」



「情けないな。山岳訓練で救助が必要になるとはね」

「・・・すみません、」

 救助された後、ヘリの中でそう言われた。

「まぁいいさ、お前はな」

「どういう意味です?」

「安易にキノコを食う。万一の供えが不足。その結果、部隊が危険に晒された。お前がいたからいいものの、下手すれば死人が出ていた。その責任は重いさ」

(・・・みんなの責任だろ)

 誰かが責任を取る。何処と限らず、それは存在する。

 そんな事とは関係なく、今日も空は燦然と輝いている。

「・・・空が初めてなのか?」

「いえ、」

「・・・そりゃそうか」

 上官はオレの容姿を見てそう言った。


「お前の噂は聞いているよ」

「自分の、ですか?」

「あぁ。腕相撲で全員倒したんだろ?」

「・・・はい。お陰でいつも昼飯は食い放題です」

「他にも、勇猛果敢、伝統墨守、用意周到とか、色々と言われている」

 どうだかなぁ。が、その言葉への第一印象だ。


「航空自衛隊に来ないか?」

「と、言いますと?」

「昇格して俺の下に来いと言ったんだ。空に来いとも言えるがね」

(・・・空へ、か)

 ふと空に目が向いた。見上げない空は3年ぶりになる。

 あの時と違って、空にはけたたましい程のプロペラ音が散らかっている。

(今・・・何処を歩いている?)

 オレは二人を捜すように大地を見下ろした。

 二人とも、オレの知らない場所を歩いているのだろう。異国の路地裏だったり、自分で決めた道だったり。


「少し・・・考えさせて下さい」

「なんだ、握り飯が好きか?ハンバーガーの方が似合うと思ったけどな」

「カレーも好きです」

「言うねぇ」

 いいチャンスではあったが・・・迷いも生じた。

(空は自力で行くもの)

 オレの中に・・・そんな概念があることに気が付いたからだ。

(全く・・・思い出ってヤツは・・・)


 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


「失礼します」

「入れ」

「はい。・・・只今戻りました」

「ご苦労、大変だったそうだな」

「いえ、」

「・・・まぁいい。いい経験だったと思え」

「はい」

「只今をもって、訓練の終了を命ずる。それと有給の件だが、許可する」

「ありがとうございます」

「2年分の有給を一気に消化するとはね。故郷にでも帰るのか?」

「・・・そのつもりです」

「ホームシックか?」

「・・・そうかもしれません」

 確かに・・・恋しくなった。

「下がっていいぞ。楽しんで来い」

「はい」


 オレはずっと、「その時」を待っていた。過去に戻れない分、それ以上の未来を創る為に。

(先ず・・・楽譜を買わないとな)



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