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3月。
卒業式。
長老の長い話を聞き流しながら、三年という月日を思い出している。
高校に入学した頃は「長い三年が始まる」と思っていた。けど、高校生活のことを思い返すと、あっという間に、今に到着してしまう。短い。本当に短い。
でも、そう感じるのは、俺に思い出が少ないからだと思う。強い感情が残るほどの生活ができなかったからだ。だから、俺の高校生活の思い出は、最後の夏から始まる。それはそれでいいのかもしれない。
「皆さんは、ここから旅立つのです」
何故かここだけはハッキリと耳に届いた。
旅立ちか。本当にそうだな。
もし私が渡り鳥なら、思い出を頼りに、海を渡り帰り、思い出の止まり木で、羽を休めるのだろうね。
ふと、頭の中に詩が浮かんだ。俺の詩じゃない。いつかどこかで聴いた詩だ。
・・・思い出せない。ただ懐かしさだけが胸に響いている。
「なぁオリン。この詩、どこかで聴いたことないか?」
気になって仕方ない俺は、ヒソヒソとオリンに話しかけた。
「ああ、知ってるぜ。お前と美夕とオレの三人で聴いたことがある」
「え?いつの話だ?」
「覚えてないのか?ラジオから流れてた曲だぜ?渡り鳥って曲だ」
強い日差しを感じる。風が吹いている。ざわめく草の音が聞こえる。セミの声が聞こえる。俺たちの声も聞こえる。壁に吊るされたラジオから、美しい音色が聞こえる。
「これは元々、ピアノだけの曲なんだぜ。それを誰だかが、詩を付けてカバーしたんだ。それを聴いたんだ、あの夏にな」
そうか、どうりで懐かしく感じるたわけだ。やっぱり俺の思いでは、あの夏から始まる。
「でもよ、その曲はすべて異国語で歌われているんだぜ。だからこの詩は、お前が訳したことになる。つまりだ、それはお前の詩ってわけだな」
俺の詩・・・かぁ。
「おい凪、ヤバイ、委員長が睨んでる。黙っとこうぜ」
横目でチラリと美夕を見ると、少し怒った顔で、唇に人差し指を当てていた。
この机に頬杖を付くのも、今日で最後になる。ここも思い出の止まり木になるのかな。
今思えば、俺はいつもここでオリンと話していた気がする。
今思えば、俺はいつもここで美夕を眺めていた気がする。
「・・・・・・」
俺の止まり木は、あいつらの間にあるんだな。帰る場所があるのなら、迷っても怖くない。
強い陽射しに目を細めると、心の中で、手を振るオリンと美夕が見えた。
卒業の日なのに、もうすぐオリンと美夕と会えなくなるというのに、俺はほとんど寂しさを感じていない。
リアルじゃないから?
違う。
軽薄だから?
違うよ。
寂しさが限界を超えて、何も感じないからか?
それも違うな。
じゃあどうして涙を流さないんだ?みんな離れ離れになるのにさ。オリンも美夕も、一人ぼっちの時はどうすればいいのか、教えてくれなかったぞ?
俺は自分に答えを教えるように、空を眺めた。
俺たちは、あそこに手が届いたんだ。少しの間とはいえ、空に行ったんだ。この世界には国が沢山あるけど、空は一つしかない。世界中、どこへ行っても空は一つだ。何処にでも、何処までも繋がっている。
立っている場所は違っても、同じ空の下にいるんだ。だから俺は「一人じゃない」って思うことができる。これからもずっとな。
どうしても寂しいときは、目を閉じて深呼吸すればいい。そうすれば・・・また夏が始まるよ。
「・・・なるほどね」
俺は思わず声に出してしまった。
「何が「なるほど」なんだ?」
卒業証書を脇に抱え、ポケットに手を突っ込んでいるオリンが、俺の席の前に立っていた。先生の長い話はとっくに終わっていたようだ。
「自問自答に答えを出したんだ。もしかしたら、生まれて初めてかもしれない」
オリンは溜め息を吐きながら両手を小さく掲げた。そして、俺の前の席の椅子を、音を立てて引き、鼻で息を吐きながら座った。
前にもこんなことがあった気がする。
「手、出せよ」
俺は言われたとおり、右手を差し出した。するとオリンは、勢い良く俺の手を握った。
「・・・サン」
「何も言うなよ、オリン」
俺は強くオリンの手を握り返した。
俺たちは笑い合った。互いを。自分を。
「凪、また空見てたでしょ?」
美夕は腰に手を当て「やれやれ」といった顔をしている。
「だってさ、卒業の日だぞ?誰だって想い返すよ」
「ん・・・まぁね」
今度は「困った子ね」という顔をした。
「過ぎし夏の思い出か?」
オリンはそう言いながら、内ポケットから一枚の写真を取り出した。
「あ、俺も持ち歩いてるよ」
俺は財布から、折り曲げられた写真を取り出した。
「私も」
美夕は生徒手帳を開き、写真を取り出した。
「・・・・・・」
みんな、同じ写真を持っていた。
「同じ夢を叶えたよな」
夏の軌跡を巡らせる。
「また行かなきゃね」
あの夏の扉絵。
「いいチームだぜ。オレたちはな」
ウインドベルと、俺たちが写った写真。
また、空を見上げた。この止まり木から、飛び立つために。
「行こう。未来が待ってる」
「だな」
俺とオリンは席を立った。
「また・・・始まるんだね」
もう二度と、歩かない廊下を歩く。
もう二度と、通らない階段を下りる。
もう二度と、履かない靴を脱ぐ。
春の陽射しが、俺たちを包んだ。
終わりと始まりを迎えるために、校門へと歩む。
「なぁ、この門を越える前によ、約束してほしいことがあるんだ」
「何だ?」
「オレはこの町に残る。美夕はあの牧場に行っちまう。凪は、俺たちの知らない場所を歩く。・・・けどよ、また絶対に会おうぜ」
オリンは拳を差し出した。
「絶対の約束だ。また会おう」
「約束と言うより、誓いだね」
俺と美夕は、オリンと拳を合わせた。
「私も、約束してほしいことがある」
美夕はゆっくり目を閉じ、ゆっくりと見開いた。
「また飛行機作って、空に行こう」
「おう、誓うぜ」
「俺も誓うよ」
再び、俺たちは拳に力を込めた。
「凪は?何かない?」
「・・・そうだなぁ」
「言えよ」
想うことが多すぎて、うまく言葉に変えられない。
「・・・・・・」
何を言えば、全てが伝わる?
「・・・・・・」
きっと、何を言っても、何も言わなかったとしても、全てが伝わるんだろうな。
「それぞれの道を、それぞれの未来を、絶対に諦めない」
「誓うよ」
「誓うぜ」
もう一度、拳に力を込めた。
「行こう、新しい世界へ」
俺たちは校門を飛び出した。これで一つの終わりを迎えたことになる。そして、新しい始まりを迎えたことになる。
それぞれの前にある、新しい舞台。でも怖がらなくていい。
一人じゃないから。
大切なものが、胸の中にあるから。
同じ、空の下にいるから。
また、必ず会えるから。




