初めての料理
正義の味方よりはアクセス数が多くて個人的には満足。でもきっとこの作品には「何か」が足りない。
……何が足りないんだろう。(´・ω・)
校門前まで来ると一台の車と瀬場さん、そして見たことのないメイドさんが待ち構えていた。初めて相原家にお邪魔した時は瀬場さんしか使用人を見なかったからこれはちょっと新鮮。
「お嬢様、お客様方、荷物を預からせて頂きます」
俺と先輩の姿を確認すると控えていたメイドが歩み寄って来て、そんなことを言ってきた。なにこのセレブなおもてなし? ここは普通に荷物渡せばいいのか? 雫さんは当然のように荷物渡してるみたいだけど──
「あ、お願いしまーす」
「…………」
俺がどうしようか迷っているすぐ隣で先輩はさも当たり前のように自分の荷物預けて乗り込む。……ハァ、これじゃ俺が浮世離れしてるみたいじゃないか。とほほ……。
「深く考える必要はありませんよ、紅瀬様」
「はぁ、お気遣いどうも…………え?」
今このメイド、俺のこと苗字で呼ばなかったか? 少なくとも俺はこのメイドとは初対面の筈だ。……ひょっとして何処かで会ったことがあるっていうオチ?
「ご紹介が遅れました。わたくし、レディースメイドの白南風咲夜と申します。紅瀬様のことは兼ねてからお嬢様より伺っております」
「そ、そうでしたか」
なんだ。雫さん経由で俺のことを知っていたのか。どんな風に俺のことを話したのか少し気になるけど彼女なら変なことは話してないだろう。……そう信じておこう。
不慣れな手付きで白南風さんに鞄を渡して車内へエスコートされる。煙草を吸う親父が持つ中古車と違って全然ヤニ臭くないし座り心地も格別だ。すげぇ、これが高級車ってやつか。こんな凄い車に雫さんは毎日乗ってるのか。
「小さい車で意外でしたか?」
その言葉は誰に対して言ったのか分からないが、急に雫さんが口を開いた。言うほど小さい車ではないが確かに金持ちが載る車としては小さいなっていう感想はある。
「車のこと? そうねぇ……正直な話、リムジンみたいな奴を想像してたからちょっと意外かな」
「先輩、リムジンが頻繁に通ったら迷惑になりますから」
徒歩通学者ならすぐ分かると思うけど通学路は一方通行だ。車道の幅は両脇に通行人が歩いていても問題ない広さだが、リムジンが通るには何かと不便だし、もしかしたら車体の関係で曲がりきれないのかも知れない。
「リムジンのような車が何台も走ると近隣の住民にご迷惑が掛かる、という理由で学校側が禁止しているんです。あと、降車も可能な限り早くするようにとの通達も受けてますので必然的に小回りの効く車になるんです」
「学校側が禁止してたんですか?」
「はい」
やっぱり学校が規制してたのか。もしかしたら生徒手帳にちゃんと記されているかも知れないが少なくとも俺は見たことがない。元より興味なんてないし。
「あとは、瀬場さんがリムジンの免許を取ってないのも理由の一つです」
「え? そうなの?」
「はい。お恥ずかしながら」
先輩の驚きに答えるように瀬場さんが申し訳なさそうに口を開く。別に執事だからと言ってリムジンが運転できるとは限らないんじゃ?
「執事と申しましても私の仕事はお嬢様の警護に御座います。お嬢様のお世話は基本的に役立たずな私ではなく、白南風さんのお仕事ですからな」
「まぁ。瀬場さんったら、ご謙遜を……。警護と言っても瀬場さんは一人でアメリカのシークレットサービス数人分のお仕事をなさるじゃないですか」
「元・軍人ですからな。そのぐらいのことはしなければ今の時代、私のような一芸達者な人間は解雇されますよ」
シークレットサービス数人分の仕事量って……充分過ぎるほど有能じゃないか。しかも元・軍人ということはヘリや戦闘機なんかも操縦できそうだぞ、この人。
「じゃあ、白南風さんは普通に使用人として働いているんですか?」
「基本はそうですが週に二度ほど、社交界の場に必要な教養を教授しております」
「なるほど。家庭教師も兼任しているという訳ですね」
「はい。レディースメイドともなれば、このぐらいは出来て当然のことです」
「レディースメイド? それって何ですか?」
それは俺もスッゲー気になってた。気になると言っても話の流れで大方予想は付くけど。
「メイドの階級と思って下さればいいです。レディースメイドは会社の役職に例えるのでしたら副社長に当たる立場ですね。もっとも、この役職はハウスキーパー……要するに使用人たちの社長ですね。この役職に就いてる方の人事権の及ばない特殊な存在となるのでレディースメイドとハウスキーパーは独立したものだとお考えになって下さって結構です」
なんかただのメイドの筈なのに軍隊みたいな感じだな。しかし、俺はまだ相原家の使用人には白南風さんと瀬場さんの二人しかまともに話していないがもしかしてこれが標準レベルか? だとしたら相原家の使用人は皆、一流揃いだったりして。
「因みに、私達はお嬢様の側近ですから優秀なだけです。屋敷に駐屯している使用人どもは誇張も過小評価もなく普通レベルです」
「え? 白南風さん、俺口に出して言ってましたか?」
「紅瀬様、貴方はもう少し己の器を知るべきです」
うわ、やっぱ今日の瀬場さん機嫌悪いよ。言葉遣いこそ普段と変わらないけど今日はやけに風当たりが悪いぞ。……これ、どう考えても俺が乗っているせいだよな?
「瀬場さん、いくら何でも紅瀬様にそのような言い方をされては気分を害してしまいますよ。……紅瀬様、瀬場のぶしつけな発言、どうかこの白南風に免じてお許し下さい」
「い、いいですって白南風さん! そんなに畏まらなくても!」
そもそも瀬場さんは雫さんに悪い虫が付かないように職務をまっとうしているだけだから俺みたいな男にああいう態度を取るのって当たり前なんだ。だから俺は瀬場さんの態度や言葉遣いにいちいち驚くことはない。それに俺も瀬場さんの気持ち、少し分かるし。
「ねぇ、紅瀬君? ぶっちゃけあの執事さんに何か恨まれるようなことでもした?」
「誤解ですよ先輩。瀬場さんは雫さんに近づく男には誰だって容赦ないからああなんですよ」
「ほんとにぃ~?」
「疑り深いのも大概にして下さい」
ああもう、女って生き物はどうしてこう男の言う事を信じようとしないかね。
雫さんの家は車で一時間ほど走ったところにある。もう少し詳しく話すと雫さんは都心ではなく、隣の県に住んでることになる。邸宅は丁度小高い丘の上にあって、部屋から眺める山脈の景色は実に素晴らしかった。初めて来た時は気持ち的な余裕がなかったから凄いところだっていう印象しかなかったけど今なら雫さんがどれだけ良い所に住んでいるか実感できる。都会の喧騒とは無縁だし空気だって美味しい。極めつけは邸宅のある場所には天然の温泉が湧いていて、それを家の浴場へ流しているというから凄い。身も蓋もない言い方をすると源泉を独占してるってことになるけど。
車から降りた後は雫さんに先導されて彼女の部屋まで案内される。初めて来た時からそうだったけどこの家は豪邸というよりもとてつもなく大きな武家屋敷を彷彿とさせる。もしかすると普通の豪邸よりも建築費用が掛かっているかも知れない。
「皆様どうぞ。こちらが私の部屋になります」
言うと同時に雫さんは廊下の中ほどにある扉の前で歩みを止めて言った。ネームプレートには達筆で雫と書かれてある。
鍵を使って開錠して部屋へ招かれる。武家屋敷だから中も和風な感じかも知れないがそんなのは外だけ。個人の室内ともなればそりゃもうえらいギャップを感じる。
だってアレだぞ? 鴬張りの廊下を行き来して部屋へ案内された途端、フローリング張りの部屋に天蓋付きのベッド、サイドテーブルに飾られた洋花、あえて言うなら全くの別世界へ迷い込んだ気分だ。
「へぇ……中は普通なんだね」
入室を躊躇っている俺とは対照的に先輩は興味津々に部屋を眺めている。部屋の前で立ち往生しても仕方ないから俺も先輩に習って部屋全体を見渡してみると流し台と簡易キッチンが部屋の隅に備え付けられていることに気付いた。
「雫さん、部屋にキッチンがあるけど何に使ってるの?」
「あれは、お茶を淹れる為です」
お茶を淹れる為って……。それにしてはちょっと豪華過ぎないか? しかもこの部屋、多分というか間違いなく学校の教室ぐらいの広さがあるだろ? 部屋の隅にある家具やテレビ、中央付近にあるテーブルやソファーがあるけどそれでもまだ少しのゆとりがあるんだから。
「今、お茶を淹れますから少しお待ちになって下さい」
「お嬢様の淹れるお茶かぁ……なんかすっごい興味をそそられるわねー」
「そうですね」
先輩の言葉に同意しつつ、一言断りを入れてから鞄をソファーの端に置いて腰掛ける。ぼふん、なんて野暮な音を立てることなく身体が沈んでいく。どんだけいい物使ってるんだここの家具は。
「テーブルマナーに社交ダンス上達の秘訣に盆栽の褒め方……あ、普通の漫画もあるんだ。へぇ……」
一方で、先輩は未だに室内を探索中だ。俺も視線だけで部屋を観察してみると動物のぬいぐるみが山のように積んであったり、学習机の上にはたまにペットボトルのおまけとして付いて来るミニジオラマが飾られていたり、棚には流行りのアイドル系歌手のCDが並んでいたりと……金持ちというステータスを除けばごく普通の女の子の部屋だと実感できる。
「あ、このお城のジオラマシリーズってお茶のペット買うと付いて来るヤツ?」
「はい。始めはそうでもなかったんですが、今では出掛けるとき、必ずそれが付いて来るお茶を買うのが日課になっちゃったんです」
「へぇ~。相原さんって意外と庶民趣向なのね。誰かの影響?」
「いえ。興味本位で買ったのが切っ掛けで……あとはもう御覧の通りです」
「はぁ、よくこんなに集めたわねぇ……。ペットのお茶が一本百五十円ぐらいでここにあるのが大体五十個だから──」
先輩、悪いことは言わないから計算しない方がいいぞ。かくいう俺も今まさに暗算してるけど。
「──大体七千五百円かぁ……。しかも一ヶ月で七千円使ったってことだから、えーっと…………」
「先輩、下賎話はそのぐらいにした方が……」
「いいえ! こんな機会は滅多になんだから庶民との格差を徹底的に検証するわよ!」
庶民との格差調査って……それをすることに何の意味がある? しかも途中から目的が変わってるし。
「格差調査は料理部存続の具体案をまとめてからにして下さい」
「うっ……平部員の紅瀬君にそう言われちゃうと部長として動かざるを得ないわね」
「平部員って、勝手に部員にしないで下さい……」
言っておくが俺は部員になった覚えは一度もないぞ。今日、ここに居るのはあくまで支持者として来ているだけ。できうる限りの協力はしても料理部には入らない。俺が手伝っている理由はあくまで友人のため。そこから先は先輩と雫さんの問題だから俺が手助けするべきことではないと思ってる。
「紅瀬君のいけずぅ。素直に料理部に入っちゃいなよ、ユー。今ならオイシー特典、付けちゃうぞ♪」
「…………結構です」
特典云々以前に刑事の息子である俺がそんな問題起こしちゃ世間的にもかなりまずいからな。もしそうなれば俺は間違いなく親父に勘当されること請け合いだ。
「──お話中、失礼します」
「あ、 白南風さん」
いつの間に雫さんの部屋に入ってきたんだこのメイドさんは? それとも俺たち二人が口論に夢中で気付かなかっただけか?
「白南風さん、どうしました?」
「お客様にお出しするお茶請けをお持ち致しました」
「お茶請け……あ! そうですね、お茶請けは必要ですよね。 白南風さん、わざわざ済みません」
「いえ。仕事ですから」
またエラくストイックだな。優秀な人間ってみんなこんな感じなのか? 瀬場さんの場合、ストイックと言うより情熱的って言った方が正しいけど……。
配膳台から手際よくお茶請け(名前は知らないが見るからに美味そうなケーキだと言っておく)を並べる。
「白南風さんもご一緒にどうです? 実はちょっと相談したいことがあるんです」
「私に、ですか?」
この言葉は意外だったのか、 白南風さんが目を丸くして 白南風さんの方を見やる。雫さんは彼女の返事を待たずテキパキと白南風さんの分のお茶を淹れる。彼女は一度だけ、小さく溜め息を付くものの、素直に雫さんの言葉に従うと決めたようだ。
「ぶしつけな質問ですが……本日、ご学友を屋敷へ招いたのはその辺りが理由ですか?」
「えぇ。勿論それもありますけど一度、友達を家に招待したいと思っていたんです。……駄目、でしたか?」
「いえ、良いことだと思います。少なくとも相原の姓を聞いても尚、お嬢様と普通に接しているのは私を知る限り、そこにいる方々が初めてですから」
相原の姓を聞いたらって……周囲の人間は相原家に対してどんな印象を持ってるんだよ? どこぞの強欲セレブじゃあるまいし……。
「私が料理研究部に入ったのは昨日、お話しましたよね?」
「はい。最低限の自炊ができるようになりたいという動機で入部なされましたね」
「その料理部が今、窮地に立たされているんです……」
一度言葉を区切ったあと、雫さんは一つ一つ確かめるように説明していく。のんびりとした口調で回りくどいように聞こえるかも知れないが彼女の説明はちゃんと要点を抑えてあるから分かり易い。
「──つまり、お嬢様は料理研究部がちゃんとした部活であると、生徒自治会の方々に認めてもらいたいという訳ですね?」
「えぇ。何か良いアピール方法がないかと思って、今日は弥生さんと桐生先輩と一緒に相談しようと思って呼んだの」
「…………」
雫さんの説明が一通り終わってから白南風さんは人差し指を唇に添えて考え込む。運動部と違って料理部には大会なんてものはない。同好会の調査と言っても活動している場所を観察するだけじゃないよな、どう考えても。
「自治会の方々がどのような審査法を取るか、私には分かりかねますが部活動で作る料理が一般家庭以上の出来栄えであるなら、廃部を免れるのではないでしょうか?」
「一般家庭以上……」
そこはかとなく絶望的な声色で雫さんが呟いた……ように聞こえたのはきっと俺だけじゃない。だいたいこの前作ったデザートは雫さんが望むべきものじゃなかったし、彼女の実力は未だ正確に把握してない。料理研究部が本気であることを証明するよりも先に彼女の実力を知るべきだろう。
「念のため訊くけど相原さん、ご飯物の料理とかは……未経験よね?」
「はい……。本を見ながらでしたら辛うじて出来ると思うのですが…………」
その自信は一体何処から湧いて来るのだろう? ちっともいい予感なんてしないのですが?
「と、とりあえず相原さんの料理レベルを今すぐ知る必要があるわねっ。幸い、キッチンが部屋にもあることだし……」
「分かりました。……白南風さん、何か適当な材料を持ってきてくれないかしら?」
「畏まりました。それで、お嬢様は何をお作りになるのですか?」
「えっと……スパゲティ?」
雫さん、頼むから疑問系で答えないでくれ。しかもスパゲティは殆ど茹でるだけだから。ミートソースも作るなら別だけど……。
「それじゃあ実力を知るには不十分よ。ここは定番だけどカレーにしましょう」
カレーか……それには俺も賛成だ。カレーなら少なくとも皮を剥く、野菜を切る、炒める、煮込むと、最低でも四つの作業を体験できる。伊達に料理研究部の部長を務めているだけのことはあるな。毎日自炊していても手抜きを前提としている俺とは天地の差だ。
「畏まりました。それではすぐに材料と道具を揃えて参ります」
言うなり、白南風さんは音もなく足早に退室していった。扉って開け閉めする時にどうしても僅かに音が鳴るものだけどそんな些細な物音さえ立てずに出て行くとは……これが相原家のメイドに求められるレベルなのか?! ……んな訳ねーよ。
白南風さんが必要な道具と材料を運んでくるまでの間に先輩は料理の段取りについて講義をしていた。カレーを作る手順だとか調理をするにあたっての優先順位とか素人は絶対にフィーリングで料理をしちゃ駄目だとか、そういう説明。これだけ事前に説明しておけば大きな失敗はないだろう──そんな風に考えていた時期が、俺たちにもありました。
「ちょっと待ったぁあああっ!」
開始から僅か数十秒にして先輩の叱責が飛んだ。ちなみに俺は調理には参加せず部屋にあった料理関係の本を読んで完成待ち。キッチンのスペースが狭いということもあるが指導するのに二人も要らないという理由で席を外しているだけだと言っておこう。
「ジャガイモもそうだけど皮を剥くならピーラーを使う! それにこんな剥き方じゃ食べられる部分も捨てることになるから駄目!」
どんな剥き方したんだ雫さん……。興味本位でキッチンの方を覗いてみると先輩が怒るのも頷けた。こともあろうことに彼女は包丁で、それもジャガイモをナイフで削るように皮むきをしてた! これじゃあ食べられる部分も一緒に切り落とされるし食材を無駄にしてしまう。
食材の無駄遣いもそうだが包丁の使い方が非常に危ない。一人でやる時もそうだがあんな扱い方をすれば近くにいる人が怪我する原因にもなる。仮にも刃物を扱う人間として、あれは見過ごせない。
「いい、皮を剥く時は大抵このピーラーを使えば問題ないわ。慣れてる人は包丁で全部やっちゃうけど貴女には百万年早いわ。機会があればリンゴ相手に皮むきの練習をするといいわ」
「はいっ」
リンゴの皮むきか……きっとお嬢様学校で育ってきた彼女には未経験なんだろうなぁ。普通なら小学校の家庭科の授業でやるもんだが……。
余談だが俺はこの授業で指を軽く切って周りの連中に笑い物にされたという苦い思い出がある。
「あの、先輩──」
「相原さん、今は先生と呼びなさい。貴女は今、物を教えられている立場なのよ?」
「わ、分かりましたっ。桐生先生」
「うむ、素直で宜しいぞ。相原生徒」
なるほど、先輩は形から入る人間であると同時に仕切り魔だったのか。ならば不用意に先輩には逆らわない方がいい。
「紅瀬く~ん、今失礼なこと考えてたでしょ?」
「いえ、別に」
相変わらず女って生き物は勘が鋭いな。俺は顔に出るタイプだから充分に気をつけなければ。
(つーか雫さん、マジで料理とは縁遠い生活送ってたんだな……)
雫さんの手捌きは一言で纏めるならとにかく危なっかしい。要領は思ってたよりも悪くはないが初歩の初歩から教えなければ前に進めないのは俺も先輩も揃って頭を抱えた。しかも何処で覚えたのか、中途半端に変な知識を覚えているから始末が悪い。
例えば──
「桐生先生、材料の中にリンゴとハチミツが見当たらないのですが……」
「そんなものを入れる必要なんてないわぁ!」
「えっ? ですが、白南風さんもカレーを作る時は入れると言ってましたから、つい……」
「相原生徒、それを入れることによってカレーにコクが生まれるのは事実だがそれはハードモード……いわゆる応用編よ。確かに私はリンゴとハチミツを加えて旨みを増す方法を知っている。けどね、そんなのを入れなくたってカレーは普通に美味しくできるわ。何故ならカレーは、花嫁修業の基礎でもあり、奥義でもあるから……」
と、若干電波の入った講義が開かれたり──
「あの、桐生先生……。私、辛いのは苦手なのでスパイスは少なめで──」
「スパイス? そんなのはインド人か専門家が使うものよ! むしろスパイスをれっきとした調味料として使えるなんておこがましい考えは捨てなさい!」
なんてインド人に真っ向から喧嘩売るような発言したり……まぁそんな感じで料理修行は進んでいく。……学園の名誉の為に言っておくが誰もが雫さんのような料理オンチではないことをキッチリ明言しておく。むしろ彼女が特殊なだけで他のお嬢様は花嫁修業と称してプロの料理人に教授してもらっていることが多いらしい。
「あの、桐生先生……。つかぬことをお聞きしますがこの料理本の記述にある大さじ一杯というのは?」
おおい、大さじぐらいは知っとけよ! しかも今あなたが作ってるのはカレーだぞ?! 計量カップを使うような場面じゃねーだろっ。ほら見ろ、流石の先輩も呆れて頭を抱えてるぞ!
……あぁ、お嬢様って生き物はある意味希少種なんだって改めて痛感したよ。
「……ねぇ、紅瀬くん」
「何ですか?」
「私は相原さんに何処から突っ込みを入れたらいいの?」
「寧ろ俺が教えて欲しいです」
さて。教えるのは簡単だがここで何でも教えてしまっていいのだろうか? ギャルゲーで言えば選択肢が出てくる場面。本当のことを教えるか、嘘を教えるか、あるいは考えさせるか?
……そもそもカレー作るのに何故計量スプーン云々が出てきてるのかは突っ込まないことにした。きっと適当に見開いたページに見慣れない単語があったから訊いたんだろう。
「雫さん、それは後で使用人たちに訊くことを勧めるから今はカレーに集中した方が──」
「はいそこ! 外野は料理が出来るまで待つ! 言っとくけど今日の夕飯は相原さんが作ったカレーだからね!」
マジですか先輩? お嬢様発言全快な会話を間近で聞いた身としてはものすっごい不安なんですが……。
とまぁ、彼女の家ではこんな事があった訳だ。そして先輩の宣言通り、出来上がったカレーの半分は俺が持ち帰ることになった。
なに、味はどうだったかって? いやこれが普通に不味いレベルで済んだから正直、ちょっとだけホッとしてる。水の分量を間違えたルーは水っぽいし野菜が大きすぎたりジャガイモが煮崩れしてたり……要するに絵に描いたような失敗作だった。後で使用人に何故煮崩れしにくいメークインじゃなくてジャガイモにしたのか訊いてみたら単に保存庫に無かったからだと言ってた。
ただ、この調理実習最大の失敗は作る量が明らかに度を越えてたってこと。白南風さんは作り直しを前提に多めに材料を持ってきたつもりだったがその材料全てを一度に使った結果、とんでもない量のカレーが出来てしまった。お陰で俺はタッパーでカレーを持ち帰るのではなく鍋をそのまま持ち帰る結果となった。
折角の食材を捨てることが出来なかった俺は結局、休日の食事は三食ともジャガイモが溶けた水っぽいカレーになった。これのせいでしばらく作り置きができるカレーを作りたくなくなったことを証言しておく。




