自治会からの挑戦状
自治会とクーデレ(?)会長さんの登場です。需要……あるのかこの属性?
それと全く関係ない話ですが銀レウスの執筆状況が好ましくありません。スランプ状態って奴です。orz
休み明けの胃は激しく不調を訴えていた。いや、身体がどうこうしたって訳じゃないが、こう……言葉にするなら美味いモン食わせろやコラー! と言った感じだ。そんな訳で今朝の朝食はいつものトーストと目玉焼きにフルーチェなんかを加えてみた。あぁ、俺はようやくあのカレー地獄から解放されたんだ。その感動を先輩に伝えたところ──
「いくら何でもオーバーよ、それは」
と、真顔で言い返された。オーバーなものか、先輩はあのカレーを大量に食べてないからそんなことが言えるんだ! 先輩には冗談にか聞こえないかも知れないが、土日は半分寝込むことになったんだぞ!? マジで!
「次から料理部の試食は辞退しますから」
「あら? 可愛い女の子が作った手料理に魅力を感じないのは男としてどうかと私は思うけどなぁ」
「作った本人が味見して納得したものならともかく、味見もしないで人に料理を出すなんて論外です」
いくら料理に疎い俺でも味見ぐらいはする。そもそも料理をする以上、下手なものを出せばそれは相手への侮辱として捉えられても不思議じゃない。基本的に味を求めない俺だが、それでも人に出して恥かしくないものは作れる自信はある。
「今度、弥生さんに料理を食べさせる時は最高の料理でおもてなし致します」
と、先輩とは対照的に健気に言ってくる雫さん。努力家である彼女ならきっと、俺ぐらいのレベルに追いつくのにそれほどの時間を必要としないだろう。
「その日が来るのを気長に楽しみにしてるよ。……と、ここがそうだな」
言って、俺たちは目的地である部屋の前で一旦足を止める。扉にあるプレートには自治会室と書かれている。普通の学校にある生徒会と違い、自治会に入るには書類審査に合格しなければならない。選考基準までは知らないが少なくとも俺のような庶民は自治会で活動したくてもできない。そのせいか、自治会は恐ろしいところだという印象が非常に強い。現実問題、頑固者が多いって噂だけど。
「ほら紅瀬くん、早くノックしなさい」
「えっ? どうして私がノックするんですか?」
「男の子でしょ?」
理由にすらなってないから。大体今の世の中は女尊男卑、つまり男よりも女の立場が強いんだぞ? それに今日、用事があるのは厳密に言えば俺じゃなくて先輩の方だ。
「雫さんはともかく、私はあくまで支持者です。そんな人に頼りっぱなしでは料理部存続なんてものは夢のまた夢ですよ?」
「うっ……それを言われるとキツいわね…………」
「大丈夫ですよ。ただノックして落ち着いて受け応えすれば済む話です」
その言葉で納得したのか、先輩はうんうんと頷き、やがて意を決したような表情で自治会室の扉をノックする。
「……はい」
少しの間が空いてから女の声が聞こえた。声から推理するところ、相手は恐らく古典的な金髪ロールでツンデレのツン状態の会長だろう。うわっ、なんか会うの嫌になってきた。
「料理研究部同好会・部長の桐生玲子です。本日は会長にお話があって参りました」
「どうぞ」
中にいる役員の許可を経て俺たち三人は自治会室へ足を踏み入れる。選ばれた人間のみが活動を許された自治会室は特別な場所だろうと想像してたけど──予想に反して内装は普通だった。
折り畳み式の長テーブル。パイプ椅子。良く分からない賞を飾った額縁の数々。てっきりソファーやら専用テーブルが立ち並ぶゴージャスな部屋を想像してただけに、これは拍子抜けだった。
自治会の役員は一人しかいなかった。窓際の一番奥に座っている生徒はこちらの姿を確認すると遅々とした動きで席から立つ。残念ながら彼女の髪型は金髪ロールではなく、金髪セミロングだった。うん、惜しいところを突いてたな、俺。
「ようこそ、自治会へ。何か御用でしょうか?」
その自治会役員──タイの色が青だから三年だろう──から感じられるのは威圧的な雰囲気。言い換えるなら彼女がこの空間を支配しているような凄みが確かにあった。
「生徒会則第四項・附則に基づき、自治会の裁量に異議を申し立てに来ました」
「異議? それは部活動の件についてですか?」
「そうです。申請書はこちらにあります」
おぉ、あの天真爛漫で考えることが大の苦手な先輩が小難しい言葉を並べている……。妙な新鮮さがあってちょっと感動を覚えた。俺がそんなどうでもいい感傷に浸っている間に役員は先輩が提出した申請書を軽く目を通してから、ハッキリとした口調で宣言した。
「受諾できません」
「なっ……!」
受諾できない? この展開は俺も予想外だぞ。いくら自治会が特別な存在だからと言って申請書の受諾を拒否すれば生徒の不信感を募るのは火を見るより明らか。それとも彼女は個人的な恨みでもあるというのか?
「理由をお聞かせ願いますか?」
いち早く状況を飲み込んだ雫さんが気丈にも反論してくる。そうだ、いくら何でもこれは横暴が過ぎる。それ相応の理由がなければ納得できないぞ。
「この同好会、以前は部として成り立っていましたわよね?」
「はい」
「料理研究部が同好会となったのは充分な部員が確保できなかったからです。そこまでは何処にでもある話ですが問題なのは一年という時間がありながら部員の確保もままならず、自治会の決定に異を唱えるという身勝手な振る舞いを前に、どうして異議申請書を受諾できるのです?」
確かに……。俺は一年だから去年のことなんて全然知らないから何とも言えないが理屈は通る。同好会になったのが去年の三月としてそこから今に至るまで凡そ一年と二ヶ月の猶予があった。つまり、この人の言い分は『それだけ時間を与えられたにも関わらず部員を確保できなかった方が悪い』と言うものだ。
それは分かる、理解できる。だけど──
「役員だけの依存でそのような事を決めていいのですか?」
「会長の依存よ。何か不服でもあるのかしら?」
会長だったのかよ、この三年。言われて見れば確かにそれっぽく見えなくもないけど……会長と言ったら腕章ぐらい付けるだろ。
「だいたい、私に言わせれば料理部なんてお遊びみたいなものよ」
その言葉には流石の俺もカチンと来た。だが、ここで声を上げてしまえば相手の思うツボだ。我慢、我慢……。
「部員もいない癖に先生方の迷惑も顧みずに──」
「遊びじゃないわよ」
会長の言葉を静かに、けれども確固たる意志を込めて桐生先輩が腹の底から唸るような声を出す。人をおちょくって楽しむ、いつもの先輩じゃない。その瞳には確かな怒りが宿っている。
「部員を確保できなかったのは確かに私のミスよ。でもね、満足に活動視察さえしてない人間に遊びなんて言われる筋合いはないわ。少なくとも私は料理に手を抜いたことなんて一度もないわよ」
「どうかしら? 今年になっても部員の確保さえ出来てない人間の言うことなんて信用できないわ」
「部員ならここに居るわよ。今、アナタの目の前にいる相原雫さんと紅瀬弥生くん。どう?部費が出るにはあと二人足りなくても頭数は揃ってるでしょ?」
「あの、俺──いえ、何でもありません」
ちょ、間違いを訂正しようとしたら思い切り足踏まれたよ俺ッ! 酷くないですか奥さん?! 俺はただの支持者としてこの場に居合わせているだけなのに本人の了承もなく部員としてカウントされた挙句、発言権さえ認められないんですよ!?
「あら、ここにいる子たちは部員だったの。てっきり、支持者を募るための数合わせかと思ったわ。……もっとも、申請書が提出されてなければ何の意味もありませんけど」
同意するのは癪だが実際その通りだ。その程度のアドリブが通用するほど白鷺学園の会長は甘くないぞ。
「それに二人とも一年のようですし、これでは同好会の質はますます落ちる一方でしょう。そんな未来のない同好会を、部として認めてしまえば他の部に示しがつきません」
「いいえ、そんなことはありません! この二人は私が手塩を掛けて育てた立派な部員です。少なくともその辺にいる主婦よりはずっと料理上手です!」
「なっ……先輩?!」
ちょっと待ったぁああ! 今からでも遅くはないからその台詞は撤回した方がいいって、絶対! 後戻りが出来るうちに恥を忍んでその発言を訂正──
「面白いことを仰いますのね。あなたはそこに居る一年に絶対の自信がある、と?」
「あります」
ないないないない! 自信なんてこれっぽっちもないって! 雫さんを見ろ! 動揺が収まるよりも早く新たな動揺が来て落ち着く暇さえないって状況だぞ?!
「……いいでしょう。そこまで仰るのでしたら証明してもらいましょうか。料理研究同好会の実力とやらを……」
なんかトゲのある言い方だな。今の会長、まるで親の敵を前にしてるような雰囲気だ。
「望むところよ! 私が自信を持って勧める愛弟子の──」
「誰が貴女の意見を聞く、などと仰いましたか?」
先輩の言葉をぴしゃりと遮り、目線だけで雫さんを見つめる。まさか、この展開は……。
「そこにいる一年生……相原雫さんでしたっけ? 彼女があなたの言う、並みの主婦を上回る部員であることを証明できれば部としての昇格を検討して差し上げます。……その代わり、彼女の腕が並み以下であるならば料理部は廃部。また、そこにいる一年の相原さんと紅瀬さんは在学中、同好会という形であっても料理部の再興を一切認めません」
「なっ……!」
そら見ろ。予想通り面倒なことになったじゃないか。しかも俺が部員じゃないことに気付いてるっぽいし。
「嫌なら別に逃げても構いませんわよ? その場合、あなたの代で活動が認められないだけでそこにいる二人が来年、料理部を再興するというのでしたら何の問題もありませんから」
これは明らかな挑発だ。そもそもこの料理部は先輩がいて初めて成り立つ場所なんだ。雫さんに至っては先輩に教えを請う為に入部してきたというなら先輩の重要性は言うに及ばず。
「先輩、ここは──」
「いいわ。その条件呑むわ」
おぉい、俺がフォロー入れるよりも早く返答するとか。少しは空気を読んでくれ~!
「その代わり、相原さんのことを認めたら──」
「その点は心配しなくても結構ですわ。会長である私が自らの発言を撤回すれば、周りに示しが付きませんから」
そう言う会長の口元は明らかに笑っている。間違いない、この人は自分が負ける訳がないと確信してる。そうでなければあんなあからさまな挑発なんてする筈がない。
「それで、具体的にはどうすればいいの?」
「そうですね……私、洋食の中でもオムレツが好きですから相原さんにはそれを作って頂きましょうか」
「…………」
「試食会は今週の金曜日、この時間に行います。依存はありませんね?」
「えぇ。せいぜい首を洗って待ってなさい」
「あら? 首なら毎日洗っていましてよ?」
あぁ……なんかもう色々ありすぎて収集なんてとてもじゃないけど付かないよ。しかもこの後、俺自身がどうなるかさっぱりわかんねーし。
てか本当、勝ち目なんてあるのかよ?
ひとまず雫さんには先に帰ってもらい、俺は先輩とじっくり話し合うことにした。俺の性格上、ここでなぁなぁにしてしまえば気付けば家庭科室に顔を出してる……なんてことになりかねないからな。
「えっと、その……御免なさい。正直、かなり身勝手な判断だって反省してます、はい」
開口一番。先輩の口から出た言葉がそれである。一応、俺に対して悪いとは思っているようだ。その証拠に俺は先輩の奢りで喫茶店の軽食セット(デザート付きでジャスト千円)をご馳走してもらっている。
「言っておきますけど俺、料理部には入りませんから」
「もぅ、相変わらずツンデレなんだから。幽霊部員という形で手を打つって気はないの?」
「調べられたら一発じゃないですか……」
先輩は知らないだろうが俺は奨学生として学園に通っているんだ。今でも結構、時間をめいっぱい使って家事仕事と勉強を両立させている。それに咥えて部活動までしたらとてもじゃないが成績の維持が難しくなる。
「それより先輩、雫さんのことですけど本気で勝てる見込み、あると思いますか?」
「四日も時間があるのよ? 気合いとやる気があればどうにでもなるって」
またえらく少年漫画的なノリだな。そんな根性論でどうにかなるような問題でもないと思うのだが……。
「俺、真面目に訊いているんですけど?」
「分かってるわよ、それくらい」
そう言って、桐生先輩はカップに満たされたミルクティーを飲み干して気分を落ち着かせる。
因みに頼んだメニューだが俺はサンドウィッチと珈琲、デザートのケーキという、文字通り軽食セット。先輩はサンドウィッチにパスタ、デザートのパフェまで注文してる。この組み合わせ、絶対太るな。
「スポーツ選手が自主的に反復練習するのと同じことよ。諦めたらそこで終わり。幸い、卵焼きは美味しく作るのは難しいけど複雑な工程を必要としない。期日も少し長めに設定して貰ったからどうにかなるわよ、きっと」
「人を巻き込んでおいてよくそんなことが言えますね」
まるで自分が与えられた課題をこなすかのような口ぶり。……いや、たんに開き直っただけか? どちらにしても料理部の未来は雫さんに懸かっているのが現状だ。
「ところで先輩、課題のオムレツですが……あれって難しい料理なんですか?」
「紅瀬くんはふんわりとしたオムレツを作れる?」
「…………」
先輩に言われて自分がオムレツを作る姿を想像……しようとして断念した。作ったことがないのも理由の一つだが、箸を使って引っくり返すやり方が全然分からないからイメージのしようがない。
「時間があったら挑戦してみるといいわ。どれだけ難しいのか良く分かるから」
別に挑戦する気はないんだが……そこまで言うなら体験してみるか。あーでも、今日の夕飯は焼きうどんだから作るのはフライパン洗った後だな。
「私は明日、雫さんの様子を見に行くけど紅瀬くんはどうする?」
「いや、俺が行ってもやることなんてないと思いますが……」
そもそも先週末に彼女の家に行った時も俺、本を読んでるだけだったし。味見だって俺よりもキャリアのある先輩の方が適任だ。しかも雫さんの家にはお抱えシェフまで居る。一番の近道は専門家に教授してもらうこと。つまり、俺の出番はないという訳だ。
けど、何かないかな。俺にしか出来ない形で雫さんの力になれること。先輩の為じゃなくて、友達として雫さんを助けてあげたい。
「……分かった。元々巻き込んじゃったのは私だし、紅瀬くんがそういうなら何も言わない。ただ、会長には紅瀬くんは部員だって言っちゃったから金曜日にはちゃんと顔出ししてね?」
「分かってます」
「うん。宜しい♪」
あぁくそ、何かないだろうか。俺にしか出来ないこと……。
次の日から雫さんの特訓は始まった。いや、正確には昨日の夜からオムレツ作りに挑戦してたようだ。朝、それとなく手応えを訊いてみたら空元気で大丈夫としか応えてくれなかった。多分、自分の不器用さが浮き彫りになったんだろうな。手にいくつも貼ってある絆創膏がそれを物語っている。
そこまではまだいい。だが事情を知らない人間がこれを見たら必ず勘違いを起こすのが世の常だ。具体例を挙げるなら水瀬。どうもあいつは彼女が陰で苛められているものだと曲解したらしく、俺が登校してくるなり食って掛かってきた。雫さんの弁護でどうにか事情を理解してくれたけど。
「最近ヤケに相原さんと仲がいいとは思ってたが、まさか俺の知らないところでそんな事が起きていたとは……」
「いや、伏線はあったと思うぞ?」
それ以前に彼女が料理部の人間とコンタクトを取っている時点で普通は気付くと思うんだが……もしかしてこいつ、至上稀に見る鈍感男か?
「それよりお前、最近やけに帰り早いけど何してるんだ?」
「あ~、先週は家の集まりでゴタゴタしてたから。思い切って遊べるようになったのは昨日から」
街で遊んでた訳じゃなかったのか……。軟派なイメージが先行して家督を継ぐとかそういうイメージが全然湧いてこないんだが? まぁそれはそれとして、俺はこいつに少し訊きたいことがある。
「なぁ水瀬、自治会の会長ってどんな奴か知ってるか?」
「自治会の会長? ……あぁ、鳳条院燈華のことか」
むぅ、なんか聞いただけで難しそうな漢字が羅列しそうな名前だな。どうして由緒ある家柄って奴はわざわざ字画の多い漢字ばかり使いたがるんだ? 雫さんの苗字なんか相原だぞ。誰にでも親しみ易くて覚えやすいから是非とも見習って欲しい。……あ、今から苗字替えるとか無理か。
「鳳条院議員は知っているな?」
「流石にそのぐらいは知っているぞ」
鳳条院議員──参議院議員でありキレ者の野党として知られている。昨今の福祉事情が良くなったのもこの人のお陰だと言っても過言じゃない。
けどまさか、彼女が議員の娘だとは……。でもそのわりに鳳条院議員みたいな正義感とかそういうのがあまり感じられなかったぞ?
「父親は正義感が強いし彼女にもそういうのがあるのは確かだが、規律に関しては結構、神経質みたいだぜ? あれは絶対計画通りに物事を進めないと気が治まらないタイプだ」
誰もそんな評価訊いてねーよ。……しかし、規律に五月蝿いとなると少し厄介なことになりそうだ。首尾よく雫さんのオムレツに合格点が与えられたとしても俺が正規部員でないことを口実に反論してくる可能性がある。そうなったら多分、料理部の存続は難しくなる。いや、俺が幽霊部員という形だけでも取ってその場を凌ぐという手がない訳でもないんだがそういう卑怯臭い手段は使いたくない。この辺の正直さはきっと親父譲りだな。
「そんなことより、だ。俺はお前がどうしてそんなに考え込んでいるのかが気になる。相原さんと仲違いしたと言うなら両手を挙げて喜ぶとこなんだが」
「どうやらお前に雫さんについての相談を持ちかけたのは間違いだったようだな」
「おいおい、ちょっと待つんだ友よ。俺がいつ相談に乗らないなんて言った?」
「相談に乗るとも、乗って欲しいとも言ってないと思うんだが?」
「たった今、気が変わった。今から相談に乗ることにしよう。さぁ、胸にしまいこんでいたものをぶちまけたまえ!」
……俺は本当にこいつに相談していいのだろうか? こんな気紛れで優柔不断っぽく見えるこの男は信じるに足りるだろうか?
(まぁ、相談することは雫さん絡みだし、そこは信じても大丈夫だろうな)
それでもやっぱりこいつに話をするのは躊躇われたが、俺も中途半端な立ち位置で応援はしたくない。先輩は味見係として放課後は雫さんの家に立ち寄る。だから俺も俺にしか出来ない形で何か手助けしてやりたい。
「……話せば長くなるんだが──」
そう切り出してから俺はこれまでの経緯を短く纏めて説明した。雫さんが料理部に入った切っ掛け。部の現状。自治会が出した条件。俺が思っていること。諸々の事情を一切隠さずぶちまけていくと思いの外、気が楽になった。これで相手が水瀬でなければ最高だったんだが……ま、贅沢言えるような状況でもないしな。
「ふむ……。要するに、今キミは自分にしか出来ないことがなくて困ってるってことか?」
「いや、始めからそう言っていたんだが……」
「なら話は早い。紅瀬、お前も試食係に加われ」
「はっ?」
試食係に加われ、だと……? どうしたらそういう流れになるんだ?
「いいか、俺としては不本意極まりないが恐らく──いや、間違いなく相原さんはお前のことを頼りたいと思う反面、迷惑は掛けたくないという思いが渦巻いてる。授業中、チラチラとお前の方を見ていたから何かあるとは思っていたが今の話を聞いて確信した」
「…………」
水瀬、お前勉強そっちのけでそんなところを観察してたのかよ……。
「けど、試食するんだったら多少なりとも専門知識を持っている先輩の方が──」
「やれやれ、キミという庶民は本当に鈍いな。桐生先輩が試食するといっても結局は放課後だろ? ならばこっちは昼休みにそれとなく誘って、オムレツを分けて貰って感想言うだけでいいんだ。あの生真面目な相原さんのことだ。今日の弁当箱には絶対に自前のオムレツが入っている……」
その根拠と自信は何処から湧いてくる? でもまぁ、全く参考にならなかったって訳でもなかったし、水瀬もたまには役に立つんだな。……本当にたまに、だけど。
「と、いう訳で情報料として本日の昼食は俺も参列する。異議は認めん」
「そんなの面と向かって誘えばいいじゃないか。親戚同士なんだし」
「親戚同士でも恥かしいものは恥かしいんだっ!」
「小学生かお前は……」
さっきは人に偉そうなことを言っておきながら恥かしさを理由に俺をダシに使って同伴しようとするとは……。策士なのかただの照れ屋やのか判断しかねる。けど、こいつのお陰で少しだけ自分が進むべき道って奴が見えた訳だし……うん、そのぐらいの働きはしてやってもいいか。そうと決まれば膳は急げ。思い立ったが吉日。早速雫さんを昼食にお誘いしとくか。
「雫さん」
「はい? ……あ、弥生さん」
声の主が俺だと分かると雫さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。前の授業で出された課題をやっているのか、ノートの端々には計算式が羅列してる。
「今日の昼休み、一緒に食べないか? つっても水瀬の奴も一緒だけど」
「哲君も一緒? ……えぇ、構いませんよ」
雫さんは少しだけ考える素振りを見せてから快く返事をしてくれた。俺の後ろで何か一風変わったガッツポーズを取っている馬鹿がいるが全力で無視しておく。俺はこいつの奇行にあれこれ突っ込みを入れてやるほど寛大な人間じゃない。主に突っ込みどころ多くて処理しきれないのが理由だということを付け加えておこう。
「昼は何処かで食べる予定とかある?」
「いえ……。何処で食べる、という予定もありませんし教室でいいですか?」
教室か……無難な選択だな。食堂は場所取りが大変だし弁当組みが居座るのも居心地が悪い。中庭や屋上は仲の良いカップルとか居たら気まずいし。
「弥生さん」
「なんだ?」
「実は今日のお弁当、私が作ったオムレツを入れて来たんです。……それで、弥生さんに味見を、お願いしてもいいですか?」
おぉ……よもや水瀬の言葉通り自作のオムレツを持ってきているとは。一日二日で目に見えて上達していとは思わないが雫さんのことだ。きっと猛特訓して作ってきたに違いない。それに個人的には前々からお嬢様のお弁当って奴に興味があったし。
「美味いと不味いの二択しか言えない男でよければ」
「ふふっ。弥生さんは専門家じゃありませんからそこまでは期待してませんよ」
「…………」
うっ、なんだ……表面的には期待してない風に見えるのにその裏では俺からの意見をすっごく期待してますよ~的なオーラが滲み出てる気がするんだが。ついでに後ろからどす黒いオーラが俺に向けられているせいで若干、居心地が悪い。
「……。水瀬、橋渡ししてやった人間にそういう態度を取るのは正直、どうかと思うぞ?」
「うるせぇ、どーせお前は分かっちゃくれねぇよ。このガラス細工のように繊細な少年の気持ちがお前なんかに分かる訳ねぇ…………」
「分からないって決め付けたら本当に分からないぞ。いいから話してみろ」
「相原さんの態度を見なかったのか? 全く、これだから朴念仁って奴は……」
「だから何が言いたいんだよ……」
「やかましいっ。お前なんか前髪で目元が隠れた主人公になっちまえ!」
何だよ、前髪で目元が隠れた主人公って。ちょっと想像したけど滅茶苦茶こえーぞ。しかも何に対しての嫉妬なのかさっぱり分からない上に逆ギレされたし。
「雫さん、水瀬は何に対して怒っているか分かるか?」
「多分、哲君は友達を取られて悔しがっているんだと思います」
「いやいやそれじゃ俺とこいつはおホモ達になるからっ!」
うむ。それについては激しく同意だ。何かの間違いで俺がバイだとしてもこんなチャラい奴なんか願い下げだ。一体何をどう考えればそういう結論に辿り付くのかワカラン。




