同好会、存続の危機
料理って慣れるまでが大変ですよね。
私はあまり料理しない人間ですが、一人分を作るのでしたらまぁいいかなと思うのですが数人分だと……。(-_-)
で、その日の夜。我が家の台所にて……。
「なんだこれは?」
帰ってくるなり親父こと紅瀬恭一郎がテーブルの上に置かれたブツに対しての発言である。そりゃあ、ウチでこういうものが出るのが珍しいのは分かるがもう少し言葉を選んだらどうだ?
「見ての通り、デザートだけど?」
そんな親父に対して俺は淡白に答えて晩御飯(面倒だからスパゲティにした)を黙って差し出す。先輩にボロクソ言われたのが悔しいから俺もやれば出来るんだという安っぽいプライドを取り戻すため、頑張って作ってみた。
ただし、時間の都合でデコレーションは殆どしてない。カットした苺をトッピングしただけの代物だ。
親父は特に言及することなく黙って上着を椅子に掛けて食卓に付く。少し遅れて俺も親父のように椅子に座る。
「最近遅いけど忙しいの?」
「ん? あぁ……。ここ数年で隣の市に金持ちが住むようになっただろ?」
「知ってる。通学中にしょっちゅう外車見るし」
白鷺学園に通っていれば嫌でもそういう情報は耳に入ってくる。セレブの中にはわざわざアパートを借りてそこから通学している変わり者もいる。金持ちなんだから普通に車通学にすればいいのに。
「最近、あの近辺で不審者を見たっていう情報が相次いでな。まだ事件が起きた訳じゃないが用心するに越したことはないってことで私服の警官が巡回している。お前もあそこの学生なら気をつけろよ?」
「分かってる」
俺自身はともかく、白鷺学園に通っているだけで周囲からは金持ちという目で見られる。庶民向けの奨学生制度があるとはいえ、学園の雰囲気がそうさせているのだ。
これは余談だが白鷺学園にセレブが集まりやすいのはセレブの世界では比較的学費が安く、それでいて高水準の教育を受けられるからだと言われている。いくら金持ちとはいえ、学費を削れるというならそれに越したことはない。ましてや日本の納税は馬鹿にできない。多分、日本も海外みたいな納税システムだったら底辺でくすぶっている金持ちも幾らかマシになるんじゃないだろうか? ……いや、その前に庶民の生活なんとかしろって言いたくなるけどさ。
「…………」
親父と面と向かったまま黙って食事をするのも飽きたのでテレビを付けるとSCCがやっていた。内容は飛行機が胴体着陸したとか円高の影響がどう出ているのかとかそんなのばっかり。他の番組を見ようと思ったけど夕飯の後片付けと宿題をやる時間を逆算するとそんな余裕はないかも知れない。
「ところでお前、どうしてデザートなんか作ろうと思ったんだ?」
「しず──相原さんに料理研究部の見学に誘われたんだよ。相原さんなら親父も知ってるだろ?」
「…………。あぁ、あの相原さんか」
思い出したように親父が何度か頷く。親父と雫さんは面識こそないが俺と彼女が友人だということは知っている。そうでなくとも職業柄、相原という姓には聞き覚えがあるに違いない。
「お前……あの娘と仲が良いのか?」
「それなりにね。学校じゃよく喋るから」
確かに雫さんとは学校ではよく話すけど二人で遊びに出掛けたことは一度もない。家の人に止められたからとかそういう理由じゃなくて単に二人で出掛ける目的がないだけ。
「…………」
親父は押し黙ったまま俺を見る。こういう時の親父は相手の真意を推し量っている。隠し事という程でもないし言う必要がある内容でもないから俺はその視線を軽く流して残りのスパゲティを胃に収める。
「……ま、何もなきゃそれでいいがな」
話はそれで終わりだとばかりに、親父は残ったスパゲティを食べ始める。既に食べ終えた俺は自分の食器をキッチンに置いておく。
「食べ終わったら流し台においといて」
「あぁ」
のんびり食べてる親父を一瞥して、俺は一足先に食器を片付けて自室に向かう。明日は英語の小テストがあるし数学は新章に突入するから予習と復習をする必要がある。元々レベルの高い学校だから奨学生としての義務を果たすのは決して楽なものじゃない。順位を落とせば何かしらの問題が起こると思うが、流石に金払えとかそんな横暴なことは言われないだろう。言われても払えるほど金持ちじゃないし。
「んじゃま、頑張りますか」
お気に入りの音楽をかけて学習机に向き合う。何だかんだ言って放課後の料理研究部の見学は俺にとってもいい気分転換にもなったし、今日の勉強はすこぶる集中できそうだ。
親父が話した不審者云々の件は学校側にもしっかりと伝わっていたようだ。いつもなら一人か仲良しグループで登校する風景が見られるが今日はまだ一人も学園生の姿を見てない。唯一、俺と同じように歩いて居るのは勤勉に働くサラリーマンぐらい。代わりに今日はいつも以上に高級車とすれ違う。そういや金持ちが持つ車と言えばリムジンだが未だにすれ違ったことねーな。多分、近隣の迷惑になるっていう理由で学校側が禁じてるんだろう。
校門が近づいてくると車が何台か止まっていてそこから学園生が執事やメイドさん、あるいはお抱えのSPに後部ドアを開けてもらって優雅に降り立つ。その中で雫さんの姿が見えたから軽い気持ちで呼びかけてみる。
「おはよ、雫さん」
「はい? ……あ、弥生さん。ごきげんよう」
俺の姿を確認すると嬉しそうに挨拶する。側に控えている執事も俺に気付いて挨拶する。
「紅瀬様、お早う御座います」
「お早う御座います。今朝は随分と遅いんですね」
俺の記憶が確かなら雫さんはいつも八時には登校している。早朝なら人の往来が少なくて不審者も目立つから警護する側も楽だと言う話を聞いたことがある。
「はい。実は少し寝坊してしまいました」
「この時間に登校して寝坊って……」
まだ本鈴が鳴る十五分前デスヨ? これが寝坊なら俺は毎朝盛大に寝坊してるぞ?
「瀬場さん、ありがとう御座います。帰りも宜しくお願いしますね」
「畏まりました。それでは雫様、また後ほどお迎えに上がります」
雫さんに一礼してから瀬場さんは車を発進させる。相変わらず俺のこと嫌いですよー的なオーラ全快なんですが? 一応、ちゃんと挨拶してくれるけどそれとなく素っ気ないし、挨拶の時以外は俺の方なんか全く見向きもしないし。
「なぁ、雫さん? やっぱり俺、あの執事に目付けられていると思わないか?」
「ふふっ、そんなことありませんよ。瀬場さんはとても良い人ですから。それに私、瀬場さんが側に居たこともあって同世代の、それも弥生さんみたいな男の人と話せませんでしたから」
あーなるほど。つまりお嬢様に悪い虫が付かないように頑張ってたんだな。なら瀬場さんにとって俺はどういう位置づけなんだろう?
「やっぱり俺も悪い虫に入るのかな?」
「いいえ。弥生さんは大丈夫だと思いますよ」
「できればその根拠を聞かせて欲しいんだが?」
「瀬場さんが何も言わないからです」
そういう判断基準ですか。普通に嫌いっていう考えはないんですかこのお嬢様は。
「瀬場は普段からあんな感じだぞ、紅瀬庶民」
「のわっ?!」
急に後ろから人の気配がしたので俺も雫さんも慌てて飛び退く。声がした方を見ると俺を睨め面で凝視している水瀬がいた。
「あ、哲君。ごきげんよう」
親戚同士からか、あるいは腐れ縁からなのか、雫さんは水瀬のことを哲君と呼ぶ。この二人、未だに仲がいいのかただの幼馴染みなのかよく分からない。でも雫さんはこいつの言動にいちいち反応してないし……やっぱり仲良しなのか?
「やぁ雫、おはよう。今日もいい天気だねぇ。……あぁそうだ、ついでに紅瀬も。おはよう、と言っておこう」
「人をついで扱いするな」
しかもあからさまに俺に挨拶する時だけ態度が違うし。少し不服そうに言い返してやっても水瀬は意に介さぬと言った様子だし。
「ところで水瀬、さっき瀬場さんはいつもあんな感じって言ってたけど、それは本当か?」
「あぁ、そうだ。瀬場は職務に忠実だから普通の人からすればとっつきにくい感じはある。しかし実際はそう見えるだけであり、あの人はあれで人情溢れる人間だ。ただし、無遠慮に雫に近づいてくる男には容赦しないというだけなんだが……」
「なんか含みのある言い方だな」
こいつ、絶対遠回しに『お前どうやってあの瀬場を丸め込んだ?』とでも言いたげな表情を浮かべてたぞ?
「あぁ、誤解しないでくれよ。僕が言いたいのは何故あの瀬場がキミに対しては何のリアクションもないのかが気になってるだけさ。堂々と雫と接している辺りから推理するに、キミは瀬場の洗礼を受けてなさそうだしね」
面と向かって言いやがったな……。お前は知らないだろうが俺だって瀬場さんの洗礼ぐらい受けたぞ? 雫さんと初めて会ったときのことだがちょっと話し込んだだけでなんかすんごい勢いで割り込まれ、一方的に俺を相原家の財産を狙う賊と言ってガチンコ勝負することになったのは今でも覚えている。
……今思うとあのとき、咄嗟に雫さんが仲裁に入ってなかったらどうなってたことか……。
「ん~……今の話を纏めると思い切り嫉妬してない?」
「嫉妬だって? ……ふっ、何故僕が庶民であるお前如きに──」
「水瀬、今の俺じゃないぞ。それから桐生先輩、お早う御座います」
「ごきげんよう。桐生先輩」
「おハロー! 朝から二人して仲良いわね」
おハローって……また微妙に古い挨拶だな。しかもこの人、ごく自然に俺たちの会話に混ざってきたし。
「紅瀬、こちらの先輩とは知り合いか?」
「あぁ。彼女は三年生の桐生玲子。料理研究部の部長だよ」
「ご紹介に預かりました、桐生玲子でっす♪ 早速だけどキミ、料理研究部に入らない? ちょっとキザッぽい人でも我が料理研究部は決して入部希望者を拒みません」
スゲー、まともな自己紹介もしてないのにいきなり勧誘いったよこの人。一日体験入部した限りだとかなりのほほんとした雰囲気だったけど……実は料理研究部の現状って相当まずいのか?
「桐生先輩、挨拶した直後に勧誘をすれば誰でも困ってしまいますよ?」
「うっ、確かに相原さんの言う通りね。……ごめんね、流石にちょっと唐突過ぎたわね」
「ふっ……この水瀬哲也、先輩の非礼に対して負の感情などただの一ミリたりとも抱いておりませんのでご安心下さい」
何様だよテメー。本当に水瀬は女が相手だと態度が全然違うよなぁ。これさえなければ少しはまともな人間になれるのに……。
「紹介が遅れました。私は一年の水瀬哲也と申します。彼の隣に立っている相原雫さんとは親戚同士でもあります」
それは自己紹介と言えるのか? そんな風に名乗れば誰だって頭おかしい人間なんじゃないって思うぞ?
「へぇ~、じゃあキミはお坊ちゃまって訳だ。なんか全然そういう風には見えないけど?」
訂正。どうやら先輩は特にそうは思わなかったようです。悪人には見えないから軽く流したのか?
「そんなことはありません。お金持ちなのは私の親であって、私が金持ちという訳ではありませんからお坊ちゃま、というのは語弊がありますよ、桐生先輩」
嘘だろ、おい……。あの水瀬がこんなまともなこと言うの初めて見たぞ俺。熱でもあるんじゃないか?
「あはっ、水瀬君って結構マトモなこというのね。親はどんな仕事をしてるの?」
「金融会社の取締役を務めてます」
金融会社と聞いて真っ先に思い浮かぶのがサラ金だろうが水瀬の親が働いている会社は断じてそういう悪どいところではない。(いや、元を辿ればそうかも知れないけど)
今の金融会社はそういうイメージを吹き飛ばそうと必死だし誠実に対応してくれる……て、前に水瀬が言ってたな。コマーシャルで親近感を沸かせるようなキャッチフレーズも流しているからきっと、昔はかなりイメージ悪かったんだろう。
「あ、その金融会社って青い看板が目印の?」
「えぇ、その会社です。そういう桐生先輩のご両親は何をなさってるんです?」
「お父さんは弁護士でお母さんは広告代理店務め。由緒正しきって訳じゃないけど私も一応お嬢様ってことになるかな?」
いや、桐生先輩の場合、お嬢様というよりはただの金持ちでしょう。何を基準にしてお嬢様なのかは知らないけど。
「さて、一通り挨拶したことだし……水瀬君、改めて訊くけど料理研究部入らない?」
「やっぱ、部活には誘うんですね……」
「はいそこ、部外者は黙ってるよーに! ……どう、水瀬君? 入ってみる気はない?」
「お誘いして頂けたことにはまことに嬉しいのですが、御免なさい。私にはやらなければならないことがありますので」
嘘付けこの野郎。思い切り放課後はナンパしに出掛けてるだろ!
「そう。でも、入りたくなったらいつでも私か相原さんに言ってね。さっきも言った通り、我が料理研究部は入部希望者を決して拒みません」
「分かりま──て、雫は料理研究部に入っているんですか?」
「雫さんは昨日、料理部に入部したんだよ。知らなかったのか?」
「なっ?! 何故僕も知らなかったような情報をキミが知ってるんというんだ!?」
驚くポイントそこかよ!? 本当どうでもいいとこに反応するなお前って。
「紅瀬君もね、一緒に見学したの。でもねぇ……紅瀬君ったら料理はそこそこ出来るのにちーっとも私のラブコールに答えてくれないからお姉さんとしては悲しいわけ。しくしく」
「そうでしたか。それは失礼しました桐生先輩。この男はどうも空気を読むのが大変下手くそで私も手を焼いてる次第でして……」
おい待て。その言い方じゃまるで俺がお前の世話になっているようにしか聞こえないぞ。突っ込むのも面倒だから黙っておくが後でその辺についてしっかり話し合う必要があるな。
「弥生さんも入部すればよかったのですけど……」
「悪いな、雫さん」
「いえ……。私のわがままに、弥生さんを付き合わせる訳にはいきませんから」
「そうか。……けど、応援だけはしてるから」
「はいっ。ありがとうございます」
「…………」
残念そうに呟く彼女に、できるだけのフォローを入れる。それだけで雫さんはいつもの笑顔を俺に向けてくれた。そしてそんな俺たち二人の様子を水瀬は心底不機嫌そうに、先輩は面白モノを見つけたかのような瞳で観察していた。
「うーん……会ったときから鈍いだろうなーとは思っていたけどこれは紛れもなく天然ね」
「天然? なんの話ですか先輩?」
「紅瀬君。キミ、誰かに鈍いとか良く言われない?」
「いえ。別に言われませんけど?」
いきなり何を言い出すんだ、鈍いとか微妙とか。独り言にしちゃ怖いぞ。
「ふぅ……そんな調子じゃキミに恋人なんてできる日は永遠に来ないだろうな。どうでしょう、桐生先輩? 私の胸ならいつでも空いてますよ」
「遠慮しとく。水瀬君って面白いけど私の肌には合いそうにないしちょっと軽そうだから」
流石、桐生先輩。最上級生なだけあって見る目がある。でも少し訂正させてもらうならこいつの軽さはちょっと程度じゃ済まない。ある意味、世の女性は皆俺の嫁! みたいなところがあるから始末が悪い。流石にイイトコ育ちなこともあって悪戯に女性を傷付けたり踏み込ませない一線を明確にしているけど。
……いやちょっと待て。なんで水瀬なんかの弁護をしようと考えてる? ……自覚してることとは言え、俺って本当に誰だろうと困っている奴を放っておけない性分なんだな。
「それより皆、そろそろいかないと予鈴鳴るぞ」
少し無理な話題転換かと思ったが思いの他、水瀬も先輩もあっさり流れに乗ってくれた。時計を見てもまだ予鈴がなるまで五分もあるが白鷺学園の生徒からすれば予鈴前に教室にいないのは風紀上、好ましくない。俺みたいにポイント特典を気にしてる奴なんかは特に。
「はぁ……出来ればもう少し君たちとお話したかったけど学食割引券を目指している身としては不要な減点を避けなければならないのでこれで失礼しますか。それじゃあ紅瀬君、相原さん、チャオ♪」
チャオって……さっきのおハローといい、桐生先輩って意外とオールドなネタが好みなのか? そんな先輩の後ろ姿を見送りつつ、俺たちも自分たちの教室へと向かう。予鈴前ということもあってか、教室内は相変わらず賑わっている。特に明日は休みだから皆、仲良し同士集まって世間話に華を咲かせてる。
……話の端々に軽井沢の別荘とか伊豆のホテルとかそんな単語が聞こえるのは高校生の会話にしちゃスケールが大きすぎると思うけど。
本鈴がなるまでのあいだ、俺は復習の総仕上げにかかる。一時間目は世界史で、今は丁度ハプスブルク家について習っているがこの教師、なかなかマニアックな人でノートを書き写すだけで精一杯だ。だから世界史の授業に限り、俺みたいな特待生じゃない奴でも世界史が始まる前の時間は必ず予習してる生徒が多い。
本鈴がなるまでの短い予習。校門前で話し込んでいたのが裏目に出て、満足な予習も出来ずに鈴が鳴る。それと同時に担任が入って来た。俺と同じように予習をしてた生徒は一旦切り上げてノートを机の中へしまう。
柊先生は出席簿を片手に急かすように点呼を取る。だが急いでいるように動いても全くせっつかれている感じがしないのはある意味、あの教師だけがなせる技だろう。
「全員揃っているようですね。では、今朝のホームルームですが二つほど、皆さんにお知らせしなければならないことがあります」
知らせ? 一つは昨日親父が言ってた不審者の件だとして……もう一つの知らせってなんだ?
「一つ目は登下校に関する諸注意です。ここ数日ほど、学区内で不審者を見かけたという話を耳にしています。下校の際は寄り道をせず、必要な人は必ず迎えの車を手配して下さい」
俺の一つ前に座っている水瀬がそっと舌打ちをする。流石にその反応は俺でもどうかと思うぞ?
「二つ目は部活に関するお知らせです」
次は部活か……。フェイシング部が大会で優勝でもしたのか?
「ご存知の方も多いと思いますが白鷺学園には正規部に勝るとも劣らぬ程の同好会が存在します。自治会では今後、部として成り立つ見込みのない同好会と部活は廃部にするという方針を取りました」
部として成り立つ見込みがないって……つまり同好会から部活になりそうもないところは無条件に廃部にするってことか? もしそうだとしたら料理研究部、やばいんじゃないか?
「あの、先生……」
「何ですか?」
「学園にとって同好会の存在というのは、そこまで面倒なものなんですか?」
クラスメイトの一人が思ったことをそのまま口にして尋ねた。もう少し言い方があるんじゃないかと思いつつも、その点については俺も疑問に思っていたところだ。同好会は別に部室が与えられている訳でも部費が貰えている訳でもない。ただ、活動をする時は必ず何処かの空き教室と教師の付き添いが必要になるけど。
「えぇ。これ以上同好会が増えると我々教師としても不必要な時間を取ってしまい本職の方に時間を省けなくなる、というのが学園側と自治会の判断です」
なるほど。つまり遊びでやってるような同好会が活動をするのは教師からすれば迷惑だと言いたいんだな。言い方は乱暴だがその気持ちは分からなくもない。向こうだって貴重な時間を学生の遊びに割きたい、なんて思わないしやりたくもないからな。
「同好会と部の調査については自治会が担当していますので分からないことがあればそちらの方に訊いて下さい。では、今朝の連絡は以上です」
同好会の調査か……。これは思った以上にやばいかも知れないな。だってあの料理研究部、先輩が二年生の時から部員がいないって話だから今さら雫さんが部員として入ったとしても何の効果もないのは明白だ。
「…………」
さり気なく雫さんの様子を窺ってみる。俯き加減で考え込んでいるように見えるけど落ち込んでいるようには見えない。多分、彼女なりに自分に何ができるのか必死に考えているに違いない。
雫さんはよく、気の弱いお嬢様っていう印象を持たれがちだけど本当の彼女は周りが思っている以上に芯がしっかりしている。……いや、若干天然なところがあるのは否定できないけど賢い方だし俺みたいに周囲に流されるようなタイプでもない。
(一応、声ぐらいは掛けておくか……)
一時間目に始まる世界史の準備を進めながら俺は密かに決意した。料理研究部に入るという訳じゃないが友人が困っているのは想像に容易い。深入りし過ぎだとか言われそうな気もするが友達が困っているのにどうして見過ごすことが出来るのか? 少なくとも俺にはとてもできない。もうそのことで後悔なんて、したくないから……。
放課後を迎えてすぐに俺は雫さんと一緒に先輩を尋ねていた。先輩はやはりと言うか当然と言うか、落ち込んでいた。
「ま、いつかはこんな日が来るとは思ってたんだけどね」
気丈に振る舞おうとする彼女だがそれが虚勢なのは雫さんでさえ見抜けた。だからと言ってすぐに慰めの言葉なんて出る筈もなく、適当に頷く。
「中休みを活用してザッと調べたんですが──」
ずっと黙っていても拉致が空かないので俺は生徒手帳を片手に本題を切り出す。
「調査が始まるのは来週ですからまだ時間がありますのでそのあいだに方針を立てましょう。次に廃部に関する件ですが早い話、部としての質が高ければ問題は解決します」
クラスメイトから教えてもらった生徒自治会(俗に言う生徒会)が決めた方針を簡単に説明するなら廃部の対象となるのは質の悪い部だけ。要は料理研究部が遊びではなく、本気で活動してる場所であり、部員も活動する意欲が充分だってことをアピールすれば廃部を免れる可能性は高い。
「ちょ、ちょっと待って紅瀬君。もしかしてあの自治会に賭け合うつもり?」
「そうですけど?」
あの自治会って……先輩はどういう目であれを見てるんだ? そりゃ、あそこは普通の学校の生徒会より権限が強いところだけど話が通じない連中で構成されてる訳でもない。
「そんな前例聞いたことないわよ!?」
「……。私は一年ですから去年と一昨年のことは知りませんがそれはたんに前例がないだけだと思います」
どうも言いたいことが伝わってないようなので俺は生徒手帳を開き、目的のページを先輩と雫さんに見せる。
「生徒会則・第四項。生徒自治会は風紀の粛清、並びに正規部・非正規部における活動の可否を承諾する権限を持つ。定められた規範を──」
「雫さん、そこじゃなくて附則を読んでくれないか?」
なんか校則を読み上げるっていうより雅歌を謳っている感じがして緊張感に欠ける。……こういうのってある意味才能だよなぁ。
「あ、済みません弥生さん。……えっと、附則第四項。自治会の裁量に対して承服しかねる場合、提案者とその支持者二名を募り、申告書の申請が認められる。……弥生さん、これはつまり──」
「頭数は揃っているだろ?」
提案者が先輩だとして支持者は雫さんと俺。これで料理研究部存続の為の申請が出せる。が、これで問題が解決した訳じゃない。申請が認められたとしてもこちらの熱意が自治会に通らなければ意味がない。
「…………紅瀬君、いいの?」
「いいも何も、入部する訳じゃありませんから大丈夫でしょう。それにこれは先輩の為だけじゃありませんから」
「へぇ~。私の為じゃないってことは……つ・ま・り…………相原さんに格好良いところを見せたいのが本音かしら~?」
「……まぁ、若干それもあるかも知れませんけど、一番の理由は雫さんが友達だからです。後は……まぁ、ポイントのためですね。俺も学食の割引券、狙ってますから」
基本、ポイントに関する明確な規則は存在しないが自ら進んで善行を行ったり試験で高得点を取ったりした場合は自己申請でポイント加算の可否が決まる。今回の件に関して言えばポイント云々はオマケみたいなモンだけど。
「そういう訳ですから先輩、早めに申請書に名前書きましょう。俺の名前はもう書いてありますから後は雫さんと先輩の名前、それと申告動機についての記入をお願いします」
「え、えぇ……分かったわ」
面食らった様子で応えつつペンを走らせる。雫さんはと言えば──なにやら生徒手帳に記されてる会則のページを熱読してる。……そんなに熱中するものか、それ?
「……正直、盲点でした。弥生さんは会則のページを全て暗記していらっしゃるのですか?」
「まさか。休み時間の合間に調べたら行き着いただけだよ」
政治に不満があればそれを申告できる制度があるように、この学園にもそうしたシステムがある。ただし、先輩の話を聞く限りじゃ会則の存在がどれだけ空気と化しているのかが良く分かった。かくいう俺も最近まで忘れていたけど。
「紅瀬君、書いたわ。あとはこれを自治会に提出……するには遅いわね」
「そうですね。自治会は運動部と違って毎日活動してる訳じゃありませんから」
運動部と違い、文化部には休みがある。しかも部活の大半が郷土研究部や書道部だったりとマジで地味な部が多いのはお嬢様学校の宿命だろう。しかもこういう部に限って案外生き残ったりするから正直、タチが悪い。活動日数が少ないだけで真面目に活動している奴等多そうだし。
「さて。次に具体的なアピールだけど、どうやる?」
「それなんですが桐生先輩、一度私の家に来て話し合いませんか?」
「相原さんの家!? 行く行く! お嬢様の家って実はすっごい興味あるのよねー!」
「…………」
雫さんの家、か……。一度だけお邪魔したことがあるがいろんな意味でトラウマになりそうなところだった。主に庶民な俺と住む世界のギャップと一部の使用人に。両親には会ったことがないからどんな人か分からないけど。
「弥生さんはどうします? もし予定があるのでしたら無理にとは言いませんが……」
「いや、予定は特にないけど……」
あっても家事仕事だし、そんなのに没頭するぐらいなら料理研究部についての打開策を一緒に練った方が建設的だ。
「では、決まりですね。すぐに迎えの車を用意させますから」
一度両手をポンと叩いてから、雫さんはスカートのポケットから携帯を取り出して電話帳に登録してある番号を呼び出す。使用人と二言三言話してから電話を切って俺たちの方に視線を戻す。
「今、学園の近くまで来ているそうです。早速参りましょう」
「あ、あぁ……」
彼女が正真正銘のお嬢様だってのは認識してるけど何度聞いてもとんでもない会話だよな、これ。多分、というか間違いなくこの学園を卒業したらこんな体験は二度と出来ないに違いない。先輩と顔を見合わせるとポンと、肩に手をおかれた。
「キミ、本当に凄い娘が友達なのね……」
「お陰で毎日が刺激的ですよ」
できるだけ皮肉を込めながら俺は先輩にそう言った。




