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第6話 LC分析結果(画像あり)

 けたたましい電子音が研究棟の分析室に響いた。六時間に及ぶ自動分析が、ようやく終わったのだ。


「ん……」


 ソファで寝ていた迅が飛び起き、反射的にスマートフォンを確認する。タイマーは予定どおり、分析終了時刻を知らせていた。

 顔を上げると、椅子に腰掛けたまま眠っていたガレスも目を開いていた。起きたばかりだというのに、眠気はほとんど感じられない。まるで見張りの交代時間に目覚める兵士のようだった。いや、実際にそういう訓練を積んでいるのだろう。

 迅は少し感心した。自分なら研究室以外で、ここまで素早く起きられる自信はない。


「時間ですかな」


 ガレスが姿勢を正す。


「ああ、分析が終わった。解析してみよう」


 分析室の空気が少し張り詰めた。

 迅はモニターの前へ座り、十個の測定結果を呼び出した。

 十本のワインから得られた十個のクロマトグラム。機械が記録した膨大なデータ。ここから先は化学者の仕事だった。

 迅は全てのクロマトグラムを重ねて表示する。画面には色とりどりの線が並んでいた。ガレスには意味不明な図形にしか見えないだろう。だが迅にとっては、物質がそこに存在していた証拠だった。


「まず一本目……大きなピークは十三本。二本目も十三本。三本目も同じだな」


 迅は画面を拡大し、順番にデータを確認していく。ガレスは黙って見守り、迅の目だけが画面の上を走っていた。

 四本目、五本目、六本目、七本目、八本目。いずれも十三本で、同じ位置にピークが並んでいる。

 そして、九本目を開いた瞬間、迅の目が止まった。


「……あった」


「何か分かったのですか?」


「九番だ。このワインだけ、他と違う」


 迅は画面を指差した。ガレスも覗き込むが、当然ながら違いは分からないらしい。


「どこがです?」


「ここだ。九番だけピークが一本少ない」


 迅は画面を拡大し、左から六番目に相当する位置を指差した。確かに、他のワインには存在する山が、九番にだけ現れていない。

 念のため十番目も確認する。こちらも十三本で、六番目のピークが存在していた。


「本当だ……」


 ガレスにもようやく違いが分かったらしい。


「つまり、どういうことです?」


「九番が正解だ。このワインだけピークが十二本で、他の九本は十三本。左から六番目の成分だけが存在しない」


「それが毒なのですか?」


「たぶんな。酒屋で買ったワインにも、この六番目のピークは存在しなかった。つまり、普通のワインにはない成分ってことだ」


 ガレスが息を呑んだ。


「もう分かったのですか?」


「ああ。何の毒かまでは分からないが、十本の中から安全な一本を探すだけなら、これが最短だ」


 迅は当然のように答え、椅子にもたれた。

 王が求めたのは毒の名前ではない。生き残る一本を選ぶことだ。それならば、今の結果で十分だった。


 だが、迅にはもう一つ気になっていることがあった。


「ただ……」


「何か問題が?」


「いや、少し気になることがある」


 迅は別の画面を開き、酒屋で買ったワインのデータを表示した。

 こちらも大きなピークは十三本。ただし、王のワインとは成分の並びが異なり、先ほどの六番目に相当するピークも存在しない。

 迅が気になっていたのは、もっと左側にある小さなピークだった。極めて早い位置に現れている、ある成分だ。


「こいつだ」


「何でしょう?」


「見覚えがあるんだよな……」


 迅は腕を組んだ。

 気のせいではない。この位置に現れるピークは、大学時代から何度も目にしてきた。だが、ワインの分析を専門にしていたわけではない。


「うーん……」


 酒屋で買ったワインのデータを再び確認する。王のワインに共通する余計なピークはない。それでも、一番左側に現れる成分だけが妙に気になった。

 しかも、このワインは安物だ。


「なあ、ガレス」


「何です?」


「これ、どれくらい安いんだ?」


 迅は酒屋で買ったワインの瓶を持ち上げ、ラベルを眺めた。


「庶民でも買えるレベルか?」


「そうですな。庶民でも十分買える程度の値段です。酒好きで稼ぎの少ない者がよく飲みますな。味はあまり良くありませんが」


「やはりか。なるほどな……」


 迅は再びモニターへ視線を戻した。

 安酒。大量生産。庶民向け。

 その言葉が頭の中でつながっていく。研究者の勘が、何かを訴えていた。


「高級ワインじゃない。なら、安いなりの理由があるはずだ。製造工程だって、そこまで丁寧じゃないかもしれない」


「製造工程?」


「酒の作り方だよ」


 ガレスにはよく分からないらしい。だが迅の頭の中では、すでに一つの仮説が生まれ始めていた。

 もし予想どおりなら、このピークの正体は――。


「まあいい。電力はまだ残ってるし、確認しておくか」


 迅は立ち上がった。


「まだ調べるのですか?」


 ガレスが再び驚いた。


「気になったら調べる。それが研究者だ」


 迅は即答し、新しい試料の調製に取り掛かった。ピペット、ビーカー、溶媒を使い、慣れた手つきで準備を進めていく。ガレスはその様子を感心したように見守っていた。

 やがて試料を装置へセットし、追加分析を開始する。LCが再び静かに動き始めた。

 その音を聞きながら、迅はガレスへ振り返った。


「おい、九番のワインを他の瓶と入れ替えたりするなよ」


 ガレスは眉をひそめると、真面目な顔で胸へ拳を当てた。


「騎士道に誓って、そのような真似は致しません」


 その言葉に嘘は感じられなかった。迅は小さく頷く。


「ならいい」


「明日の出発は、日の出とともに予定しております。よろしいですかな?」


「ああ、問題ない」


 迅は肩を回した。睡眠は十分とは言えないが、結果は出た。後は王宮へ行くだけだ。

 そして、あの男にもう一度会う。

 迅の脳裏に王の顔が浮かんだ。四十代ほどの見た目に、色素の薄い肌、感情の読めない灰色の瞳。妙な威圧感と、何よりあの違和感。

 毒殺未遂の被害者だというのに、あまりにも落ち着きすぎていた。まるで、毒そのものを恐れていないかのように。

 迅は無意識に眉をひそめた。

 理屈では説明できない。だが、研究者の勘が告げていた。

 あの王は、何かがおかしい。


「あの不気味な王に、もう一度会いに行ってやるか」


 迅は小さく笑った。

 静かな分析室では、LCだけが変わらず動き続けていた。


挿絵(By みてみん)

ご覧頂きありがとうございます。

HPLCの分析結果は画像のようなイメージです。

※作中の架空の測定結果をもとにAIで作成したイメージ図でです。

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