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第2-8話 ICP測定準備

「早く分析するっす!」


「駄目だ」


「駄目なんすか?」


「分析する前に準備がいる」


「準備?」


「ああ。料理だって、畑から採ってきた野菜を土まみれのまま鍋に放り込まないだろ?」


「洗うっす!」


「それと同じだ」


 迅は革袋から少量の水をビーカーへ移した。


「まずは、測定の邪魔になる砂や泥を取り除く。今回は水に溶けている金属を調べたいからな」


「なるほどっす! 小さなゴミも取るんすね!」


「そうだ。そういうものが装置に入ると、詰まったり測定の邪魔になったりするからな」


「ICPって、意外と繊細なんすね」


「高い分析装置はだいたい繊細だ。だから絶対に勝手に触るなよ」


「まだ疑ってるっすか!?」


「疑ってる」


「即答っす!」


 ろ過を終えると、迅は別の薬品を用意した。


「次はこれを少し加える」


「なんすか、それ?」


「酸だ」


「毒っすか!?」


「触ったり飲んだりすれば危険だ」


「毒じゃないっすか!」


「だから触るな」


 リコが一歩下がった。


「なんでそんなものを入れるんすか?」


「調べたい金属が、途中で容器の壁にくっついたり、沈んだりするのを防ぐためだ」


「逃げないようにするってことっすか?」


「まあ、そんな理解でいい」


「金属なのに逃げるんすね」


「本当に走って逃げるわけじゃないぞ」


「分かってるっす!」


 怪しい。

 迅は決められた量の酸を加え、さらに試料の状態を確認した。


「それから、必要なら超純水で薄める」


「薄めちゃうんすか?」


「ああ。調べたい成分が多すぎても、正しく測れないことがあるんだ」


「いっぱい入ってた方が、分かりやすそうっすけど……」


「声だって、耳元で大声を出されたら聞き取りにくいだろ?」


「あー!」


 リコが両耳を押さえた。


「狐獣人には、めちゃくちゃ分かりやすい例っす!」


「機械にも、測りやすい範囲があるってことだ」


「なるほどっす!」


 迅は調製した試料を専用の容器へ移した。


「これで試料の準備はだいたい終わりだ」


「おおー!」


 リコが嬉しそうに尻尾を振った。


「ろ過して、酸を入れて、必要なら薄める!」


「そうだ」


「私でもできそうっす!」


「お前にはやらせない」


「なんでっすか!?」


「酸を毒って言ってたやつに任せられるか」


「ひどいっす!」


 迅は笑いながら、調製した試料を持ち上げた。


「分析ってのは、機械に入れれば終わりじゃないんだよ」


「準備も大事なんすね」


「ああ。むしろ――」


 迅はICPへ視線を向けた。


「正しい結果を出したいなら、測る前の準備こそ手を抜けない」


 調製した試料をICPの前へ運び、装置の状態を確認する。続いて測定条件を設定し、一通りの確認を終えた迅は小さく頷いた。


「よし」


 問題なし。準備は整った。


「これから何するんすか?」


「測定開始だ」


 迅が装置を操作すると、低い駆動音とともにICPが動き始めた。


「おお……!」


 リコが食い入るように見つめる。

 やがて試料が吸い上げられ、細かな霧となって装置の内部へ送られていく。その先で待つのは、数千度のプラズマだ。

 水に含まれるわずかな元素が光を放ち、自らの存在を知らせる。


「これで、川の水に何が入ってるか分かるんすね」


「ああ」


 迅はモニターへ視線を向けた。

 何らかの異常が見つかれば、リコの訴えを裏付ける手掛かりになる。逆に金属の異常が見つからなければ、別の原因を探す必要があるだろう。

 迅は隣にいるリコをちらりと見て、口元をわずかに吊り上げた。


「さて、何が出るか。リコがただの馬鹿舌だったのか、示してもらおうか」


「馬鹿舌じゃないっすよ!」


 リコの狐耳がぴんと立った。


「絶対まずいっす! 私の舌を舐めないでほしいっす!」


 無機系分析室にリコの声が響く。

 その間にも、ICPは淡々と川の水を分析していた。


 果たして、リコの舌は正しかったのか。


 それとも――。


 答えは、もうすぐ出る。

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