第2-4話 新たな出会い②
白銀の髪に狐耳、黄金色の瞳。整った顔立ちとしなやかな体躯は、まるでアニメやゲームのキャラクターが、そのまま現実へ飛び出してきたようだった。
研究室と論文に囲まれて生きてきた迅にとって、その姿はあまりにも現実感がない。CGでも特殊メイクでもなく、間違いなく生身の存在なのに、脳が現実として認識するのを拒んでいた。
だが当の本人はそんなことなど気にもしていない様子で、屈託のない笑顔を向けている。
「なんだ、お前は」
「あっ、失礼したっす!」
少女は勢いよく頭を下げた。大きな狐耳まで一緒にぺこりと倒れる。
「まだ自己紹介してなかったっすね! 私はリコっていうっす!」
元気よく名乗る姿は、年相応の少女そのものだった。
しかし、迅は簡単には信用しない。
「どうやってここまで来た?」
「へ?」
「この建物だ。周囲には見張りもいたはずだが」
「ああ、それっすか。なんか甲冑着た人が何人かいたっすね」
「見つからなかったのか?」
「見つかったら面倒なんで逃げたっす。私、めっちゃ足速いんすよ!」
まるで近所の犬を避けた程度の口調だった。
迅は眉をひそめる。研究棟の周囲には常に兵士が巡回している。それをかいくぐり、さらにこの高さまで登ってきたというのか。
「この高さをどうやって登った?」
「本気出したら三歩くらいっすね」
「三歩?」
「窓の縁とか出っ張りを使えば簡単っすよ。それにしても、このガラスすごいっすねぇ」
リコは研究棟の窓を見回し、ぺたぺたと触り始めた。
「こんな透明なの、初めて見たっす!」
「リコ」
「はいっす?」
「話を逸らすな」
「あっ」
狐耳がぴくりと動いた。
迅は腕を組み、改めてリコへ向き直った。
「証明してみせろ」
「証明?」
「見張りを振り切って、この屋上まで来られるという話だ」
「ああ、そんなことなら簡単っすよ!」
リコはあっさりと頷いた。
その瞬間だった。
ぱちっ。
小さな音に、迅は視線を落とした。
リコの白い脚の周囲に青白い光が走っている。細い稲妻のようなものが足首から脛へと絡みつき、空気がわずかに焦げた匂いを運んできた。
「それは――」
迅が言い終えるより早く、リコの姿が消えた。
否。見えなくなったのだ。
爆発的な加速に空気が遅れて揺れる。次の瞬間には屋上の反対側、百メートル近く離れた縁に少女が立っていた。
風に銀髪をなびかせながら、大きく手を振っている。
「おーい! 賢者さーん! これで証明できたっすかー!」
声だけが遅れて届いた。
迅は言葉を失った。理解できない。だが、確かに見た。
人間の移動速度ではない。短距離走の世界記録など比較にもならず、生物の限界を完全に超えている。
異世界。
改めてその言葉が脳裏に浮かんだ。
な、何でもありか。こんなものが成立する世界なのか。いったい原理はどうなっている。
「戻ってこい!」
「はーい!」
返事と同時に再びリコの姿がぶれ、次の瞬間には目の前に立っていた。まるで距離という概念が意味を失ったかのようだった。
「どうやっている?」
「何がっすか?」
「その速度だ。足に稲妻のようなものが見えた」
「ああ、私、雷魔法を使えるっす!」
「雷魔法?」
「結構珍しいんすよ!」
リコは得意そうに胸を張った。尻尾も自慢げに揺れている。
「発生させた雷を足に流すんす。そうすると筋肉がめちゃくちゃ動くようになるんすよ!」
「足に電気を流すのか……?」
「そうっす! だから速く走れるっす!」
リコはにかっと笑った。
一方、迅の瞳は鋭く細められていた。
雷。電気。
その二つの単語だけで、研究者としての思考が反応していた。
この世界には発電所も送電網もない。研究設備を動かすだけの電力すら不足している。
だが、もし雷魔法が再現性を持って利用できるなら。継続的な電力源として活用できるなら。
研究環境そのものを変えられるかもしれない。
迅の頭の中で、可能性が一気に広がった。電池、蓄電、導体、発電。応用方法はいくらでも考えられる。
異世界へ来てから初めて見つけた、本物の突破口かもしれなかった。
そんな迅の内心など知らず、リコはきょとんとしている。
「賢者さん?」
迅はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「いいだろう」
「おっ!」
「話を聞こう。中へ入れ」
迅は研究棟へ続く扉を指差した。
その瞬間、リコの顔がぱっと明るくなる。
「うわぁ! 賢者さん、話が分かるっすね! ありがとうございます!」
狐耳を嬉しそうに跳ねさせると、リコは好奇心を隠そうともせず、研究棟へ駆け込んでいった。
迅はその背中を見つめた。
警戒心はまだ消えていない。むしろ増していた。だが、それと同時に一つの確信もあった。
この少女は、研究にとって極めて重要な存在になる。
そんな予感がしていた。




