第66話
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「マリーは王妃様をお起こししてきて」
「畏まりました」
王妃様は朝が弱い。日も大分高くなってから、ご起床の介添えに王妃様の私室に向かう。
ここは王妃宮の更に奥にある王妃様のプライベートスペースに当たる。ここで働いているのは、ほぼ女性。外回りの警護を除けば、宮殿内に男性の姿はない。
侍女にされてもう三日が経つ。白夜祭までは後五日もない。
王妃様をお起こしして侍女に連絡し、私は女官のリシャーヌ様と隣室に軽食を用意する。リシャーヌ様は私を同じ年頃に見えるが、実は私よりも十歳は年上のベテランの女官だって。驚きだ。時間というものは平等に過ぎるものではないらしい。
一時間ほどたち身支度を終えた王妃様がいらしてテーブルに着席した。役目は終わったので、辞去しようとしたけれど、
「ああ、今日はそなたが相伴してくれるか、マリー」
引き止められた。
「わたくしが許す。それに話がある。だから、座れ」
「……はい」
命令には抗えるわけもなく、王妃様のむかいの席に腰を下ろした。
王妃様は上機嫌だった。
「この三日程見てきたが、そなたは賢いな。平民の間で暮らしてきたというから案じていたが、なんの、礼儀には適っているし、気も回る。貴族としては物慣れない部分も多いが、それは追々備わるだろう。政治には疎そうだが、まあ、そちらは最初から手を出させるつもりはないから、それで良い」
「……恐れいります」
「だからこそ、その才能が惜しいと思う。そなたの立場ではリュスランの妃に相応しくない」
「……はい」
「そなたがむしろ平民であれば、話は違っていたかも知れないが」
王妃様は仰る。
私の素行、教養、才覚などは王の妃として及第点らしい。唯一、私が殿下の妃になるのに欠けているのは、フロワサール公爵家の令嬢であるという点だそうだ。
私の生家フロワサールは、准王家と言いながら政治、軍事には一切関わらない、王家と王家の仕来りを維持するためにだけ存在する家だ。故に、血族には政治的に力を持つ者はほとんどいない。
更に、王家とは血が近すぎる。過去何度も三公爵家には王家直系の降嫁があったが、フロワサールはその回数が最も多い。
そして、これが一番の問題点なのが、フロワサールに限らず三公爵家の者は王の配偶者にはなれない、という暗黙の了解がある事だった。
「陛下がまだ王子であった頃の話だが、前ユーディス公が後継者として末の妹を指名した。この時、ある流言が流れた。そなたにはわかるか?」
「いいえ」
「こうだ。『前王がユーディスのアデリーダ姫と第二王子の婚約を承認した。故にユーディスは、他の兄妹、親類の男子を押しのけてアデリーダ姫を後継に指名した。第二王子はユーディスに降嫁し公爵位を継承する。王位は第一王子に定まった』」
「……それはあくまで噂ではございませんか」
「噂だ。ただ根も葉もないものとは言い難い。実際に前ユーディス公爵の画策は確かにあった。まあ、すぐ立ち消えたが」
ユーディス公爵の光景が発表された直後、王妃様と国王陛下の婚約が発表された。、
王妃様のご実家は、黒の公爵家を祖に持つ非常に勢力を伸ばした家だ。第二王子であった現国王陛下が王位を取れたのも、王妃様とそのご実家の助力のおかげだと言われている。
「先日、フロワサールの娘を妃にとリュスランは願いでた。これがどういう意味を持つか。『リュスラン殿下は王位を辞退しようとしている』。絶対にこういう話になるだろうな」
「そんな……」
「三公爵との婚姻は憶測を生むものだ。むしろ、そなたが平民の小娘であったらな。身分違いを唱え得る貴族は多かろうが、別な味方もつくものよ。なにせ、民衆は美談を好む。上手く味方につければそなたの力となろう。
皮肉だな。そなたの場合は身分の高さが足を引っ張っている」
王妃様の視線が怖い。
「そなたは敏い子だ。ここまで言えばわたくしが言いたい事を理解してくれるだろう。潔く身を引いてくれないか、セシリアの娘」
ぎゅっと拳を握る。
きっと王妃様はご存知ない。私はと殿下は”誓約”と結んでいる事に。私は身を引きたくても引けない。それは殿下も同じ。
「……申し訳ありません……」
だから私にはこう応えるしか出来ない。
「そうか」と王妃様はあっさりと頷いた。
ふっと、王妃様から感じていた重い空気が消えた。いるのはいつもの快活な王妃様だ。
「リシャーヌ、わたくしとこの娘の新しい紅茶を。それと例のものも」
「畏まりました」
程なく用意された、二揃いの白い磁器の茶器に銀のスプーンに、白い薬包紙が一つ。
王妃様は磁器のティーポットを手にして、自ら二つのカップに注ぐ。薬包紙を開けて中身を片方のカップに注ぎ入れた。
そして、何も入れていない方を自分に、もう一つの方を私の前に置く。
「わたくし気に入りの茶だ。飲みなさい」
王妃様が入れてくださったお茶だ。飲まなければ不敬に当たる。けれど、目の前で、毒かも知れない物を入れたのを見ている。簡単に口をつけられるはずがない。
背筋に冷や汗が流れた。
「なあ、セシリアの娘。飲まぬのか、美味しいぞ」
王妃様は、自分の紅茶に砂糖をたっぷりいれ、スプーンでかき混ぜながら王妃様は仰る。
飲み干すか、身を引くかしなければ、きっと王妃様は解放してくれない。
けれど、私には、選びようがない。
「さあ、早く」
「……はい」
観念した。
カップを手に取り、口をつける。芳しい香りが鼻腔に広った。
舌の先に少しだけしびれるような刺激があった。
そして、急激に視界が暗くなった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「眠ったか」
「そのようでございますね」
「では、リュスランの見つからぬよう、すぐ地下の部屋に連れて行け。根負けして身を引くと言うまで決して外にだすな」
「畏まりました」
侍女達が眠りこけた娘を放込んで行くのを横目に、王妃は残った茶をのみ干した。
「なぁ、リシャーヌ」
「何でございましょう」
「惜しいと思わぬか」
「あの娘でございますか」
「そうだ。本当に惜しい。王妃の前であれだけの重圧に負けず、取り乱しもせずに飲みきってみせた。元の素養に加えて胆力も十分。だからこそ惜しい」
王妃は思う。
あの娘が平民であれば。
フロワサールでなく、他の三公爵家であれば。
たった一年、シュザンヌ夫人に王子が誕生する前であったなら。
今とは違う結果になっていただろう。
現在、国の中枢は王妃とその一派が握っている。が、ここに来て、愛妾一派の勢力を伸ばしてきており、ほんのわずかのきっかけで大勢が一変する。
荒れた国をここまで復興するのに二十年かかった。今自分が失脚すれば、また元の混沌とした国に戻る。それだけは避けねばならない。そして、王妃の今の駒は第一王子しかいない。手放すわけにはいかない。
「陛下、リュスラン殿下がお見えになられました」
「分かった、通せ」
さあ、これから、頑固な息子を説得しよう。国を守る為に。そして、一人の娘の命を守るために。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
遠くで誰かが話してる声が聞こえる。
『【解毒】』
『マリー、起きろ。……おい、術式はちゃんと効いてるのか、カミーユ』
『殿下、焦らなくても効果は出ています』
急に意識が浮上した。
ここはどこだろう。
「マリー!」
目の前に金色が広がる。あれ、私抱きしめられてる?
「殿下、今はその辺でおやめ下さい。セラフィカ嬢が苦しがっています」
「……殿下。セラをお離し下さい」
窘めている声が二つ。そのうち一つはずっと聞きたかった声。
「……アーシュ……?」
「セラ? 目が覚めた?」
「うん」
側に行きたくて手を伸ばした。けれど、悲しそうな顔をした彼は、その手をとってはくれなかった。
そこで、やっと理解した。今、私は別な人の腕の中にいる。つきりと胸が痛んだ。
「殿下?」
「マリー! 探したぞ」
「ここは……どこですか?」
「すまない。王妃宮の中だ。まだ、お前を解放してやることは出来てない」
「いえ、大丈夫です……会えて良かったです」
良かった。まだ生きているってことは、王妃様が入れたのは毒じゃなかっんだ。死んでしまったら、あの事を伝えられないもの。
今、目の前には、殿下とカミーユ様、そしてアーシュがいる。
三日前、王妃宮に連れて来られた直後、通信ペンダントが反応してアーシュの声が聞こえた。最後に聞いた悲痛の声ではなくいつもの落ち着いた声で、私は泣きそうになった。
それから、アーシュに仲立ちをしてもらって、殿下とカミーユ様に連絡を取ってもらった。
そして、私は王妃宮から出られない。だから、殿下に来ていただいのだけど、王妃様にはしらばくれられたらしい。だから、ペンダントの発信を辿ってここを見つけ、護衛を(強引に)眠らして中に入り、やっと私を見つけたとのことだ。
「それで、私に話したい事とはなんだ」
「できれば驚かないで聞いて下さい。五日後の白夜祭の夜、反乱が起こるかもしれません」
殿下達が息を飲む音がする。更にカミーユ様は胡散臭げな視線を向けられた。
「どうして、貴女がそんなことを知ってらっしゃるのですか」
「はい。四日前、私は神殿の図書館にいったのですが……」
私は、神殿で見た事を話した。ただ、今は敢えて前世の記憶で知り得た情報には触れなかった。
「それだけでは、何とも言いようがありません」
やはり、まだ情報が足りなすぎた。カミーユ様を動かすにはもっと詳しい情報がいる。その情報を私は知ってる。ただそれは本当に両刃の剣、もしかすると私自身の破滅に繋がる危険なもの。
だけど、今、対処に動かないと最悪国が滅ぶ。反乱軍の狙っているのは、王国の加護の消失なんだから。
――どうしよう、どうしたらいい?
さまよう視線の先に、アーシュがいる。彼は軽く頷いた。
私は覚悟を決めた。
「反乱兵の中にディート殿下が居られます。殿下は、国の護りの壁を壊すおつもりです」
「なんだと、ディート王子? 伯父上の御子のか」
殿下が驚いている。
カミーユ様は、盛大に眉間に皺を寄せた。
「ディート王子……ですか。確かにかの王子なら反乱兵に紛れておかしくはない。どうして、それを貴女が知っているのです? よしんばそれが真実だったとしても、今更、過去の遺物の王子を持ちだして、何を企んでいるというのですか? もしや、貴女は間諜ですか? 誤った情報で私達を踊らせようとしているのでは?」
「違います。私は間諜ではないし、なにも企んでいません」
「そうですか? でも、貴女は今現在も何か隠し事をされている。私はごまかせませんよ。残念ですね」
「確かに私は隠し事をしています。でもそれは……」
「何か、事情でもおありなのですか?」
「それは……」
もう、ごまかせない。例えなんと思われようと、ここからは真実しか話さない。
「私は……私はカミーユ様が思っているより多くの情報を知っています。その情報源は……私の記憶です。私は前世、こことは別な世界で生きていました。そこで、私はヴィンデュスの物語を読み、今私達が直面している危機を知りまし。……私は一度死んで、この国に生まれ変わった転生者です」
誰も何も言わなかった。
信じてくれないだろうと思っていた。
この世界に転生の概念はない。人は死ぬと神の楽園に行く、そう信じられている。魂は一時のもの。巡ったりはしない。そんなことを言い出すのは狂人だけだ。
「……お話しにもなりません。貴女の妄想には付き合えない」
「妄想ではありません。これが真実です」
「世迷い言はもうたくさんです」
「せめて、反乱の話だけは信じて下さい。最悪な場合、国が沈みます。もし、嘘だとわかったら、そうならなかったら、私はどんな罰でもお受けします。だから……」
「信じられません」
「カミーユ様」
「僕は信じるよ。セラ」
カミーユ様との言い合いをアーシュが遮った。
「僕は信じる。……そうか、人は死んでまた生まれるのか……」
「アーシュ……ほんとに信じてくれるの」
「さすがに全部を理解しろっていうのは、難しいけどね。ただ、今までの君の突飛な言葉や行動、君のアレンジや空間把握とか、あの変わった魔術の数々が僕達とは違った世界の違った理論をつかった結果というのなら納得出来る」
「何を言ってるのです、ブルムスター。死者は蘇らない。それは常識です」
「常識ね。確かにそうだね。でも常識は新たな発見で塗り替えられていく。過去にもそういう例は何度もあったじゃないか」
「貴方もおかしくなりましたかブルムスター」
「もういい、カミーユ」
今度はリュスラン殿下が遮った。
「前世がどうとか、魂が蘇るとか、そんな瑣末なことはこの際どうでもいい。問題なのは、セラフィカが持っている情報が使えるか使えないかだけだ」
「ですか、信用のおけない者の言葉は信じきれません」
「少なくても、セラフィカは誠実な人物だ。私は信用出来ると思う」
「ですが!」
「カミーユ、お前は信じなくてもいい。【先視】の異能の検証と同じだと思え。情報を聞き、事実を確かめて判断を下す。やることは大差ないだろう。
セラフィカ・アズリ。お前の記憶を全部話せ。聞いてやる」
「はい!」
私は、記憶に残っているイベント内容を全て話した。リュスラン殿下は、時折疑問点を指摘しながらも黙って聞いてくれた。カミーユ様も多少不本意そうだったけれど、最後まで遮らなかった。
「全てがこの通りに行くとは限りません。だけど、神殿で私が聞いた話や、ディート王子の存在を考えると可能性は高いと思います」
「なるほどな……。カミーユ、これは以前”隼”が持ってきた神殿の動きと重ならないか」
「そうですね。確かに符合します。これならば納得のいく筋書きではあります」
「全て実現すれば……王都の混乱は免れなまい。しかし、内通者の割り出しは今からでは間に合わない」
「信頼のおけるものを至急割り出して出来る限り阻止致しましょう」
すでにリュスラン殿下とカミーユ様は真剣に検討を始めている。
彼らから弾き出された恰好で、私とアーシュは並んで立っていた。
「アーシュ、ありがとう」
「うん? 何に対して?」
「信じてくれて」
「ああ、前世があろうとなかろうと、セラはセラだ、何も変わらないって思っただけだよ。ただ……前の世があるのなら次の世もあるのかな……」
「あると思うよ、多分」
「……魂は永遠か……なんだか、感動するな……」
「……大げさだよ」
「そうかな」
ごく普通にいつものように顔を見合わせて笑う。もう二度を笑い会えないと思っていたのに。
「あのね、セラ」
「何?」
「これだけは言っておきたいんだ。どんなに難しい事だろうと僕は気の側にいることを諦めない」
「……うん」
「だから、君も最後まで諦めないで欲しい。待っていて。必ず、君の側に戻るから」
「……うん」
それがすごく大変なことだとわかっている。だけど、……本当に嬉しかった。
注)本作では、下記のように設定しています。
女官→ 国に雇用された王族につく女性の官僚職。主に、乳母、教育・躾け、相談役などがこれに当たる。
侍女→ 王家(または貴族)に雇用された生活全般の介助をする仕事。
故に、王族にしか女官はつきません。高位貴族では、女官に当たる立場を上級侍女として扱っています。
注 その二)
カミーユ=常識人
リュスラン≒超現実主義者
アーシュ セラ≧ロマンチスト>(越えられない壁)>常識
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は本日(6/28) 午後12時更新予定です。




