第65話
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やっと休日が来た。
乗り合い馬車に乗り込み、神殿に向う。
王都の二ノ壁にあるラクシア女神殿は、このヴィンデュス王国の主神殿になる。規模もかなり大きい。前にアーシュと結婚式を見たのは表側にある一般信徒用の礼拝殿で、図書館があるのは奥にある本殿だ。
神殿前に着いたのはいいけれど、本殿前はかなり長蛇の列になっていて結構待たされた。なんでも今日は、とても偉い方の参拝が在るらしくて、普段よりチェックが厳しいらしい。
順番が来て本殿入り口で、推薦状を見せた。制服を来てきて良かった。制服に付いた紋章が私の身元を保証してくれる。
神殿図書館の規模は学院の図書塔よりは小さい。だけど、ここに在るのは専門書ばかりで、一般向けの読み物はない。それを考えると、学院よりも資料は揃っているはず。
早速目録の置いてある書架へ。
目録だけでも小さな部屋一つが埋まるぐらいの量がある。
まずは”誓いの書”を鍵にして探す。一般書がないせいか、ほとんどない。
そして”婚姻の誓約”に関しては。何冊かあった。
検索に引っ掛かった本を数冊持って閲覧室に向かった……はずだった。
ずっと奥まで進んでどうしてたどり付かないのか疑問に思った時には、帰る道すらわからなくなっていた。恐るべし迷子属性。
むき出しの石壁に、煤けた照明が在る、多分ここは神官の居住スペースだと思う。
「ここは、奥殿かな……」
神官の居室は、奥殿にあると聞いている。
そんな所に入り込んだのが見つかったらまずい。
踵を返して戻ろうとしたけれど、無駄だった。もう、どこをどう通れば戻れるのか分からない。
「どうしよう……。誰かに聞く? でも、不審者として扱われるのが落ちよね……」
でも最悪、それしかないか。覚悟を決めたその時、どこかで話している声がした。
『だから、もう待てないって』
かなりの音量の声。苛立っているのが分かる。
こんな時に声を欠けても、と私は躊躇った。
『”鳥”どもが嗅ぎまわってる。準備が完了しているなら早い方がいい』
『まだだ。隣国が遅れている』
『すでにニノ壁、三ノ壁の部隊と転移陣の準備は完了している。すぐにでもいける』
『白夜祭までには間に合うはずだ。それまでは隠せ』
『だからぁ、隠し通すのが難しくなってるんだって』
『仕方がない……。ディート殿下のご裁量を仰ごう』
ディート殿下。その名前は私の記憶を揺さぶった。
「Etarnal☆Promise」最後の攻略対象がディート王子だ。
彼は、リュスラン王子の従兄弟に当たる、いわゆる隠し攻略対象だ。私は、前世ではルート開放の条件が未達成だったので彼のルートはやっていない。だから、彼のルートの内容は知らない。
けれど、リュスラン王子のルートのラストイベントで彼は出てくる。「白夜祭の反乱」というイベントの最後の敵として。
――もしかすると、これはリュスラン殿下のラスト・イベントに繋がるの?
このイベントには、バットエンドが満載されている。一番最悪のシナリオでは……ヴィンデュス王国が崩壊する。
私が知っているのはただのゲームの情報だ。本当にそうなるとは限らない。
でも、もし万が一、イベントが始まったら。バットエンドの選択肢を踏んでしまったら。
早く、皆に知らせなくては。
踵を返す。できるだけ音を立てずに速やかに立ち去ろうとそろそろと歩く。
曲がり角を曲がって走りだそうとした所で、誰かと接触した。
「危ない」
「あ、すみません」
バラバラと本が音を立てて落ちた。
転びそうになった所を誰かに支えられる。
慌てて広い集める。私を支えてくれて人も、手伝ってくれた。
「ほんとにすみません」
「いいえああ、貴女は……前にお会いしましたね」
そこにいたのは、私に”誓いの書”の話を教えてくれたあの若い神官だった。
「あの時はありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。今日はどうしたのですか?」
「え、あの……図書館に来たのですけど、実は迷子になりまして」
「ああ、それで。よかったらご案内致しますよ」
神官様はそう言って爽やかに笑う。
恐縮しながら、私は差し出された本を手に取ろうとして……彼の腕に、私はまた古い記憶を刺激するものを見てしまった。それは一見しただけなら、ただの幅広の鈍銀色の腕輪だ。それに王太子が持つべき五弁の花の紋章が入っていなければ。
ゲームでは、それは「継承の証」と呼ばれるアイテムで、王太子の持ち物だった。その、「継承の証」を何故この神官様が持っているのだろう。
不思議に思って神官様を見上げる。白金の髪に青い瞳。確かにどこかで見たことがある。……子供の時? いや、多分それよりずっと前だ。ということは 前世での記憶? まさか、この人は……。
「……ディート王子?」
思わずつぶやいた。直後に気がついて、口を抑えたけれど遅かった。
ごく小さかった私の呟きにディート王子は劇的に反応した。
端正な顔が歪む。ちょっと前までの爽やかさの欠片もない様子で、私を捕まえる。
しまったと思った時にはもう遅い。首筋には冷たい刃が当てられていた。
「アンタ、誰だ。何でその名前知ってんの? 命が惜しいなら素直に話せよ」
「……知らない」
「嘘付いても無駄だ」
ツィ、と刃が引かれ、僅かな痛みを感じた。
「言え。誰の命令だ」
怖い。だけど、ただ怖がってちゃ駄目だ。逃げないと。
目を瞑る。頭の中で術式を展開する。使うのは二つ。時間差で発動させる。
まず、紙より薄く圧縮した【風壁】を首とナイフの間に滑り込ませ、一気に双方向に暴発させた。彼は見事に後方に転がり、私も背後の壁に叩きつけられる。けれど、【風壁】がクッションになって私にダメージはない。
ディート王子はすぐに起き上がり、私に向かってくる。まっすぐ私を見て。
私は顔をで出来るだけ背け、目を固く瞑る。そして放つ。光量最大の【光球】。まともに見たら暫くは何も見えなくなる。
「ぐあっ」
悶絶する声が聞こえる。その声に一瞬足を止めかけてしまったけれど、駄目だ。今のうちに逃げないと。
私は前だけを見て逃げ出した。
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「ディート殿下! 何事ですか?」
「殿下!」
「騒ぐな。少し目がやられているだけだ」
無力な少女と見て侮った。隙を付かれたのはこちらの失態だ。
「子鼠が一匹入り込んでいる。私の名を知っていた。計画も知られている可能性がある。探しだして始末しろ。魔術学院の制服を来た青銀の髪の小娘だ」
部下が散った後、ディートは娘の”落し物”を取り上げた。
「我が図書館の本だそうだ。偽装でないなら、すぐに姓名が割れるだろう」
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ディート王子を撃退しても、状況は変わらない。むしろかなりまずくなってる。
そこかしこで私を探している騒がしい声がする。かなりの人数だ。
それに対して、私は声がする方を避け、ただ闇雲に逃げるしか出来ない。【感知系魔術】が使えたら、と思ってしまった。いつもは、エリー兄かアーシュがいるから使えない事で苦労はしてなかった。
「……どうしよう……誰か…………アーシュ、助けて」
知らないうちに胸のペンダントに手を当てて呟いてた。
だけど、もう彼に頼ってはいけない。私は自分を叱咤した。
「だめ。アーシュにはもう迷惑掛けられない。しっかりしろ、私!」
「いたぞ! そっちだ」
瞬間に【幻視】を掛けて、逆方向に逃げ出した。
もう何度通るかわからない程、迷路のような神殿を行ったり来たりした。だから気が付かなかった。もうここが神官の生活の場ではなく、むき出しの石壁が漆喰が塗られていることに。灯りを極力絞った暗い空間から、華やか名燭台がふんだんにつかわれている空間に入っていることに。
角を曲がったら、金ピカの鎧を着た騎士をが大勢いた。
これは、偉い人の警護してる人達だ。そんな厳重に徘徊している中には飛び込んだらどうなるのか。
なんて考える暇もなく、私は抑えこまれていた。更に、魔術を封じる術式が展開され、あっという間に、無力化させられた
一際が豪華に騎士が「お前は何者だ」と問いかけた。
何とか気力を振り絞って答えた。
「私は、怪しい者ではありません」
「自分を怪しいというものはいない。再度訊く。お前は誰だ」
「私は……」
この方達を信用してもいいのだろうか。
多分、神殿関係者ではなく礼拝に来た方達だとは思う。だけど、反乱者と無関係だと本当に言えるのか。分からない。だったら、私は口を噤むしかない。
「言わぬか」
「…………」
「強情だな」
何度言われても、答えられない。
「もう良い。わたくしが直接聞く。皆下がれ」
「しかし、陛下」
「良い。下がれ」
声がした方を見る。人垣がすぅと割れていく。その奥から、華麗で豪華な美女が現れた。
――この方、陛下と呼ばれていた……。もしかして、この方は……。
美女は私の顔を探るように見る。
「ほう、そなたの顔に見覚えが在るぞ。名はなんと申す?」
「……セラフィカ・アズリと申します。王妃陛下」
この方は、当代の王妃陛下、ローラ・グラティエ様。ダングラルの血族で宰相オディアル侯爵の実妹に当たられる。
二十年前の政乱の中、第二王子を支え、国王即位に貢献した方だ。
「セラフィカ、か。その名は知らぬ。……だが……。そなた、セシリア・バーガンディーを知っておるか」
「セシリア? 母さま……母のことですか?」
「そうか、やはりそなたはセシリアの娘か。……解放しなさい。この娘はフロワサールの娘だ」
王妃様の言葉を聞いて、私を押さえ込んでいた騎士が私を離した。
王妃様は満足そうに頷いている。
「そなたは母親似だな、セシリアの娘。病弱と聞いていたが、見る限りそうでもなさそうだ」
「恐れいります」
「それで、そなたは何故ここにおる。神官どもが騒いでいるのはお前のせいか」
「…………」
「言わぬか」
「申し訳ありません」
「わたくしは王妃だ。それでも信用出来ぬと言うか」
「……申し訳ありません」
相手は王妃様だ。答えなければ不敬になる。
でも、王妃様が神官達に通じていないって証拠はある? 私は王妃様がどんな方なのか知らない。だったら言えない。
「……この頑迷さは誰に似たのか。まあ、良いわ。そなたには他にも用がある。そなたの身柄は一旦わたくしが預かろう」
「「「陛下!!」」」
「反対しても聞かぬ。今より、このフロワサールの娘は我が侍女だ」
「陛下!! それは」
「だれぞ、この者の上着を脱がせよ」
すっと進み出た侍女に私は制服のボレロを剥ぎ取られた。
「その上着を適当に偽装して、井戸にでも投げ込んでおけ。どうせすぐに見破られるだろうが、多少の時間は稼げるだろう。また、この事は他言無用だ。三公爵といえども、口外に能わずと心得よ」
そして、王妃様はこちらを向き「さて、そなたには後でゆっくり訊くことがある」と微笑まれた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「王妃陛下、ご帰城でございます」
王妃一行の先頭の騎士が神殿の門衛にそう告げた。
門衛はちらりと騎士と侍女の姿に目を配る。更に馬車に声を掛けた。
「中を検めさせて戴きます」
「どういうことでしょうか」
御者を務める騎士が遮った。
「神殿内にこそ泥が入り込みまして、只今、取り締まり中にございます」
「ですが、我々一行には関係ありません。我らは王妃様をお護りするもの。我らをお疑いですか」
「いえ、そうは言っておりません。ですが規則ですので、一応検めさせて戴きます」
「承知しかねます」
騎士と門衛は延々と押し問答を続けそうになったが、馬車の中から声がかかった。
「決まり事ならば仕方があるまい。許す。存分に検めよ」
「恐れいります。王妃陛下」
門衛は手分けをして、騎士と侍女の顔を改め、人数も確認する。
異常はない。
ならば、と、馬車の扉に手を掛けた。
「陛下、扉を開放します」
「良い」
門衛は馬車の中を見た。
美女と少女が乗っていた。
美女は検めるまでもなく、王妃であるとわかった。
もう一人は、まだ成人したばかりかのような年若い娘だ。深く帽子を被っていて、顔が分からない。
「お嬢様、申し訳ありません。お顔を拝見いたしたいのですが」
「ええ、よろしいですわ」
少女が顔をあげた。神秘的な黒の瞳がこちらを凝視している。
「御髪の色もよろしいでしょうか」
「……ええ」
少し嫌そうに少女は帽子を脱ぐ。美しい榛色の髪が結い上げられていた。
「そなた、怪しまれているぞ。リシャーヌ」
王妃がころころと面白そうに笑った。
「まあ、不快ですわね」
「……失礼しました」
馬車には二人しか乗っていない。しかも一行の入殿時の申告と人数は変わっていない。触れにあった少女の特徴とも一致しない。とすれば、これ以上、一行を留めおくことは出来ない。
門衛は引き下がり、王妃一行の帰城の途に付いた。
「うまく言って良うございました。陛下」
「行かぬはずがなかろう。誰が、王妃を退かすというのか?」
女達は笑いながら立ち上がり、王妃が座っていた席を箱の蓋を開けるように持ち上げた。そこには人一人が入れる空間となっている。
そこに入っていたのは、無理矢理意識を飛ばされた、青銀の髪の少女だった。
「全く、神に祈ったかいがあったというものだ。我が息子が希望する小娘をこんなにあっさり手に入れられるとはな。さてさて、後はどうすれば良いか……ふふ、腕がなるな」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は明日(6/28) 午前0時更新予定です。




