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誓いの書 ~これってほんとにあのゲーム?~  作者: ウィズココ
最終章 エンディングの、その先
72/85

第64話

6/27 投稿1話目。

◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 金色に輝くテルノ村の麦畑の真ん中で、農夫達は晴天に響く遠雷を聞いた。


「またか」

「ここのところ多いわね」

「いいじゃねぇか。こっちには流れてこないんだし」

「そうなんだけど、雲ひとつないのに雷なんて……変な天気よね」


 農夫たちの話を小耳に挟んで、その男は呟いた。


「本当にあの子は幾つになても変わらないですね。少しは成長したのかと喜んでましたのに」


――ゴロゴロ…………ゴロゴロゴロゴロ


「さあ、ヤケを起こして暴れまわっている弟子を迎えに行きますか……」




◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 王都ザフィリアの魔術学院からフロワサールの森まで、アーシュリートは一気に転移した(飛んだ)

 すでに日が落ち始めて薄暗い森へ、躊躇いなく脚を踏み入れていく。

 三十分程歩くと、騎士団の馬場ほどの開けた場所にでた。

 

 ここは、フロワサールの名物である転移スポットの一つ。”道”が狭いので高ランクの魔獣は転移してこない。ある程度の広さもあるし、邪魔な木々や普通の生き物は寄ってこない。

 ここは幼い時のエリーとアーシュの訓練場兼遊び場だった。




 【放電(プラズマ)】を放つ。

 細かく枝分かれした金色の閃光が蜂型魔獣の群れに襲いかかり、ぼとぼとと焼け焦げた死骸が山と成した。


――何の冗談だよ。


 次の魔獣が転移してくる。

 少し大きめの猛禽型二匹。おそらくは烏。


 一匹目の【凍結(フローズン)】で翼を凍らせる。墜落した烏の翼に足を載せそのままへし折った。


――死を持ってしか破棄できない”誓約”だって?


 二匹目の烏が背後から来る。

 アーシュリートにその爪がかかろうとしたその瞬間、地面から生えた蔦が烏を絡めとった。


――このまま指を加えて黙って見てろっていうのか。


 網に囚われぎゃあぎゃあなく烏を一瞥し特大の【雷撃(テルノ)】を放った。



 魔力の消費も過剰な威力も何も考えず、数時間の間魔獣を倒し続け、魔力切れが起こる寸前で魔獣寄せの魔道具を止めた。

 そして、山と積まれた魔獣の死骸に寄りかかり、手足を投げ出して力なく座り込んだ。


 もう何日目になるか。

 ここで、魔力切れ寸前まで魔術を使い、動けるようになれば村にでて食料を買って眠る。

 起きている間は、強制的に魔術に集中して雑念を払い、疲れきって夢も見ずに眠る。

 

 こんな事は何の役にも立たない。それは自分でも十分承知している。

 けれど、そうしなければ遠からず狂ってしまうだろうと、それほど心が疲弊しているのを彼は理解していた。


 ほんの少しの、疲れた身体と休めている間にも彼を追い詰める声がする。


――死を持って誓約を破ればいい。

――殺せ。

――誰を?

――殿下を?

――それとも、セラを?

――一緒に死ねばいい。


「嫌だ」


 僕は、誰の死をも望まない。


 だったら?

 恋心を捨てられるか?

 愛しい少女が自分ではない他の男の手の中にいるのに耐えられるか?


「無理だ」


 そうなったら自分は正気では居られない。


 でも。

 セラの幸せを望むなら……。

 何が起ころうと耐えるべきだ。

 恋心を封印して、彼女の前で笑ってなんでもないと言うべきなのだ。


 きっといつかは狂う。

 でも、今は、そうするべきだ。


「……それしか……ない」


 アーシュリートがどんなに考えても、それしか答えは出なかった。



「で、何が、『それしかない』のですか?」


 ここにいるはずのない声が聞こえた。

 がばっと起き上がって見れば、山となった死骸に眉を潜めて鼻をつまんでいる師がいた。


 アーシュリートの師匠、マーク師。その見かけは九年前とほとんど変わっていない。

 その頃も、ごく平凡な二十代半ばの青年と見えた。今も、二十代半ばの青年に見える。アズリ家の当主を先輩と呼んでいる当たり、同年代であるはずだと思う。そうなれば、もう四十は超えているはずだと思うが、良くも悪くもそんな年には全く見えない。


「師匠……どうしてここへ?」

「弟子を迎えに来ました」

「ご当主様……フロワサール公爵閣下に頼まれたんですか?」

「いいえ。ご当主は何も仰ってませんよ。貴方が必要になったので迎えに来たんです」

「……必要?」

「ええ、ちょっと急ぎで研究しないといけない事が出来ましてね」


 にこにこと、全く表情の読めない微笑みを浮かべる師匠。

 アーシュリートは眉を顰めた。


「さて、こちらの用件は一旦後回しにして、さっきの話に戻りますが、いったい何が『それしかない』んですか? それにどうしてこんな臭くて汚い場所に引きこもってるんですか?」


 汚い、か。


 アーシュリートはまわりを見回した。

 確かに、戦っている間は気にならなかったが、かなりの広範囲にわたって死骸と魔獣の血と体液で汚れきっていた。最初は草の原が続く静かで綺麗な場所だったのに。


「気が付きませんでした」

「貴方の悪い癖です。夢中になると周囲が見えなくなる。早く直さないと嫌われますよ」

「そうですね。けどもう……どうでもいい」

「諦めるんですか?」


 痛いところを付かれた。アーシュリートだって諦めたくはない。だが、状況はそれを許さない。


「師匠、僕は……」

「確かにセラさんにかけられた『呪い』はちょっとやそっとじゃ解けません。無理です」

「…………そうですか……」

「それで、貴方は簡単に手を上げて降参するんですね」

「師匠、もう止めて下さい」

「その上で、どうせ貴方の事だから、殺すとか、殺したくないとか、心中してしまおうか、とか悶々と考え続けてて『そうするしかない』とか一人で結論出したのでしょう?」

「…………」

「一人で考えるからそうなるんです。私は貴方の師ですよ。少しは頼りなさい」

「……では、師匠は”誓約”を破棄する方法をご存知なのですか」

「知りません」


 きっぱりと否定する師匠。

 拍子抜けした。

 あんな言い方をされたら、少しは期待してしまうじゃないか。


「……だったら」

「一度”誓約”されたものは破棄することは出来ません。婚姻の誓約はそういう誓約です。破棄なんて出来たら、すなわち離婚できるってことです。そうなったらごく普通の結婚と変わりません。わざわざ神霊を介して”誓う”意味がない。

 破棄は出来ません……けどね、破棄でなければ可能かもしれませんよ。例えば……そばに居て守って上げられて、ほんの少し触れ合うぐらいには緩めることも、或いは”制約”が発生するまでの時間を稼ぐことも可能かもしれません。ですから、アーシュ君」


 マーク師はにこりと笑った。



「『魔法使い』になりませんか?」



「『魔法使い』?」



「そうです。『魔法使い』。魔法使いになって神霊を介した誓約にちょっとだけ手を加えてしまいましょう」


 「魔法使い」。

 耳慣れない言葉だった。

 「魔法」と「魔術」は根本が異なる。人が、人又は自然に宿る力を理論と法則に則って行使するのが魔術。それに対し、理論も法則も力の根源も全く解明出来ない、神の奇跡としか言い様のない現象が魔法。

 ならば、「魔法使い」とは……奇跡を起こす人間ということだ。

 そんな人間、聞いたことがない。ましてやなれるはずがない。



「師匠、冗談が過ぎます」

「冗談? そう聞こえてしまいましたか? 目一杯本気ですが」

「大体、そんな大層な人間、見たことも聞いたこともありませんよ」

「おや、見たことはさすがにないでしょうが、聞いたことはあるはずですよ」

「は? 実在していたんですか?」

「いますよ。貴方も良く知っている人物です」


 およそ、自分の知識にある人物の名前の中には、該当するものが思いつかない。


「誰でしょうか」

「おやおや、愛国心に掛ける子ですねぇ。貴方はどこに住んでいるのです。その国はなんと呼ばれてますか? 国を立てたのは誰です?」


 ああ、そうか。

 蒙が啓かれた。

 ここは、ヴィンデュス王国。建国の王レヴィニスが神霊と契約を結び、誰でも魔術が使える「魔法の王国」となった。

 

「歴史書によれば、建国王(レヴィニス)は只人でした。魔術が使えるわけでも特に精霊や神霊に愛されていた訳ではない。ですが、彼は奇跡を起こした。誰かが出来たなら、全く不可能ではない。そう思いませんか」


 そう、なのかもしれない。けれど、雲を掴むような話だ。すぐには頷けない。


「正直に言いますとね。すでに取っ掛かりは掴みました。けれど、まだまだ全然欠片(ピース)が足りません。どこをどう考えても苦労はするでしょうし、他の者から指差しで笑われるかもしれません。それほど奇想天外な事です。それでも、彼らを救う可能性は残されている。

 ねぇ、アーシュ君、貴方は、ほんのわずかの可能性に掛けるものを笑いますか?」

「……いいえ」


 師匠が言うように、困難な道しか見えない。

 それでも。

 ほんの砂粒ほどの大きさでも、可能性があるのなら。

 今はそれだけでいい。



「一緒に『魔法使い』になりましょう。アーシュ君、手伝って下さい」


 囁く言葉は悪魔の誘惑に似ている。それでも、彼は伸ばされた手を取り、しっかりと握りしめた。


















*****




「ということになりましたが、『魔法使い』になる前にやることがありますねぇ」

「何でしょう」

「風呂です」

「……風呂?」

「はい、風呂。今の貴方はとても臭いです。そして、それから掃除です……。ああ、どうせ汚れるでしょうから、先に掃除をしてから風呂にしましょうか」

「……は?」


 マーク師は、鼻を抑えながら当たりを見回した。


「全く、何でこんなになるまで荒らしたんですか。元は綺麗な原っぱだったのに。まずは、そこの魔獣の死骸を片付けて下さいね、一時間程待ちます」

「……この量を?」

「ええ。まさか、できないとでも」

「……分かりました」

「その後は、現状復帰です。種を撒いて、元の草原に戻して下さい……。三日で」

「み、三日?」

「ええ三日です。出来ますよね」

「……む、むりで「出来ますね」……はい」


 この量の魔獣を一時間で片付けろと?

 その広さを三日で現状復帰?

 アーシュリートは頭を抱えた。時間を遡れるなら、数時間前数日前に戻って自分を止めたい。


「そうそう、あまりに早く死骸を【分解】させると、地中の細菌が変異してが有毒化しますからね。同じく、植物の【成長促進】も雑に行うと【異常化(エラー)】しますから、気をつけて下さい。庭いじりの基本は丁寧に愛情かけて、です」

「……了解しました」

「予定通りに全部終われば、【水】【風】に比べて弱い【地魔術】の地力が上がります。役得ですね。それに、この原は、セラさんも好んでましたからね。彼女を悲しませない為にも頑張って下さい」


 アーシュリートは冷や汗をかきながら思い出した。師匠はやっぱりスパルタだ。






 片付けに、一時間半、それから、村に行って宿を借りて、身を清め食事をして、また舞い戻って三日。

 四分の三程、元通りに戻したところで、通信用のペンダンドが反応した。


「……だ…か……アーシュ……た……て」


 紛れも無くセラの声だった。




お読みいただきましてありがとうございました。

次回は本日(6/27) 午後12時更新予定です。

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