第67話
6/28 投稿2話目。
話し合いを追え、夕方前にリュスラン殿下達は帰っていった。
私は王妃宮に残っている。
本当は、殿下もアーシュも私をここからすぐにも連れだしたいと主張したのだけど、カミーユ様が反対した。根拠は、王妃宮から私がいなくなった場合、確実に騒動が起き私の存在が公になる。身分を明らかにする時期ではない、という事と、実は今後の状況を考えた場合、おそらく王都では、この王妃宮が警備上でどこよりも安全だろうと考えられるという事だった。
とはいっても、このままずっとほぼ監禁状態のまま放っておかれるのは辛いので、折を見て助けに来てくれる約束はしてある。
あれから五日がたち白夜祭当日になった。
白夜祭。
文字通り、夏至の日の夜に行われる、太陽の復活を祝う祭りだ。日が落ちると、それぞれ色とりどりの蝋燭や松明を持ち寄って広場に集まる。この日ばかりは身分の差がなく飲んで騒げる開放的な宵である。
正午、食事を差し入れてくれた侍女たちがいつもより浮かれてた。
夕方が近づくにつれて、王妃宮が静かになっていく。当直以外は、街に繰り出してるのだろう。
陽が落ちた。
白夜祭始まりの花火が上がった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
某所。
「合図だ。出るぞ!!」
「「「「おおっ」」」」
傭兵たちが雄叫びを上げて、槍をかざす。魔術師たちが術式を詠唱した。
無数の転移陣が彼らの足元に展開される。
鈍い光に飲み込まれて、一瞬にして誰もいなくなった。
篝火がたかれ人々が笑いざわめく、三ノ壁正門前大広場。
突如として、完全武装の兵士が無数に出現した。
「なんだなんだ」
「お前ら何も、ぐぇ」
不用意に近づいた街の男が、兵士の槍で貫かれる。
悲鳴が上がった。
切られ、突かれ、薙ぎ払われ。
逃げて、追いつかれて貫かれ。
瞬く間に、血煙に包まれた。
「魔獣を放て!」
再び、転移陣が展開される。
赤い光を放つ無数の円陣から、ぼとり、ぼとり、と長い巨大なものが降ってくる。
うねり、這いずり、一飲で喰らう。
それが通った後は、骨一つ残らない。
真っ赤に染まった槍を掲げて男が叫ぶ。
「すぐに騎士団が来るぞ、油断するなよ、お前ら」
二の壁の一角、商業施設はもはや機能していない。
――ドッドッドッドッドッドッドッ。
地響きを上げ突進する水牛型魔獣の波。
強靭な双角で、遮るもの全てを刳り突き刺す。
壁は崩され、ガラスは粉々に、商品は引き裂かれ、踏み潰される。
「火を放て!」
魔獣に並走する兵士から、術式が紡がれた。
炎が舐めるように進んでいく。
夜空が赤く染まった。
魔導塔に一報が入ったのは、最初の花火が上がってすぐの事だ。
「街が大変だ。魔獣が暴れまわってる」
魔導塔の最上階から、黒煙が見える。
塔の魔術師たちは歯噛みして、その光景を見下ろした。
魔導塔は、国の護り。
国を覆う巨大な結界の維持も、王城の堅固な守護壁の維持も、魔導塔の魔術師の尽力があってこそである。現在、魔導塔の長、最高魔術師は不在、高位魔術師の数名で責を担っていた。
故に街に何かあっても、彼らは動けない。指を加えて見ているしかない。
「どうやら騎士の数が足りないらしい」
「騎士団はどうした?」
「第二と第三は巡回の交代で王都の外だ。第五は、白夜祭の警護で哨戒中で連絡が取れない」
「近衛は?」
「出動命令はすでに出ている」
「そうか! 良かった。間に合うかな」
「ああ、間に合うだろう……それが目的だしな」
「は? ばか、やめろこんなところで」
魔術師が言い終える寸前に、炎に包まれた。そのまま窓から落ちる。
同僚を始末した魔術師が周囲を見回す。倒れ伏した同僚たちの間に無事に立っているもの六人。彼らは仲間だ。
「王城の結界を反転させた後、二重の結界をはる。各々準備しろ」
数分後、王城は新たな結界に包まれた。
*****
ディート王子は只管玉座を目指し、王城を突き進んでいた。
今回の反乱、失敗するわけには行かない。
幸い彼が数年がかりで立てた王位奪還計画は、順調に進行している。
まずは、騎士団が哨戒交代で王都を開けるその時に合わせ、ニノ壁三ノ壁に魔獣と兵を放つ。
第二に、王城を守る近衛騎士団が街に派遣された直後を見計らって、魔導塔の仲間が結界を張り直す。
元々ある結界を破るわけではなく、外からの侵入者や攻撃を阻む結界の作用を反転させるだけ話だ。更にその外側に、侵入者(この場合は戻ってきた近衛騎士団ということになるが)を遮る結界をはる。
急ごしらえの結界となるから数時間しか持たないが、事が成るまで持てば良い。
第三に、隣国フェロウラを招き入れ、騎士団を王都に戻れなくする。事が成る前に騎士団に王都に戻られると、以降の計画に支障が生じる。故に戻れないように、フェロウラ兵団には働いてもらう。
第四に、王と王族を殺す。
第五……これは今はディートの胸の内だけに存在する計画だが……この国の「守りの壁」を、”外”の住民が自由に出入り出来るように破壊する。「壁」を失ったヴィンデュスは、隣国に蹂躙されるかも知れないが、今まで、壁に守られて安穏に暮らしていた惰民がどうなろうとディートの知ったことではない。
彼はずっと運命に翻弄されてきた。
幼い頃、事故を装って両親を殺された。
彼は忠実な家臣によってヴィンデュスを逃れ、幼少時を”外で暮らした。貧しい村に潜伏しその日の食べ物さえ事欠きながらそれでも生きた。それは、仲間がいたからだ。だが、その仲間も過酷な生活に一人、また一人と失っていく。
三年後、ラクシア神殿の神官長の招きでヴィンデュスに戻った。脂にまみれた口で咀嚼する神官長の姿に幻滅した。そいつはその口で、王を殺せ、と言った。断ると、”外”に居る仲間への援助を打ち切る、とも言った。
その一言で、彼は決心した。
他人の思惑通りに生きるのは、もうたくさんだ。
自分が正当な王の継承者であるなら、王族も神官も纏めてヴィンデュスは自分が終わらせる。
その第一歩が、王を殺し、王位を奪還すること。
今までは順調に来ていた。
だが。
「おかしい」
ディートの本能が危機を感じる。
「どうかしましたか。ディート殿下」
「静かすぎる」
「白夜祭の夜です。出払ったまま帰ってこれなくなったのでは?」
「いや、それにしても人気がなさすぎる」
その時、前を行く兵の方から剣戟の音がなった。
「まさか」
懸念が現実になったようだ。
「ディート殿下、これは一体」
「情報が漏れていたんだ。くそっ! ありったけの魔獣を放て。突破するぞ!」
閃光が走り、転移陣が展開する。
ドシリ、地響きを立てと巨大な重量を伴った魔獣が雄叫びをあげた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「おおおーー」
質量を伴った突風が蛇型魔獣の中に突っ込む。
蛇型の首が三個、ほとんど同時に宙を舞った。
「勝手してんじゃねぇ。お前らの好きにはさせんぞっ」
ヒュン、と大剣が唸り、続けざまに二匹の蛇型が三片に切断された。
大蛇の魔獣を屠ったのは、本来は王都にいるはずのない第三部隊を率いたこの国の騎士団長その人だ。
巨大な剣を一匹の蛇の頭を縫い止める。剣先には青白い軟体生物の核が潰されて粉々になっている。
「いいか、こいつらは、首を飛ばされただけじゃ動きを止めねぇから注意しろ。首元にあるブヨブヨを狙え。魔術使えるやつは、率先してブヨブヨ仕留めろ。持ち漏らすなよ」
「了解!」
一斉に、【炎】が、【風】が寄生生物に向かって放たれる。
ほぼ同時に、何十もの剣が閃き、蛇が断片となる。
騎士団長は、蛇の後方にいた傭兵どもに向かって凄惨に笑う。
「お前らか、我が国の大事な国民に槍をむけたのは。俺が相手になるからかかってきやがれ」
十数分後、断ってる敵兵の姿が無くなった。三分の一は団長が倒し、三分の一は団員達が倒し、三分の一は逃げた。
「団長!」
「おお、ロベルト。守備は」
「特に混乱なく、三の壁住民を壁内待機所に誘導完了しました。避難訓練はしておくものですね。人的及び家屋等の被害は調査中ですが、最小限で食い止められたかと推測します」
「おお、よかった。で、ニノ壁の状況は?」
「まだ、入っておりません。おそらく戦闘中ではないかと」
「よし、こっちはだいたい終わった。残党狩りに数隊残して、ニノ壁に入る。その後は国境まで飛ぶぞ! 気張れよ、若造ども」
「「「「「了解!!!!」」」」
*****
燃え盛る炎の前に彼は立つ。
炎に照らされてオレンジに染まっている銀髪をなびかせ、彼は術式を展開した。
青い魔法陣が消え去ると同時に、降り注ぐ大量の慈雨。沸き上げる水蒸気。
瞬く間に火勢は弱まっていく。
群れから離れた雄の水牛型魔獣が、彼めがけて突っ込んでいった。
振り返り、冷静に水の壁を張った。通常の打撃ならこれで十分のはずだった。
しかし、魔獣の双角は水壁を貫き、衝撃で水壁が波紋が走る。鋭い切っ先が、銀髪の青年の首元寸前に迫る。
バシュ。
ズシャッ。
風を切る音と水音が同時に響き、水牛型の首がころりと転がった。
「危なかったな、カミーユ」
赤毛の青年がひょいと現れる。
「危なかったのは貴方ですよ、ヒュイス」
カミーユが落とされた首を指し示す。水牛額から後頭部にかけて、青白いアメーバが寄生していた。更に、小指の爪ほどの丸い穴があり、アメーバの核貫通していた。
「この寄生型は核を潰さないと反撃されるそうですよ。危なかったですね、ヒュイス」
「チッ。カミーユに借りを作っちまったか」
「その内取り立てに参りますからよろしく。……ところで、そろそろよろしいでしょうかね」
カミーユがある一一点を見る。
「なんでも、誰かさんの”記憶”によれば色々と唆した方が居るそうですよ。あそこに」
巨大なラクシア神殿。この騒ぎの中で静まり返ったままの異様な建物がある。
「付き合うぜ。このためにチェズ兄から”鶚”を借りてきたんだし」
「ふふ、久しぶりに楽しめそうですね」
銀髪と赤毛の青年は連れ立って神殿へと向かった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――始まった……。
花火が上がってすぐ、王城に張られた結界が変化したのには気がついた。
すぐ、物音や足音が騒々しく聞こえるようになった。そして、一際大きな足音が聞こえたと思っていると、いきなり扉が開いた。
「急いで逃げろ。すぐにここへも敵が来る」
王妃様付きの騎士様だった。
「分かりました。でもどこへ?」
「一の壁は封鎖されている。外には逃げられない。離宮を目指せ」
「離宮?」
「東だ。まっすぐ東を目指せ。私は一緒にいけないが迷うなよ」
そのまま騎士様は、駆けて行ってしまった。
当初の計画では、ここまでは敵の手はこないはずだった。やっぱりゲームとは違ってしまっている。
私は王妃宮を出ようと階段を駆け上がる。だけど、外には出られなかった。真っ黒な鳥型魔獣の群れがこちらを伺っている。
そろりと、見つからないように、今にも破られそうなガラス窓から離れる。
けれど、一足遅かった。一羽の烏型魔獣がガラスを突き破った。続いて十数羽の烏が殺到する。咄嗟に、【風壁】を張った。勢いのまま取りはぶつかってきた。風の壁にぶち当たって血が飛び散った。怖くて、目を瞑った。それでも、攻撃は止みそうもない。
と、その時。
数十本の氷の槍が魔獣を貫きそのまま凍りつかせる。氷はこのまま成長を続け、厚い氷壁となって、これ以上の鳥型の侵入を阻んだ。
これは……。
「アーシュ!」
「セラ」
来てくれた。アーシュが来てくれた。これで、もう安心だ。
【風壁】を解き、アーシュに駆け寄って抱きついた。
「セラ、無事だね」
「うん」
「ごめん、遅くなった。奴らの戦力が予想を超えていた」
「大丈夫だよ。……王妃様の騎士様は離宮に逃げろって言ってたけど」
「ここは囲まれてる。外には出ない方がいい。……仕方がない。王城に行って殿下達と合流しよう。その方がまだ安全だ」
アーシュと王城へと続く通路を走った。
途中、王城に入った当たりで、アーシュは立ち止まった。そのまま、私を抱き寄せて柱の影に身を隠した。
「どうしたの?」
「しっ。声を出さないで。魔力も抑えて感づかれないように」
尋ねるまもなく、前方が騒がしくなる。
神官と神殿兵らしい人たちが数人慌てた様子で足早に近づいてくる。
その内の一人は、白金の髪をしていた。
『ディート王子がいる』と、なるべく声を落として話した。
『誰が、ディート王子?』
『真ん中のあの人、白金の髪の』
『あいつか』
ディート王子は私達のすぐ近くを通った。幸いなことに気づかれなかった。
彼の後ろ姿を見送って、ほっと安心する。
「見つからなくてよかった。あいつら、セラを探してたから」
「え、私を」
「そう。学院にも何度か来た。セラの身元はもう掴まれてると思う」
そうだ、神殿図書館に入った時に名前を書いている。制服のボレロも置いてきてしまった。ばれないはずがない。情報を流したのは私だと、もう知られてしまっているかもしれない。
「逆恨みされそうで怖いな。とにかく、彼らとは接触しない方がいい。もう行くよ」
「わかった」
そのまま進んで、大広間の脇を抜けたところで、人の叫び声が聞こえた。
騎士や兵士がどんどんこちらに向かって逃げてきている。
「何があった」
一人の兵と捕まえて尋ねた。
「竜型だ」
「は?」
「あいつら、竜型魔獣を城内に放ちやがった。今、リュスラン殿下達が巻き込まれて戦闘中だ!」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は(6/29) 午前0時を予定しています。




