第57話
連日投稿4日目
緊張が続く。苦しい。意識して息を吸わないと、倒れそうだ。
「セラ、帰ろう。無理してここにいなくても良いよ」
「……ううん、最後まで聞いていく……知りたいの……」
心配するアーシュには悪いけど、今はここを動きたくない。真実が知りたい。
ユリカ様は再びマリアーネ様を睨みつている。
マリアーネ様も一歩も引く様子がない。
高まる緊張。先に口を開いたのはマリアーネ様だ。
「どういうことでしょうか?」
「あたし、見たの。二ヶ月くらい前、寮の裏口にエルセーヌ様が現れて、扉を開けた。そして男がいた」
「存じませんわ」
「そうしたら、貴女、その男に何かしたよね。貴女はそのまま外に出て行って、男は入れ替わりに中に入っきた。そのままセラフィカさんの部屋の方に行った。
次の日からセラフィカさんは休んだ。その時に気がついたの。きっとあの男が何かしたんだって。そうじゃないの?」
ユリカ様が思わせぶりに私を見る。だけど、私は何も知らない。否定も肯定も出来ない。
ユリカ様はそんな私に呆れたように肩を竦めた。
「それに、あたし、その以前にも、その男をエルセーヌ様が話してるのを見たわ。深刻そうな顔をして。だから、絶対何かやると思ってたの。何を相談してたの? 言えるなら言ってみて」
「さあ? わたくしには心当たりありませんもの。けれど、……わたくしも
男の方と全く話をしたりしていないとは言えませんわね……。アーベンス様の見た男性とは恐らく我が父か父の使いかではないかと思いますが……一度、確認してみましょうか?」
「身内の証言なんて当てにならないわ」
「そうですか……。ですけれど、貴女の妄言には身内の証言すらないのでは?」
「それは……」
キリ、とユリカ様が唇を噛み締めた。
「マリー嬢ついては不審な面会記録はありません。ですが、別の記録で一件だけ、確認を取りたいのですが」
「まあ、何でしょうか?」
「セラフィカ嬢がご実家に帰省された日の記録です。門限直前に、マリー嬢はあまり使用されない女子寮の北通用口を通っています。只今のアーベンス嬢の証言とは一致しておりますが、これは?」
「恥ずかしながら、教室に忘れ物をしてしまいまして取りに参りましたの。通用口を通りましたのは、そこが一番近かっただけで、他意はございません。
お疑いでしたら、教室の鍵を当直の先生に開けていただきましたから、お聞きになってくださいませ」
「教師には確認済みです。ただ、通用口が空いた直後に【光魔術】の反応が記録されています。貴女が侵入者に恐らくは幻惑系の【光魔術】をかけたのでは?」
「いいえ、ただの照明です。少々足元が危うかったので」
「照明? 【灯火】ではなく【光魔術】を、ですか? 」
「わたくし暗い所は苦手ですの。【灯火】では心もとなくて」
「……そうでしたね。確かに貴女はそうだった」
「ええ」
カミーユ様が追及を一旦止めて何かを懐かしむように目を細めた。
マリアーネ様が深いため息を付く。
「カミーユ。この記録だけでしたら様々な場合を想定出来ます。証拠としては弱いと言わざるを得ませんわ。それとも、他にも、証拠なり証言なり有りますの?」
「……………いえ」
「わたくしは何もしておりません。信じてくださいませ」
「……そう……そうですね。貴女が殺意を持つはずがない。……セラフィカ嬢の無事を殊の外喜んでおられましたし……。本当に良かったですね。彼女が怪我もなく無事に戻ってこれて」
「ええ、良かったですわ。それだけが心配でしたもの」
「……」
「なあ、二人とも」
二人の会話を遮ったのはヒュイス様だ。不思議そうに頻りに首をかしげている
「さっきから全然話が見えねぇんだけど。説明してくれると助かるわ」
マリアーネ様は微笑ましそうに応じた。
「ベルノったら……。今まで聞いてませんでしたの?」
「聞いてたよ。マリーがセ……アズリ妹をテラスから落としたとか言われてんだよな? でも、証拠はないんだろ? だったら、マリーがやってないって言うんならやってないんだろう」
「あら、ベルノは信じてくれますのね」
「まあな。で、今は何を話してんだ?」
「あらまあ、ベルノらしいですわね。今はセラフィカさんの事件の話ですわ」
「……じけん?」
「ええ」
「何だそれ」
「ええと、二ヶ月前の話ですわね。セラフィカさん、休学されていたでしょう? その時の話ですわ」
「アズリ妹、また何かの事件に巻き込まれたのか?」
「え、ええ」
「で、怪我とか心配するぐらい危なかった、って?」
「そうですわね」
へぇ、とヒュイス様は難しい顔をして考えこんだ。
そして、カミーユ様に怒ったように話しかける。
「……カミーユ、俺初耳なんだけど。アズリ妹って、病気療養で家に帰ったんじゃねーの?」
「すみません、ヒュイス」
「謝らなくていいけどさ。何で、俺に隠してんの?」
「いいえ、隠してたのは貴方だけではありませんよ。実は、この一件は、諸事情により、当事者と殿下と私しか知らせておりません」
「ひでーな、俺は仲間外れかよ。なんかムカつく……。ってことはさ、じゃあ、マリーは何で知ってるんだ? マリーも当事者なのか」
不思議そうに尋ねるヒュイス様の声。
マリアーネ様が弾かれたように顔を上げてカミーユ様を睨みつけた。
対するカミーユ様は平然と……いや、口元の薄く笑みを忍ばせていた。
「……謀りましたわね……カミーユ」
「まさか、だって……」
私は思わず呟いていた。
そんな、まさか、マリアーネ様が。
マリアーネ様からすでに余裕が失われている。蒼白になってカミーユ様を睨みつけたまま、地を這うような低い声で言い募る。
「誰も知らないなんてあり得ない。わたくしを馬鹿にしないでくださいませ」
「早急に”隼”と”梟”が動きました。情報も統制しておりましたし、監視もしておりましたので、漏れはありません」
「アーベンス様もご存知でしたわ」
「私は言いましたよ、マリー嬢。当事者と私と殿下は知っている。彼女は私達の味方であり、当事者です。
詳しい話は省きますが、彼女がセラフィカ嬢の危機をブルムスターとアズリに知らせました。証拠もあります。ブルムスターとアズリの証言、アーベンス嬢の証言。更に彼女が女子寮を出た記録、同じくブルムスターとアズリが男子寮を出た記録、アーベンス嬢が寮に戻った記録。”隼”に一報が入った時刻の記録。全ての時刻がほぼ証言と矛盾しません。更に、その後、彼女の動向は”隼”が監視しておりましたので疑い様もありません」
淡々とカミーユ様はマリアーネ様の反論を封じ込める。
マリアーネ様は何度も反論をしては返され、やがて、唇を噛み締めついに押し黙った。
そんなマリアーネ様に、カミーユ様が問いかけた。
「どうしてです、マリー。どうして貴方がこんな馬鹿な事を……」
今日初めカミーユ様の声が感情で揺らいだ。
「貴方らしくないですわね。そんな顔をしてはいけませんわ、カミーユ」
マリアーネ様の声も同じように揺らいでいる。
マリアーネ様は覚悟を決めたのか、静かにユリカ嬢に向き直り、すっと頭を下げた。
「アーベンス様、全て貴女の仰った通りです。わたくしが、貴女とセラフィカさんを【風魔術】で突き落として殺そうとし、寮内に侵入者を招き入れました」
「あたしのせいにしようと噂を流したのも」
「直接には関わっておりませんが、疑いがわたくしに向かないように誘導は致しました」
「……最低」
「申し訳ありませんでした。わたくしマリアーネは、ユリカ・アリス・アーベンス様に謝罪申し上げます」
「……許さないわ、絶対」
ユリカ嬢の視線はひたすらまっすぐにマリアーネ様を捉えていた。
「あなた達って凄く仲よかったよね。なのに何で?」
「セラフィカさんは大切な友人です。それは、今でも変わりありません。
そうですわね、全て言わなければ納得していただけないでしょうね……でもその前に」
マリアーネ様が私の前に来た。彼女はもう私の顔を見ない。ただひたすら、頭を垂れる。
「申し訳ありませんでした。わたくしは貴女を殺そうと致しました」
「……どうして」
「わたくしは、貴女が憎かったのです。憎くて憎くてずっと苦しかった」
「……嘘……」
「嘘ではありません。貴女が憎かった。けれど、それ以上に貴女が好きでした。一時の激情で貴女を除こうと思い、けれど失敗して喜びました。今さら何を言っても信じてはくださいらないでしょうが」
微笑みながらもマリアーネ様の頬を一筋、涙が流れて。
そして立ち上がり、殿下の前に進み出て、深く深く、綺麗な淑女礼を捧げた。
「リュスラン殿下。わたくし、マリアーネは貴方様をずっとお慕いしておりました。貴女様の隣に立つのが夢でございました」
「……そうか。すまない」
「謝罪は必要ございません。殿下の瞳がどなたを映しているか、殿下が気づくよりも前に気づいておりました。気づけるほど長くお側におりましたもの」
「ああ、そうだな、マリー」
「殿下。もうわたくしをその名でお呼びにならないで下さい。その名はわたくしのものではございません」
「……どういうことだ?」
殿下の問いにマリアーネ様は答えないで、私を見て静かに微笑んだ。
何故だろう、悪い予感がする。
「殿下。貴方様は先日成人の儀を迎え、成年王族となられました。その際に”呪術”をかけられ女性と触れ合えなくなりました。ですが、それは”呪い”ではございません。むしろ”加護”であり”祝福”でございます」
「まさか。お前を始め何人も昏倒させたのだぞ」
「ええ、間違いありません。神霊よりの加護でございます。殿下は覚えておいででしょうか。この国に伝わる御伽話の『誓いの書』を」
「ああ、知っている。ただの御伽話なら」
「いいえ、現存致します。また、殿下は幻と思っておられるようですが、”マリー姫”は実際におられます。
殿下は、幼き頃、マリー姫と”誓いの書”にて婚姻の誓約を交わしました。そして、成年に達した時点で”加護”と”制約”も発生しました。そのうちの”制約”が
殿下が”呪い”とお思いになられた”女性とは触れ合えない”ということです」
マリアーネ様の一言一言が、頭の中に響く。
そして、忘れていた記憶が蘇える。
あれは……いつだった?
おにいちゃん、って呼んでた男の子がいた。その子は誰?
『おにいちゃん? これが、おーじさまとおひめさまのごほん?』
『そうだよ、”ちかいのしょ”っていうんだって』
金髪の男の子が私をそこに連れて行った。そこに何があった?
”誓いの書”。水晶に浮かぶ本。あれは本物だ。本物だって、頭の中で誰かが言う。
『ここにこうして……なまえをかくんだよ』
彼は何を私に持たせた? ペン? あの時の私はまだ自分の名前の一部しか書けなかった。
『マリーはまだ”まりー”しかかけません……』
『それでいいよ。かいて』
ああ、そうだ。私は確かに書いた。私のもう一つの名前の『マリー』と。
「この誓約は、神霊との契約と同等のもの。結んでしまった以上、本人の意思では破棄出来ません。破棄するには一つ互いの”死”のみ」
『昔々、”誓いの書”により結ばれざるを得なかった二人が、お互いを殺し合い凄惨な事態を招いた』
『昔々、”誓いの書”により引き裂かれた二人が絶望のあまり死を選んだ』
「……やだ……どうしよう」
「……セラ? どうしたの?」
ガタガタと震える私。支えてくれるアーシュの手が温かい。だけど、私は……もう。
「わたくしは、不幸な結婚よりお救いしようと思いました。『殿下を愛していないマリー姫』から殿下を、『愛する人と引き離される運命』からマリー姫を。だから、わたくしは罪を犯しました」
――それ以上言わないで、マリアーネ様……。お願いだから言わないで。
願う。
だけど。
「ここまで言えば、殿下ももうお分かりのはず。殿下のマリー姫は、わたくしではありません。けれど、マリー姫は直ぐ側にいらっしゃいます。姫は……」
殿下とマリアーネ様の二つの視線が私を捕らえる。
「そこに居らっしゃるセラフィカ・アズリ嬢――マリー・セラフィカ・ディー・ヴィンデュス・アズール・フロワサール様です」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
皆の視線がセラに集中している。
誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。
アーシュリートの腕の中でセラはずっと震えている。青ざめ、今にも倒れそうになって。唸るように彼は呟いた。
「まさか……セラが……殿下の……」
「……セラフィカが……”マリー”」
リュスランもまた呟く。
「…………アーシュ……私……」
「……セラ……」
アーシュリートには震えの止まらないその体を抱きしめることしか出来ない。
「そうか……セラフィカがマリーなのか……」
不意にセラに伸ばされたリュスランの手。
その手を、アーシュリートは拒んだ。数歩下がってリュスランから距離を取り、セラをその背に庇ったまま、睨みつける。
「先に会っていたのか……私達は……」
そんなアーシュリートを構わおうとせず、リュスランはセラに手を伸ばす。
アーシュリートはその手を払いのけようと口早に術式を展開し始めた。
「アーシュ、止せ。相手は王族だ!」
悲鳴のような制止の声が誰のものか、アーシュリートにはもう判断出来ない。
リュスランも剣の柄手を掛けた。
今にも、魔術と剣が放たれようとした、寸前、低い男性の声が彼らの間に割って入る。
「今はお引きください、殿下」
リュスランが声の主に見る。金茶の髪の壮年の男性がそこにいた。
「フロワサール公か……」
リュスランが言う。
「父様……」とセラが呟いた。
別人物と信じ込んでいた名をリュスランが呼んだ事で、セラは真実を知り絶望したように小さく悲鳴をあげた。
そんなセラとまだ術式を解かないアーシュリートを背に、フロワサール公テオドールはリュスランの前に進み出た。
「殿下、お願い致します。時間を戴きたい。娘は何も知らないのです」
「……時間……か……」
「はい」
「……分かった。だが、……こうなった以上、私にも事情を教えてくれるのだろうな」
深々とフロワサール公は頭を下げた。
「もちろんです。全てを、ご説明させていただきます。……ご厚意に感謝致します、殿下」
お読みいただきましてありがとうございました。
やっとタイトル「誓いの書」につながりました。長かった……。
この章の主人公視点の話はここで終了です。二話別視点をはさんで、最終章に入る予定です。
次回は明日18日午前0時の予定です
5/18 追記)誤字が多くて申し訳ありません。5/18修正しました。見直し仕切れていない箇所もあるかと思います。重ねてお詫び致します。




