第56話
連日投稿3日目
代表選抜戦が終わった。
予想通り、アーシュ、ヒュイス様、カミーユ様は勝ち進んで代表に残った。殿下の名前がないのはなんとなく寂しい気もするけれど、仕方がない。
お互いの健闘を讃えながら、彼らは戦いの場を降りる。
さあ、次は祝賀会だ。
少舞踏会と同じ会場で祝賀会は開催される。
アーシュにエスコートしてもらって会場に入った。今日は舞踏会ではなくて、晩餐会形式だ。会場には豪華な料理と飲み物があり、心地良い音楽が流れている。
殿下達、高位貴族組の方々が階段上の席から降りてくるまで、十分楽しんだ。
やがて、殿下とマリアーネ様が階段を降りてくる。先頭が殿下、少し離れてマリアーネ様。二人の間には微妙な距離があって、最近流れ始めた不仲説を思い出してちょっと悲しくなった。
彼らが降りきった所で、それは起こった。
「お話したいことがございます」
ユリカ嬢だ。見事な淑女の礼をして、殿下を迎える。
リュスラン殿下が足を止めた。両脇から護衛の騎士が進み出て殿下をかばう。
「ユリカ・アーベンスか……私に何か」
「はい。殿下。お許し戴けますでしょうか」
「お控えなさい、アーベンス様。不敬に当たります」
前に進み出て、ユリカ嬢を止めたのはマリアーネ様だ。
「承知しております。エルセーヌ様。それでもどうしても、お話したいことがございます」
「アーベンス様!」
「マリー、良い。……ユリカ・アーベンス。お前が何を訊きたいのかは知らないが、このような場に置いて尋ねるほど重要なことなのか」
「はい。わたくしにとっては、でございますが」
「半端なことでは処罰が下る。それを理解しているか」
「もちろんでございます」
「ならば、良い。言ってみろ、聞いてやる」
「感謝致します。では……」
ユリカ嬢の目が殿下を、いや、殿下の傍らにいるマリアーネ様を捉えている。
「マリアーネ・フラン・エルセーヌ公爵令嬢にお尋ね致します」
「あら、わたくしですの? 何ででございましょう?」
マリアーネ様は、ちょっと驚いた顔をした。不思議そうに首をかしげている。
「エルセーヌ様、私の噂をご存知ですか?」
「どの噂を指しているのか分かりかねますが、答えは是です」
「沢山ありますものね。ですが、私がお尋ねしたいのは一つだけです。『ユリカ・アリス・アーベンスが、セラフィカ・アズリ嬢を殺そうとした』」
何故私の名が。
びくり、と身体が反応した。
「僕がいるから大丈夫」
と、アーシュが指を絡めて私の手を握りってくれたので、少しだけ安心出来た
リュスラン殿下が、私達をちらりと一瞥し、すぐに元に戻した。
「ああ、その噂ですの……ええ、存じておりますわ」
「あれは、事実ではございません」
「そうなのですの?」
「はい。なぜなら、セラフィカ嬢を害そうとなさったのは、私ではなく」
ユリカ嬢は言葉を切り、一層強くマリアーネ様を睨みつけた。
「あなただからです。マリアーネ・フラン・エルセーヌ様」
息を飲む音が聞こえる。あんなにうるさかった人の声の音楽の聞こえてこない。
――何? 何を言ってるのユリカ様。
マリアーネ様が私を殺そうとした? そんなことあり得ない。
マリアーネ様は眉を潜めていたけれど、あまり表情に変化はない。落ち着いた声でユリカ嬢に話しかける。
「物騒なお話でございますね。この場にはふさわしくございませんわ。よろしければ別室を用意させましょう」
「いいえ、この場で。殿下や他の方々にも聞いて戴きたいので」
「アーベンス様、先程の殿下ではございませんけれど、これ以上我を通すなら、エルセーヌ公爵家を敵に回すことになりますわ。それでもよろしいのかしら」
「はい、構いません。だって、私、真実しか話してないので」
「まあ」
マリアーネ様は目を細めて扇で口元を多い表情を隠した。ユリカ嬢はそんなマリアーネ様からずっと視線を外さない。
「なるほど、ならば受けて立ちましょう。まずは……そうですね。わたくしがセラフィカ嬢を殺そうとしたというのはどういうことでしょう」
「二ヶ月半前、セラフィカ嬢が図書塔のテラスより落下するという事故がありました」
「それは、”事故”ですわね」
「いいえ、事故じゃない。私はあの事故の前に、あなたを見たんです。あなたはずっとセラフィカ嬢を見ていた。その目はとても尋常とは思えませんでした」
「だから? ただわたくしが偶然図書塔でセラフィカさんを見かけただけでしょう?」
「その後、セラフィカさんと私はテラスから落下しました。【風魔術】に押されて」
「あら、あなたがご自分でなさったのでは? 確か、そんな噂も流れておりましたわね」
「私は【風魔術】は使えません」
「あら、ここはヴィンデュス王国です。付与魔術で、属性違いの魔術も使用可能でしょう? それに、あなたがやったことではないと仮定しても、わたくしがやったという事実にはつながりません。わたくしは確かに【風魔術】は使えますが、わたくし以外にも【風】を使える者は少なくはありませんもの」
「……記録が残っているはずです」
「そうですわね。で、その記録は?」
ユリカ様は悔しそうに唇を噛んだ。確かに学院には多くの魔術記録の魔道具が設置されている。もちろん寮や図書塔を始めとする付随施設にも。でも、その記録はを見るには学院上層部の許可を取らねばならない。一般生徒が申請したぐらいでは許可はおりない。
「ということは証拠はない、ということで間違いございませんのね」
「……今は……」
「証拠もなく、人を断罪しようとなさったの? お話になりませんわね」
マリアーネ様が微笑む。いつも通りの優しい笑顔。だからこそ、この場には不自然で不似合いだ。
ユリカ様は震えている。このままでは、自分の身を潔白を晴らすところか、返って不敬で罰せられてしまう。
「分かってる。……あたしがどんなに調べても証拠なんて何も出なかった。そればかりか変な噂ばかり広がって、いつの間にかあたしは殺人者みたいに見られてた……。振り回されるのはもう嫌。だけど、今のあたしには、もう何も出来ないから……だから、……殿下、お願い致します。証拠を、魔術の記録を閲覧できるようにして下さい。エルセーヌ様の犯した罪を、暴いてください」
ユリカ様が殿下の前に行き両膝を屈して地面につけた。これは、全てを相手に委ねる最上級の恭順の礼だ。
殿下はずっと黙って腕を組んで黙って二人の言い合いを聞いていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「ユリカ・アリス・アーベンス。お前の望みは聞いた。その上で問う。
一つは、マリアーネ・フラン・エルセーヌは公爵家の令嬢であり、お前ユリカ・アリス・アーベンス男爵令嬢及びセラフィカ・アズリを害したとしても、厳罰を与える事は現在の法では難しい。それを分かっているか?」
「……分かってます」
「もう一つ。もし、お前の言うことが万が一にも間違っていた場合、お前とお前の保護者は、高位貴族を弾劾した罪により、魔力を封じられ国外追放になる……これがどんな罰であるか、理解しているか?」
「……私の……両親も?」
「そうだ。お前の父親と母親もだ」
「……それは……だけど……あたしは間違ったことは言ってない……でも」
「理解した上で、それでもお前はお前の考えを主張するのか?」
「……お父様……お母様……」
ユリカ様は俯いて、呻く。
「だけど、だけど、あたしはやってない。何もしてない。……お父様には申し訳ないけど、私は真実を明らかににしたい。殿下、お願いします。力をお貸しください!」
「分かった」
長い時間をかけて、殿下がそう言った。
「お前の願いを叶えよう。ユリカ・アリス・アーベンス。……私も知りたいと思っていた」
そして、殿下はカミーユ様を視線で促し、カミーユ様は肩を竦めて小さくため息を付いた。
「私としては、もう少し確証をとってからと思っておりましたが、殿下の思し召しとあれば……」
カミーユ様が目配せすると、二人の男性が現れて分厚い書類の束をカミーユ様に渡した。
なんだろう、と疑問に思った私に、カミーユ様は軽く説明してくれた。
「あなたが事故にあった日前後一ヶ月の学院の魔術記録です。不正が行われないように、我らダングラルの諜報機関”隼”が取得し保管しておりました」
「ダングラル家が?」
「はい。ダングラルでは信用に値しませんか」
私は首を横に振る。ここで否定したら後が怖い。
カミーユ様は、マリアーネ様は向き直った。マリアーネ様はカミーユ様を睨みつけていた。
「カミーユ。あなたも……わたくしの敵にまわりますの」
「いいえ? 私はどちらに肩入れもしません。なにせ、私は小心者ですので、真実が見えるまでは誰の味方にも敵にもなりません」
「あなただけはわたくしを信じてくれると思ってましたのに」
「……私もそう思っておりましたよ。マリー嬢」
二人の視線が交差する。先に外したのはカミーユ様だ。
「まず、ユリカ・アリス・アーベンスが主張している、図書塔での事故の件ですが、こちらが記録です。細かい点は省きますが、事故の起こった時刻付近で落下防止の魔法陣及び【風魔術】の二つの発動が記録されています。その一つは、セラフィカ嬢の魔力を非常に酷似している。セラフィカ嬢、あなたに覚えは?」
「あ、はい。【風盾】で衝撃を弱めようとしました」
ピクリと、カミーユ様の眉が動いた気がした。
「……ああ、なるほど。分かりました。
さて、もう一つの【風魔術】ですが。こちらは……エルセーヌ公爵令嬢のものに近い。エルセーヌ嬢、あなたに覚えは?」
「二ヶ月半も前のことですわよ、カミーユ。わたくしが日常的に【風】を多用していることはあなたもご存知でしょう? 覚えておりませんわ、そんなこと。でも、まあ、図書塔で使ったのでしたら……多分、魔法陣を書き写すのに両手を塞がれて、ページをめくるのにでも使ったのでしょう」
「嘘! あなたが【風】で突き飛ばしたの!」
「カミーユ、その記録で使用した魔術は特定されてますの? 何を使ったかがわかれば、わたくしの疑いも晴れますわね」
「残念ながら、そこまでは。落下前後にセラフィカ嬢とマリー嬢の二人が【風魔術】を使ったとしかわかりません」
「あら、困ったわ。これではわたくしの無実の証明にはなりませんわね……残念ですわ」
「嘘つき!」
ユリカ嬢が叫んだ。
ふと、一つの可能性を思いついた。
確かに、この記録だけではマリアーネ様の無実の証明にはならない。でも、同時に有罪の証明にもならない。
カミーユ様が私に尋ねた時、私は使用魔術を特定して答えた。そして、わずかだけど、カミーユ様が反応した。もしかして、マリアーネ様は、カミーユ様の反応を見て、使用魔術の記録がないと判断したのでは。マリアーネ様とカミーユ様ならあり得る。
マリアーネ様を疑いたくない。
でも、もしかしたら。
最悪の可能性を考えて手が震える。
私の手を握りしめたままのアーシュにも伝わったのか、彼は耳元で「落ち着いて」と囁いた。おかげで、少しだけ震えが止まった。
最後の望みも潰えたのかユリカ様はうなだれた。そして……。
「どうして、その人は罰されないの? その人、あたしを突き落としたばかりか、どこかの男を寮に引き入れたんだよ! しかも、そいつがセラフィカさんを攫ったのに。何で? 何で、放っとくの? 公爵令嬢だから? そんなのずるいじゃない!!」
マリアーネ様が……私を攫わせた?
マリアーネ様は、私が無事で良かったって……泣いてくれたのに……それも嘘だって言うの?
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は明日17日午前0時を予定しております




