第55話
連日投稿二日目。
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――あいつら、いつの間に……。
真っ赤になって俯く少女を見て、ヒュイスの胸は少しだけ痛んだ。
でも、はにかみながらも幸せそうに微笑む少女を見ていると、何も言えない。それに、慈しむように見つめる友人を思えば、祝福こそすれ邪魔する気は起きそうにない。
これで、完全に終わったんだ、とヒュイスは思う。
とは言っても、彼らを直視するにはまだ胸の傷が疼いてしまって、つい彼女から視線を外してしまった。
外した先にヒュイスの二人の幼馴染がいた。何故か二人ともいつもは違っていた。
カミーユは。鋭い視線をセラフィカに送っている。また何かろくでもない事でも考えているのか。
しかし、ヒュイスに気づいたカミーユはすぐにいつもの仮面を被ってにこりと微笑んだ。
「何でしょうか、ヒュイス」
「……またいつもの悪巧みか?」
「それは……後のお楽しみで」
こういう顔をしたカミーユは口を割らないのを彼は良く知っている。
「変な事すんなよ」
「…………分かってますよ」
胡散臭い幼馴染にため息をつきつつ、ヒュイスはもう一人の幼馴染を伺った。
カミーユもどこか変ではあるが、もっとおかしいのはリュスランだ。
非常に剣呑でそしてどこか悲しげな複雑な表情で二人を食い入るように見つめている。
そんな彼を見ていて、ヒュイスはなんとはなく彼も自分と同じ思いをしているのでは、と感じた。
「そっか……殿下もかよ……」
その呟きにリュスランが反応した。リュスランが振り返る。非常に暗い顔で。
――おいおい、これ思ったより重症なんじゃね。
「泣けよ、殿下」
「……は?」
「我慢すんなよ。辛いだろ。辛いよな」
「……ベルノ?」
「あいつがいなかったら、とか、せめてあいつより早く出会えてたら、とか思っちゃうんだろ」
「…………」
「ちくしょー、失恋なんて割に合わねー」
「………………鍛錬所行くか?」
「あ? 殿下、付き合ってくれんの」
「気が済むまで付き合うぞ」
「マジか? いいぜ、ぶっ倒れるまでつきあってやる」
「……分かった。治療士にも声を掛けておこう……」
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午後、私は久しぶりに教室に入った。
一瞬しんとなってちょっとたじろいだ。でも、すぐに元に戻ったからホッとした。
そのまま、席に着く。途端に、クラスメート数人に囲まれた。
「もう大丈夫ですか?」
「あ、はい。おかげ様で」
「貴女は、本当に……病弱なら病弱と言いなさい」
「そうです。これからは無理なさらず、頼ってくださいな」
「は、はい?」
頬が引きつる。
病弱って私の事だろうか? そりゃあ、最近、二回も長期でお休みしちゃったけど、何もなければ至って健康なんだけどなぁ……。
「全く、きちんと食事は摂ってますの? こんなにか細くて……。耐えられるのかしら、試合は過酷なのに」
落ち込んだ。そんなにガリガリに見えるのかな……。ちゃんと食べてるんだけど。痩せっぽちなのは生まれつきなんだけどなぁ。
あれ、最後に聞き流せない言葉おっしゃいませんでしたか?
「あ、あの……試合って?」
「あら聞いてなかった? 貴女、学年代表選抜の候補にが選ばれたのよ」
「はい?」
「勝ち残れば来年の代表よ。良かったわね」
「は? う、嘘ですよね」
その時の私はきっと凄く青褪めてたと思う。クラスメートから治療所行きを勧められたくらいだから。
授業が終わって速攻でフェルプス先生の所へ押しかけた。冗談でも嘘でもなく本当の事だった。
先生は事もなげに、二回戦って勝てば代表だ頑張って来い、と言ったけれどそんなに簡単に言わないで欲しい。私は攻撃魔術が使えないんだから、どうやって勝てと……。
辞退を申しでたけれど、フェルプス先生からは笑顔で保留を言い渡され(保留といったけど、どうも受け付ける気はないように思える)少し考えて見ろと宣った。
ふらふら、落ち込んでどこへともなく歩いていたら、鍛錬所の近くで殿下にあった。
「どうした、セラフィカ、何をそんなに落ち込んでる」
「ちょっと……休んでいる間にいろいろあったらしくて」
私が代表候補のことを話すと、殿下はちょっと眉を顰めて頷いた。
「選抜戦か……」
「絶対負けます……かなりボロボロになって」
「そうでもないと思うが」
「だって、攻撃魔術が使えないんです。攻撃なしでは……」
「攻撃魔術が使えないからと言って勝てないわけではないぞ」
「だけど……」
「お前は、やりもしない内から諦めるのか」
「……」
「教官方がお前を候補に選んだというなら、攻撃術なしでも甘えならやれると判断したのだろう。ならば、きっと方法はある。なのに、知ろうともせず調べもしないのに結果を決めつけて逃げ出すのか、セラフィカ」
耳が痛かった。殿下の言うとおりだと思った。
望んで候補になったわけじゃないけど、選ばれた以上期待されてはいるのだろう。なのに、想像だけで怯えて引き下がっていいのだろうか……。
答えは簡単には出ないけど、もう一度考えてみよう。
「ちょっとすっきりしました。殿下。もう一度、良く考えてみます。ありがとうございました」
「ああ……お前の役に立てたならいい」
殿下は手を伸ばしていつものように、ゆっくりと私の頭を撫でる。
見上げると、揺らいでる青玉の瞳に私が写ってた。
「ベルノではないが……もう少しだけ早く出会えていたら運命は違ったのか。セラフィカ」
「……殿下?」
苦しげな殿下の声。殿下の雰囲気がいつの間にか変わっていた。いつもの殿下じゃない。少しだけ怖い。
「リュスランだ」
「はい?」
「リュスランと呼べ、セラフィカ」
「殿下……」
「敬称で呼ぶな。お前だけでも、私を名前で呼んでくれ」
「でも」
「他の者がいない場所だけでいい」
無理、と言いたかった。でも、そんな事を言える空気じゃなかった。
殿下の視線が痛い。沈黙が痛くて苦しい。
「…………分かりました。殿下、いえ、リュスラン……様」
「様もいらない……が、これ以上は無理か」
「……すみません」
リュスラン殿下が寂しそうに笑った。
心が痛かったけれど、これ以上は側にいられない、いてはいけない。そう心の底で警報がなった。
私は、数歩後ずさり殿下から距離を取る。辞去の礼をとって踵を返した。
怖くて……振り返ったらリュスラン殿下と目があってしまいそうで、私は絶対に振り向かなかった。
寮への帰り道でアーシュと会えた。
アーシュに縋り付いて、彼の声を聞いてやっと安心した。
アーシュは怪訝そうな顔をしてたけど、何も聞かないで抱きしめてくれた。
殿下が何をどう思っているのか……私は知らないし、知らなくていい。このまま、目を瞑って耳を塞いだままでいよう。
*****
今までが嘘のように何事もなく、一月が過ぎた。
季節は春の終わりを迎えている。
二週間前に始まった代表選抜戦も残り僅か、すでに一学年と二学年の代表は決定している。
残るは、三日後にある第三学年の代表決定戦のみ。だけど、大番狂わせもなく、殿下を除く前年度の代表と新人一人で決まるだろうと予想されている。殿下は……残念ながら、成年王族の仕事が忙しくなるらしく辞退されたそうだ。
殿下の助言に従って私も一応出場した。どうやったら勝てるか、ずっと考えては試し、何とか一回戦は勝てた。だけど、二回戦でぼろ負けした……。相手は一学年では最強って噂されてる人だったし……我ながら健闘したと思う……。| 《すごく悔しいけど……。》
今学院では、試合そのものよりも、代表選抜戦の後の祝賀会に話題が移っている。年末の小舞踏会ほどではないけど、それなり賑やかな会だから、楽しみにしている生徒も多い。
そんな中、私はある噂を聞き、その人と話をしたくて探しまわった。
「あら、アズリさん。私に何か御用かしら?」
「アーベンス様……」
ユリカ嬢は入学した頃とは大分印象が違ってる。
前は小動物みたいに可愛らしい外見だったのに、今は、長くてふわふわなハニーブラウンの髪を思い切り良く切ってしまった。見かけだけなら、小柄な男の子にすら見える。
何より今の彼女は常に一人、取り巻いていた男子生徒は誰もいない。そして、それを気にする様子もなくなっていた。
「貴女が何をしに来たのかは知らないけど、予想はつくわ。噂を確かめに来たのでしょう? 違うかしら?」
彼女は辛辣に言い放つ。でも、今の彼女の言葉には、入学当初の毒を感じられない。
「噂は本当よ。私は退学するの。来年はいないわ」
ユリカ女には、図書塔での事故境に様々な噂が流れ始めた。
『ユリカ・アリス・アーベンスは平民を差別している』
『ユリカ・アリス・アーベンスは、禁術である【魅了】を使い男子生徒を誘惑支配した』
『ユリカ・アリス・アーベンスは、ある女子生徒を狙って虐め怪我をさせようとした』
そしてつい最近の噂は。
『ユリカ嬢は学院を追放され、生家のアーベンス家は爵位及び貴族位を返上し平民となる』
――これって、「エタ☆プロ」のマリー嬢が辿った結末じゃない?
”マリー姫”は、平民を見下し、平民出身の主人公と苛め、それが発覚して学院を去る。ほぼ同時に、生家が行っていた悪事を暴かれ爵位を返上し、以降見下していた平民として修道院に入り一生を送る。
噂通りの事を本当にユリカ嬢が行っていたのだとしたら、この結末も納得できる。
でも、噂が違うのなら? 噂を鵜呑みにされて追い詰められているのなら?
私には分からない。
だから、訊いてみたかった。ユリカ嬢に本当の事を。
「アーベンス様、お聞きしてもよろしいですか。【魅了】を使って男子生徒を誘惑してたって本当ですか」
「……本当に、聞きたいのはそれ?」
ユリカ嬢は呆れたように問い返した。
「あなたは気にならないの? あなたを苛めたとか、突き落としたとか?」
「え? だって、アーベンス様にいじめられた覚えも突き落とされた覚えもありませんけど」
小舞踏会でも髪飾りを壊されたのは……”イジメ”と言うより”けんか”だよね。一応やり返したし……。
「図書塔のテラスから突き落としたでしょう」
「あれ、ですか? 一緒に落ちましたよね」
「そうよ。あなたは怪我したけど、私は無傷だった」
「そう言えば……。だけど、素朴な疑問ですけど、アーベンス様は【風魔術】は使えませんよね。どうやったら【風】なしで突き落とせるんでしょう?」
「それはあたしも聞きたい所だわ」
ユリカ嬢は薄く笑った。
「差別にしても、他の方もしてることなので、取り立ててアーベンス様だけ酷いと言うわけでもないですし……そうなると残るのは」
「【魅了】って?」
「そうです。で、使ったんですか?」
「らしいわね」
ユリカ嬢が自嘲するみたいに唇を歪めてる。
「らしい……ですか?」
「最近まで気がつかなかったのよ。【闇属性】の特性なんだって。笑っちゃうよね。あたしの周りの男達ってそれに引っ掛かったらしいの。特性を抑える魔道具つけたら、皆いなくなっちゃった。『騙された』って。あたし、知らなかったのに」
何かを思い出すように視線を彷徨わせるユリカ嬢。【精神干渉】から逃れた人もユリカ嬢も、きっと辛いだろうな……。
「特性……。だったら、早く制御方法を見つけた方がいいです。一刻も早く」
特殊属性である【光属性】【闇属性】だけに発現するという特性魔術。私も【光属性】の【癒やし】を持っている。
周りの精神を安定させる【癒やし】、聞くだけなら素晴らしい魔術だと思うだろう。だけど、本当はとても怖い。この魔術は術式を使わないから【無効化】は効かない。無意識に展開するから常に周囲の人に影響を与えてしまう。そして、効果は【精神干渉】で習慣性も高い。
だから、マーク先生は、”特性制御”を何よりも優先して教えてくれた。
「今は魔道具で抑えられてもいつかは効かなくなるかもしれません。その前に、制御方法を身につけてください」
「それって、忠告?」
「はい。私も同じ特性持ちなので他人事ではなくて」
「……あなたさ、あたしはこの能力で『フィリス』を誘惑しようとしたのよ。それでも怒らないの?」
「……気分は良くないけど……アーシュには効かなかったし」
「……ほんとはあたしが主人公なのよ。あたしがその気になって【魅了】を使えば、彼も堕ちると思うけど?」
「主人公にだってアーシュは渡しません。……それに、アーシュを信じてるし……」
「……ごちそうさま。……あーあ、なんであなたなんかに負けたんだろ、あたし。ほんとバカみたい」
ユリカ嬢は、呆れたように首を横に振ってる。
「こんなお人好し大馬鹿娘に『フィリス』取られたー。ゲームとは違うけど結構気にいってたのに。このあたしが、こんなお馬鹿な子に……あわれだー、あたし」
馬鹿馬鹿連呼されてちょっとグサって来た。お馬鹿なのは知ってるけど……泣きたくなる。
「でさ、あなた、本当にバグじゃない? あなたの転生者なんでしょう?」
「転生者です。ユリカ様も、でしょう? でもバグじゃありません。私は別にゲームを変えようとはしてません」
私が積極的に変えようと行動したのは、「フィリス」ルートの過去イベントのみ。だけど、ほぼ結果は変わらなかった。
「確かにゲームとは同じような世界であって同じ世界じゃないのよね。あなたが”バグ”だから、世界が変わったんだと思ってたけど、他のルートの変化も考えると難しいか」
ユリカ嬢はそう言って考えこんだ。私も言葉が出ない。
「もしかしたら、バタフライ効果……かもしれない。ずっと以前に私達の知らない何かがあって、それでこの世界に歪みが出来た。
だけど、もしそれが正解であってもなくても、この世界に閉じ込められたあたし達には知りようがないわね」
「……私にはさっぱりわかりません」
「そう? まあ、あなたはそれで良いんじゃないの。随分馴染んでるみたいだし」
気がつくと、最初の頃とは違って、吹っ切れたようなユリカ嬢がいた。
「ああ、それとね。一応言っとく。噂は本当だけど、真実じゃない」
「はい?」
「あたしは転校する。だから来年はこの学校にはいない。実家はただ税金が払えないから爵位を返上する。だから平民になる。ただそれだけよ。追放でも没落でもないから。それに、あたし、戻ってくるつもりだから。一年別の学校でみっちり特性の制御を身につけてまたこの学院に編入してくる。だけど、その前に……」
ユリカ嬢はニヤリと笑った。
「馬鹿な噂の落とし前はつけさせてもらうわ。あたしは主人公だもの。このゲームのエンディングはあたしが選ぶ」
私を睨みつけたユリカ嬢。
「この役は誰にも譲らないからね」
お読みいただきましてありがとうございました。
(注)代表選抜戦については、本筋にあまり関係がないし、長くなるので省かせていただきました。いずれ番外として更新出来たらと思っております。
次回は明日16日の午前0時を予定しております。