閑話 初恋
5日連日更新の最終日、二話目。
本日2話同時に更新しております。この話より来られた方は、前話からご覧下さい。
アーシュ視点。短めです。
最初の発作に襲われたのは、確かフロワサールに引き取られてから二ヶ月くらいたった頃だったと記憶している。場所は、アズリ家の図書室。魔術の授業で使う魔道書を探していた時だった。
不意に心臓が鼓動を刻み始めた。冷や汗も出る。
耳元でライル兄上の声が再生された。
『可愛いフィリス』
『こちらにおいで』
ライル兄上の声が二重に聞こえる。真逆の言葉として。これは……僕が過去に浴びせられてきた言葉か。どちらが真実のライル兄上の言葉なのか。
『君は悪い子だ』
『生きてるのが不思議だよ』
吐き気が込み上げてくる。
僕は、悪い子で生きてちゃいけない子供なんだ。本当はもう死んでいないといけない。
でも、死にたくない。怖い。
絶望が僕の中にいっぱいに広がって……小指たりとも動かせなくなった。
そのまま、図書室の隅っこで、ライル兄上に見つからないように、何時間の小さく丸くなっていた。
どのくらいの時が過ぎたか。
細くて高い女の子の声がした。
「アーシュ?」
セラだ。セラが僕を探してる。
返事をしようとしたけど、声が出ない。
「アーシュ、いないの?」
最後の方、セラの声が震えてた。
泣きそう? どうして? なんで、セラが泣くの?
「いない……アーシュがいない……どこ」
ああ、まずい。出て行かないと。セラは寂しがりやの泣き虫なんだ。泣かせたくない。でも動けない、どうしよう。えい、動け、僕の身体!
やっと伸ばした手の先に、古い本があった。その分厚い表紙を指先で引っ掛けて落とす。パラリと聞こえるか聞こえないかの小さな音がした。
セラが僕に気がついた。
「アーシュ、見つけた。隠れんぼ?」
声が出せなくて、僕は首だけ振って否定した。
セラは目を丸くして僕を見たけど、すぐに僕の隣に腰を下ろす。
「一緒に入れば怖くないよ」
「だめだよ、ぼくは”悪い子”だからここにいちゃ……」
「悪い子? アーシュが? まさか」
「悪い子なんだ」
だから、僕の側にいちゃだめなんだ。
でも、セラはさんな僕に寄り添って離れなくて。
「アーシュは悪い子じゃないよ。それに……悪い子だって、私はアーシュといたいよ」
何とも言えない感情が湧き上がって……泣きそうになって耐えた。いつの間にか、恐怖が消えていた。
二度目は……どこだったか。
時間も場所も記憶から消えてる。ただ、苦しくて苦しくて、つい「死にたい」と口走った覚えがある。
その時は、セラが直ぐ近くに来て「いなくならないで」と泣き出して、ずっと泣きやまなくなった。
僕の方はそれで驚いて、絶望感も恐怖心もすっかりどこかに行ってしまった。
それから、暫くセラは僕にくっついて離れなかった。
三度目は……そこからは、結構頻繁に幻聴と吐き気と絶望感が襲ってきていて、どれがどれだったのかひどく曖昧だ。
夜になると、夢の中までライル兄上が追いかけてきて迫る。
『フィリス、君はそこにいてはいけない』
『帰っておいで』
眠るのが怖くなった。一晩中起きているようになった。
そんな日が何日も続いた日の朝、セラとエリーが僕を訪ねてきた。クロとチェルシーを家来みたいに従えて、大きなバスケットを誇らしげに抱えて。
「アーシュ、行くよ」
「……どこに?」
「ピクニック!」
そうして連れて行かれたのは。
「アーシュ、こっちよ」
セラが僕を引っ張っていく。フロワサールの小高い丘に向かって。
「わ、引っ張らないで、セラ。……どこに行きたいの?」
「丘! 桜草が咲いてるの!」
丘の上には元のセラの髪によく似たピンクの可愛らしい花が所一面に咲いてた。
セラとエリーは敷物を広げて、バスケットからお菓子や飲み物を沢山取り出してる。
クロとチェルシーはいつもみたいに仲良くじゃれあって、ややもすると桜草を潰しそうになる。
そんな彼等を見て、セラは幸せそうに笑ってた。
「セラ?」
「皆一緒、たのしいね」
セラが笑うと、僕の楽しくなる。そうしたら、セラはもっと笑顔になる。きりがない。
だから訊いてみた、なんで、そんなに笑えるの、って。そうしたら。
「アーシュがいてくれて嬉しいから」
参ったよ……。
「アーシュ、大好き」
ほ、本当に?
「兄さまも、クロちゃんも、皆大好き」
僕だけじゃないんだ……。
ショックだった。
横を見たらエリーが勝ち誇ったようににんまり笑ってた。
なんかわからないけど悔しくて、ふてくされて寝転がった。そこまでは記憶がある。
……気がついたら次の日になってた。夢を見なかったのは久しぶりだ。
ずっと眠ってたんだって。それまで眠れなかったから仕方がないって、養父さんと養母さん言われた。
後から聞いて知ったんだけど、その時、僕はエリーに背負われて帰宅したらしい。聞いた時は、ものすごくへこんだ。
確かに、僕はエリーのより、ちょっと……そ、その、かなり小さいけどさ。あいつより半年も年上……。セラと同じくらいにしか見られてないけど……。ああ、大きくなりたいよ……。
フロワサールへのピクニックはそれから何度も行った。
駆けっこ、鬼ごっこ、隠れんぼ。
何をやってもエリーには勝てない。だから、花冠作りに挑戦した。どうしても、エリーに勝ちたい、そしてセラの笑顔を見たい。セラそっくりの桜草を使った。セラ、喜んでくれるかな?
でも初めて創るそれは、見るも無惨で出来栄えで。
「落ち込まないで、アーシュ。次はきっと上手くできるよ」
「……そ、そうかな」
「じゃ、これは、俺がもらっとく」
「エリー兄さま、だめ! それ私の」
「やだよー。もう貰った」
なんで、そんな無惨な花冠取り合いしてるの? 僕はおかしくて笑いが止まらなかった。
それから……密かに花冠づくりに没頭した。マーク先生に無理行って【保存】の魔術を教えてもらって、桜草がなかなか枯れないように工夫もした。……その時した工夫と努力は、後で魔道具作りに生かされてる。
そうやって、花冠の自信作が出来たけど……。一度もセラにもらって貰ったことはない。
なぜなら……。
「エリー!! 返せ」
「やだよ」
「もう、仕方ない。【風刃】」
「へー、やる気か。受けて立つ。【風盾】」
「やだーやめてー。桜草が散っちゃう」
「あ、せ、セラ。泣かないで」
「嫌い、兄さまもアーシュも嫌い!!」
セラに嫌われた。
心が痛い。泣きそうだ……。
『嫌い』って凄く嫌な言葉だ。聞きたくない。
もうその頃には自覚してたさ。
僕はセラが……セラフィカ・アズリが好きだって。僕の初恋だったって。
セラは僕が苦しんでるとそっと側にいてくれる。
青い顔をした僕を何も言わずに寄り添ってくれる。
だから、どんな強い”揺り戻し”が来ても耐えられるようになった。
もう、死んだ方がいいなんて思わない。だって、それはセラが望まないから。
僕は、何も望まない。セラが笑っていてくれればそれでいい。セラが側にいてくれるなら、どんな試練でも耐えられる。
セラ……好きだよ。今までも、これからもずっと。
愛してる。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は、GW開けの火曜日頃を予定しております。少々間があいてしまいますが、GW中は時間が取れないのですみません。よろしくお願いします。
5/10 追記) 火曜日予定の更新ですが、少しだけ遅れます。今週中には更新しますのでもう少しだけお待ちください。




