閑話 冬枯れ
うっすらとですが、死の表現があります。
また、流血・残酷表現も有りますのでご注意ください
「く、…くく……はは……」
何もない地下牢の壁にもたれ、彼はずっと楽しそうに笑っていた。
――どうやってあの罠を逃れた? どんな魔術を使った? 教えた通りなら抜けられないはずだ。くそ、やっぱり【遠見鏡】でも仕掛けておくべきだったか。
もう、何時間考えを巡らせているだろうか。教え子達の活躍を実際にこの目で見たかった。自分が持てるい力をすべて注いで作りあげた作品を突破された今、心残りはそれを目の当たりに出来なかった事だけだ。
「楽しそうですね。クラウスさん」
そんな彼に呆れたような声が掛けられる。
いつの間にか、彼の前に一人の青年がいた。ネズミ一匹入れないと言われる厳重な王城の地下牢にどうして、と普通なら思うだろうが、ヨランディはそう思ってはいない。
「よお、遅かったじゃねえか」
「これでも急いだんですよ。こんな時に貴方が捕まるのが悪い。おかげで苦労しました」
「へぇ。苦労ねぇ。放っといてくれても文句はないぜ」
肩を竦めて戯けてみせるヨランディ。だが、その顔色は良くはない。
――俺もここまでか……。
不意に彼の脳裏にある光景が広がった。
『なんで、俺たちだけがこんな目に合わなければならないんだ!』
凍りつく真冬の風に曝された不毛の大地に立ち叫んでいるのは過去の自分だ。
『覚えてろ。きっと返り咲いてやる。お前らにも同じ目に合わせてやる!!』
*****
彼の過去の名は、クラウス・イアデル・ベニト。
ヴィンデュス王国の建国当時から続く名門の魔術系貴族ベニト家の一子として誕生した。ベニト家は上位貴族の一角を締めており、婚姻によって遠くはあるが王家とも縁をつなげ、権勢は揺るぎなかった。
彼自身も早々と才能を開花させていく。
溢れんばかりの魔力と光属性を除く属性の加護を受け、潤沢な教育を授けられ、いつしか「ベニトの神童」と称されていた。
だが、本人はその己にふさわしいとは思っていない。彼よりも多くの魔力と才能を持つ友人がいたからだ。
彼女は……「【異能】のメルローズ」と呼ばれる二つ年上の薄茶の髪の幼馴染だった。
『クラウス、わたしの夢はね』
彼女の話し方は少しゆっくりとしていて、耳に心地よい。聞いているだけで落ち着く。
『先生になるの!!』
『……教師? 魔術の?』
『ううん。”先生”。魔術だけじゃなくて、もっといろいろな。文字や計算や、他にももっと』
メルローズの魔術は優秀だ。ただの”先生”になるにははもったいなくて魔導院の許可はでないだろうな、とクラウスは思った。
『難しいんじゃないかなぁ』
『でもでも、子供って皆可愛いじゃない? こう、ぎゅーーってしたくならない?』
『ならない。第一、よその子にそんなことしたら、ご両親が怒ると思う』
『……そうかぁ。だったら、自分の子だったらいいのかな?』
『自分の子?』
『そう、わたしの子。わたしがお母さん。……クラウス、お父さんにしてあげても良いよ』
その時、自分は十歳になるかならないか。メルローズの言葉を聞いて頭に血が上ったのを覚えている。残念ながら、何と答えたかは覚えていない。
そんな幸せな日々も長くは続かなかった。
彼が魔術学院に入学して直ぐ、王都を二分する勢力闘争に引きずり込まれたのだ。
当時の国王は年老いていた。
後継者候補は二人。
第一王子、イェール・ジェラルドと第二王子ジャン・アルフォンスである。母は違うが共に正室の王子(前者が前正室の子、後者が現正室の子)であり、等しく才能に恵まれ、等しく育っていた。違いはと言えば、兄は情が深く僅かに溺れ、弟は武に傾き僅かに傲ったことぐらいか。
慣習に従うなら、第一王子ジェラルドが成人後に立太子するはずであった。
ところが、かの王子が成人の十八を迎え、二十歳を過ぎ妃を迎え家族を構えても尚、王は無言のまま。後継の話はない。
そうしている内に、第二王子が成人し、軍を率い武勲を立てた。
こうなると、世情は荒れる。
曰く「第一王子は王の器ではなし」
曰く「王意は第二王子にあり」
曰く「第二王子こそ次代の王である」
当時の王が何を考えていたのか、それはあまりに沈黙が過ぎては推し量れない。
だが、当然の結果として、内乱が起こった。
クラウスの生家ベニト家とメルローズの生家ティリエ家は、第一王子に与した。
しかし、内乱は第二王子の勝利で終わる。第二王子は王の継承者として立太子として立ち、政局は定まった。
ティリエ家もベニト家も罪を問われた。
ティリエ家は第二王子派の伯爵家の後妻に娘を差し出し罪を減じられた。
そして、ベニト家は……。
『なんで、俺たちだけがこんな目に合わなければならないんだ!』
クラウスが叫ぶ。
目の前には、魔獣に襲われて倒れた家族の亡骸がある。
彼等は一級政治犯として「国外追放」の懲罰を受けた。勿論、魔力を封じられて。
その結果が……これだ。
偶然、魔力封じの魔道具が壊れなければ、彼もまた同じ道を辿っていた。
『覚えてろ。きっと返り咲いてやる。お前らにも同じ目に合わせてやる!!』
あの時の何もかも焼きつくすような激情を、彼はずっと忘れられないでいる。
*****
「だからですね。 我々と結び、リュスラン王子を殺そうとした」
「さあな」
青年が酒瓶と、それよりずっと小さな白い瓶を手渡した。
ヨランディの顔が小さく歪められたが、青年は動じない。にこりと微笑みを浮かべる。
「クラウス・イアデル・ベニト殿。貴方にはいろいろ役に立って戴きました。感謝します」
「それはこちらも同じだ」
彼は、『外』で生き残り、さんざん苦労して王都に入り込み、この青年達と出会って協力関係を結んだ。
その過程で、新たに「ナダル・セツ・ヨランディ」を名乗り、伝手を駆使して学院に入り込み、現在は国王となった第二王子の子と出会った。
かの王子は……王の子らしくまた王の子とは思えない変わった王子だった。
そして……彼女から【異能】の才を受け継いだ子供にも会った。
青年達に依頼された研究は学院の知を利用いて五年がかりで完成させた。後は、これを使って念願を果たすまで。それに……。
「……おまけに、あいつの夢の”先生”もどきまでやれたからな……」
尤も、メルローズが思っていた”先生”とはかけ離れていただろうが。
「俺の罠から生還できるほど成長した……喜ぶべきことだろうな」
「……私にはわかりかねますが、……嬉しそうですね」
「そうか? そうかもな……」
ヨランディは、再び笑った。
「で、これからですが」
「……言わなくてもいいさ。俺の末路なんか決まってる。……ディート王子、後はあんたの番だ」
この眼の前の青年は、あの内乱の後、第一王子派が次々と倒れる中たった一人生き残った忘れ形見の王子、ディート殿下だ。
「分かってます。後の事はご心配せずに。貴方の志は、我々が引き継ぎます」
「ああ、よろしくな」
そうして、ヨランディは、小瓶を飲み干す。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「只今戻りました」
「ディート様、お帰りなさい。ご守備は」
「ああ、完了した……でも、あまり気分のいいものではないが」
「だから、ディート様ご本人が行かれる事はなかったのですよ。私が代わりに参りましたのに」
「いや、王城の結界の状態も確かめたかったし、試運転にはちょうど良かったんだ」
「そちらの具合は?」
「上々。魔道塔にいる仲間が上手くやってくれたようだ。これなら本番もなんとかなる」
「それはようございましたね」
従者が差し出した水を口に含み、ディートはやっと重苦しかった気分を吹っ切った。
それにしても、と彼は思う。
「なあ、”天才”の考える事って全然分からないな」
「何か有りましたか?」
「いや、あの、洞窟の事さ。研究所の始末をつけるのと、リュスランに恨みを晴らす為とか言っておいて、なんで、あんな罠を仕掛けたと思う?」
「……それが何か?」
「奴を殺す為と言うなら、転送した時点で洞窟ごと破壊すれば、証拠も一切出ることなく王子を始末出来ただろうにと思ってさ。なんで、あんな罠を仕掛けたか、私は分からない……結果、リュスランは生き残って計画は失敗した」
「……そう言われるとそうですね」
「まあ、いい。計画にさほど変更派ない。後は……少し奴らの勢力をそいでおくか……例の件、進めておいてくれ」
「了解しました……。もう少しですね、王子」
「ああ、もう少しの辛抱だ」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
凍りつくような冬の朝。
ナダル・セツ・ヨランディは二度と目覚める事はなかった。
ただ、その顔にはうっすらを微笑みが浮かんでいたと言われている。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回より第四章に入ります。
次回の更新ですが、ちょっと体調を崩してしまいましたので、一回お休みさせてください。体調次第ですが、22日か23日頃に更新したいと思います。詳しい日時は、近づきましたら活動報告にてご報告致します。よろしくお願いします。




