第43話
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――トントン
「よろしいでしょうか」
「良いぞ、入れ」
魔術学院実技指導室を訪ねたのは、本来なら二週間の魔獣討伐に出ているはずのカミーユ・ダングラルだ。彼の姿を見とめた第三学年実技担当教官ナダル・セツ・ヨランディは僅かに眉を潜める。
「ダングラル? お前、実習はどうした?」
「……いろいろと有りまして、不参加となりました。ヨランディ教官こそ、生徒に付いて行かなくて構わないのですか?」
「あー俺か? 俺はもう退職するんだよ。そっちには新任が行ってるはずだ……で、俺に何か用でもあったのか」
「あります。お尋ねしてもよろしいですか?」
「良いぞ~。どうせ最後だ、何でも訊け。あ~、プライベートの事とかは勘弁な」
いつものように気さくな態度のヨランディに対し、カミーユは愛想の欠片もない無表情だ。ただ、いつもよりずっと余裕がなく感じる。
「では、単刀直入に。リュスラン殿下がいなくなりました」
「何だと? 何時からだ?」
「いつ、ですか……五日ほど前でしょうか? 鍛錬場の前で」
「大事じゃないか! 王宮に連絡はしたのか? 学院長には?」
「……事が事ですので内密に探しておりますが……未だ何一つ手がかりがありません。教官、何かご存知ではありませんか?」
常に冷静なカミーユが今は感情的になリ、無表情の仮面が落ちかけている。
「そうか……残念だが、俺は何も知らん」
「……そうですか」
とその時、実技指導室の戸を叩く音がし、男が入っていきた。彼がカミーユに囁きかけると、カミーユが僅かに破顔した。
「そうですか……それは良かった」
「何かあったのか?」
「見つかったようです」
「な、何だと……あいつらは生きているのか?」
「……彼等ですか?」
態とらしく首を傾げるカミーユ。
その瞬間にヨランディは失態に気がついた。にっこりと微笑むカミーユを僅かに睨みつけ、すぐに元の気さく教師の仮面をつけた。
「それは良かった。お前も早くリュスラン殿下に会いに行った方が良いぞ」
「言われなくても行きます。……少々、お話を伺ってからですが」
「……俺は忙しいんだが」
「承知してます。お時間は取らせませんよ。……教官、昨年の秋に第三学年のシャルマンの魔法陣作成の相談を受けてましたよね。覚えておいでですか?」
「さあな? 俺に相談に来る奴は沢山いるから、どいつの事だかさっぱり見当もつかないな」
「そうですか。随分親しくされていたと聞いていますが。また、彼がブルムスターを嫌っていたのはご存知でしたか。ですが、まあ、教官が知らないとおっしゃるならそうなのでしょう。
それと、ユリカ嬢とも何かと親しくされているようですが? 精神干渉系魔道具”銀の靴”の送り主は貴方ですね。代わりに何をさせたのですか?」
「ああ、贈ったぞ……セラフィカ・アズリにな」
「……なるほどそう来ますか。では、学院指定業者以外と接触して、大量の魔石を購入されてますね。その中に呪術に特化したものがあったのはどう言い訳されますか?」
「俺は教師だぞ? 業者ぐらい個人で取引することもある」
「闇魔術の教科は担当外だったのでは?」
「実技には必要だ」
「……そうですか」
「納得したなら、早く帰れ! 俺は忙しい」
「分かりました」
あっさりとカミーユは引き下がるかと思えたその瞬間、十数人の騎士が突入してきてヨランディを取り囲む。ヨランディは不承不承ながら手を上げて恭順の意を示す。
「……強引な奴だな……。俺を捕まえるには根拠が薄すぎるだろうに」
「いえ、十分ですよ。貴方を……横領の罪で拘束するにはね」
「は? 横領?」
「貴方は、学院購入の魔石及び魔道具を私的に流用、隠匿しましたね。証拠は沢山有りますよ。お見せしましょうか?」
「は?」
「ついでに言いますと……この学院は王家の出資で成り立っておりますので、その学院の財を勝手に持ち出せば、王家に対する反逆罪と同じとも言えますよ」
「……言えるか! 詭弁だろうが!」
「そうですか? そうなりませんか、殿下」
「流石に反逆罪はないと思うぞ」
カミーユが極上の笑みを浮かべて振り返ったその先には、少々疲労した様子のリュスランがいた。
そんな王子ををヨランディが呆然と口を開けてみていた。
「リュスラン殿下……本物か……? 無事……みたいだな」
「教官……貴方が仕掛けた罠は見事だった。何度も死にかけたぞ」
「……は、はははは」
急にヨランディが笑い出した。
「本当にアレを抜けたのか、お前等! 絶対無理だと踏んでたんだけどな」
「ヨランディ教官。一つ聞きたい。何故、私を狙った」
「……さあな」
「何も言わないつもりか?」
「俺の罪は”横領”だろう?」
ヨランディは悪びれない。
カミーユとリュスランは顔を見合わせた。確かに現時点での確たる証拠はない。
「分かった……これからじっくり聞いてやろう。連れて行け!」
騎士たちがヨランディを拘束し、引き摺っていく。すれ違いざまに、彼ははリュスランの耳に囁いた。
「アレは俺の最後で最高の出来の授業のつもりだったんだが。お前らいいパーティーだよ。褒めてやる。よくやったな」
そう言い残した彼の顔は、いつもの教師としての彼のものだった。
*****
「殿下、お体はいかがです}
実は、リュスランが生還してから二日もたっていない。こうして立っているだけでも気力を尽くしている。現に、彼と共に生還した三人はまだ誰一人として目覚めてはいない。特に……。
「セラフィカ嬢の事は聞きました……予断を許さないとか」
リュスランは己の掌を見る。最後の記憶が確かなら、今この腕が動くこと自体が奇跡としか言いようがない。それほどの酷い傷だった。二度と剣を持てなくなると覚悟したほどには。
「ああ……最後に私達を治癒して倒れた……。その前にも病を発症していたからな……無理をさせた」
「そうですか……。早く良くなるといいですね」
――本当にそうだ。早く良くなって帰って来い。
リュスランは、今はただそれだけを願っていた。
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「お……じょ……ま」
――やだ、やだやだ。
「おじょ……さ……」
――戻ってきて……目を覚まして!
視界がぼやける。それでも、……アーシュは生き返らない……。
――諦めたくない……お願い……私を、一人にしないで……アーシュ
でも、彼の身体はいつまでも冷たいままで……どんなに魔力を注ぎ込んでも、反応がなくて。
「いやーーっ」
「お嬢様!!」
揺すぶられて目が覚めた。
目の前は、キーラがいて……ここは三ノ壁内のアズリ家の私の部屋だ……。
「ここ……私の……」
「ええ、そうですよ。お帰りなさいませ、セラお嬢様」
「……皆は?」
「無事ですよ。お嬢様が落ち着かれたらお呼びしますね。……こんなにお泣きになって……。ちゃんと冷やしましょうね。じゃないと後で腫れちゃいますよ」
そう言われて気がついた。私、寝ながら泣いてたんだ……。
まだ頬に残っていた涙を拭って、意識して口角を上げてみる。上手く行ってるかな……。
「ありがとう、キーラ。あと……心配掛けてごめんね」
それから。
父様とエリー兄が来た。
二人から私達が生還した後の話を聞いた。もう七日も経っると聞いて驚いた。そんなに寝てたのか。
最後に一番聞きたくて、でもなかなか勇気がでなかった事を尋ねてみる。
「エリー兄……アーシュは?」
「ああ、あいつか……明日になればわかるよ」
「……! 無事なの? まさか」
「あー、大丈夫。生きてはいるから」
「……生きてはいるって……意識はあるの? 後遺症とかは?」
「だから、明日になればわかる! 落ち着け、このお馬鹿妹!」
ぺし、と頭を叩かれた。痛かったけれど、確かにエリー兄の言うとおりだ。大人しく明日を待っていよう……。
*****
「セラ!」
アーシュが来た。
私は無言のまま駆け寄って……アーシュの心臓の音を確認する。
とくとく、って鳴ってる。ちゃんと動いてる。
「え? せ、セラ?」
そして、アーシュを見上げて顔色を確認する。少し赤い顔してるけど……変わったところはないみたいだ。
「アーシュ、後遺症とかない?」
「あ、ああ。ないよ。大丈夫」
「……よ……」
「よ?」
「よ……よかっ…………たぁ……」
安心した途端に涙が溢れてきた。
「アーシュ……心臓……止まって……」
「せ、セラ?」
「…………ち……治癒も……効かなくて……」
「ご、ごめん」
「……し、死んじゃうんじゃないかって……もう会えないかって……」
「僕は生きてるよ……ごめん。心配させて」
アーシュの手が私の背に回されて、私はすっぽり、彼の腕の中に納まった。
そのまま、どうしても涙が止まらなくて……慌てる彼に申し訳ないと思いながらしばらくそうしてた。
――ああ、アーシュ、生きてる。
やっと、彼の生還を実感出来た。堂々巡りだったあの悪夢が少しづつ薄くなる。
でも……。
もしかしたら、またこんなことがあるかも。そんな不安が頭を擡げる。
二度と、アーシュを失いたくない。こんな思いはしたくない。
そう思った瞬間、するりと”その言葉”が私の口から滑り出た。
「アーシュ、もう、もう私を守らないでいいよ」
「……セラ?」
彼が不思議そうに目を瞬かせてる。
「……私、アーシュに傷ついて欲しくない」
アーシュは優しい。私や殿下を守るために自分を犠牲にしてしまう。あの洞窟で、皆を助けるために最後まで留まったように。その行為は……とても嬉しくて……とても悲しい。
「……だから……私を守らないで……私は大丈夫だから」
何が一番嫌なのか、それは、私を守ってアーシュが傷つく事だと、今やっと分かった。
「あの時、カームと使って私だけ助けようとしたよね。目の前で、アーシュが濁流に呑まれて……私、悲しかったの……嫌だったの……。だからもう」
もう一度、彼の心臓の音を確認する。それはちょっとだけ早くなってて……何だか不安になる。
「だから……」
「セラ、聞いてくれる?」
アーシュはそう言って少しだけ私を離した。真剣な光を帯びた青緑の瞳が見下ろしてくる。
「僕は後悔していないよ。もう一度、同じ状況になったら同じ事をする。例え、僕が死んだとしても」
「でも、死んでは駄目、嫌なの」
「うん、分かってる。僕もね、君が僕を助けるために無理して……ずっと生死の境を彷徨ってたのを見て、同じ事を思ったよ」
「え? 私……そんなに重病だったの?」
「そうだよ。僕もずっと不安だった。君がいなくなるんじゃないかと思って。だから、君の気持ちはわかってるつもりだ」
そんなに心配を掛けてしまったのか……。私は凄く申し訳ない気持ちになり、顔を伏せた。
「ごめ……」
「謝らないでね」
ぽとり、とまた涙が頬を伝っていく。
「君の気持ちはわかる。けど、僕は何度でも同じことをする。君がいなくなるのは嫌だ、どうしても我慢出来ない。だって」
アーシュが私を再び抱き寄せた。ぎゅっと、強く。
「僕は……セラが好きだ。君が一番大事なんだ。……僕には君を守らないなんて言えない……言いたくないんだ」
す……き?
アーシュが……私を?
世界が真っ白になった。
もう何も考えられない……。
お読みいただきましてありがとうございました。
第三章本編はこの回で終了です。閑話をはさみまして、第四章に入ります。
次回の予定ですが、所用のため火曜日の更新は一日遅れの水曜日、3月16日を予定しております。よろしくお願いします。




