第42話
今回戦闘描写があります。流血、残酷表現もありますのでご注意ください。
キメラ型魔獣が封じられた氷塊を前に、私はエリー兄からの合図をただ待っている。
合図が送られたら直ぐ様、【風結界】で実験場の壁を支えられるように。
エリー兄が最終的に出した答え、それは、全戦闘力を持って魔獣を倒し、崩壊までの時間差で【転移】を展開、帰還するという荒業だ。
キメラ型魔獣に組み込まれた魔法陣には、キメラの生命を鍵として莫大な【炎】の魔素を封じていた。
また、【転移阻害】の魔石は、キメラ型が生存している間はずっと展開し続ける。
つまりは……キメラ型を倒さなければ【転移】が使えず、しかし、キメラ型を倒せば【炎】の暴走により洞窟は崩壊するという、どちらを選択しても結果はほぼ同じという非常に悪辣な罠だ。
残念ながら私達には、この罠を回避する術はない。
だから、エリー兄は敢えて敵の罠に飛び込むことを選択した。
私がするべきことは……エリー兄の合図で【風結界】で実験場を覆い尽くす事。壁や天井の崩落を支えうるだけの厚くて頑丈な、そして”内側”の熱を決して外に漏らさないようアレンジを加えた結界を、体力の尽きるまで維持する事のみ。
緊迫した空気が漂っている。
一発勝負。
失敗は死に直結する。
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気合を上げて、リュスランが氷塊を叩き割った。
キメラを封じた魔法陣は、氷とともに輝きながら砕け散っていく。
衝撃で出た氷霧が晴れていくにつれ、黒々とした山のような体格が露わになっていく。
のそり。
のそり。
キメラ型魔獣がゆっくりと一歩踏みだした。肩から生えている何本もの脚が、お互い擦れ合ってカタカタ鳴っている。眼窩は窪み、目は白濁し生命を感じさせない。それでも、かの魔獣の歩みは止まらない。
凍ったように動けない人間たちの前に立ちはだかり―― 咆哮をあげた。
エリーが放った【氷弾】が弾幕と化してキメラの額にある魔石にめがけて襲いかかる。途端にアメーバがその身体を伸ばし魔石を覆って直撃を回避した。
更に、【氷弾】を放ち続ける。嵐の如くキメラに襲いかかり、煩わしく思ったのかキメラがその肩から生えた足で払いのけた。口径の小さな【氷弾】では、固い甲殻は貫けない。
だが、それは折り込み済み。彼は囮だ。反対側からはリュスランが肉薄している。魔力を剣に込め、一閃。リュスランの剣は今にも魔獣の甲殻を砕くかに見えた。
しかし、剣が届くことなかった。ムクリと蠕動したアメーバが宿主を守ろうとその剣を柔く受け止める。鋭い剣先は勢いを殺され、ズブズブとアメーバの中に沈み込んでいった。
その光景に、にやりとリュスランが口角を釣り上げる。
「【光炎】」
剣の中に秘められた白い炎が、リュスランの一言で解放され寄生種アメーバを内側から焼いた。
苦しそうに蠕動し、アメーバがもがく。徐々にその体積を縮小させ、やがてぽとりとキメラの足元に落ちた。
その瞬間。
キメラ型魔獣が二度目の―― 狂気と苦痛に満ちた雄叫びをあげた。
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ビリビリと空気が振動する。
――哀れだな……
狂った悲鳴にアーシュリートは一種の哀れみを感じる。
あの魔獣が氷塊の中にいる時から予想していた事だ。
キメラ本体を形成する剣虎型魔獣はすでに死の淵に片足を掛けている。それをキメラとして生かしていたのは、あの魔法陣を刻まれたアメーバが寄生していたからだ。その寄生者がいなくなった宿主はどうなるか。この答えが今目の前にある。
魔獣は人を受け入れない。人の姿を見ただけで攻撃排除しようとする。
それが魔獣の本能であるのに、目の前の魔獣はアーシュリート達に目もくれない。
剣虎は己の肩から生えた甲殻に喰らいつく。
甲殻もまた、己の本体を飲み込んでいる剣虎を刺し殺そうとしている。
甲殻の脚が剣虎の肉体を貫き濁った血液と腐肉が飛び散った。
――とても見てられない。
「……哀れだ。楽にしてやろう。アーシュリート、切り離せ!」
同じ事を思ったのだろう。リュスランが命じた。
彼の命に応じて、アーシュリートは【風魔術】を展開し、甲殻の脚を本体ごと抉り取って飛ばした。飛んだ先はリュスランの元。すでにリュスランは戦闘体勢に入っており、彼の剣は襲いかかった甲殻型魔獣の爪を受け止めた。
問題は剣虎の方だ。
狂った理性のまま、重荷がなくなった剣虎は本来の敏捷な動きを取り戻し、近くにいたエリーに襲いかかっている。エリーは身軽にいるが、脚を止めないと危ない。
アーシュリートは、【雷放電】の術式を展開し始めた。
しかし、剣虎を躱したエリーを、突然横合いから甲殻型魔獣の爪が襲いその足が止まる。
そのままエリーは剣虎に跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられ動かなくなった。
「エリー!!」
「エリー兄!!」
セラが悲鳴を上げてる。実験場を覆っていた結界が初めて揺らいだ。
結界が揺らいだその一瞬、剣虎の動きもまた止まる。
「逃すか!」
術式が完成し、雷撃が剣虎を貫いた。
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圧力を持った白光が充満する。
轟音が空気を揺るがす。
アーシュが放った【雷】が剣虎を、時を同じくしてとリュスラン殿下の【炎】が甲殻型魔獣を焼きつくした。彼等の魔術は、私の張った【風結界】を大きく揺さぶった。
振動に揺らいだ結界を元に戻すために、更に魔力を注ぎ込む。一瞬気が遠くなる。でも耐える。まだ、駄目。まだ終わってない。まだ【結界】は必要だ。
焼け焦げた甲殻型魔獣はぴくりとも動かない。
だけど、剣虎型魔獣は……半ば炭化し、いつ倒れてもおかしくないのに、それでも動きを止めなかった。何かに取り憑かれたように、ひたすら突き進む。
「魔石だ」
アーシュが叫んだ。
「あれが、キメラにまだ力を与えている」
その声を聞いたリュスラン殿下が動いた。
再び剣に【炎】を込め魔獣の前に立ちふさがった。
「危ない、逃げて!」
殿下は逃げない。剣虎の牙に腕を貫かれながら、その剣を魔石に突き立てた。
剣虎が吠えながら崩れ落ちる。その傍らにリュスラン殿下もまた倒れた。
魔石が砕け散る。
そして、圧倒的な熱量を持った【炎】が魔石の欠片から放たれた。
【炎】が結界を揺るがす。
結界を壊すわけにはいかない。
でも、もう私の力では保てない。
「駄目……【結界】が崩れる……逃げて!」
エリー兄と殿下は倒れたまま動けない。
一人残っていたアーシュは……私を見て、何故か微笑んだ。
そして、彼は青緑の腕輪を私へ放り投げた。
「カーム、契約を遂行しろ」
パリンと音がして結界が壊れ、熱が氷壁を融かす。氷が崩れ落ち、茶色の濁流が大量に降ってきた。
同時にアーシュの魔力が静かに広がっていく。
「アーシュ!」
彼に駆け寄りたいのに、透明な何かに阻まれた。まるで何かの生き物みたいに蠢いてる。
「何、これ? アーシュ?」
彼はこちらを見ない。静かに時を待っている。
でも、そんな態度は私を余計に不安にさせる。
「なんで、なんでなの。ここから出して。行かせてお願い」
激しい濁流がエリー兄を、リュスラン殿下を、アーシュを飲み込んでいった。
「エリー兄! アーシュ! 殿下!」
透明な壁を力いっぱい叩いても、びくともしない。
「やだ、やだ! だして、行かせてぇ」
すべてが水に呑まれて消え……そして、目の前の光景が唐突に変わった。
*****
気がついたら……地上にいた。
ついこの前、「聖女王の日」のお菓子を持って歩いていたその場所に私は戻っていた。
たった一人で。
「アーシュ……どこ?」
呼んでも返事がない。
「エリー兄? 殿下?……」
誰もいなかった。
「やだ、やだよ……置いていかないで……」
のそりと何かが近づいてきた。黒っぽい大きな犬だった。
「……クロちゃん?」
クロちゃんは……静かに近づいて私の頬を舐めた。慰めているように。
「どうしよう、クロちゃん。……みんな、いないの。やだ……やだ……」
ぽとり、と涙がこぼれ落ちた。
クロちゃんは私と同じように項垂れていた。
ふと、クロちゃんの耳がピクリと動く。小さく「クォン」と鳴いて、走りだした。
「クロちゃん? ……もしかして?」
クロちゃんの後を追う。
立ち止まったクロちゃんの目の前で、転移陣の術式が展開し始めた。すぐに、人が現れる。濡れた金髪、リュスラン殿下だ。直ぐ次の魔法陣が発動し……エリー兄が現れた。
殿下の腕はあらぬ方向に曲がり、エリー兄は腰から膝にかけて大きな裂傷を負っている。血が流れすぎたのか血の気が全く無い。二人ともすぐに治療をしないと危険だ。
そうしている間に最後の転移陣が発動している。
それでアーシュが戻ってくる。
転移してきたアーシュは……。
身体は冷たくて、息をしてなくて……すでに心臓が動いてなかった。
「やだ、アーシュ!」
落ち着け、落ち着け。……アーシュを助けるんだ……。私に何が出来る? 三人とも、一刻も争う傷だ……落ち着け……。人を呼ぶ? 駄目だ、時間がない。治癒を……。治癒魔術? 三人とも? 出来る? 出来ないなんて……言えない、言わない。
「大丈夫、出来る。皆、助ける」
月光鳥に教えてもらったその術式を正確に思い出す。
静かに、歌う。歌って展開する。
三箇所同時の高度な治療結界。名前もつけてない初めての魔術だ。
真剣に、丁寧に音を重ねて歌いあげる。
すぐに蒼い光が三人を包み込み、リュスラン殿下とエリー兄の傷が塞がっていく。だけど……アーシュには変化がない。
――戻ってきて……一人にしないで、アーシュ。息をして、目を覚まして。
もう、魔力がほとんどない……。まだなの? お願い、戻ってきて……。
魔力が尽きていく。視界がぼやける。それでも、……まだ、アーシュは生き返らない……。
「諦めたくない……お願い……私を、一人にしないで……アーシュ」
最後の最後まで魔力を注ぎこみ、意識を失うその寸前、閉じられた目蓋がピクリと動き、彼がゆっくりと目を開けた。
「……アーシュ!!」
「……せ……ら……? ぼく……は」
「良かった……」
そのまま、崩れ落ち、アーシュが私を受け止めてくれた。そこで私の意識が途絶えた。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は3月12日を予定しております。よろしくお願いします。




