第41話
遅くなりました。すみません。
ゆらゆら、揺さぶられて意識が浮上していく。
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界に飛び込んで来たのはブルーグリーンの瞳だった。
「……目が覚めた? 気分はどう? 熱は……まだ少しあるね……」
アーシュの大きな手が、私の額に当たってる。ちょっと冷たくて気持ちが良い。
「……アーシュ? 助けに来てくれたの? ありがとう……」
「どういたしまして」
「アーシュは怪我してない?」
大丈夫だよ、って笑ってくれたので、ほっと安心した。
そして、彼から今の状況を聞いた。
自覚はあまりないけど、私は体調を崩していてあまり楽観できる状態ではないらしい。今は携帯している薬草その他で症状をある程度抑えてあるとのことだ。ただし、今の体調は一時的なもので、これから悪化する可能性は大いにあるらしい。
更に私達が落下したことにより、状況も芳しくなくなっている。より危険と伴う下層への道を選ばざるを得なくなったと聞いた。
私が不用意に魔獣に気をとられたせいで。
「……私のせい……「じゃないからね」」
きっぱりとアーシュが否定する。
「セラが病気になったのも、落とし穴に落ちたのも、ただの不可抗力で君のせいじゃない。むしろ、セラは頑張っていたよ。僕達は君に助けてもらってた。だから、何も気にしなくて良い」
落ち込みかけた私をアーシュは救い上げてくれる。なんでかな、彼はいつも欲しい言葉をくれる。甘えてもいいのかな。私は何もあげられないのに……。
それから、アーシュは凄く真剣な表情で話始める。
「それでね、セラ。これから言うことを良く聞いて欲しい。君にしなければならない事と、して欲しい事があるんだ」
それから程なく、私達は最下層へと出発する事になったのだけど。
出掛けにちょっとした諍いらしきものがあった。
出発するからとふらつきながら立ち上がりかけた私を制止し、アーシュが私を抱き上げようとした。当然、私はびっくりして拒否したのだけど……。
「ちゃんと立てる? ほら、まだ、そんなにふらついてる。一人で歩くのは無理だよ」
「でも……でも、迷惑じゃない? 疲れちゃうよ? 魔獣がでたら危険だよ」
私、重いし、とはちょっと口に出せなかった。本当はそれが一番大きな理由だとしても。こんな時でも乙女心は顕在だ。
「迷惑じゃないし、セラは軽いから疲れないよ。魔獣がでたら、魔術で撃退する…。…術式は両手がふさがっていても展開出来るから、問題ない」
「でも」
リュスラン殿下が割り込んで来た。
「なんだ? セラフィカはアーシュリートには運ばれたくないのか? では私が代わってやろうか?」
「殿下っ」
「え?、や、やだ」
伸ばされた殿下の手に思わず竦んでアーシュに縋り付いて、途中で気がついて赤くなり、殿下が傷ついた顔をしたのを見て青くなった……。もしかして、私、今不敬を働いたのかも……。
「で、殿下……す、すみません……」
「そうか……そうだな……そうだよな……」
「あ、あの……?」
リュスラン殿下はしょんぼりと肩を落とした、かに見えたのだけど。
「殿下、うちのお馬鹿妹をからかわないでくれるか。免疫がないんだよ」
エリー兄が親しげに殿下の肩を叩く。いつの間に仲良くなったんだろう。リュスラン殿下もさっきまでのもの悲しげな空気はもうなくなってる。
いや、待て、ということは。
「殿下……からかうなんて……」
「うん? からかってはいないぞ。アーシュリートが嫌なら私が運んでやる」
「……ね、エリー兄。私、どうしても運ばれなくちゃ駄目なの?」
「お前が自力で歩けるなら問題はないんだが、今の体調では無理だろ。大人しく運ばれてろ」
「どうしても?」
「ああ」
「……じゃ、エリー兄がいい。エリー兄が運んで」
「……俺?」
そう言った瞬間に、三人の間漂う雰囲気が変わったように感じた。
「まだエリーには敵わないのか」とすっかり肩を落として萎れるアーシュ。
「そうか、セラフィカがそう言うなら……わたしも、まだまだだな」と残念そうな殿下。
一人、勝ち誇ったようなどや顔していたエリー兄だけど、私の意見を聞き入れてくれることはなく。
結局、私はアーシュに運ばれている。
これは……身体は休まっても精神的な疲労がたまる。
アーシュの顔がとても近い。振り落とされないようにしがみつかないといけないし……。私ってこんなに鼓動速かったっけ? 熱が上がりそう……。
本当に、「熱が上がって歩けない」ので「荷物(お姫様)として運ばれる」。そして「緊張してとても疲労する」ので「熱が上がる」。そうすると「自力で歩けない」から「荷物として……」の堂々巡りになりそうだ……。
こうなると思った。だから、エリー兄に運ばれたかったんだけど……。
*****
下層へ向けて出発して、体感で一時間ほどたったか。もしかするともう少し経過しているかも知れない。
その頃には魔獣と出会わなくなった。まるで、最初から私達がこの道を選ぶように誘導されているようで、怖い。
下へ下へと歩いて行く。
そして……、細い道の先に、木製の扉を発見した。どう見ても誰かが造ったとしか見えない頑丈な扉が。
「この奥だな」
黙って顔を見合わせる。
これが罠である可能性は非常に高い。
エリー兄とリュスラン殿下が剣を構える。私をアーシュは、いつでも魔術を発動出来るように術式を詠唱しておく。
エリー兄が黙って取手を掴み、一気に押し開けた。リュスラン殿下が雪崩れ込む。エリー兄とアーシュが続く。
反撃を予想していたけど、意外にも何もなかった。というか、部屋の中には、人はおろか魔獣の気配もない。
一見して、そこは図書室か研究室といった所だろうか。沢山の蔵書に書きなぐったメモ書きや折れたペンが散らばっている。
「どういう事だ?」
油断なく気配を探りつつ、戸惑いを口にするエリー兄。それでも、すぐに目的のものを見つけたようだ。
「”魔力の塊”はあれだな……。アーシュ、調べてくれ」
「了解」
アーシュがエリー兄が指示した場所を探し、すぐに魔道具を見つけ出した。
「アーシュ、【転移阻害】の主石はこれか?」
「ちょっと待って……いや。これじゃない。術式が従石のものだ」
「これだけの魔力があっても主石じゃないのか?」
「そうみたいだ……これを破壊しても【転移】は不可能だ」
この【転移阻害】に使われている連鎖魔法陣だけど。
主に広域を一つの術式でカバーしたい時に用いる大掛かりな魔法陣だ。
魔力を供給し術式を刻んである主石と、主石の指示を受けて魔術を発動する従石複数で成り立つ。大体において、従石が壊されても他の従石がカバーする形体となっているので、主石を壊さないかぎり術式は止められない。
魔力をたどってきた先にあったこの魔石が連鎖魔法陣の主石ではないとなると、本物の主石はどこにあるのか。焦りが生まれる。
「こうしていても仕方がない。手分けして手がかりを探せ」
散らばって探し始める。エリー兄は魔力を探り、アーシュと殿下はメモと蔵書を探っている。
「……これは……」
メモを見ていたアーシュが呟いた。
「どうしたの?」
「……この術式だよ。これ、もしかして……」
「殿下、アーシュ。ちょっと来てくれ!!」
アーシュの言葉を遮ってエリー兄の呼ぶ声が聞こえる。アーシュは言いかけた言葉を飲み込んで、私達を一緒にエリー兄の元へ向った。
エリー兄は、魔力をたどって隠し扉を見つけていた。もう一つの魔力の気配が、この扉も向こう側にあるらしい。
用心しつつ中に入る。
そこは……、前の部屋が研究室だとしたら、ここは実験場みたいなものだろうか。ガラスの破片や焼け焦げた何かの機器が無造作に置いてある。ただ、被験体らしきものは見当たらない。
ここでもなかったか。
落胆が私達を支配し始めた時、”それ”を見つけた。
複雑な魔法陣を転写された透き通った氷の中に、無惨な”生き物”がいた。
本体は大型の猫科の猛獣に近い魔獣だ。大きさは熊を二匹並べたぐらいはあるか。鋭いナイフのような二本の牙の一方は欠けてすでにない。きっと、激しい戦いで失ったのだろう。
そこまでは、普通の魔獣だ。だけど……。肩の上からは節足動物の足のようなものが何本も生えている。そして、全体的に腐敗が始まっていた。
「キメラ?」と、エリー兄が呻く。
「エリー、あれ!」
アーシュが指差した”もの”を見る。魔獣の額に魔石が嵌めこまれている。それは、部屋で見つけた従石と同じ石だ。
「多分、あれが主石だ」
「あれがそうなら、ここから破壊すればいいのか?」
殿下があっさりと言った。
「いや、この氷塊は魔術を通さない魔法陣が組み込まれてる。だけど、氷塊そのものの破壊は簡単に出来る。そして、それをやれば、魔獣が目覚める」
「目覚めたら戦ってそいつを倒さなければならないということだな」
「事はそう単純じゃない……一旦戻るぞ」
*****
研究室に戻る。
「本当に性格が悪い」
深い息を吐くエリー兄。その顔は今まで見たことがないぐらい張り詰めている。
「あいつは倒せない」
重く吐き出した。
「どうしてだ? あれはAランクの剣虎型の魔獣だろう。キメラ化しているようだが単体なら倒せなくはないと思うが」
リュスラン殿下が不思議そうに述べる。
「改造されてるからランク付けは意味がない。あれがどこまで強いかは見当がつかない。でもな、俺が言ってるのはそんなことじゃない」
「他になにかあるのか」
「悪い……少し考える時間をくれ」
エリー兄がそう言い残して私達の前から立ち去った。
ちょっと迷ったけど、私はエリー兄を追いかける。
エリー兄は、書架の隅で足を投げ出すように座ってた。
「エリー兄」
「セラか……」
「ねぇ、エリー兄。一人で抱え込まないでね」
エリー兄はいつもそうだ。私やアーシュの為にいろんな事を抱え込んで、一人で我慢して一人で終わらせようとする。だけど、私は心配だ。エリー兄が私達の為に悩んでいるのを見てると胸が苦しくなる。
「俺は……大丈夫だ」
エリー兄は私の頭をそっと撫でた。子供の頃のように。
「エリー兄。本当の事言って、そのほうが安心するよ」
「…………」
「エリー兄。お願い」
「……セラ……お前は……」
エリー兄に肩を掴まれて抱き寄せられた。
「……本音言うとな……。不安だよ、俺だって。お前やアーシュを無事に地上に帰してやりたいが、正直言うと、かなり厳しい……。何だよ、この洞窟。俺たちが何をやるのか全部お見通しみたいだ……」
「そう」
ずっと、隠されてたエリー兄の本音。多分これが全部じゃないと思うけど、でも、今は言ってくれたことが少しだけ嬉しい。
「……でもね、私、ちょっとだけ感謝してるよ」
「……何にだ?」
「いつも私一人。エリー兄やアーシュが危険なことしてても置いてかれてたから。今は一緒にいられる。不安だけど、心配はしてないよ」
エリー兄やアーシュ、危険な依頼に行く度に不安だった。お帰りなさいって言えるの、行ったまま帰ってこないとかないよねって。私は、役立たずだからずっと祈るしか出来なくて。
「…………そうか」
「大丈夫だよ。きっと、皆帰れる。だって、兄様にアーシュに殿下が揃ってるんだもの。学院きっての魔術師がね」
「……そうだな。それに、連れ帰らないと……父さんに叱られるな」
「そうだよ。父様怒ると怖いんだもの」
「ああ、そうだった」
ああ、やっと、エリー兄様が笑ってくれた……良かった。もう大丈夫だ。私は何となくそう感じた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「アーシュ」
セラを殿下に預けて、アーシュを探した。
「エリーか」
アーシュはまた別な場所で、部屋の主の残した紙片を集めては読んでを繰り返していた。
その真剣は表情から、彼もまたエリーと同じ答えを引き摺り出した事を知った。
「あの術式を見たか」
「魔獣の心臓付近に書き込まれてた魔法陣なら見た。エリーはあれがどういうものだか分かってる?」
「おおよそは。あれから漏れ出してる魔素は……【炎】だ」
「……僕は魔素は見えないけどね……。ここにある術式の断片から推測出来たよ」
「……そうか……」
「それとね。僕はこの術式の組み方に見覚えがある。……学院内で」
「……やはりな」
術式の組み方には個性が出る。エリーは専門ではないので特定は出来ないがどこか見覚えのある術式だと思ってはいた。
「あの人がこんなに捻くれてるとは思わなかったよ」
「ほんとにそうだ。どう足掻いても帰れないように仕組んでる」
「でも、帰るつもりだろう。エリーは」
アーシュはあっさりと言ってのけた。信頼は嬉しいが、そんなにあっさり出来れば苦労しない。
「……信頼してもらっている所を悪いが……。今回ばかりは言い切れない」
「諦めるつもりはないくせに」
「当たり前だ。諦めるなんて性に合わない。最後まで足掻いてやるさ」
そう言い切って、ほぼ同時に苦笑した。
「アーシュ、転移には何分必要だ」
それだけでアーシュは、エリーが何がしたいのか察したようだ。さすがに付き合いは長い。
「……クローヴィスが、転移の終点と軌道を確保しているはずだ。発動までは数秒でいける。ただ、色々事態を想定してみても、並行処理は出来ない、一人づつの術式展開になるから……四人で五分少々というところかな?」
「キメラ型が倒れて【転移】が可能になるまでの時間差は?」
「そうだね……術式から推測すると、一分は掛からないと思う。数十秒ってところかな」
「……【炎】が全開になって洞窟が崩壊する時間は?」
「そちらは、【炎】の魔素の状態によるけど、ここの氷は溶けやすいから……五分から十分を言うところじゃないかな」
「とすると、……時間との戦いになるな」
沈黙が流れる。
ゆっくりを考えをまとめたエリーが口を開く。
「決めた。持てる力すべてを振り絞って、キメラ型を倒す。その後に転移して帰る。アーシュ、祈ってろよ、無事に全員帰れるように」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
エリーの後ろ姿を見送った。
彼の勇気ある決断をアーシュリートは敬意をもって支持する。
彼が生きるためにそう決断したのなら、自分は自分に出来うる事を完遂するまでだ。
アーシュリートは、右腕にはめられた青緑の腕輪を外した。
「起きろ、カームリザート」
円環に変化はない。が、今までにないほどの濃密な魔力の気配がアーシュリートの周囲に巻き付いてくる。
眠れる蛇が今まさに目覚めたのだ。
「……相変わらずだな、カーム。……一つだけ、君に請い願う。……僕に構わないでいい。最後まで……セラの命を守ってくれ」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は、3月10日を予定しております。申し訳ありませんが時間は未定です。よろしくお願いします。




