第32話
えっと、ここは、どこの森だろう……。
今、私の頭の中で、あの”お嬢さんとクマさんの歌”が重度でリフレイン中である。
ヨランディ先生に連れて来られた場所は、騎士学部ではなく総合学部にある小ホールの一室だったはずなんだけど。
端正で細身のピアニストが、綺麗な音楽を奏でているのだけど。
何で、目の前に”熊”が群れてて、更に奇声を発して取っ組みあってるのだろう。
……そうか、これは騎士学部の組手の授業なのか。だから、やたら殺気が飛び交ってるんだろう。
そうだ、きっとそうだそうに違いない。
「全員集合!」
ヨランディ先生の掛け声一つで、熊さん達は集まって整然と並んだ。そういう所はさすがは騎士様の卵だと思う。
それにしても、皆体格が並外れてるなぁ。背の高さはエリー兄や殿下と同じくらいだけど、厚みが全然違う。腕なんて丸太みたいだし。ゲームでのヒュイス様が体格のなさを嘆いてたけど、彼等が標準であるなら何となく分かる気がする……。
「お前ら、喜べ。ここにいる魔術学部のセラフィカ・アズリがお前たちの特訓に付き合ってくれるそうだ」
「ちょ、待っ「「「「おおーーーーー」」」」」」
私の抗議は一瞬で歓声にかき消された。
顔面から血の気が引いてくのがはっきり分かるなんて、初めての経験だ……。
「む、無理、無理です。ヨランディ先生!! く、く、くま……騎士学部の方の(組手の)お相手なんて」
「うん? お前なら大丈夫だと思うぞ。得意だって聞いてるぞ」
そりゃあ、ブルムスターの小父様からいろいろ教えてもらってますけど。無理です相手なんて殺されますきっと。
「無理です無理」
「こいつらに初歩のダンス教えるだけだぞ?」
「……え?……ダンス?」
「ああ、ダンス」
えっと、もしかして? あの、気合たっぷりの組手が……ダンス? 相手を殺しそうな殺気を撒き散らしてたのが……ダンス?
「頼む、アズリ。もうお前しか頼める相手を思い当たらないんだ」
あれが、ダンス? 嘘でしょ? 嘘だよね……。
要するにだ。
今、彼等がやってるのは、来る小舞踏会のため、ほぼダンスの経験のない騎士学部の地方の小貴族や平民出身者を対象にした補講らしかった。本来なら男女で組むのが望ましいのだけど、今期の騎士学部には相手になるような女生徒がいないらしい。他学部の女子は、彼等より身分も高く彼等の相手を承知してくれる生徒はいなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、平民出身でダンスの経験がある私。
また、女子役が来るまで男同士でペアを組んでいたのだけど、それが私が目撃した殺気たっぷりの”組手”……ダンスの練習だったというわけだ。
ヨランディ先生とダンス担当のサーシア先生、ピアノ担当のフルベル先生がとても困ってたから……本当はあまり気が進まなかったけど……引き受けることにした。
せっかくの少舞踏会、騎士学部の人達、練習不足で失敗したら気の毒だし。
でも……最初に相手の順番を決めるのに、熊さんが殺到してきた時には恐怖で戦慄した。
手が汗ばんでるのはまだ我慢できた(その人最初から最後まで、謝り通しだったので逆に気の毒になってしまったし)
ステップでもたついて足を踏まれた時は、痛みで涙目になって思わず睨みつけた(何故か、目を逸らされたけど)。
ターンでバランス崩して、下敷きになりかけた時は反射的に【風魔術】で投げ飛ばしてしまった(見てた人から何故か拍手を貰った……)
踊っても踊っても終わらない順番待ちの列に軽く絶望したりもした……。
早く終わってくれと心の中でずっと祈っていた
ようやく彼等と踊り終わって、最後の最後でヨランジュ先生と見本のダンスを踊ることになった。
先生はさすがに臨時のダンス講師を務めるぐらいだから踊りやすかった。
身長は高すぎず、ホールドもしっかりしてるし、へろへろになって力が抜けた状態の私を巧みにリードしてくれたし、こちらが何をしでかしても動じない安心感があった。
こうして間近で見ていると、ヨランディ先生が人気があるのがちょっとだけ分かる。頼りになる大人って感じがするんだよね。
「アズリ、お前、ブルムスターと仲いいよな」
踊りながら話しかけてくるけど、ステップは乱さない。逆に付いて行くのがやっとだ。
「……あ、はい。幼馴染ですから」
「……あいつ、今までいろいろ苦労してるだろ」
「それは……その」
その先生の言い方は何だかあたたかみを感じる。アーシュが教え子の一人という以上のものを感じられた。
「……あの、先生はブルムスター様とは?」
「ああ、あいつの母上が俺の先輩で親しかった。物静かだけど芯の太い女性だったよ」
「アーシュの母上……?」
「ああ」
その時のヨランディ先生が、とても懐かしいものを思い出すように微笑んでいた。
先生が最後に私を大きく振り回し、更に決めのポーズ。綺麗に決まったと思う。
踊り終わって挨拶するまでがダンス、とスカートの裾を持ってお辞儀をしたら、熊さん達から喝采を受けた。
「なぁ、”銀靴”のおまじないって、まだあるのか?」
帰り際にヨランディ先生が訪ねてきた。それは女子生徒にだけに伝わるお呪いなんだけど、何で先生知ってるのかな?
「メルローズ先輩が……ブルムスターの母上が言ってたんだよ」
「!? ……【心読み】の異能ですか……?」
「あほか、顔にでてるんだよ、お前は。で、あるのか?」
「……女子だけの秘密です……」
「ふうん……そうか」
私ははぐらかし、先生もそれ以上追求せずに、熊さん達の元に帰っていった。
*****
――足痛いよ……もう当分、熊には会いたくない……。
そんな気分で寮に帰ろうとしていた時、マリアーネ様とヒュイス様にあった。
「セラフィカさん? なんて顔色をしていますの?」
マリアーネ様の優しい言葉を聞いたら、涙が出てきた……。
「まあ、大変でしたのね……」
「……あいつら! ごめんな、アズリ妹。騎士学部の奴ら女慣れしてないからなぁ」
「それはベルノも同じでしてよ。人の事は言えませんわ。
セラフィカさん、貴女はよくやったと思いますわよ」
「ありがとうございます……でも、補習まだあるんです……」
「そ、そう……なんですの?」
マリアーネ様の目が泳いでる。
「熊さん……騎士学部の方々に悪気はないのはわかってるんですけど……」
「そう……ですわね……わたくしもそう思いますわ……。お手伝いして差し上げたいとは思うますけど……少々気後れしますわね……」
「マリアーネ様にご迷惑はかけられません。それに、引き受けた以上、最後まで頑張ります……けど」
「お察ししますわ……」
「えっと、そんな悲観しなくても良くね?」
ヒュイス様が、不思議そうな顔で割って入ってきた。
「はい?」
「要するに、アズリ妹の負担を減らし、あいつらのダンス技術を向上させれば良いんだろ」
「簡単そうに言いますけど、それが出来たら今ここで嘆いてはおりませんわよ」
「いや、なんとかなる。いるんだ、うってつけの人物。あの人ならやってくれるし。俺に任せとけよ、アズリ妹」
それから、二日後のダンス補習の日。
私は信じられない思いで、その人を見上げてた。
ダンス講習のある小ホールで私を待ち構えていた人物。真っ赤な髪に切れ長の目をした端正な面立ちの背の高い騎士、だけど、その人の体型は豊かな曲線を描いている。
いわゆる”男装の麗人”だ。
そして、彼女の後ろには、やはり同じような騎士服を着た背の高くて迫力ある女性たちが控えていた。
真っ赤な女性騎士様が私にニコニコと話しかけてくる。
「はじめましてかな? 君があの”落ちこぼれ君”の妹君の”小鳥ちゃん”かな?」
「あ、あの?」
「私はアデル・ユーディス。甥っ子のジノに頼まれてね、君の応援に駆けつけた。君の事はいろいろ聞いてるよ。主に君の兄上から」
「はい? あの? エリー兄……兄の?」
「一応は、相棒かな?」
「ユーディス公……」
苦い顔をして、私達の会話を変え切ったのはヨランディ先生だ。
「悪いが、今はただのアデル・ユーディスだ。貴方がヨランディ教官かな?」
「……そうです。それで、何故ユーディスこ……殿がここに?」
「聞いてなかったか? 横ヤリを入れに来たんだよ。幼気な少女ばかりに男どもの相手をさせるのは心が痛まないか?」
「まあ、アズリに負担はかけてるとは思いますが……。」
横ヤリって堂々と胸と張っていうことですか……?
「騎士学部のダンス教練、この私とユーディスの私設騎士団員が立派に鍛えてやる」
「……は?」
「要するに、相手役がいれば良いのだろう。だから揃えてきた。すでに校長達には話は通してある。
さあ、案内したまえ。私がじきじきに特訓してやる」
その日のダンスレッスンは……言わないでおこう、彼等の心の平穏と名誉の為に。
ただ、その日一日怒声と悲鳴は絶えることなく、その日を境に、彼等のダンス技術は飛躍的に向上したとだけ。
それから、全く不本意なんだけど……何故か熊さん達から「小鳥ちゃん」と呼ばれるようになった。
更に後日、私達の部屋に荷物が二つ送られてきた。
中身はどちらも”銀の靴”。
一つはユリカ嬢に。
もう一つは私にだった。私宛ての箱の中には送り主の名前のないメッセージがついていた。
『あいつをよろしく』とだけの。
お読みいただきましてありがとうございます。
今回はちょっと小話的な感じで進めて見ました。
次回は2月18日午前0時を予定しております。よろしくお願いします。
3月15日追記) 実技教師の名前をヨランジュ→ヨランディに統一しました。大筋の変更はありません




