第33話
小舞踏会開催。
季節は冬を迎えた。寒さは厳しくなり、庭園は白い雪に覆われてる。
雪華祭はもう始まっている。生徒達が浮かれてるのはそのせいだと思う。
そして今夜、私は初めて少舞踏会に参加する。
王都のアズリ邸からキーラをはじめとするメイド達が何人か手伝いに来てくれた。
今日着るドレスは、キーラがデザイン起こしから手がけた力作だ。真っ白で薄手のドレスの上に、紺色の光沢のあるオーバースカートがふわりとかけられてる。前より背面にラインが流れる紺の部分には銀糸で刺繍が縫い取られている。全体的に、冬と雪を意識したんだろうな、と思われるようなデザインだ。
アクセサリーは、アーシュから貰った月長石の髪飾りだけにした。その代わり、やはり誕生日にエリー兄から貰った、魔術によって枯れないように細工したピンクとクリーム色の薔薇の花をアクセサリー代わりに身につけた。
最後に靴だけど。
ちょっとだけ迷ってた。なぜなら、送り主の分からない”銀靴”にどうしても目がいってしまったから……。
『この少舞踏会には”銀の靴”のお呪いの伝説があるんだよ。ロマンチックだよね~』
とは同室のサジェから聞いた話。
少舞踏会には、女子だけに伝わる”お呪い”がある。
『女の子の誰かの所に送り主の分からない”銀の靴”のはいったプレゼントが届けられる。
それは、妖精が気まぐれに送ってくれた”ギフト”で、これを履いて踊れば恋が叶う。
ただし……靴の事は誰にも話してはならない。そしてお呪いについて異性に漏らしてはいけない。
約束を破れば、その恋は一生叶わない。』
私に送られたのはこの”銀の靴”だと思う。ただ、さすがに”妖精がくれた本物の靴”とは思っていないけど。送り主は……多分あの人かな?
気になるのは……ユリカ嬢も同じ靴を(正確に言うと、同じ箱を、だ。中身を確認したわけじゃない)貰ったこと。
そして、ユリカ嬢の”銀の靴”が「エタ☆プロ」では好感度爆上げのアイテムであることだ。
”銀の靴”を、ユリカ嬢は誰に使うつもりかなぁ。アーシュだと……ちょっと嫌かも。
どうしよう……。私もアイテム履いていったほうが良い? でもなぁ……。
散々悩んだ挙句に、私は選んだ。
ヒールが高い方の靴を。だって、……エリー兄もアーシュも背が高すぎるんだもの。ちびはつらいです……。
時間いっぱいまで使って、何とか満足のいく装いになったと思う。
エスコート役のエリー兄からは、「女って化けるよな……」と嘗てない褒め言葉をもらったし。
ちなみにエリー兄も今日は素敵な夜会服を着てる。いつもよりずっと男前度が上がってると思う。身びいきじゃなくて。
*****
少舞踏会が行われるのは、元離宮、現在は学院本館の大広間だった所だ。ここは、普段生徒は入れない。
また、元離宮だったためか防御術式がかなり強固で、更に内部では一切魔術は使えない。目に止まらない場所に魔術無効の連鎖魔法陣が組んであるという話だ。
離宮の入り口で何重ものチェックを受けて、私をエリー兄は舞踏会に足を踏み入れた。
「……さすが、元王宮ね。何から何まで凄い……」
透明なクリスタルで出来たシャンデリアは、熱を感じない淡い光を発してる。多分一つ一つが発光する魔石でできているんだろうな。
会場の一角には、すでに大勢の楽団員が楽器の調音始めてるし、反対側の食事スペースには見たこともないような料理や飲み物が並べられてる。
正面に見えるのは、ゆうに二階分はあろうかという大階段。ここから落ちたら怪我じゃすまない気がする。尤も、こういう危険な場所には大体において予め落下防止の魔法陣が組まれているから、さほど危険はないはずだ。
出席者と招待客の入場があらかたすんで、最後にリュスラン殿下が入場してきた。
殿下がエスコートしているのは、三十代後半の校長の奥様だ。リュスラン殿下のお相手はどうしても揉める元なので、こういう処置になっているらしい。
続いて、カミーユ様にお手を引かれたシャルロット王女様。殿下によく似た金髪の、将来はどんな美女になるのか楽しみなぐらい整った顔立ちの可愛らしい姫様だ。
リュスラン殿下の入場を皮切りに音楽が始まり、上位の貴族の方々とそのご家族が殿下達の元に向かう。まずは挨拶を済ませて、殿下達が踊り終わってからが、私達生徒の為の小舞踏会が始まるのだ。
ということは、私とかエリー兄とかはしばらくやることがない、ということでもある。
「……エリー兄、見学しに行っても良いかな? 退屈だし」
「……仕方ないな……目立つなよ」
*****
リュスラン殿下が校長夫人を最初のダンスを踊り終えた。
音楽が代わり、次の踊る方々が広間に滑り出てくる。
リュスラン殿下が女性の集団の前にいく。
そこにはマリアーネ様がいて、殿下がその手をマリアーネ様に差し伸べたその時のマリアーネ様の表情は、頬が紅潮していていつもより数段可愛らしかった。
お二人が滑るように踊り出す。
ステップは軽く淀みなく、マリアーネ様はリュスラン殿下だけをひたすら見つめている。
――やっぱりマリアーネ様は殿下をお好きなのね。
普段は殿下の事を諌めたり叱ったりしているので気づきにくいけど、マリアーネ様は殿下に恋してるのだと思う。聞けばはぐらかされるけど、マリアーネ様の視線はいつも殿下に向ってる。殿下の変化には一番に反応するし、殿下が道を違えないようにいつも気を配ってる。
それだけなら、親しい友人でも臣下でも当てはまるけど、あんな乙女なマリアーネ様を見られるのは殿下の前だけだ。
――カミーユ様のお気持ちを考えると、ちょっと切なくなるけど……。
でも、カミーユ様は私なんかが心配するまでもなく全てご存知なのだろう。だから、お気持ちを隠しておられるのだと思うし……。
「おい、セラ」
「……」
「おい。何考えてるんだ!!」
「いたーい。頬つねらないで」
「ぼーとしてるのが悪い! ほら、俺たちもいくぞ。そのために来たんだろう」
最初のダンスをエリー兄と踊り終わり、私たちは一旦壁の近くまで下がった。
「お疲れ様、エリー兄」
「おう、おつかれ。お前、随分、うまくなったな」
「エリー兄がいない間も練習してたし……」
「そうか、頑張ったな」
深呼吸を繰り返してやっと落ち着いてきた。
そうなると、今まで目がいかなかった周りが気になってくる。
――あ、サジェがいる。隣の人は多分婚約者かな? 優しそうで穏やかそうな人だなぁ。
あ、あちらの休憩所の所にはヒュイス様がいる。あれ、ヒュイス様にそっくりの騎士様もいるけど……ご兄弟かな? 後で聞いてみよう。
カミーユ様は……あの、隣の姫様がとても退屈そうに見てますよ? かまって差し上げないのかな?
皆は見つかったけど、私が一番探したかった人がなかなか見つからない。
やっと見つけた時には……ピンク色のドレスをきた小柄な少女が彼にすがりついていた。
思わず私は自分の足元を見る。ヒールの高い白の靴。銀の靴ではない。
――履いてくれば良かったかなぁ……。
そうすれば、取られなかったのに。
「え? 今、私、何考えてた? 駄目だよ駄目。アイテムで人の心を変えるような事しないんだから」
そう決めてたはずじゃないか、と自らを叱咤した。
私は間違ってないと思う。思うけど……。今、ほんの……ほんのちょっとだけ後悔してる? かもしれない……。
「……喉乾いただろ、何か取ってきてやるよ。俺が戻るまでここ動くなよ。ダンスもできるだ断れ。
………………しかし、あいつ何してんだ? さっさとくればいいものを……」
「うん? 何か言ったエリー兄?」
「いや、別に何も。大人しく待ってろよ」
そう言い残してエリー兄が私から離れた瞬間に、あちこちから危険な気配を感じた。
見ると、人並みを掻き分けて、熊さんたちが数ひk……数人向かってくる……。訂正、十人はいる……いや、もっとかも……。
熊さん達との恐怖の特訓の記憶が蘇りかけ……私はなりふり構わず逃げ出した。
*****
熊さん達を避けてたら、迷子になった。
同じような扉が連なる回廊のような場所だ。
多分、ここは招待客の方々が途中休憩するために用意された部屋の一角だろうと思う。
道を聞きたくて、誰かいないかなと探しながら歩いた。
そうしていたら、かすかな声が聞こえた。
声を頼りに行ってみると、そこにはピンクのドレスを着たユリカ嬢がいた。
「ユリカ様?」
ユリカ様は私に気が付き、その可愛らしい眉を大きく潜めた。
「ああ、アズリさん。ごきげんよう」
「……どうかなされたんですか?」
「……さあ、別に?」
「でも」
「……貴女、邪魔。消えてくれないかしら?」
「はい?」
「鬱陶しいのよ、貴女って。何よ、幼馴染って? どうして拒否するの? 分かってあげられるのは私だけなのよ!」
「ユリカ様、落ち着いて」
「煩い! このモブ!!」
急にユリカ嬢は私に掴みかかってきた。ユリカ嬢の手を避けるた弾みで、アーシュに貰った髪飾りが落ちた。その髪飾りを、ユリカ嬢は銀色の靴で踏んだ。
パキリと音がして、留め金が壊れた。
「あら、ごめんなさいね」
ユリカ嬢が笑う。
「代わりに私の髪飾りを差し上げますわ。こんなありふれた石のお安いものではなくて」
「足、どけて下さい、ユリカ様」
気が付くと我ながら唸り声みたいに低い声が出てた。
確かに月長石は安い石だ。色鮮やかでも透き通っても光り輝いてる石でもない。もろくてカットの形も限られてるし、第一、傷がない石がほとんどない。だからこそ、アクセサリーに出来うるぐらいの質の良いものを探しだすのにどれほど時間がかかるか、私は知ってる。こんな風になじられていい石じゃない。
ユリカ嬢の足元から髪飾りを拾い上げる。
――さあ、これから”淑女の戦い”だ。
毅然としていなさい、とアナ先生の言葉が蘇る。
淑女だけができる、美しく優雅な戦闘方法。
背をきりりと伸ばし、優婉に微笑みを浮かべ、最上級の柔らかくて通る声を心がける。
「ユリカ様。わたくしの無作法をお許し下さいませ。気分が優れませんので、御前を下がらせて戴きます。ご機嫌よろしゅう」
アナ先生仕込のお辞儀。今までで一番上手に出来たかも知れない。そのまま、すっと立ち上がり、ふわりを裾を捌いて歩き出した。
「何よ、何なのよ、あれ。馬鹿にして……」
ユリカ様の声が聞こえたけど、無視して歩いた。
ずんずんと進んでいき、行き止まりまできてやっと止まった。
大きく息を吸って吐き出す。何度も何度も繰り返して。
「……壊れちゃった……」
落ち着かなくちゃ、と思ってはいる。でも、掌の中の”傷つけられたもの”を見たら……泣き出しそうになった。
「大丈夫……まだ直る……。直せる」
そう自分に言い聞かせてはいたけど……すぐには無理だ。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「何よ、何なのよ、あれ。馬鹿にして……酷い、酷いわ…」
「どうしたの、ユリカ」
「泣かないで」
「誰かに虐められたのか」
「あの子が……あの子が……酷いの」
「ユリカ、気にするな」
「ユリカは正しい。あいつがいけないんだね」
「……助けてくださる?」
「ああ、もちろんだよ」
「任せておけ」
「もうユリカに口答え出来ないようにするね」
セラ、怒るの回でした。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は2月20日御前0時を予定しています。よろしくお願いします。




