閑話 ある少女のつぶやき
ユリカ視点です。
ちょっと短め。
私には前世の記憶がある。
前世で愛読していたネット小説っていうものだと、赤ん坊の頃から記憶があるとか、鮮明な記憶がとかいうあれ。でも、あたしの場合は酷く曖昧だった。
言っちゃうと、ひたすら長い物語をぼんやりと見ているような感じ。何の感情もわかなかった。まぁしかたがないよね、ずっと家に引きこもってネットとゲームっていう娯楽しかしてなかったから。
記憶をはじめて強く意識したのは、もう一年くらい前になるのかな。準備入学で王立学院の校門を見た時だった。
私は一目見て、すぐにここは乙女ゲーム「Etarnal☆Promise ~誓いの書~」の世界だって気がついたんだ。
そして歓喜したの。だって、あたしはヒロインになっていた!
鏡に映る私は、一言でいうと”小柄で可愛い妖精みたいな女の子”。天真爛漫で誰からも愛されるキャラ。だってそう設定されているから。
やった、って思った。あたしの平凡で退屈な人生なんかより楽しそうじゃない? イケメン達に囲まれて愛されるんだよ?
だけど、そんなに都合よくはいかなかった。
なんでって? この世界、あたしの知ってるゲームの世界とは違ったところが結構あったんだ。
元々、このゲームはいい加減で甘い設定で知られてた。
剣と魔法の世界を謳っていながら、なんと学園もの。
魔法なんて欠片も使わないし、ヒロインの高魔力全属性設定必要? ってくらいだし。
名前設定なんてゆるゆるのいいところ。だって、メインヒーローの王子は「リュスラン」しか設定されてないんだよ。苗字はどこ行ったの、苗字は。
だから、世界観の捕捉のために色んなあとづけ設定が付くのは分かる。
でもさ、ちょっと度が過ぎているとは思わない?
例えばあたし、ヒロインの「ユリカ・アーベンス」。
ゲームの私は、平民出身の孤児。能力を買われて一代男爵家の養女になったって設定だった。
でも、現実の私はアーベンス男爵夫妻の長女でれっきとした貴族の生まれだ。 これは良い補正だと喜んだけど、男爵家はゲームの私の家より裕福じゃなかった。むしろ、生まれる前に起きた政争に巻き込まれてもう落ち目の一族らしい。
魔術の才能もさ。
全属性で限界より高い魔力持ちのはずが、学院でも上の方の魔力値の上、【水】【地】【闇】の三属性しかない。後の三つの属性はどこに消えたのよ。
何で、こんなにスペックが劣化してるの? 誰かに取られたとしか思えない。
しかも貴族の娘に生まれたからって貴族専用のプレスク-ルに一年間通わなければならなくなった。
しかもしかも!
そこには、最っ悪なヤツがいた。もうホント意味分かんない。
何で、何でよ!?
あたしと同じクラスになったマリアーネ・フラン・エルセーヌ。青の公爵家の流れをくむエルセーヌ公爵の令嬢。こいつはきっと、「公爵令嬢マリー姫」なんだと思う。全攻略ルートで出てくるお邪魔虫令嬢。
なんで、それがこんなとこにいるの? シナリオが変わっちゃうじゃない。
マリー姫とヒロインの出会いは、リュスラン王子とであった後じゃないと、紹介イベントが起きないじゃない? あれ、他のキャラにとっても大事なイベントなのに。
悪役令嬢マリアーネは、ゲームとは微妙に違ってた。目立つツインテールじゃなかったし。
でも、あの女なのは間違いない。あの貴族特有の人を見下す高慢な態度。あの女の取り巻き達も似たようなタイプであたしの邪魔ばっかりしてくる。
”男性を誘惑するのはやめなさい” って?
あたしは誘惑なんてしてない。ただ黙って話を聞いてあげてるだけ。
だって、ゲームではそうやって攻略キャラを癒やしていたし?
”弱い者イジメはやめなさい” って?
イジメなんてしてない。あたしはあたしの嫌いなものが目に入るのが許せないだけ。だから、目の前から消えれば何もしないし。
ていうかあの女、高魔力の全属性なんだって。
ありえない。何であいつなの?
そうか、あたしのスペック、あいつが取ったんだ。
ムカつく、ムカつくムカつく!
ダメ押しの「なんで」は魔術学院に入学したあとに来た。
それまでは、設定が違っててもなるべく気にしないようにしてた。
多少の違いはゲームさえ始まっちゃえば、ヒロイン補正でなんとかなると思ってた。
ずっと、学院が始まるのを楽しみにしてた。
王子や腹黒やチャラ男や引き篭もり。みんなと出会って愛しあうのを!
でも、肝心の攻略キャラまで変だった。
メインヒーローの「リュスラン王子」。
金髪碧眼のミスターパーフェクト。俺様だけど素敵な王子様。あたしの一押しキャラだった。
だから、出会いイベントは頑張ったの。
彼の前で可愛く見えるように転んで、助けてくれるのを待ってた。
でも、いつまでたっても何も言わないし。
「気をつけて」っていえば「ありがとう」って返してくれるはずなのに、笑い飛ばされた。最後には追い払われたし。
がっかりした。
それからよく見てたら、ちょっと違うんだ。あの王子。
見た目は変わらない。でも性格がね、もっと繊細なはずなんだ。人前で大あくびなんて彼ならしない。
あれは、あたしの「リュスラン王子」じゃない。
あと「カミーユ・ダングラル」と「ベルナルディ・ヒュイス」の二人。
彼らも一見変わりないかと最初は思った。でも違ってた。
チョロ男はあたしから逃げまわっていつも捕まらない。やっと捕まえて話をしても、剣と魔術と修行の話ばかりでつまらない。
腹黒はもっと違う。
何考えてるか全然分からないし。元々、彼のルートは面倒くさいからこっちから願い下げだし。
彼らも、あたしの大事な「攻略キャラ」じゃない。
そして、なんといっても変わりすぎでびっくりしたのが「フィリス・レドヴィック」。
あまりにも違いすぎる。
名前は「フィリス」じゃないって言うし、容姿は、髪染めてるって、最初はびっくりした。しかもカラコン入れてるし……?
それに彼、根暗でおたくで人間嫌いのはずじゃない?
どうして、そんなに明るいの? その足元にいる変な生き物は何なの? あいつ、いつも威嚇してくるんだけど?
幼馴染って何よ? 彼は全部全部あたしのものなんだよ? なんで近寄ってるの、ただのモブが!!
あたしはしばらく学院中を探しまわった。
最後の攻略キャラ「ディート王子」。国王の兄王子の息子で「リュスラン王子」の従兄弟の王子だ。
政権争いに敗れた親を持って、更に今現在不幸なんだって。あたしと似てない?
きっと、彼なら分かり合えるはず。
でも、この学院にひっそり入学しているはずなんだけど、一度も会えてない。
あたしは、ゲームの攻略なら苦労したことはない。
ゲームの選択肢も感覚で選んで外したことないし、好感度も勝手に上がっていった。
だから、このゲームにも負けるわけにはいかないんだ。
一人ぼっちはお断り!
****
……ふぅ、話、長くなっちゃったね。
え、あなた、信じてくれるんだ?
自分でも、荒唐無稽な話をしてるって自覚はあるんだよ?
でも、これが私には真実なの。
本当? 分かってくれて嬉しい。
え? 何がしたいのかって?
そうだね、逆ハーレムはもういいかな。結構、モテるんだよ私。
誰かとハッピーエンド? そうだなぁ……。
あ、そうだ! 私、”ヒロイン”になりたい!
ええ、もちろん!名ばかりの”ヒロイン”じゃなくて本物の”ヒロイン”。
皆に愛されて、ニコニコ笑うの。
あんな”悪役令嬢”もどきじゃなくて、”シャシャり出たモブ”なんかでもなくて、
私が”ヒロイン”なんだから!
これから? どうするのかって? そうだなぁ……。
とりあえず、ゲームは進めていこうかな。
「フィリス」とは結構いい感じに進んでるし、「リュスラン王子」も諦めるには早いもの。腹黒もチョロ男も、あの女さえいなくなれば何とかなりそうだし。
え、協力してくれるの?
ん? えぇと、 この石に力を込めればいいって?
憎いヤツ思い浮かべて?
いいよ。あの女とモブを思い浮かべると力が湧いてくるから。
…っと。これでいい?
あぁ、お礼なんて……あ、そういえばあれが欲しいかな。
あれよ、あれ。
うん! ふふ、よろしくね。
お読みいただきありがとうございました。難産でした……。
次回の2月11日ですが、すみません。所用の為、お休みさせていただきます。
次話31話は、2月13日の午前0時に更新予定です。
よろしくお願いします。