第30話
「マリー!」
どこか遠くで、リュスラン殿下が叫んでる。
私はただぼんやりと聞いていた。
だって、目の前に起こってることが現実とは思えなくて。
カミーユ様に掴まれた手が痛い。
そして、いつもとは違い、カミーユ様の目つきは鋭く、更にその表情には余裕がないように見える。
握られた手に痛みを感じたその時、、ヒュン、と斜め後方から何かが飛んできた。
ほぼ同時にパシャンと水音が鳴る。
見ると、カミーユ様の眼前に拳大の水の玉がいくつも浮いていて、それぞれに数発もの銀色の氷の弾丸包み込んでいた。
次の瞬間には水の玉が力を失って地に落ちて砕けた。
カミーユ様の拘束が緩められるのと、私がアーシュの背に庇われたのは、ほとんど同時だった。
「お前達何をしている! 頭を冷やせ!!」
リュスラン殿下の怒声が飛んだ。
殿下は倒れたマリアーネ様の側にいる。
私は転がるように、マリアーネ様の元へ向った。
「マリアーネ様、大丈夫ですか!」
呼びかけるけど、返事はない。まさかの事態を想像し、さっと血の気が引いていくのを感じた。
「意識はないが、顔色は悪く無い。少し額を切ったようで血は流れているが、他に外傷はなさそうだ。心配なのは、魔術の影響だが……セラフィカ・アズリ、お前なら調べられるか」
「やってみます」
今回使われたのは多分……【闇魔術】のうちの【呪術】。人の感情を素体として魔力を付与し、対象を文字通り呪う魔術だと思う。【闇魔術】なので、私の【光魔術】なら解呪も可能だ。
そう思って調べてみたけど、マリアーネ様に【呪術】の影響は感じられなかった。
「【呪術】の影響はありません」
「そうか。だったら、何かで頭部を打って気絶しているのかも知れないな。ベルノ」
「治療士か? 了解」
「ヒュイス、西の通用口の封鎖を一時的に解きます。そちらへ向かいなさい」
落ち着きを取り戻したのか、カミーユ様が指示を出す。ヒュイス様は文字とおり風のなったかのようにかけ出していった。
「もう大丈夫だ。セラフィカ・アズリ。よくやったな」
殿下は落ち着かせるように私の肩を叩いた。
*****
その後、マリアーネ様は治療所に移された。特に酷い外傷はないが、頭部を打っているかも知れないので、そのまま一晩様子を見ることになった。
マリアーネ様の看護を願い出て条件付きで許可が出た。私自身の顔色も良くないので、疲れを感じたら休むように、ということだった。
このまま寮に帰ったら、質問の嵐に巻き込まれる事が予想できたので助かった。
その夜。
マリアーネ様の落ち着いた寝息だけが聞こえる部屋で、私は今日の出来事を思い返していた。
【呪術】の箱を持ってきた男は、直ぐその場で拘束されていた。拘束したのはヒュイス様とアーシュ。
ほぼ同じぐらいに、食堂棟の出入り口と窓、左右の寮への通用口は全てカミーユ様によって封鎖されていた。聞いたところ、非常時にはそういう処置を取るのが決められているとか。
とにかく、事件そのものはほぼ一瞬で決着が付いたようだ。
後は、目撃者探しとか情報収拾だけど、休日なのであまり人の出入りないのが裏目に出てる。今の所、不審人物はいない……私を除けば……。
とりあえず、今はまだカミーユ様から追及はされてないけど、多分明日当たりには……呼び出しが来るんだろうな。
でも、どうしてカミーユ様は私を疑っているのだろう……。私は【闇属性】の呪術は使えないし、箱を持ってた護衛騎士とは話したこともないんだけどな……。説明って言われても、何をどう説明していいかわからないよ……。
第一、素直に話したとして、カミーユ様は信じてくれるのかな?
現実のカミーユ様とはまだ数えられるぐらいしか会っていないので、本当のところはわからないけど、「エタ☆プロ」の中の「カミーユ・ダングラル」は人間不信を極めたキャラだった。
確か、幼い頃に最も信頼していた人物に手酷く裏切られたエピソードが語られていた。それからの「カミーユ」は、人の言葉は信じない。人の心を信じない。主人公すら、疑って疑って疑って、やっと最後に少しだけ信じることが出来たという筋金入りだ。
カミーユ様が「カミーユ・ダングラル」と同じならば、私の言うことなんて信じないだろうけど……。
「あれ?」
彼の事を思い出していたら、記憶の隅の何かが引っ掛かった。
何だろう、としばらく首をひねって考える。
気にかかるのは、カミーユ様の言葉? 行動? それとも?
「あ、もしかして?」
あれだ、あの時の表情と同じだ。でも、あれって、確か…………。
「う……嘘でしょう? でも、それなら納得いく……けど?」
一つ思い当たると、パチリパチリとパズルのピースが埋まって行く……けど。
「あぁぁ。どうしよう……これ、どう収拾つけたら良いのか、全然わからなくなっちゃった……」
次の日の朝、私を迎えに来たのはエリー兄だった。
――やっぱりな……。予想通りだよ……。
エリー兄は、私の顔を見るなり、心配そうに眉を潜めた。
「顔色悪いぞ。ちゃんと寝たか?」
「寝てたよ」
「嘘だな」
「ほんとに寝たよ……少しだけ」
「やっぱりか、このお馬鹿妹! あんなことがあったんだからしっかり寝ないと保たないぞ! 届け出しといてやるから、今日は大人しく寝てろ」
「そうしたいけど、無理だと思う」
「……あれか、ダングラルの一件か?」
やっぱりエリー兄は知ってた。情報元はアーシュ、かな。
「あまり気にするな。お前は何もしてないんだろ。堂々としてろ。何かあったら俺が何とかしてやるから」
「ありがとう、エリー兄。あのね、そのことで聞きたいことと、相談したいことがあるの。聞いてもらえる?」
*****
その日の午後、私は食堂棟の二階にある、”サロン”とは離れた小部屋に出向いた。
本当は、ここではない方が良いのだけど、男女が等しく利用できるところで且つあまり知られたくない話が出来るところと言ったら、選択肢は少なかった。
食堂の封鎖は解かれているけど、人の姿は少ない。
二階へ上がって、目的の部屋へ。やっぱりここにも誰もいない。
「失礼します」
一声掛けて中に入った。
そこで、私を待っていたのは、カミーユ様だった。
「遅くなって申し訳ありません。ダングラル様」
いつもより若干自嘲ぎみに見えるのは気のせいだろうか。
「いえ、さほど待ってはいませんよ。……お一人ですか?」
「はい……あ、でも、何かあったら兄がここに来ます」
「ほう、ブルムスターではなくて?」
「アーシュは……ブルムスター様には聞かれないほうが良いと思いましたので」
「……そうですか。それにしても、お一人でいらっしゃるとはなかなか肝が座っておられる」
「…………。ありがとうございます」
絶対誉めてないだろうな、と思いながらお礼を言うと、カミーユ様は態とらしく「いいえ」と言いながら微笑んだ。……何だか負けた気分だ……。
「それで、貴女の釈明を聞きましょうか?」
「……」
「どうしました? 何か思うところでもおありですか?」
「いえ、……その……私もどう言って良いのか全然わからなくて……」
カミーユ様が大仰にため息付いた……。言いたいとこは分かってるのだけど……。
「時間の無駄です。さっさとお話しなさい」
もう、腹をくくるしかないか……。
「分かりました。……チェルシー、ちょっと顔見せて」
ポケットを軽く叩いて、チーちゃんを呼び出す。チーちゃん、出てくるなり私の頭の周りを全開で飛び回っては髪を軽くだけど突き倒す。機嫌悪いな。これは文句言ってるよ絶対……。
「可愛らしい小鳥ですね……ですが、この鳥が何か?」
「はい。ええと、この子、こんな小さな鳥なのですが、一応『聖獣』なんです。ちょっと気まぐれで我儘で……え、ちょ、チーちゃん。痛いから止めて」
「……で、その鳥、いえ『聖獣』がなにか?」
「あ、すみません。この子、私と契約してるのですけど、あの時……【呪術】の蟲が襲ってきた時、私に代わって【光結界】を張ってくれたのはこの子です。私は蟲が苦手なので……。それで、多分ですけど、この子【光属性】の聖獣なので【属性反発】が強すぎて、マリアーネ様を吹き飛ばしてしまったのだと思います。マリアーネ様は【闇属性】を持ってらっしゃるので」
「……」
「兄に聞いたのですけど、同じような事が子供の頃にあったと言ってました。同じように【闇属性】を持っている兄をやはり同じように吹き飛ばしてしまったらしいです。
なので、マリアーネ様の怪我は私の責任なので、これから謝罪にいくつもりです」
「……それだけですか?」
「はい」
「本当に?」
「はい。だって、ダングラル様があの時聞きたかったのは、この事ですよね?」
カミーユ様は何も言わない。でも否定はしなかった。
最初から違和感みたいなものはあった。
だって、あのダングラル様が、侵入者を取り締まるわけでもなく、後続を警戒するでもなく、何で私を拘束したのだろうと。
そして、はっきり分かったのは、あの直後のカミーユ様の切羽詰まったようなあの僅かに表情の動き。
あれは、「エタ☆プロ」中最高難易度と言われたイベント「カミーユの後悔」の中に出てきたスチルの表情そのものだった。主人公を初めて愛しいと思い、その彼女を無意識で傷つけてしまった時の表情と。
ここからは、私が一晩考えた推測だ。
多分、あの【呪術】が発動された時、カミーユ様はマリアーネ様を見ていたのだと思う。
そして、【呪術】ではなく、私が張った結界によって、マリアーネ様が吹き飛ばされて怪我をするのを見ていた。
だから、思わず問い質した。『(何で、彼女に怪我させた? )説明しろ』と。
そう思いついてから考えてみると、いろいろ思い当たる節が出てくる。
第一、カミーユ様はまだ一言も”私が事件に関係がある”とは言っていない。
対応も甘すぎる。拘束はされていないし、特に見張られている様子もない。今朝なんて、エリー兄を迎えに来られたくらいだ。
いまだって、呼び出した私に警戒するでもなく一人で来てるし。
カミーユ様が本気で私を疑っているのなら、今頃は隔離軟禁ぐらいはするだろう。少なくとも、「エタ☆プロ」の「カミーユ・ダングラル」はそんな性格だ。
私の話を聴き終えたカミーユ様は、目を瞑って静かに聞いていた。
やがて、自重したように微笑みを浮かべる。
「失敗した、と思ったのですよ」
この人、本当にカミーユ様? そう思うほど、今の彼の表情は柔らかくて驚いた。
「押さえ込める自身はあったのですが、あんなものを実際に見てしまうと駄目ですね。ですが、貴女に看破されるとは思ってませんでした。欺き通せると思っていたのですが」
私も、まさか、としか思えなかったよ……。だって、あのカミーユ様だもの。
好きな子をずっと見てて、その子が危なくなったからついうっかり本音を言っちゃうなんて。らしくない。
スチルの事を思い出せなかったら、絶対にたどり着かなかったと思う。
「ところで、一つ聞いてもよろしいですか?」
「はい」
「今までの言動を見ると、『聖獣』の事は隠しておられたとおもいますが、何故私に話したのですか? 状況的に全て貴女がしたと言ってもおかしくはありませんよ」
「……隠し事をしたらダングラル様は信じて下さいましたか?」
カミーユ様の視線が僅かに揺らいだのが分かった。
「私は隠し事は苦手です。そんな私が隠し事をしたままだったら、ダングラル様には直ぐ分かってしまうし、そうなると、この話し合いも無意味になりますし。だったら、いっそ全部話しちゃえって……あれ、何で笑ってるのですか?」
気がついたら、カミーユ様がクツクツとたまりかねたように笑い出してた。そんな笑われることしでかしたかな……私。
「いえ、すみません。そう来るとは思ってませんでした。ですが、聖獣云々の話は、もう他の方にはしない方が良いですよ。『神の御使鳥』の契約者が実際に居るなんて知れたら、危険な奴らに狙われますから」
「……は、はい」
やっぱり、カミーユ様は『月光鳥』のこと知ってたか。
フロワサールを出る時、先生から、知られないようにしろと注意を受けていたのでずっと隠してたんだけどな。
「これだけは話しておきます。
あの時に残された箱から、【闇】の呪術の痕跡が残された魔石が発見されました。秘密裏に調査させたところ、マリー嬢に対して強い憎しみを持つ人物の”魔力”を使って、マリー嬢とその周囲を巻き込み呪殺するように術式が組んでありました。
これは推測ですが、”憎しみ”を持った人物と呪殺の術式を組んだ人物は違うのではないかと思われます。……模擬試合の時と同じ手口ですね」
「では、また殿下を狙ったものだと、ダングラル様はお考えですか?」
「……断言は難しいですが、その可能性は大きい。あなたも気をつけなさい。すでにあなたも私達と同類と見なされている。……あの術式には、あなたに対する”嫉妬”も組み込まれていました」
そうか、だから、黒い蟲は私にも襲いかかってきたんだ……。
カミーユ様の忠告は凄く有り難いが、同時にとても怖くなる。
「気をつけなさい。セラフィカ嬢。何かあったら遠慮しないでおいでなさい。相談に乗りますよ」
その日、私はマリアーネ様に謝罪しに行った。
そうしたら、何故かあの時”サロン”にいたメンバーがいて、私が謝る前にカミーユ様が機先を制し「疑ってすみませんでした」って謝罪。そのまま流されて、謝る機会を失った……。
もしかして、と私は思う。
カミーユ様は、そこまでしてまで、この事を知られたくないのだと……。
全く、らしくない……。
カミーユのイメージを崩していないか心配です……。
彼もまだ若いのだと思っていただければ……。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は2月9日を予定しています。よろしくお願いします。




