第29話
突然だけど、私は今実技のテスト中である。
苦手とする”攻撃術式”のだ。
名前を呼ばれて、的前に立つ。
呼吸を整えて、心の中で術式を歌いあげる。他者から見たら無詠唱に見えるかも知れないけど、私にはそんな高度な事は出来ない。
屈折率を変え、的に焦点を当てる。
私がするのはただそれだけ。
後は、魔力を光に変換し……。
「【光照射】」
一筋の赤い線が的の中央を撃ち抜き、ジッ、と音がして小指の爪ぐらいの焦げ目が出来た。
「………一応確認します。今のは、【光魔術】の上位術式【光照射】で間違いありませんんか?」
「……はい」
殿下に指導を受け、エリー兄との特訓の上に出来たのが、この攻撃術式【光照射】だ。だけど、殿下のお手本では的どころか周囲まで派手に焦がしたのに対し、私はせいぜい小さな焦げ目がつくぐらいの威力しか出ない。正直、他の人の下位魔術の方が余程効果があるだろう。
「…………」
フェルプス先生の評価を待つ間、生きた心地がしない。
「合格です。セラフィカ・アズリさん。良く頑張りましたね。次の試験もがんばってくださいね」
「……本当ですか?」
「はい」
やったーと小躍りして喜んでたら、マリアーネ様に笑われた。
でも、ここ数日の我ながら涙ぐましい努力が報われたんだから、少しぐらい喜んでも良いと思うんだ。そうだよね?
*****
マリアーネ様と友達になってから、私の周囲の環境が大分変わった。
クラスでのマリアーネ様は取り巻きの方々と一緒にいるのであまり話すことは出来ないけど、敵ではないという認識に移行したのか、時々は話しかけてくる人も出てきたので少なくともお一人様では無くなった。
相変わらず私を敬遠している人たちも残っているし、ユリカ嬢の取り巻きの男子生徒達にはまだ嫌われたままだけど、打ち解けてくれる子や、何かあれば相談に乗ってくれる子も出来た。
やっと私の学院生活が順調に進み始めたのを感じて素直に嬉しくなった。
もう一つ、大きく変わったのは、マリアーネ様の推薦で殿下の”サロン”に入室出来るようになったことだ。
最初、その話をマリアーネ様から聞いた時には即座に辞退した。
だって、やっぱり貴族のご令嬢方を押しのけて、平民の私がそんな栄誉に与るわけにはいかないと思ったから。(尤も本当の理由は、そんな恐れ多くて堅苦しい場所には近寄りたくないと思ったからだけど)
だけど、マリアーネ様はそんな私の考えを一笑に付した。
「畏れ多いって、殿下もわたくしたちも同じ学生ですわよ」
「いえ、やはり、何の身分もない私とは違いますし……」
「身分って……? あなたはもう平民ではありませんけれど?」
「……はい?」
「正確に言うと、”未来のあなた”はですけど、ご存じなかったのかしら。
あのね、この学院に入学した時点ですでに貴女は貴族待遇なの。でなければ、幾ら下げ渡されたと言っても、王宮の一部であった学院内に滞在することは許されないでしょう? 更に、卒業後には、正式に准爵位を賜るわ。その後はあなたの努力如何だけど、魔術学院を卒業して政府関係の仕事に就かれて成功している平民出身の官僚の方々も多いですわよ」
し、知らなかった……。ていうか、そこまで考えてなかったと言うか……。
「身分は気にしませんわ。ここは学院内ですし。むしろ、あなたのような何の柵も持たない優秀な方を探してましたのよ」
マリアーネ様が言うには、彼女は殿下のご学友では紅一点で随分居心地が悪かったらしい。話し相手が欲しく何度か同性の学友候補を推薦してはみたのだけど。
「本人の能力は元より、家柄や派閥を考慮すると意外と少ない上、学友候補に選ばれただけで殿下の婚約者に選ばれたと勘違いされる方々も多くて……。そして、何より、殿下のあのご気性でしょう? もう、これはずっとわたくし一人だけだわと諦めかけてましたの」
そこに現れたのが私ということらしい。身分は平民だけど家柄は三公爵家のフロワサール公より保障されている。更に、平民の身分であるから婚約者候補にはなりえず、周囲の不安を煽ることはない。付け加えて言えば、側近候補の一人と親しく殿下との相性も良さそうだ。
更に言えば、貴族の陰湿な干渉にも慌てず対応していたのが決め手らしい。
「とにかく、一度”サロン”にいらっしゃい。殿下や側近の方々とお話ししてから考えても構いませんでしょう?」
*****
そんな会話を交わした後で、私は”サロン”に連れて行かれ、はっきり断れないでいるうちに現在に至っている。
殿下や側近の皆様がちゃんと私を仲間扱いしてくれるのはちょっと嬉しいのだけど、休日にまで連れてこられるのだけど勘弁してほしい。
今日は、折角チーちゃんと散歩してたのに。ヒュイス様に見つかって、”サロン”に連れてこられてしまった……。
チーちゃん、ご機嫌斜めで、今はポケットでふて寝してるよ……。後で荒れるな、これは。
そして現在、正面の上座の一人がけソファーに殿下、殿下の隣にカミーユ様、私の隣にマリアーネ様、左右の椅子にヒュイス様とアーシュというちょっと胃が痛くなるような配置で座っている……。
「ほう、ではセラフィカ・アズリは、攻撃術式で合格がでたのか?」
「はい。これも殿下の指導のおかげです。ありがとうございます」
「そうか、良かったな」
「あら、セラフィカさんは、攻撃魔術が苦手でいらしたの?」
「あ、はい。相性が悪いみたいで……。今回、やっと【光】の攻撃術式が成功したというか」
「あら、そうなの? 先生方には相談なさらなかったの?」
「しました。そうしたら、フェルプス先生が”いろいろ試してみれば”とご助言下さって……」
「あらまあ」とマリアーネ様はなんとも言い難い顔をした。「どなたも言って差し上げなかったの?」と殿下達を軽く睨んでる。
「本人のやる気をそぐのはまずいだろう」
「一応、伝統ですから……。無理なようだったら止めようとは思ってましたけど」
アーシュのあの顔は、エリー兄様が仕掛けた悪戯を前もって知ってたけど言わなかった時の顔に似てるけど……まさかね?
「あのね、セラ。怒らないで聞いてね。理由さえ認められれば攻撃術式が出来なくても成績には響かないんだ」
「……はい?」
「だって、適正とか相性とか魔術にはいろいろあるしね。そういったことは全て考慮されて成績がつく」
「ええ、ブルムスターの言うとおりですね。良く考えてご覧なさい。攻撃以外の適性がない殿下でも、三学年の代表なんですよ」
「……あ……」
そうか、そうなのか……攻撃術式が出来なくても留年も退学もしないのか……。良かった……良かったけど、納得いかない……。
「言ってくれれば良かったのに……」
「ごめん、教えて上げたくても禁止されてるんだよ」
「要するに、本人が早々と”出来ない”と見切りをつけてしまっている場合もありますから、教師の方々は諦めずに努力するように仕向けようとしているのでしょうね。貴女はこの学院の伝統の洗礼を受けたということです」
そんな洗礼受けたくなかったです……。
「まあ、良いだろう。折角、攻撃術式が使えるようになったのだから。……ぬるいな。誰か、入れなおしてくれるか?」
殿下が、紅茶を口に含み顔を顰めてそう言った。
「ああ、では僕が」とアーシュがさっと席をたったので、慌てて私も立ち上がった
「私が入れます」
「いいよ、慣れてるから僕が」
「でも……」
「じゃ、一緒に入れる?」
アーシュがそう提案してくれたので喜んで承知した。
アーシュ、フロワサールにいた時は、お茶を入れたことなんてなかったと思うけど、ずっと手馴れているので驚いた。
凄いね、って賞賛したら、「別に」って流してたけど、耳の先が赤くなってるよ。
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「……なんか、部屋の温度上がってないか?」
ヒュイスが仲良くお茶の準備をする二人にちらりと視線を送る。
「気になりますの、ベルノ?」
「いや? 別に?」
そう即座にヒュイスは否定したが、マリアーネは呆れたように小さく頷いた。
「もう、ベルノは分かりやすいですわね……」
「同意します。そして、もう少し女心を知るべきです。少なくとも、カマキリをプレゼントに選ぶべきではないと思いますね」
「……げ、何で知ってる……カミーユ」
「カマキリって、あれですわよね。茶色で凶悪な三角顔のあれ」
「ええ、それです」
「……まあ……なんということを。……よろしいわ、ベルノ。今から、女性の気持ちと女性の扱い方を教えて差し上げます!」
「ちょ、ちょっと待て!! マリー嬢!!」
「いいえ、待てませんわ。カマキリなんて……紳士の風上にもおけませんもの!」
「ええ、そうして下さい。そのほうが後々のためです」
「もちろん、そうさせていただきますわ!」
「ちょっーーー。止めろ。分かった、もう、プレゼントなんてしないから!!!」
「問題はそこではありませんよ、ヒュイス」
「まあ、好きな子にプレゼントもしないつもりですの? ますます気に入りませんわ!」
「何で、そうなる!」
――本当にお前たち息ぴったりだな……。
楽しそうにヒュイスを追い詰めるカミーユとマリアーネを見て、リュスランは思った。もちろん、口に出さない(出したらヒュイスの二の舞いになるから)が。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アーシュと一緒に紅茶を入れていると、遠慮がちに扉を叩く音がした。
殿下が入室を許可すると、護衛の一人が大きな箱を持って立っている。
「殿下に差し入れだそうです」
「差し入れ? 誰からですか?」
「宰相閣下のご夫人オリヴィア様と聞いております」
「……叔母上ですか? ……わたくしは聞いておりませんが……」
マリアーネ様が首を傾げる横で、私はその箱から目を離せなかった。
――気持ち悪い……。何が入ってるの、あれ?
マリアーネ様が、箱を受け取ろうとしている。
「受け取っちゃだめです、マリアーネ様!!」
止めようとしたけど、一歩遅かった。マリアーネ様が箱に触れた途端、”それ”が形を変えた。
小さい、黒い、蠢く蝿の群れに。
群れは二つに分かたれ、一つはマリアーネ様に。
もう一つは私に襲いかかってくる。
――気持ち悪い、やだ。
思わず吐きそうになる。
それまでも嫌いだったけど、蟲の群れに襲われて以来、私は全面的に蟲が苦手だ。
今も、襲いかかる蝿の群れを前に、呆然としたまま動けない。
あれが、悪意を持って私を害そうと知っているのに。
だけど、その群れが私に触れる寸前、いつかと同じように、キィィィン、と耳を劈くような音がした。
同時にピィとなく、チェルシーの声。
そして、いつの間ににかポケットから飛び出したチェルシーが、私の周りを飛び回っている。
気が付くと、無意識で【光結界】を張っていた。
いや、違う。これは私じゃない。
チェルシーだ。
私の危険を察知したチェルシーが私を守るために結界を張ったんだ。
あれ程蠢いていた黒い群れが結界の光に雪みたいに溶けていく。
「きゃぁああーーー」
マリアーネ様の悲鳴が聞こえ、同時に激しく何かを叩きつけたような音がした。
結界の光が消えていく。
私の目はある光景を捉えていた。
額から赤い血を流して倒れているマリアーネ様の姿。
そして。
「これは一体どういうことですか? 説明していただきましょう。セラフィカ嬢」
私の腕を強く掴み、激しい言葉を投げかけてくるカミーユ様だった。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は2月6日午前0時を予定しております。よろしくお願いします。




