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第28話

イジメ(?)問題決着

 

 次の日の朝、登校するとクラスの空気が一変していた。

 いつもだって決して心地よいとは言えない雰囲気だったけど、今日はその比じゃない。

 暗くて重くて、まるで海の底で酸欠になって喘いでいるみたいな感じだ。


「おはようございます」


 挨拶すれば、顔を見合わせてひそひそひそひそ。いつもは挨拶ぐらいなら返してくれる人達にもあからさまに目を逸らされる。

 それなら、一切無視してくれれば楽なのに、気がつけば誰かが必ずこちらを見てるし、私が見返すと何も言わず、またひそひそひそひそ。


 非常に居心地悪い空間で、午前中の授業を終えた。


 昼休みになって迎えに来たサジェに、裏庭(バックヤード)まで連れて行かれた。


「サジェ、どうしたの?」

「どうしたの、なんて悠長なこと言ってる場合じゃないよ、セラちゃん。噂が加速してる」

「噂? あの殿下を誑かしたっていうあれ? まだ、流れてたの?」

「……セラちゃんが大物なのは知ってるけど、ちょっとは危機感持とうよ! 今までは、平民のくせに殿下に取り入ろうとしてる、って言われてたけど、今は人知れない時間に何度も逢引(デート)してるって」

「へ? 逢引(デート)?」

「しかも、ブルムスター様まで毒牙にかけたって」

「は? だって、アーシュ……ブルムスター様は幼馴染だよ」

「知ってる! でもそういう噂なの!」

「……何でそんな噂が……」

「ブルムスター様の方はほぼ間違いなく、昨日のお出かけが原因でしょうね……。まあ、そっちは二人が幼馴染って分かってる人も多いから誤解だってそのうちわかると思う。問題は殿下の方。……セラちゃん、マジで聞くけどほんっとに心当たりないのね」

「ない」


 サジェの視線が痛い。信じてくれないのかな、とちょっと悲しく思う。

 でも、すぐに彼女は納得したように微笑みを浮かべて頷いた。


「だよね。セラちゃん、嘘下手だし。うんうん。……よし、ちょっとマジで噂の出処探ってみる。火消し出来そうならやってみるけど、あまり期待はしないでね」

「……信じてくれるの」

「当たり前でしょ! だけど、気をつけてね。何だか皆とってもピリピリしてるから」

「ありがとう……」


 撃沈しかけていた心だけどサジェが信じてくれたから少しだけ浮上した。

 噂は噂だ。きっと大丈夫。

 とにかく今日を乗り越えようと、あの重苦しい空気のクラスへと戻った。





****



 緊張で胃が痛くなるような午後の授業をやっと終え、帰り支度も早々にクラスを出たのだけど、校舎の出口で待ち構えていた集団に捕まった。


 男子生徒に女子生徒、先輩も同学年の子もいる。皆違う顔のはずなのに、こういう場面では皆同じように見えるのは何でだろう……。


「平民のくせにわきまえなさいよ」「ずいぶんと卑しい人ですこと」「殿下に取り入ろうとするなんて信じられませんわ」


 攻め立てる口調の言葉も同じだ。最初は「誤解です」「心当たりないんです」って反論してたけど、全然取り合ってくれないし、むしろどんどん激しくなるので何も言えなくなった。

 罵倒の嵐の中で、私はぼんやりと「これ、いつ帰れるのかな……」なんて考えていた。


 そのうち、業を煮やしたのか体格のいい男子生徒が、「おい、聞いてるのか」って大声で威嚇して私の肩口に手を伸ばした。

 

「え、いやっ!」


 反射的についうっかりそれに反応してしまった。

 掛け声と同時に【風魔術】でごく弱い上昇気流を男子生徒の真下に発生させる。そのまま、差し出された手を軸に放り投げ……。ブルムスターの小父様直伝の投げ技が綺麗に決まってしまった。


「ぎゃぁああ」


「……え?」

「……嘘……」


 男子生徒は受け身も取れなかったみたいで悶絶してるし、周りは罵倒を止めて静まり返ってしまうし……。


「ご、ごめんなさい……」


 これは、あれだ。また、職員室お説教コースかな……、なんて覚悟したその時。


 ふふふ、と小さな笑い声が聞こえた。

 皆の視線が笑い声の主に集まる。


「マリアーネ様? 何でお笑いになっていますの?」

「ああ、失礼いたしました。わたくしとしたことが。……ですけど、教科書みたいに綺麗な返り討ちの投げ技で感心しましたの」


 そして、マリアーネ様は、やっと起き上がって男子生徒を軽く睨んだ。


「何があろうと、婦女子に手をあげるなど、紳士の片隅にもおけませんわ。以後反省なさいませ」

「……はい……」

 

 マリアーネ様はまた、私を囲む生徒たちにも鋭い視線を向ける。


「あなた達、もうこんな事はお止しなさい。何の解決にもならないばかりか、非常に見苦しい」

「ですけど、マリアーネ様。今回に関してだけは、わたくし達は譲れませんの。そこの平民の女が、事もあろうに殿下のお心を惑わせるなどあってはなりませんもの」

「……殿下の御心がどこにあろうと、わたくしたちには何も言えないと思いますけど……。よろしいわ。はっきりさせましょう。セラフィカさんと……そうね、貴方と貴女、それと貴方も……腰の痛みが我慢出来るなら一緒にいらっしゃい。真実を問い質しに参りましょう」




 マリアーネ様に連れられて私たちが向ったのは、殿下達がいつもいるはずの場所(サロン)だった。

 普段なら入れるはずのないその扉の前で、マリアーネ様を除く生徒たちは二の足を踏んだ。


「マリアーネ様、もしや殿下に……」

「ええ、そのつもりですわ。本人に聞くのが一番早いでしょう?」

「や、やめてください……」

「大丈夫。殿下はお優しい方だから」


 マリアーネ様は護衛の騎士に扉を開けさせて中に入る。私達も彼女に続いて足を踏み入れた。

 部屋の中では、リュスラン殿下を囲んでカミーユ様、ヒュイス様、アーシュ達が談笑してた。


「ご歓談中失礼致します。ごきげんよろしゅうございます。リュスラン殿下」

「うん? マリーか? なんだ大勢で。何かあったか?」

「お許しなくこの方々を入室させたことには謝罪致します。ですが、殿下にお伺いしたき事がございましたので。よろしゅうございますか、リュスラン殿下?」

「……マリー、声が怖いぞ……悪い予感しかしないが……。良いぞ。私で答えられるなら答えてやる。何でも訊け」

「では、お言葉に甘えまして単刀直入に。リュスラン殿下は、ここにいるセラフィカ・アズリ嬢を愛しく思し召しですの?」


「ぶっ」とリュスラン殿下は吹き出した。

 アーシュからは表情が抜け落ちてるし、ヒュイス様は目をまん丸に見開いてるし。 


 マリアーネ様、いくらなんでももうちょっと穏便に言葉を選んで訊いてほしい。私、頭の中が真っ白になったよ……。


「ない」

「嘘ではございませんね」

「ない……氷漬けは遠慮したいからな」

「承知しました。では、セラフィカさん、貴方は? 心当たりはございまして?」

「ありません」

「本当に?」

「はい」

「分かりました」


 マリアーネ様は、私が質問に答える間中、感情のこもらない目で嘘を見抜こうとするかのようにじっと見ていた。答え終わると、自分を納得させるように数度頷く。


「では……そこの貴女。貴女は最初から殿下とセラフィカさんの関係を主張なさってましたわね。それは何故?」

「……不敬に当たります」


 マリアーネ様はリュスラン殿下に視線を送り、殿下は頷いて了承した。


「殿下よりご了承は得ました。真実をお話しなさい」

「……わたくしは……目撃いたしました。そこの平民が、朝、殿下とこっそり会っているのを」


 朝? 殿下と? 私、知らないけど?


「あろうことか、その女は殿下に抱きついてました。……今朝など、熱い抱擁までされてました」


 今朝? 今朝って言った? 今朝会ってたのは殿下じゃないけど?


「ち、違います!」

「いいえ、そこの女です。見間違えようがありません!」

「だから、私じゃなくて!」

「貴女よ! 絶対貴女!」

「二人ともお止しなさい。セラフィカさん、この方は貴女だと断言しているけど、何が違うと言うのかしら?」

「……殿下じゃないんです。……私が朝会ってたのは、兄、エセル・アズリなんです」


 私が朝会ってるのはエリー兄だ。それも、ただの魔術の特訓の為。今朝、抱擁云々は、転んだ私をエリー兄が支えてくれただけだ。


「え? 兄?」

 女生徒が口をぽかんとあけたまま動かない。


「ああ、そういえば、セラ、エリーと特訓してるんだっけ? 今朝も確か一緒だったってエリーが言ってたな」

「アズリ兄と間違えた、だ? そんなに似てるかよ……。まあ、身長は同じぐらいかも知れないし、体格も似てなくもない? けど、普通、間違うか? 髪色も随分違うぞ」

「最近、魔獣の血液に晒されて脱色(ブリーチ)したらしいよ。白っぽくなってるし遠目だったら分からなくもない」


「嘘だわ! 嘘! この女の嘘よ」

「もうよしなさい! 不敬に当たりますわよ」


 なおも言い募ろうとする女生徒を、マリアーネ様はきつく止めた。


「事情は良く分かりました。今回は、わたくし達の勘違いということでよろしいでしょうか、殿下」

「ああ、分かってくれて助かった。一時はどうなるかと思ったぞ」

「貴女もそれでよろしいわね」

「……ですけど……」

「信じられないと言うなら、寮監に伝えて殿下及びアズリ兄妹の寮の入出記録を提出させますが?」

 カミーユ様が女生徒の言葉を遮った。

「ただ、あまり事を荒立てるはよくないでしょう? 殿下の、王族の言葉を疑ったという事実が残るかもしれないわけですし」

「……申し訳ありませんでした」


 女生徒の顔色が目に見えて青くなった……。カミーユ様ってやっぱり怖いよ。


「分かってくれて良かったですわ。他の方もよろしくて?」

「「はい」」


 マリアーネ様は、にこりとほほ笑み「もう噂を鵜呑みにして行動に移すのは慎みなさい」と釘を刺した。

 そして、殿下に向き直り綺麗な淑女の礼をする。


「殿下、このたびお疑いいたしました事、友に代わってマリアーネ・フラン・エルセーヌが謝罪申し上げます。どうか、寛大なご処置を賜りますよう」

「ああ、堅苦しい謝罪なんていらない。これからは人に迷惑だけはかけてくれるなよ」

「……はい、殿下。ありがとうございます……。ですけど、殿下。殿下もお立場をお忘れなきように。女子と仲良くするな、優しくするなとは申しませんが、波風は必ず立つと思し召せ。今回はこの程度ですみましたが、次回もうまく行くとは限りませんよ」

「全くです。マリー嬢の言うとおりですね」

「く、了解だ、マリー、カミーユ」




「――最後になって申し訳ないのですけれど」

 マリアーネ嬢は私に向き直って優雅に謝辞の礼を取る。すれすれまで膝を落としそれでも地に足をつけない矜持を保った最大の謝罪。


「マリアーネ・フラン・エルセーヌ、セラフィカ・アズリさんに謝罪の意を示します。――全てはわたくしを案じた友人がしでかした事に。そして、あなたがあまりに上手にに躱してらっしゃるからと言って事態の収束を怠り長引かせた事に対して。――申し訳ありません」


 取り巻き達が、水を打ったように静かになった。それほど、彼女が私に対して謝ったのが衝撃だったのだと思う。誰かのために己を殺して謝れるなんて、素敵な人なんだな、マリアーネ様は。


 だから、私も返礼する。同じように膝をおり目線を同じまで合わせて。


「セラフィカ・アズリ、謝辞をお受けします。願わくばお互いこの諍いが今後の糧となりますよう願います」


 マリアーネ様と目が合う。にこりと微笑んだのでこちらも微笑み返した。


「感謝しますわ。セラフィカさん。良かったらお友達になってくださるかしら?」

「もちろんです。喜んでお受けします。マリアーネ様」









――と、ここで終わったらとても素敵な出来事でした、で終わったのだけど。


 私は今、マリアーネ様の両手を掴まれて、至近距離で説教されている。


「早速ですけど、幾らお兄さまとは言え、年頃の女子が人気のない場所で男子と二人きりなど言語同断です、慎みと言うものをお持ち遊ばせ。それに、男子を投げ飛ばすなど、淑女の片隅にも置けません。もっと、よろしい躱し方もございますでしょう? それに…………」


 延々と続く小言に目眩を覚え、助けを求めて周りを見回したけど。


『マリーの説教は二時間は続くぞ』と殿下。

『大人しくマリー嬢の玩具になってくださいね。その分こちらが落ち着きますので』と優雅に紅茶を飲むカミーユ様。

『頑張れよ~アズリ妹』と声援を送るだけで助けにはこないヒュイス様。

『ごめん、セラ。僕にはマリー嬢を止められない』と申し訳無さそうなアーシュ。


 すみません、マリアーネ様。猛省しますので、そろそろ解放してください……。










悪役令嬢マリアーネ様は、実はオカン気質でした(笑)


お読みいただきましてありがとうございました。


次回は2月4日午前0時を予定しております。

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