第27話
街に出ました。
何だか周りがバタバタとした日が続き、あっという間にアーシュと約束した日が来た。今日は王都にお出かけの日だ。
朝早くからサジェを巻き込んで着ていく服を選ぶ。なんたって今から行く所は、普段着で歩けるような場所ではない。だって、貴族の皆様が普通に歩いている場所なんだから。
一口に王都と言っても、私達平民が暮らす場所を貴族が住んでいる住宅街とでは全然違うんだ。
王都は三つの壁がある。
一ノ壁は、王城と王宮を囲む壁。政治の中枢機関である王城と、王家の人々の住居である王宮を守っている。
二ノ壁は一ノ壁の外側にあり、基本的に貴族の皆様の生活の場所だ。広大な敷地に瀟洒な館が点在し、許可を受けたもの以外は何者も立ち入る事は出来ない。
二ノ壁内の元北離宮の敷地に在るのが我が王立学院だ。アーシュの実家ブルムスター邸は、学院とも近い位置に在る。
三ノ壁は二ノ壁より更に外側にあり、文字通り王都を区別し守る壁である。
三ノ壁と二ノ壁の間の敷地が、多くの庶民が暮らす街で、毎冬雪華祭の市場が行われているのは、町の入り口から一直線に走る大通りである。
アズリ家は、この大通りから少し外れ、王国騎士団の詰め所に近い場所にある。
ちなみに、ニノ壁は普通の壁でない。作りも分厚く各騎士団が通常演習出来るほど広い、いわば要塞のようなものらしい。有事の際はこの壁に民を招き入れるのだとブルムスターの小父様から聞いた事がある。
今日、私達が出かけようとしているのは、南側の敷地にある高級商店街。精査されて許可を得た商人だけが出店出来る格式高い店が並ぶ所だ。一人でいくのではないんだからそれなりの服装をしないといけないと思って、サジェに助言を頼んだのだけど。
「そうだよね~。綺麗にしたいよね~。うん、分かるよ。凄~く分かる」
と生ぬるい目で見られてしまった……。そんなんじゃないと思うんだけどな……アーシュだし……多分……。
*****
「今日はクロちゃんいないの?」
待ち合わせ場所で待ってたアーシュの足元にいつのもクロちゃんの姿はなかった。
「ああ、あいつはじゃ……いや、その、えっと、緊急事態で帰らなきゃいけない時の転移の終点を確保するために……その……置いてきた」
【転移】って本当に繊細な魔術だと聞いてる。特に起点(現在の場所)から終点(移動先)の座標の維持が特に難しいらしいけど。ちょっと疑問を感じて、
「あれ? アーシュって、一度行った所には転移可能なんじゃなかった?」
「え、……えっと。できるけど、より安全に転移するならクロを終点に据えるのが一番なんだ。なんたって、クロは相棒だし」
「……そんなものなの?」
そうだよ、ってアーシュは言うからきっとそうなんだろう。クロちゃんと会える機会は少ないからちょっと残念だ。
そして、乗り合い馬車を使って学院から町に出た。
まだ早い時間だったので、開いている店のほうが少ない。だけど、ただ歩いているだけで、三ノ壁の町並みとは違うのが興味深い。
石畳は綺麗に整備されてるし、建物の窓には花が飾られている。
「通りに面する窓には花を飾らないといけない法律が在るんだよ」ってアーシュが教えてくれた。
三ノ壁の道路は大通り以外はむき出しだし、通りを一つ入ると花より洗濯物が吊るされている。生活感はばっちりな所だ。二の壁の中は法律からして違うんだなと思った。
そんなことを話しながら歩いていると、ある店が飾っていた陶器に目が止まった。
「セラ? 何か気になるの」
「あれの値段……桁が違わない?」
「ああ、あれ……? ここは一応王室御用達の店だから、多分そのぐらい普通にすると思うよ」
「……そうなの?」
「たぶんね」
――そうか、値札の間違いじゃないんだ……。
見たこともない値段だからびっくりしたけど、王室御用達ならそのぐらいするよね。納得。
きっと、うちに在るのはレプリカなのかな? 同じような白い磁器に同じようなレースの縁飾りがついてるけど。腕のいい職人さんに精巧に作られたのね……。
「セラ?」
「うん? 大丈夫、納得したから」
私達が向かたのは、小物を取り扱う店だ。高級感はあるけど、決して手に入らない値段じゃない宝飾品やリボンやレースが沢山置いてある。
「目移りするよ~」
私の目、今きっと輝いてると思う。こういう店大好きなんだもん!
「気に入った?」
「うん!」
小さなアクセサリーをあれやこれやと取り上げみたり、リボンを髪合わせてみたりを繰り返し、最終的に可愛い香料入れを買った。
「あれ? アクセサリーは買わないの?」
「うん。私にはもったいない気がして」
「そんなことないよ」
私みたいに平凡な顔には高級なアクセサリーは似合わないかな、と気後れしちゃって、結局どれも選べなかったんだ。
「じゃあ、これ、つけて」
アーシュが渡してきたのは、綺麗な緑がかったブルーのちょっと幅広なリボンだった。縁に同色で細かいレースがついてる。
「ありがとう」
お返しというわけじゃないけど、実はこっそりアンティークシルバーのカフスを買っている。おとなしめなデザインだし、アーシュがいつもつけている青緑色のブレスレット(実は聖獣カームリザートなんだけど)とも合うかな。帰りに渡すつもりだけど、喜んでくれると良いな……。
お昼近くになり入ったのは、ちょっとおしゃれなオープンカフェ。
おしゃれな店員さんが来てアーシュがお茶はこの店自慢のブレンドティーと栗を使ったこの店一番のケーキを選んだ。店員さん、愛想良くアーシュに話しかけてる。……馴れ馴れしいなんて思ったぐらいには。
そのケーキはとっても美味しかったんだけど……。
「ねぇ、アーシュ……。誰かとここに来たことあるの?」
「え? い、いや、セラが初めてだよ」
「……ほんとかな……だってアーシュは甘いもの好きじゃないのに、注文慣れてたでしょう。……店員さんも知ってるみたいだし……。さっきの小物のお店も、男の人には興味ないはずでしょう……って、なんだろ……私」
何が言いたいんだろ、私。
なんか言いようがないくらいもやもやする。この所よくこうなる。
ケーキ美味しいはずなのに、全然味がしないよ。
「セラ……ごめん」
アーシュがいきなり謝った。
「誰かと来たことがないっていうのは……嘘なんだ」
え?
息が止まった。
「前に、エリーを付きあわせてリサーチしたんだ」
「エリー……兄様と……」
「そう、ちょっと騙し……頼み込んで付き合ってもらった」
「このお店とか知ってたのも兄様?」
「いや、……それは、あの、知人の友人の女性に聞いたんだ……ごめん嘘ついて」
「……」
アーシュが一緒だったのはエリー兄様? あれ、まさか、私の勘違い?
って、やだ、恥ずかしい。顔上げられないよ……。
「もう、勢いで言っちゃうけど、今日ここに来たのは、これを渡したかったんだ。ちょっと早いんだけど、誕生日のプレゼント」
彼が小さな箱を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
俯いたままプレゼントを受け取って開けてみる。
淡い月の光が溢れる月長石の髪飾りだった。
「僕の中のセラのイメージって、月長石なんだ。ずっと探してたけど、満足のいくものがなかなかなくて。……覚えてる? 最初に君に選んだ石のこと?」
「うん……もちろん」
「あの石の代わりになるものを上げたかった。こんなに遅くなったけど……セラ、誕生日おめでとう。そして、あの時は……ありがとう。僕と友達でいてくれて本当に感謝してる」
「……私こそ……」
――これで二つ目だ。
アーシュが私にくれた宝物。
一つは私が一番寂しかった時にくれた優しい魔道具のペンダント。
そして、もう一つが……これ。
「嬉しい……ほんとに……」
願わくば、ずっと友達で、ずっと一緒にいたいよ……アーシュ。
*****
それから。
カフェを出た少しだけ歩く。
ただ歩いているだけなのに、楽しいのは何でだろう。
「人が多いし、迷子になると困る」ってアーシュと手を繋いだ。勇気を振り絞りました。迷子は嫌だしって呟いてたら、アーシュに笑われた……。
カフェよりちょっと先でに人だかりができてた。
「何をやってるのかな」
「ああ、神殿の前だから、きっと結婚式かな? 見に行ってみる?」
神殿前では、花嫁花婿が出てくるのを待っている人でいっぱいだった。
「中で何をしてるのかな?」
「さあ、さすがに僕も聞いたことがないよ」
「サジェが誓約がどうのって言ってたけど、それかな?」
「……後で調べておこうか?」
「後とは言わずに、今お教えしましょうか」
横合いから、神官と思しき男の人が声をかけてきた。
黒い神官服に白い金髪が映えて見える。穏やかににこにことほほ笑みを絶やさない。
「今回は、誓約と婚姻を同時にしています。契約の女神の形代の御前にて、誓約の文言と署名を行い、女神の祝福を受けるのですよ」
「ああ、その誓約がサジェの言っていた”誓いの書”への署名ってことですか……」
「そうであるとも言えますが、違うとも言えますね」
「ということは?」
「現在は、”誓いの書”は存在しておりません。形骸化された署名の儀式のみが行われています」
「”誓いの書”はもうないのですか?」
だったら、子供時に見たあれはなんだろう?
「ありません。なぜなら、女神があまりに危険と判断され、お手元に還されたからです」
危険? 危険って? ”誓いの書”って祝福のアイテムじゃなかったの?
神官様は語る。
昔々、”誓いの書”により結ばれた二人が多くの子宝と人望に恵まれ人々を幸福に導いたと。
昔々、”誓いの書”により結ばれざるを得なかった二人が、お互い殺し合い凄惨な事態を招いたと。
昔々、”誓いの書”により引き裂かれた二人が絶望のあまり、死を選んだと。
「”誓いの書”は署名した二人をただ結びつける契約を為すものです。神霊との契約は、人の都合と心情とは無関係です。その強すぎる祝福が為した結果が今お話ししたとおり……。ついには数代前の王により本物の”誓いの書”は封印され女神に還されたと聞いております」
目眩がする。
”誓いの書”ってただのゲーム内のアイテムだったはずだ。そんな強い効力も強い呪詛もなかった。
これじゃ、ただの呪われたアイテムじゃないか……。
――これって……ほんとにあのゲームなの?
暗くて冷たいものが私の心を捉えていく。何だか怖くて震えが止まらない。
そんな私の手をアーシュが強く握った。見上げると、彼のブルーグリーンの瞳が心配げに私を見降ろしていた。そんな彼をお見ていると次第に恐怖心が晴れていく。
「セラ。ただの言い伝えだよ。僕達には関係ない」
「……そうだよね……」
「おや、怖がらせてしまいましたか。すみません、お嬢さん。お連れの方の言われる通り、今はただの言い伝えにすぎません。ご安心下さい」
「……はい」
ちょうどその時、中の儀式が終わったようで花嫁と花婿が姿を現した。
人が大勢寄せてきて、お礼を言う間もなく、神官様の姿が見えなくなる。
神官様と別れてしばらくして、アーシュがぽつりと呟いた。
「気に入らないな……」
「何のこと?」
「いろいろと……。あいつの魔力……変だ……気に入らない」
「……私はわからなかったな」
「うん、そうだね。杞憂に終わると良いんだけど。一応、もう奴には近付かないで欲しい」
「そう? ……アーシュがそういうなら。分かった」
そして、夕方になり、私は来た時と同じように馬車に乗って学院の戻っていく。
小窓から夕焼けに染まる空を見た。
「……帰りたくない……かも」
「そんない楽しかった?」
「うん」
銀のカフスをつけた彼の手と私の手はまだつながったままだ。迷子にならないように。
「また、来たいな……」
「そうだね。また来よう」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ディート神官はどこにいる?」
「ええ、ここです。何か私に?」
「神官長様が至急の要件とのことでお探しだったぞ。随分、機嫌良さそうだが何かあったか?」
「……いえ、特に何も……」
「何もなかったとは到底思えないほど緩んでるぞ。神官長様にお目にかかる際は気を引き締めてかかれよ」
「はい、注意します」
そんなに緩んでいたか。気取られなかったのが幸いだったな。
「……綺麗さっぱり忘れてるみたいだったな……。一度会っただけだから仕方ないか」
彼と彼女の道は交わらない、そのはずだ。
もし、不幸にも交わってしまうとしたら。
「あの子があの子じゃなければよかったのに……。仕方がないか……」
お読みいただきありがとうございました。
(注)前話のサブタイトルを変更しております。内容に変更はありません。
次回は2月の2日を予定しています。よろしくお願いします。




