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第25話

授業中(授業っぽくないけど)

――あ、笑ってる……。


 気がつくと、つい、【氷魔術】の練習をしているユリカ嬢を視界の隅で追ってしまう。術式に成功したと派手に喜んでいる彼女と、幾分戸惑っているけど同じように喜んで笑っているアーシュ。

 

――アーシュがアーシュじゃないみたい……。


 最近、彼に違和感を覚える。

 アーシュって、あんなに大人っぽく笑ったかな? 私の前ではいつもの、子供の時からずっと一緒の彼のままだから気が付かなかった。声が低くなったのは知ってたけど、背伸びしても届かないくらい背が高くなってるのも知ってたけど、あんな大人みたいな態度の彼は知らない。


「おい」


 あ、また、ユリカ嬢に笑いかけた……。アーシュ、別の人みたいだ。


「おい」


 やっぱり三年って長いよね。アーシュが変わってもおかしくないけど……なんか嫌だな……。


「おい、聞いてるのか?」


 ため息と共に肩を叩かれて、我に返った。

 そうだった。ここは鍛錬場で今は授業中。目の前には呆れた顔の王様が……拗ねた顔して待ってた。


「す、すみません……殿下」

「お前のぼんやりは標準仕様だな。とにかく今はこちらに集中しろ。時間は貴重だぞ」

「はい。仰るとおりです……」


 そうだよ、今はユリカ嬢の事は考えない、考えちゃいけない。ユリカ嬢がアーシュに必要以上に至近距離にいることとか……、ユリカ嬢が時々アーシュにさりげなく触れることや……。いや、駄目だ、雑念は封じないと。

 ふるふると頭を振って、いつもの様に両手で頬を叩いて自分に活を入れる。


「お前は……考えてることが丸わかりだな……くくく……はははは」


 リュスラン殿下は、笑いを収めかねて横を向いてしまった。

 そんなに可笑しなことしてるかな、私?


「まあ良い。で、お前が習いたいのは【光】属性の上位攻撃術式か?」

「はい」

「中位の術式はどれくらい習得している?」

「……あの、実は……全く?」


 それを聞いてリュスラン殿下は眉を潜める。


「普通は段階を踏んで習得するものだが……間をすっ飛ばそうとするのには何か理由でもあるのか」

「あ、はい。実は……」


 私は、私に対するマーク先生の見解をかいつまんで話してみた。


「……なるほどな。攻撃術式を使用する際の心因的な障害(ストッパー)か……。厄介なものを抱え込んだな」

「はい。そのせいで、攻撃術式は低位の【風刃(エアスライサー)】以外は使えません……」

「一応、一つは使えるのか。そうなると、攻撃術式に対する適性というより心の問題というのが現実味を帯びるな。私は専門家ではないので断言は出来ないが、お前の師の見解は正しいのだろう。それで、お前自身はどう思っている?」

「……どうと言っても」

「本当に心当たりはないのか?」


 ちょっとだけ迷って、でも考えてた事を話そうと思った。もちろん、前世云々は言わないけど……。

 数度しかあったことのない殿下に先生にも言わなかったことを言おうと思うなんて、我ながら変だとは思う。でも、何だか殿下は、エリー兄やアーシュと違った意味でとっても親しい人のように感じる。烏滸(おこ)がましいとは思うけれど。


「ほう、”傷つける行為”を受け入れられないということか」

「はい。……無理です」

「一つ聞くが、お前は、殴られても殴リ返さないのか? 自分が傷ついても?」

「……多分、殴らないと思います。私が殴っても多分痛くも痒くもないでしょうし」

「泣き寝入りすると? 受けた分を返す権利はあると思っている奴らも多いぞ」

「泣き寝入りはしたくないです。でも、やり返そうとは思えません」

「……なるほどな」


 殿下は何やら考えこんでしまった。とても真剣な様子なので、私から話しかけるわけにもいかず、沈黙のまま時間は流れていく。

 やがて、リュスラン殿下は軽くうなずきながら口を開いた。


「正直、お前の考えは甘いと思う。大切に育てられた子供が理想として掲げる考えだ。……だが、なんだろうな。お前は変わってほしくないよ」


 リュスラン殿下の大きな手がすっと伸びてきて、今までの殿下からは考えられないくらい柔らかな表情をして私の頭をふわりと撫でた。


「本当に大切にされてきたのだろうな。だから、こんなに優しく育ったのだろう……。お前はこのままでいい。醜いものなんて知らなくていいよ」


 それって、私が何も知らない子供で、その子供のままでいなさいってことでしょうか……。ちょっとへこむ。大人とは言わないけど、ちょっとは大人のつもりなんだけど……。


「……やっぱりお前、私とどこかで会っているだろう? 前にもこうやって撫でてやった覚えがあるぞ」

「多分勘違いです。……あの、殿下……そろそろ……その」


 さすがに、周囲の目が気になってくる。ほら、特にマリアーネ様の取り巻きの方々の目が痛い。

 私は、急いでリュスラン殿下の手から頭を逸らした。


「で、殿下。あの、だから攻撃術式を教えて下さいっ」


 殿下は苦笑を浮かべて手を引いてくれた。

「ああ、分かった。……見ててやるからやってみろ」



 それから、殿下に言われて、【風刃(エアスライサー)】を何度か撃ち出してみた。

 殿下曰く、使用する魔力に対しての威力が弱すぎるらしい。つまりは燃費効率がものすごく悪いそうだ。だから、術式を少し変えてみたら今度は展開そのものができなくなり、仕方なく【風刃(エアスライサー)】に関しては、それ以上手を加えない事にした。


 そして、目玉の【光属性】の攻撃術式のコツを教えてもらう。


「攻撃を思っているから、障害(ストッパー)が掛かってしまうんじゃないか。【風】なら、相手を範囲(エリア)から押し出す、ぐらいの軽い気持ちでやってみろ。【光】ならそうだな……相手を通過するだけ、とかか。魔力が込められていれば、それでも多少の効果がでるはずだ。制御云々はお前にはまだ早い。目一杯やれ」

「光量を最大限に放出するだけでも目にダメージを与える立派な攻撃魔法だぞ。なれたら熱を加えて温度を上げついでに収束させれば立派な上位魔術になる」

「あれはただの的だ。いいか、人でも魔獣でも生き物ですらないただの物体。真っ二つになっても血もでないし傷もつかない。むしろ、粉微塵になったら薪にでもなって喜ばれるぞ」


 殿下って、面白い……いえ、可笑しい。

 思わず、魔術師達が【風魔術】で相撲を取ってる所を想像してしまったじゃない。他にも喜々として薪を量産している魔術師達を想像して……思考が明後日に飛んだまま帰ってこなくなった。



*****


 試行錯誤に明け暮れた時間後半に入り、疲れを覚えたので鍛錬所の休憩室に逃げ込んだ。そうしたら、クラスメート達が死屍累々と転がっていた。

「もう、打てねぇよ」「鬼だ、あの人……」「うう、怖いよう……ママン(聞かなかったことにしよう……)」 もしかして、先輩方って先生方の授業よりずっと厳しいの? 


 目を丸くしてたってたら、肩をぽんと叩かれた。振り返ったら、いつもの優しい笑顔のアーシュがいた。 


「セラはもう終わったの?」

「まだ。厳しいからちょっと逃げてきちゃった」

「ああ、セラの相方(パートナー)はリュスラン殿下だっけ。あの人は厳しいので有名だけど、ついていける?」

「そうね、厳しいって言えば厳しいけど、考え方が新鮮で楽しいよ」

 

 だって、相撲に薪割りだもの。つい、思い出し笑いをしたら、アーシュが意外そうな顔をした。


「そんなに楽しい?」

「うん」

「へぇ、興味あるな。どんな風に楽しいの?」

「そうだね。うち(マーク先生)の指導は理論が一番先に来るでしょう? 術式をこう使えば、こうなるって。でも殿下は違うの。術式事態がもっと曖昧で、でも凄くイメージが効いてるってっていうか」

「ああ、野生の感で魔術を使うタイプだよね、殿下は。そうか、セラの術式は特殊だから、殿下とは相性がいいかも知れないね」

「殿下そのものもね、怖いのかと思ったらとって楽しい人だったの。そうだな……人間になったクロちゃんみたい」って言ったら、アーシュが盛大に吹き出した。


「クロって……殿下が黒玉と?」

「そう、似てない?」

「……ふ……クロみたいに間抜けって、あの殿下が?……ふ、はは」


「おい、何を笑ってる?」

 二人で笑い転げてたら、殿下がぶすっとした様子で話しに加わってきた。


「……何もありませんよ」

「そうか? 何だか私を見て笑っていたようだが」

「違いますよ。……それはそうと、殿下、過剰な触れ合いおよし下さい」

「……やはり、見てたな」

「ええ、もちろん。悪さする虫がいては困りますので」

「……一応王族の私を虫扱いするか、大胆だな」

「いえ、してません。そもそも、虫と殿下を一緒にした事はありませんし。それとも、殿下は自分が”虫”であるという自覚でもあるのですか?」

「随分を言うようになったな、アーシュリート」

「毎日鍛えられてますから」


 殿下とアーシュって仲良いんだ。いいな……。置いてけ堀になった気分だ。でも、微妙に火花が跳んでる気がしないでもない。


「あの!!!」


 止めようがなくて、二人をただ眺めてたら、横合いからユリカ嬢が割って入ってきた。今日は、今日は茶髪を二つに纏めていて、お人形のように可愛らしい。


「お前は?」

「あ、あの殿下。お忘れですか? 一度ご挨拶させていただいてます。ユリカ・アリス・アーベンスです」

「ああ、アーベンスか。何か用か?」

「あ、すみません。フィリス様……ブルムスター様に」


 何故かアーシュを気遣わしげに見る殿下。アーシュは苦笑してる。ちょっと機嫌は悪いかも。


「ほう、お前『フィリス』と呼ばせているのか?」

「……致し方なく」


「あの、フィリス様! 氷魔術、低位は覚えました! 中位もお願いします」

 ユリカ嬢が満面の笑みを浮かべてる。見てると……なんだか、胸がもやもやする……。


「……ユリカ嬢。先に行っててくれるかな。僕もすぐに行くから」

「はい!! あ、あの、殿下、お怪我なさらなくて良かったです」

「ああ、あの【先視】のことか。……そうだな、気にかかる事があったら知らせてくれ」

「はい、もちろん!!」


 ユリカを嬢を見送って、殿下はアーシュに低い声で囁いた。

「あまり言いなりになるなよ。あれは、つけあがるぞ」

「分かっています」とアーシュは頷いてた。


 

 その後は再び殿下の指導のもと攻撃術式の練習をして、授業は終わった。

 

 帰り際に、リュスラン殿下から白い布に包みを渡された。

「お前と約束していたのだが、なかなか時間が取れなくてな。これを受け取ってくれるか」


 入っていたのは、すっかり水分の抜けた花びらが数枚。セピア色に変色してるけど、元の蒼い色合いは残っている。なにより、優しいグリーンノートがする。


「これは?」

「お前が見たがっていた花だ。ザフィリアという」

「それって……」

「そう、王家が花の名を取ったのか、花に王の名をつけたのかは知らないが、ザフィリアが咲く場所だからザフィル。王都の名の由来だな」

「……そんな大切な花を……受け取れません」

「これはただの欠片だ。むしろ欠片しか見せてやれなくてすまない」


 そんな貴重な花を受け取っていいものか、ちょっとだけ悩んだけど、折角リュスラン殿下の気持ちだ。感謝の気持ちを込めて受け取ろう。


「ありがとうございます。大切にします」

「ああ、そうしてくれ」


 殿下は思ったよりずっと優しい人なのだろう、と私はその時思った。



*****



 その日の授業が終わり、教室棟をでると、アーシュが待っていた。

 彼が待っているのはいつものことだけど、いつもと違うのは、彼の脇にユリカ嬢の姿があったことだ。

 気が重くなりかけたけど、仕方がないと言い聞かせて彼等の脇を通りすぎようとしたら。


「セラ、待ってたんだ。一緒に帰ろう」


 アーシュが、そう声をかけてきた。一瞬、横にいたユリカ嬢が眉を潜めたように見えた。


「……いいの?」

「ああ、私ならお構い無く、アズリさん。フィリス様にはお声をかけていただいただけよ」

「……僕からじゃないけどね……」

「では、私はここで。フィリス様、ごきげんよう」


 アーシュの声は小声すぎて良く聞き取れなかったけど、ユリカ嬢は気にすることなく去っていった。

 それから寮までの道を二人で歩く。しばらく無言でいたけれど、寮に着く直前、アーシュは口ごもりつつ話しかけてきた。


「あの、……あのさ。セラ。次の休日だけど……空いてる?」

「次の休日? うーん、特に何もないかな。しいて言えば、チーちゃんとのお散歩ぐらい?」

「あ、だったら、一緒に街に行かない?  セラは貴族街の店はまだ言ったことないよね。良かったら案内するよ」


 王都には毎冬来てるけど、ニノ壁(にのかべ)内には入れないので貴族街には行ったことがない。そこには珍しい物や綺麗なものが沢山売っていると聞いているので一度はいってみたかったんだ。


「行きたいけど、良いの? 私平民だよ」

「大丈夫、学生は入れるから。ねぇセラ。僕と一緒に行ってくれないかな。お願いだよ」


 そう言ったアーシュの表情は、やはり今まで見たことのないような顔で心臓が不必要に早くなってる。


「……うん」

「本当? ありがとう」


 アーシュは本当に蕩けそうな笑顔をしてて……ちょっと顔が熱くなったのは内緒だ……。





【本編に入らないこぼれ話】


 殿下との授業の次の朝。

 

 私をからかって遊ぼうとしたエリー兄に、殿下とのイメージトレーニングで特訓した【風剣(エアブレイド)】幅広バージョンを展開発動し、そして成功した!!

 とってもいい音がする割にはダメージがあまりない”人を傷つけない”攻撃術式。名付けて【紙剣(ハリセン)】!!



 もちろん、先生方には披露していない……。




――――――

お読みいただきましてありがとうございました。

今回は本編に載せられないこぼれ話をあとがきに載せてみました。いかがでしたでしょうか? 



次回は1月28日午前0時の予定です。よろしくお願いします。


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