第26話
定番来る!
「セラちゃん、お茶しよ!」
同室のサジェが両手いっぱいにお菓子の山を抱えて私を呼んだのは、あの縦割り授業からしばらくたった頃のことだった。
「サジェ、何そのお菓子? 貰ったの」
「そうだよ~。生菓子だから急いで食べないとね。日持ちするのは部屋に持って帰っていいよ~」
「きゃー、これ、エスプリのアプリコットクレームビスキュイじゃない? こっちはロアールのポワンショコラ! いやー、良いの~」
エスプリもロアールもお菓子の有名店で、高価だし予約しないと買えないし予約は数ヶ月単位で埋まってるしで、高嶺の花なんだ。それも、店の看板を背負ってる超有名菓子! これはテンション上がる!
そんな私を見て、サジェが一言「セラちゃんも女の子だったんだねぇ。いっつも平然としてるからこんな大騒ぎになるなんて思ってなかったよ」だって。そんなに鈍そうに見えるのかな、私……。
急いでお茶を入れて、二人でお菓子を頬張った。
「でも、サジェ、これ誰から貰ったの?」
「うん? ああ、私の婚約者だよ~。お義母様からのおすそ分けだって。三ヶ月待ちだったらしいよ。だからってこんなに大量に買う事ないじゃないよね~」
「っ! サジェ、ほんとに?」
「ほんとだよ、三ヶ月待ち」
「そっちじゃなくて、……婚約者……のほう」
「ああ、そっちか~。別に珍しくないよね」
サジェはまだ十四歳。私の感覚ではまだ恋愛も結婚も早いような気がするけど。
よく考えて見れば、この国の成人は男性が十八歳で女性が十六歳。貴族女性だと結婚適齢期は成人直後の十六から二十代半ばまでと割りと早めだ。平民は先ず生活力を身につけるのに時間をかけるので、もう少し遅くなる。
「それにしても早くない?」
「そう? 普通だよ。まだ口約束だけだし。成人したら正式に”誓約”するけど」
「誓約?」
「ああ、セラちゃんは貴族じゃないから知らないか。あのね、貴族が婚約すると”誓いの書”に署名をするの。聞いたことない? ”誓いの書”の伝説」
「ある。永遠の愛に祝福を与えてくれるアイテムだよね」
「お伽話みたいなものだけど、女の子なら憧れるよね」
「そうだね」
前世のフィナーレで出てきてたなぁ。素敵なアイテムだ。憧れる。
それから、一頻りサジェの惚気に付き合って……。サジェの婚約者は三学年上の総合学部音楽科にいるそうだ。家同士の付き合いでほんとに子供の時分に婚約したんだって。
「サジェが転学部したいのは……婚約者さんがいるから?」
「……へへ……らしくないって言わないでね」
そう照れたように笑うサジェは本当に恋する女の子の顔だった。
「セラちゃんは?」
「私?」
「そう、三学年のブルムスター様と仲いいよね」
「アーシュは……ブルムスター様は幼馴染だよ」
「ふうん、そうなんだ。あとさ、殿下とか」
「殿下とは授業でお話ししたけど、それだけだよ」
「本当に?」
サジェは疑わしそうに私をうかがっていたけど、ほんとの事だしなぁ。
「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけどね。セラちゃん、殿下を誑かしてるって噂が流れてる」
「は? なにそれ?」
「思い当たる節はないの?」
「全くないけど」
授業以外で殿下にお会いしてのは二回だけ。最初は本当に偶然だったし、二回目は……あまり思い出したくないような状況だった。それのどこをとって誑かすになるんだろう、と首を傾げてしまう。
「まあ、いろいろ事情あるからね。特に殿下はね。まだ婚約者が決まってないから、上級生の先輩方は牽制しあってピリピリしてるんだよ。ちょっとの噂でも、気をつけたほうが良いよ」
「殿下の婚約者はマリアーネ様じゃないの?」
「そういう噂はあるけど、正式のものじゃない。私みたいに成人後に正式に婚約するのかも知れないけど、今はまだ未定なの。だから注意しとくに越したことないよ」
「そうなんだ……ありがとう、サジェ」
「何かあったら私のクラスに来るんだよ。躊躇っちゃ駄目だよ。いつでも良いからね」
サジェって本当にいい子だな、同室になって良かったと心から思った。
その時のサジェの心配が杞憂ではなかったのは、すぐに判明した。
次の日から、私は蔑視の視線と好奇の視線にさらされるようになったのだから。
*****
私に対する嫌悪の視線を非常に強く感じるようになったある日、それは起こった。
リリリーーーン! リリリーーーン !リリリーーーン! リリリーーーン!!!!!
昼休み、食堂からクラスへ帰る途中の事だ。
突然、激しい警戒音が鳴り響いた。
「何あの音?」「うわっ耳が痛い!」「煩いぞ!」「誰か止めろよ、あれ」
――あれって……もしかして。
背筋に冷たいものが流れた。心当たりは大いにある。
急いで中に入ろうとしたら、マリアーネ様の取り巻きのクラスメートとぶつかった。
「あ、すみません」
「え、ええ、あああ、あれ、私じゃないから!!!」
え、と思う間もなく、彼女は私を押しのけて走り去っていく。
その間も絶え間なく警告音はなったまま。立ち上がって私の机に向かうと、やっぱり。
しまってあったはずの教科書やノート類がばらけて落ちていた。
「ああー、やっぱりこれが原因だったのね。【停止】!」
私の言葉で警告音が停止した。
周りの人が私を凝視しているのがわかる。
――怖い……。
「ごめんなさい……」
何も返ってこない。ほんとに怖い。涙腺が熱くなってくる。泣くな私、負けるな私!
固まったままの周囲を掻き分けて隣のクラスからサジェが来た時は、本当に救世主が現れたと思ったよ……。
サジェは周囲を見回して何かを察したようだ。
「ちょっと聞くけど、セラちゃん、さっきの物凄い警告音は何? 何か知ってるの?」
「うん。知ってる……」
「分かるように教えてくれる?」
「これが原因なの」
私は、教書に挟んであった栞をそっと差し出した。ごく普通に見えるその栞には、実は複雑な魔法陣が組み込まれている。
「この栞が挟んであるものを、私以外が触ったり動かしたりしようとすると音がするように術式が組んであるんだ……」
「盗難防止とか? それにしてははた迷惑な騒音だったけど」
「違うの。最初はもっと小さな音だったんだけど、それだと懲りないって、どんどん大きな音になってしまって」
「へぇ、随分沢山盗まれたのね」
「ううん。これ、子供頃エリー兄に好きな本とかにいたずら書きされちゃって……大泣きしたら、アーシュが……ブルムスター様が作ってくれたの……。大きな音がしてビックリしたら悪戯しなくなるって。でも、兄様なかなか懲りなくて、どんどん音が大きくなって……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が痛い。
「ごめんなさい。ついいつもの習慣で栞挟んだまま、外さないで持ってきてしまって。驚かせてすみません!!」
その時、やっと担任のフェルプス先生がやってきた。
「ああ、セラフィカ・アズリ。その魔道具持って職員室まで来なさい」
「ええええ?……あ……はい………」
「セラちゃん、不運だわ……」
フェルプス先生の後に付いて職員室に行き、事情を話して”栞”を先生に預けた。一応納得してくれたのかさほど叱られなかったのは幸いだったと思う。……疲れた……。
*****
更にその翌日。
その日の午後の授業は、魔術の実技実験の日だったので実習服で授業を受けていた。
授業終了を告げられ、当番にあたっていた私は鍛錬場の後片付けをしてから更衣室に行った。
更衣室に付いた瞬間、引き裂かれるような悲鳴が聞こえた。
「ぎゃーー、いだーぃぃぃぃぃぃー!!」
――も、もしかして? また?
悪い予感は当たるものだ。更衣室に入ると、ロッカーにしまったはずの制服が床に落ちていて、更にその傍らには裁縫用の大きな裁ちばさみが無造作に落ちている。
そして、うずくまって右手を抑えて泣いている女生徒を見たら、何が起こったのかは一目瞭然だ。
「セラちゃん、無事?! ってあれ、無事みたいね……というか、その子の方が酷いんじゃない?」
サジェは、手早く女生徒を立ち上がらせて、皆で治療所に行った。そこで当番の治療士さんに女生徒を任せた。女生徒の右手は軽く痺れがあるそうだが、時間が経てば自然に治るだろうという話を聞いてやっと安心した。
「一応、原因は静電気なんやらって事だけど、なんで静電気? セラちゃん、心当たりある?」
「……多分、あれのせいだと思う……」
私の制服の内ポケットには小さな飾りボタンがついている。澄んだ紫色の綺麗なボタンなんだけど、それには術式が組んであって……。
「昔ね、一時的に短いスカートが流行った時があってね」
「ああ、あったね。足が綺麗に見えるとかで流行ったね。でも、膝が見えるのは端たないとかですぐに廃れたよね」
ほんの一時期、膝が見えるか見えないかぐらいの短いスカートが流行ったことがある。絶対領域まではいかなくても、この世界では珍しい流行ではあったんだけど女性より男性からの拒否が強くてすぐに廃れた。
「あの時にね、エリー兄が、『短いスカートが流行りなんだぞー』って言って、私のスカートの裾を切ろうとしたの。私だけだとエリー兄を止められなくて、アー……ブルムスター様に相談したら、このボタンと作ってくれて」
「ああ、なるほどね。で、これはどんな効果があるの?」
「……このボタン、刃物を持って近づくと静電気が流れるようになってるみたい」
「……一応聞くけど、もしかして、お兄様は懲りなくてどんどん電圧が高くなったとか」
「その通りです……」
サジェが大きくため息を吐いた。
「セラフィカ・アズリ。職員室まで……」
「は、はい、今行きます!」
「気の毒に……セラちゃん……」
呼びにきたフェルプス先生に一通り説明し問題のボタンを預け、軽く説教された。軽くですんで助かった……。もうやだ……。
*****
二度あることは三度ある。
私は、アーシュから貰った魔道具を全て(通信用ペンダントを除いて。これは宝物なので手放せない)封印した。あれは、危険だ。私の精神的疲労を誘うという点において。
全て箱に詰めて、厳重に鍵をかけて更に【封印】の魔術まで使って、これで大丈夫だとほっとした。
だけど、私はとことん運に見放されていたらしい。
静電気事件が起こった二日後、奉仕活動で大きな水桶を運ぶ先輩とすれ違ったのだけど。
「あ~、大変。ごめん遊ばせ……え、ぎゃぁぁーー、つ、つめた」
「きゃー、ごめんなさい!!!」
私に向って降ってきた水桶は、空中で反転し中の水を盛大にこぼしながら持ち主の元へ。
持ち主は受け止められるわけもなく、水はシャワーとなって降り注ぎ、水桶は彼女の頭の上へ。幸い避けてくれたので怪我はなかった。良かった……。
私と一緒にいて一部始終を見ていたサジェが小さな声で訊いてきた。
「……念のために聞いとくけど、これもあれ?」
私は真っ青になりながら頷くしか出来なかった。
忘れてた。
この制服、アーシュがお祝いとか言って付与魔術の術式を組みこんであったんだ……。単純な防水防汚の魔術だと思ってたから見落としてたよ。
そういえば『ついでに”悪意”を持って何か掛けようとしたら反転するように組み込んでおくね』と言ってたっけ……。
「”悪意”ってそんなの分かるの?」
「……私にもよくわからないけど、何でも、驚いて血流とか心音とかが変化するのを察知するんだって……」
「……ブルムスター様って何者?」
「……さあ?」
「でも、今回はお兄さまは関係ないのね……」
「……」
言えない。アーシュがそんな術式を開発したのは、エリー兄が悪戯で何度も水をかけたからだって……。
「えー。セラフィカ……」
「今、行きます!!」
「災難だね……セラちゃん」
フェルプス先生に事情を説明し、新しい制服が出来るまではとりあえず私の制服には【発動阻害】の魔法陣を書き込んで対応することにした。
今回は罰として、先輩方の奉仕作業のを手伝うことになった。それぐらいですんで良かった。水桶が頭に当たってたら打ちどころ次第で大変な事になったのだから。……軽く済んで良かった……凄く疲れたけど。
そして、その後の事なんだけど。
私が預けた魔道具や魔法陣を巡って、フェルプス先生をはじめとする付与魔術担当の先生から何度も突撃を受けることになった。
あれらに使われてた術式を教えてほしいんだって。
私に言わないで、本人に言って下さいませんか? え、誰が組んだかわからない? 私からは言えません。ご自分で探して下さいませ。
はぁ……疲れた。
もしかして、私、イジメられてた?
そう気がついたのは、随分後のことだった。
イジメ(なのか?)た本人達が、先生方から長い説教を受けた事を知るのも、彼女達となんだか仲良くなっていくもの、ずっとずっと後の事である。
定番のイジメ(?)です。
セラはかなり鈍いです(笑)
お読みいただきましてありがとうございました。
次回の更新は1月30日午前0時を予定しております。よろしく




