第24話
通常生活に戻りました。
模擬試合が終わって約一週間が過ぎた。学院生活も二ヶ月目に入り、私達新入生も落ち着いて授業に身が入るようになった。
とはいっても私の生活はあまり変わっていない。未だにマリアーネ嬢とユリカ嬢の派閥の狭間から脱出できていない。でも、両派の取り巻きでないクラスメートは普段は私を遠巻きにしてるけど、挨拶はきちんと返してくれるし、時折心配そうな視線も感じられる。きっと時間が解決してくれると思う。
殿下やカミーユ様は、忙しいのか連絡はない。まあ、それが普通だよね。事件のその後は気になるけど、深く関わってはいけない気もするし。
そして、今日、配られた前期授業のカリキュラムを眺めて、頭を抱えてしまった。
座学、「属性魔術式の基礎」「付与魔術の基礎」とかの基礎学はなんとかなりそうだ。「魔術史」「魔術研究大全」「魔術法」「魔術的要素を取り入れた薬学」その他もろもろ……。多すぎる。間違いなく私の頭では覚えきれない。
そして、実技は。
「防御系魔術」は得意分野だし、「治癒系魔術」は一応マーク先生からはお墨付きをもらっている。「補助系魔術」は、私の場合だと【幻影】とかが当てはまるかな。こちらも何とかクリア出来そう。「異能」と呼ばれる「特殊な無属性魔術」は、一応さわりは教えてもらっているけど自信はない。でも、一学年生は皆初心者扱いらしいので、特に心配しなくても良さそうだ。
問題は……実技の一番最初に上がっている学科、「攻撃魔術」だ。
そりゃあね、魔術の花形と言ったら「攻撃魔術」でしょう。実際、模擬試合のアーシュ達が使っていた大魔術の応酬は見応えあったし。攻撃系大魔術にあこがれて、私だっていつかは出来る……とか思っていた時期もありました……はい。
だけど、どうやら私には「攻撃術式」の才能だけは欠片もないらしい。今でも子供の時にマーク先生の特訓でやっとの思いで会得した【風刃】だけが使える術式だ。それなのに……。
『攻撃魔術についての注意事項……学期後半までに一つ以上の中位魔術の術式の習得必須』
この一文、誰か消し去ってくださいませんか?
出来なかったら赤点がつくかも。そうしたら成績不良で留年? もしかして退学になる?
そんな考えが頭にこびりついて離れなくて集中できない眠れない。そんな状態が二日ほど続き、私は見かねた担任のフェルプス先生の呼び出しを受けた。
フェルプス先生は主に魔術の基礎の座学と一学年の縦割り実技の担当の先生だ。魔術学院の卒業生で去年までは地方の魔術研究所で働いていたらしい。そこへ退任する前任者の推薦を受けて、学院の講師になった。
外見は銀縁眼鏡をかけた押しの弱い先生という印象が強い。でも、生徒をよく見ていると言うのは何となく分かる。現に、こうやって私の不調をいち早く分かってくれたし。
フェルプス先生に私の悩みを相談すると、先生は真面目な表情で頷いた。
「なるほど。攻撃術式ですか。……いろいろ試してみましたか? あせらないでじっくり取り組んでみてはどうでしょう?」
「焦ってはいないんですけど……多分出来ない可能性の方が多いと思います……」
「何か思い当たる節があるのですか?」
「……私の魔術の先生に……心因的な問題で術式が展開出来ない、と言われました」
何度も攻撃術式を失敗する私を見たマーク先生が、最終的に出した判断がこれだ。
私には「誰かを攻撃する」という行為に心理的ストッパーがかかるらしい。それが、何の問題もなく展開するはずの攻撃術式の展開を妨げていると。
そういう場合の原因の多くには、何らかの心理的要因があるらしいのだが、私の場合は特に原因と呼べる物が見当たらない。それが通常とは違っている事で、さすがのマーク先生にも様子を見るしか対応出来なかった。
……マーク先生には言えなかったけど、私には思い当たる事がある。多分だけど、私が前世の記憶を持っていることが原因なんじゃないかなって。だって、前世で「人を傷つけてはいけない」と教育されてきた記憶が強ければ、殺傷力の大きい攻撃魔術に抵抗感があってもおかしくないと思う。
だけどこの世界で生きている以上、前世の常識をこじらせたまま放置するのはいけなくないかな。
それに出来ない事を出来ないままにしておきたくないし。
「……普通にやっても出来ないなら、何か別な方法はないかな、と思って」
「その向上心はいいですね。そう思ってるのなら、いろいろ試しにやってみることが大事でしょう。……分かりました。私も何か考えてみましょう。それまでは、今あなたが出来ることを積極的にやってみるとよろしいと思いますよ」
フェルプス先生はそう励ましてくれた。
*****
フェルプス先生の言った私が今出来る事ってなんだろう、ってずっと考えて出した答えが、
「エリー兄。攻撃術式教えて!!」
兄を頼る事だった。
兄は努力の人だ。
アーシュのように魔力が突出して高いわけでもなく、上位魔術を使えるわけでもない。でも、フロワサールにいた頃は本気のアーシュと対戦してほぼ五分の戦績を残していたし、今はランクAの冒険者の資格を持っている。欠点を努力で補って余りある力を手に入れた人なんだ。
「【風刃】以外の攻撃術式を覚えたいと? 散々やってだめだっただろう」
エリー兄はちょっと呆れ気味だ。そんなに呆れることかな……。
「でもね、せめて中位攻撃術式を一つは覚えないと赤点なの。留年しちゃう。もしかして退学かも」
「赤点って、なぁ。担任にちゃんと相談してみたのか」
「相談したよ。そうしたら、いろいろやってみるといいって」
「ああ、なるほど……。そう来たか。で、何で俺だ? 【風】ならアーシュの方が専門だろ」
「……アーシュには知られたくないというか……よくわからないけど」
「……ふうん、知られたくないねぇ。何でだろうな」
エリー兄に問い返されたけど、よくわからないものはわからないんだ……。
「防御系とかで代用出来ないのか?」
「【風盾】を【風剣】として使うの? 刃がないから切れないんじゃない?」
「叩き潰す感じで……槌に成形するとか」
「体重がないからあまり効果ないかも」
槌って聞いて一瞬思い浮かべたのはピコピコハンマー。しかもちびの私が使ったら……もう武器じゃないよ、それ。
「体重増やせば問題ないだろ」
「……それ、乙女にいうことかーーーー!」
今、思いっきり殴りたくなったよ。今なら仮称【風槌】展開出来るかも……。
「ま、とりあえず、予定がない朝はここにいるようにするわ。俺がいない時は素直に帰れよ。絶対に一人で無茶するなよ」
「うん、しないよ。ありがとう」
エリー兄は結構忙しい。学院の授業の合間にギルドの依頼をこなし、さらに最近アズリ家の仕事にも関わってるらしい。何をしているのかは私には教えてくれないけど。
そんなに忙しいエリー兄が付き合ってくれるんだ。嬉しくないわけがない。嬉しさのあまり子供の頃みたいに飛びついたら、兄様、苦笑してた。こんなことしたの何年ぶりだろう。やっぱりエリー兄大好きだなぁ。
帰り際には「光属性の上位術式を試してみろ。意外と中位すっ飛ばして出来ることもあるぞ」と助言もしてくれた。
ずっと悩んでた事に希望の光が見えてきて、私は足取り軽く寮に戻った。
この時、浮かれていた私は周囲を警戒するのをすっかり怠っていた。
私をエリー兄が会っているのをすっと見ていた人がいるのに気が付かなかった。
それが、後に大変な勘違いを引き遅すことになるって事にも……。
****
それから、五日ほどすぎて、初めての実技の縦割り授業があった。
一学年と組むのは三学年、つまりアーシュの学年のAクラスの先輩方だ。
その日は朝から皆落ち着かなかった。
だって、三学年Aクラスって、殿下達がいるクラスだ。男子は実力を認められる機会だし、女子は……言わなくても分かるでしょう。
授業開始の時間になり、三学年実技担当のヨランジュ先生が先輩方を引き連れて鍛錬場に現れた。
途端に響く歓声。
先輩方の間にリュスラン殿下が、アーシュやヒュイス様、カミーユ様もいる。
特に、リュスラン殿下とアーシュが来た時に歓声は大きくなった。どうやら、先日の模擬試合での印象が大きいみたいだ。
「殿下も素敵だけど……フィリス様も素敵ね、そう思わない、アズリさん?」
ユリカ嬢が囁き掛けてくる。
「どちらかとパートナーになりたいわ。あなたは?」
基本、この授業は先輩と一対一で行う。だけど、パートナーは先生方が属性等の相性を鑑みて決めるので希望は通らないはずだ。
「私はどなたでも良いです。どなたでもきっと勉強になるし」
「……そう。いつも通り、いい子ちゃんの答えね」
私とユリカ様が話している間にも、先生方はてきぱきと組み分けしていく。
私は【風属性】もあるからアーシュがいいなぁ……とさっきユリカ嬢に言った答えとは違う事を考えていたら、先生が私を先輩の元に誘導した。
そして、私の前にいたのは。
「どうして……?」
「私では不服か?」
金髪の王様……もとい王子様がにっこりと微笑んでおられました……。
不服じゃない、けど、ちょっと頭が痛い事態だ。だって、「嘘だろ」「何で、殿下のパートナーがあの子なんですの!」って、ひそひそ言う声が聞こえてくるんだもの。クラスメートの、特に上位貴族のお嬢様方の視線が痛い……。
「お前は【光属性】だろう。三学年には残念ながら【光】を使えるのは私しかいないぞ」
「【風】も持ってますし……【光】が主属性なのは、マリアーネ様もですけど……?」
「マリーは全属性だからな。逆を言えばどの属性でもある程度は対応出来る。……ほら見てみろ、あいつのパートナーはカミーユになったようだ。マリーもカミーユも計算づくしで術式を展開させるからちょうどいいと思うぞ」
促されて見てみると、マリアーネ嬢とカミーユ様が気のおけない表情で何かを語り合ってる。うん、すごく麗しい一対だ。だけど、どちらも笑顔がなんだか怖いような気がするのは……気のせいだろう……たぶん、きっと。
「ベルノの相手は男か。少しひょろひょろしてるが、ベルノなら適度に鍛えなおしてくれるだろうよ」
ヒュイス様の相手は、確か防御系が得意だと言っていた眼鏡の男子生徒。確かにヒュイス様とは真逆すぎて、逆にいいパートナーかもしれない。眼鏡君、怖がってるけど、ヒュイス様は楽しそうだ。
「ヨランディ教官は生徒の特徴をよく見ているが、どうやら一学年の教官もいい働きをしてるな。よく考えられた采配だと思うぞ。……お前も観念して、私で我慢しておけ」
「いえ、殿下で我慢とか畏れ多すぎます。……分かりました。腹括ります」
「良い判断だ。些か過剰な決意のようだが」
殿下は笑ってるけど、これで、しばらくまたクラスの女生徒との溝が深まると思う。主に羨望で。殿下の人気を思えば仕方がないけどね……。
だけど、私にとっては願ってもない組み合わせなんだ、本当は。
「あの、殿下は【光】は上位まで使用出来ますよね」
「攻撃系は全部いけるな」
「では、私に【光属性】の攻撃術式をご指導いただけますか? 特に上位中心で」
「ああ、そんなことは簡単だ。何でも聞いてこい」
と、リュスラン殿下が大型猫科の猛獣みたいに口角を上げて微笑んだ。
殿下と連れ立って個別練習場へ移動しようとした時、ちょうど向こうか来るユリカ嬢と鉢合わせした。
ユリカ嬢の横にいたのは……アーシュ。彼は気遣わしげに私を見てた。
すれ違いざまにユリカ嬢は囁きかけてきた。
「どなたでも、なんて言っておいて……殿下でよかったわね、アズリさん。……私も、フィリス様のパートナーなれて良かったわ。【氷魔術】を教えていただこうと思ってるの。私も少しは得意なのよ【氷魔術】。
お互い頑張りましょうね……アズリさん?」
胸の奥がチクリと痛んだ……けど感じないふりをした。
魔術学院らしさが出てくるのはこれからでしょうか。
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次回は、1月26日午前0時の予定ですが、時間は変更になる場合もあります。
いずれにせよその日の内には必ず投稿致します、よろしくお願いします。




